2015年04月20日

ローラン・プティの『こうもり』と喜歌劇『こうもり』との対照表


ローラン・プティの『こうもり』( La chauve-souris ) は、
ヨハン・シュトラウスの喜歌劇『こうもり』(Die Fledermaus )からの音楽を
主に使用しているが、ストーリーも大きく改変されているために
曲順も異なり、自由にアレンジされている。
それを分り易くするために、
バレエ『こうもり』でのストーリー展開にそって、使用された曲を表にしてみた。

喜歌劇での場面のインデックスとして
カルロス・クライバーが1986年の年末にミュンヘン・バイエルン国立歌劇場で
振った時の舞台の幕事のラップタイムを載せた。
私が使用した映像は90年代にNHKBSで放送されたものなので、
現在入手出来るDVD版とは微妙にラップが異なるかもしれない点はあしからず。
また、
バレエの方は1979年のフランス国立マルセイユバレエ団の映像に基づいている。
これは、美術はGiulio Coltellacci、衣裳はFranca Squarciapino で
簡素な新国立版とは全く違う世紀末的な美しいものだ。
演出の細部も微妙に異なっている。

オペレッタ対照表2.pdf



マルセイユバレエ(1979)の映像
・第1幕第3場 ベラとウルリックのパ・ド・ドゥ(ジジ・ジャンメール、ルイジ・ボニーノ)
http://ow.ly/LQXw2

・第1幕第4場のヨハンのソロ(デニス・ガニオ) 
https://www.youtube.com/watch?v=sPEAzPf2z3Q

・第1幕第4場のベラのソロ後半部
http://ow.ly/LQWPT

・第2幕第2場でのベラとヨハンのパ・ド・ドゥ
https://www.youtube.com/watch?v=uJBppoB94C0

・第2幕第3場の夫婦のやり取りと第4場の舞踏会(終幕)
https://www.youtube.com/watch?v=FJ9zcefUSHI

バレエ
第2幕第2場「牢獄」において唱われるセレナーデは、
喜歌劇『こうもり』でロザリンデ(妻)に懸想するテノール歌手の歌。
喜歌劇の歌詞(第1幕冒頭部)
Täubchen, das entflattert ist, stille mein Verlangen!
Täubchen, das ich oft geküßt, laß dich wieder fangen!
Täubchen, holdes Täubchen mein, komm,
o komm geschwinde; Sehnsuchtsvoll gedenk’ ich dein,
holde Rosalinde, Sehnsuchtsvoll gedenk’ ich dein,
holde Rosalinde!

第3幕冒頭部(牢獄に繋がれているアルフレートが唱う)
La donna é mobile… (イタリア語になっている)
Mein lieber Schwan...
 
仏独対訳歌詞 → http://livretpartition.com/livretopera/strauss/1.pdf
日本語翻訳歌詞(「オペラ対訳プロジェクト」)→ http://www31.atwiki.jp/oper/pages/280.html

しかし、
プティのバレエ『こうもり』では歌詞の内容が大きく変えられ、
言語もフランス語になっている。
以下ー新国立劇場バレエ『こうもり』パンフレットから
バレエ『こうもり』劇中で唱われるフランス語歌詞を引用する。
(2003年12月再演時以降のパンフレットには歌詞が載っている) 

Mon amour écoute moi
Je suis loin de toi
Mon amour écoute moi,
Écoute ma voix
C`est mon cœur c`est mon corps,
Tout deux qui t`implore,
O Bella, au prison
O ma dorce mort
O Bella, O mon démort
C`est moi qui t`adore

劇場パンフレットには日本語訳も載っているが
「バレエDVDコレクション23『こうもり』」解説(守山実花、結城美穂子)の
日本語訳の方が良いので、以下、同書から日本語訳を引用する。

「愛する人よ、聞いておくれ
 わたしは、おまえから遠く離れている
 
 愛する人よ 聞いておくれ
 わたしの声を
 わたしの心、わたしの体
 
 どちらもがおまえに訴えかける
 
 おおベラ、おおプリズン(牢獄)
 わたしの甘美な死よ
 
 おおベラ、わたしの悪魔
 わたしこそが、おまえを愛しているのだよ」


オペレッタの歌詞とは全く違う
まるで「トリスタンとイゾルデ」のような甘美な愛と死を唱っている。


参考文献
・”Roland Petit Un chorégraphe et ses peintres ” Gérard Mannoni 1990,Paris

・「ローラン・プティの『こうもり』全2幕7場」 宮沢昭男 
(『ローラン・プティのこうもり』 新国立劇場バレエ団 2002年9月初演時パンフレット 所収)
この文章は、喜歌劇との対照が分り易く書かれていて大変有益なもの。
(但し一部間違いと思われる箇所がある。)
新国立劇場HPの「こうもり」特設サイトにアップしてほしいものだが、
なぜかアップされていない。

・「バレエDVDコレクション23『こうもり』」解説(守山実花、結城美穂子) 2012年8月
2003年のミラノ・スカラ座バレエ団の映像が見られる。
 (但し劇場はミラノのアルチンボルディ劇場)
 新国立版と同じ美術と衣裳。
79年のマルセイユバレエ団の映像とは大分異なる印象を受ける。
















posted by 星跡堂主人 at 23:16| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月10日

新国立劇場バレエ 『眠れる森の美女』(W.イーグリング版) レヴュー  2014年11月公演


(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとささやく
それは神の生誕の日。




はじめにー『眠れる森の美女』を日本で上演することー

バレエ『眠れる森の美女』という作品はどんな作品かと聞かれたら、
100年眠らされていた姫が王子の<ラムール>で目覚め、
目出たく結婚する話と、答えるしかないだろうか。
要するに、話の筋は単純で『ロメオとジュリエット』のように劇的ではないので、
演者が「しどころ」のない作品ということだろうか。

20世紀のバレエ作品を分類するのに
「物語バレエ」と「抽象バレエ」という分け方があるが、
とすると、『眠れる森の美女』は、19世紀の「物語バレエ」でありながら、
「抽象バレエ」の側面も持ち合わせている作品と云えるだろうか。


勿論、1890年の初演時にはそんな分類はなく、
ロマノフ朝健在のペテルブルクの宮廷劇場で膨大な費用をかけて作られたこの作品は、
今回の公演パンフレットの解説「『眠れる森の美女』上演史を振り返る」で
佐々木涼子が看破しているように
フランスの王宮を借りた
「当時のロシア皇帝アレクサンドル3世の宮廷を讃美する寓意」
だったはずである。

王宮のない現在、それはどう上演され、どう踊られるべきなのか?

革命で王朝を打倒したバレエの舞台フランスでは長らくこの作品には関心が向けられなかった。
パリのオペラ座がバレエ『眠れる森の美女』を全幕初演したのは、
1968年のアリシア・アロンソによる上演を待たねばならない。

一方、未だ王宮のあったロンドンでは
19世紀後半には、既にペローの原作に基づいた演劇やパントマイムが
毎年のクリスマス恒例の作品として多くの劇場で上演されていた。
19世紀末にロンドンに留学した夏目漱石も "Sleeping Beauty" を Drury Lane Theatre で見て、
「此道具立て美しき事と言つたら到底筆には尽くせない観音様の棟に彫りつけてある天人が五六十人集まつて絵にかいた龍宮の中で舞踏して居る」と、
感動を細君に手紙(ロンドンから妻鏡子への手紙、1901年3月8日)で伝えている。

また、1921年、ディアギレフのバレエリュスが
『眠れる森の美女』(『 The Sleeping Princess 』)をレオ・バクストの美術で大掛かりに上演したのも、
ロンドンのアルハンブラ劇場だった。
同公演のパンフレット→ http://lcweb2.loc.gov/natlib/ihas/service/vaultscan.2/200181868/200181868.pdf


現在の東京に皇居はあるが、それは西洋の王宮とは全く異質なものだ。
ベルサイユ宮殿を一部模倣した建物が今も四谷には遺っているが、
そこは今の皇室とは無関係の建物だ。
西洋風の王宮の文化がかつても今もない日本で、これを上演する意味は、
だから、ただ漫然としていては出てこない。

この作品の歴史を省みるに、そうした根本的な見地から考えなければ
本来は、日本の国立劇場がこれを上演する意味は見えてこないだろう。


今回の新国立バレエ団『眠れる森の美女』の新制作にあたって
ウエイン・イーグリングは、そんなことは微塵も考えなかったように思われる。
日本文化に造詣の深かった前芸術監督のデビッド・ビントレーだったら、全く違ったのではないか。
たぶんビントレーは『眠れる森の美女』の代わりに
『パゴダの王子』を演出振付をしたのではないか。
『パゴダの王子』は、この問いへの答えだったのだと、今改めて思い返される。

しかし、そんな事は劇場側も現監督の大原永子も思いのほかなのだろう。
でなければ、敢えて新シーズンの開幕に新制作の『眠れる森の美女』を作る筈はないからだ。

そもそもの、ボタンの掛け違いはそこから発している。
ビントレーの作った『パゴダの王子』を、どう捉えるか。
それは、「3.11」を体験した現代の日本でこそ可能だった
新たな『眠れる森の美女』ー死と再生の物語ーだったはずなのだが。。。


実は、今回の『眠れる森の美女』
特に、米沢唯のオーロラにはとても心を動かされた。
なので、ずっと何かを書きたいと思いながら、
どうしても作品全体の事を考えるに、中々書く意志が湧いてこないという矛盾を感じていた。
その原因は、きっとこの、私の作品制作への違和感があったためなのだろうと思う。

舞踊評論家の長野由紀が『日本経済新聞』(2014年11月26付夕刊)のレヴューで
「豪華だが必ずしも日本人ダンサーを引き立てない衣装も含め、作品自体は物足りないが、主演者のこれほどの名演の前には不満は全て帳消し。これぞバレリーナ・マジック、古典バレエの醍醐味である。」
と述べているが、ああそうだなと、私も同じ気持ちだった。
(長野が見たのはセカンドキャストの小野絢子、福岡雄大であったが)

バレエはそこで踊られたダンス自体に価値がある。
確かにそうだが、本来はそれだけであってはならない。
演出、振付、美術、音楽が総合的に生きてこそ、
バレエは舞台芸術の精華となり得る。


この新国立バレエ『眠れる森の美女』上演の問題は
今も尚、西欧の伝統芸術であるバレエを
日本でどう上演するのかという根本問題を閑却しがちな
日本のバレエ界全体の姿勢の問題でもある。
そんな難しい事は考えないで、バレエをしっかりと踊れて、楽しめばいいと、
日本のバレエ界は思っているかもしれない。

厄介な事に、西欧が確立したクラシック・バレエのメソードは
それをしっかりと学べば、少しくらいの身体的不利を補い、
どこのだれでも習得出来るという普遍性を備えている。
普遍的な<バレエ>を私たち極東の民族も踊ってみました。
バレエの普遍性を、日本人ほど証明している人々も世界にまたとない。
型通り真面目に踊れる日本人は、欧米人よりもずっと正確に踊りさえするだろう。
かつて、マーゴ・フォンテーンは、
「これからのバレエは日本人の時代になる」と云ったらしいが、
まさにその通りでもある。

しかし、それは「芸術」か? 単なる「技巧」ではないか?
という問題がそこには常に横たわる。
日本には「技巧」を極めれば、優れた作品が生まれるという「巧み」賞賛の伝統さえもあるからだ。

ただひたすら「バレエ道」を精進すれば、その先には素晴らしい作品が生まれるか?
ワンシーンの踊りとしては素晴らしいものとなるだろう。
だから国際的バレエコンクールでの評価も高い。
しかし、作品全体としてはどうか?
<バレエ>は、職人的個人芸ではないはずだ。

一ダンサーには、作品をどうこうする事は出来ないかもしれない。
しかし、ダンサーも共に作品を作らなければ、良いバレエ作品は生まれまい。
ダンサーは、バレエ作品全体の一部のパーツを職人的に仕上げれば良いわけでもない。
作品に対して、もっと自己主張をするダンサーが日本のバレエ界には必要なのだと思う。
勿論「主張」は言葉ではなく、踊りそのものでも可能だ。


さて、ここまで今回のプロダクションそのものについて書いてきて漸く
米沢唯の踊った「オーロラ」について語ることが出来るような気がする。
以下、米沢唯のオーロラが如何に踊られたのかを中心に述べながら、
新国立バレエ、イーグリング版『眠れる森の美女』について論じていきたい。

今公演の主なキャスト及び制作スタッフ
→ http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/sleeping/staff/index.html
より詳細なキャストは「新国立劇場バレエ団ファンサイト」で参照できる。
私が見た公演は、11月8日、9日、11日の3日間。



「プロローグ」

冒頭、地上に居るカラボス目指してリラの精が天から糸を伝ってするすると降りてくる。
イーグリングは知るか知らずか、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出さずにはいられない。
こうした点が文化的ギャップなのかもしれない。

この幕に関しては違和感が多かった。
妖精達の衣装が皆同じで、それぞれへの贈り物の細工が細か過ぎ客席からは殆ど見分けられない。
妖精の数が、なぜかリラの精を含めて通常の6ではなく、7(誠実、優美、寛容、歓び、勇敢、気品)。
最後に付け足された妖精「気品」には、かつてのロンドン・ロイヤルバレエの代名詞「Grece and Modesty」の願いが込められているのか、、、
当然原曲にはないので、この「気品」の妖精には別の曲、第2幕の、通常使われる事が少ない「男爵夫人の踊り」(12-C アレグロ・モデラート)が充てられた。
冒頭部を聴く事が出来る→ http://ow.ly/IIhwj  

また、リラの精の振付も通常のものとは異なり、ピーター・ライト版とほぼ同じものが用いられた。
ダッチ・ナショナル(ピーター・ライト版)のリラの精→ http://ow.ly/IIhL7

カラボスは、巨大なタランチュラに乗ってくる。
これも冒頭のイメージを「蜘蛛の糸」と取ってしまうと、「糸」を伝って降りてきたのはカラボスだったかしらん?と、取り違えそうになるが、、、
ただこの場面、本島美和も湯川麻美子もかっこ良かったので見せ場としてはよく出来ていた。
しかし、折角ポアントを履かせた女性ダンサーにしたのだから、振付にはもう少し現代的な要素を取り入れ、工夫は出来たと思う。


Aurora acte1 Bakst.jpg

Aurora, act 1 of "Sleeping Princess" (レオン・バクスト、1921)


 
第1幕
「オーロラ」とは如何なる者か


「オーロラ姫の登場は大切です。あの登場ですべてが決まってしまいます」
(森下洋子)

「オーロラの登場は舞台の全ての人が注目する場面なので、何度踊っても緊張する」(エリザベート・プラテル)

「プリンセスは16歳でとてもハッピーなの」(マーゴ・フォンテーン)

「まずアトモスフェアだ」(ルドルフ・ヌレエフ)


バレエを見る者は「オーロラ」に何を求めるのだろうか?
第1幕では元気で明るい16歳の王女さま
第2幕では幻想的な趣き
そして
第3幕では典雅で気品のある圧倒的な美しさ

踊りとしては、特に
第1幕の登場シーンと、その後の「ローズ・アダージョ」
第3幕のグラン・パ・ド・ドゥが注目されるだろう。

元気で明るい16歳が登場するシーンについて
森下洋子は
「オーロラ姫の登場は大切です。あの登場ですべてが決まってしまいます」
と述べ
1939年にUKのバレエ団として初めてオーロラを踊った
マーゴ・フォンテーンからは
「プリンセスは16歳でとてもハッピーなの」とアドバイスされたと、述懐している。
1997年10月24日の新国立開場記念の初日を飾った森下のオーロラは、
まさにこの通りの元気で明るいオーロラの登場だった。
(この日の全幕映像は新国立劇場資料室で見る事ができる。)


多くのオーロラは、元気で明るく登場する事になっている。
しかし、
これらの言葉が指している事は、単に元気に踊れば良いというわけでは当然ない。
「王女」としての品格が同時に求められる。

マーゴ・フォンテーンのオーロラ第1幕「アントレ」と「ローズ・アダージョ」
https://www.youtube.com/watch?v=AmbI8azLrS8&list=RDAmbI8azLrS8#t=236

https://www.youtube.com/watch?v=O4fr1ogW9Sk

ルドルフ・ヌレエフは「まずアトモスフェアだ」と、この幕のオーロラについて云っていたが、
気品のある雰囲気が必要はことは、これに続く「ローズ・アダージョ」にも言える。
それは本来けれんの場ではないはずだ。
しかし、その技術がとても難しいので、
ダンサーは「よし、決まった!」と見栄を切り、
見る側も「お〜〜素晴らしいアチチュード・バランス!」と、喝采してしまう。
マリインスキー版は、今もバランスで腕をアンオウに持ってはいかない。
元々はこの場面はそんな「曲芸」ではなかったのではないか。
(バレエリュス系統を受け継ぐロンドンでは以前からそうだったようなので、
バレエリュス公演で改訂振付をしたブロニスラヴァ・ニジンスカが変えたのかもしれない。
同様の「曲芸」的改変は第3幕のグラン・パ・ド・ドゥにもフィッシュ・ダイヴとして現れる)


「ローズ・アダージョも、いわばひとつのパ・ダクシオンです。観客はすぐ、四人の貴公子がオーロラ姫につぎつぎと求婚しているのを見てとるのですが、姫がそのいずれにも愛想よくこたえるので、彼女の心がまだだれにも動かされていないことがわかります。プティパの大きな功績は、これをすべてダンスを通して表現したことです。」と、
その生涯の大半をロンドンで過ごしたバレエリュスダンサーの
タマラ・カルサーヴィナが、1965年5月のロンドン・ロイヤル・バレエ学校での
講演「ロマン主義とダンスの魔術」で語っている。 注1

今ではこの名シーンを私たちは見飽きるくらい見ている。
もちろん筋も単純だからわかり切っている。
だからこそ、このシーンに「技術」を求めてしまうのだろうが、
カルサーヴィナは、19世紀バレエがマイムに頼っていた筋の説明を、
プティパがダンスで表現したことを高く評価している。


「曲芸」になると、何がよろしくないのか?
カルサーヴィナのこの指摘を忘れてしまい、
「ローズ・アダージョ」が持つ、
物語を音楽と振付の構成とで表現するという本来の特質を、
私たちが見失ってしまうからだ。
だとしたら、
音楽と振付の構成をただ正確に示し続けることが、
このシーンのダンサーに要求されるまず第1の事ではないだろうか。


吉田裕のレヴュー「オリジナルの定番誕生」(「ダンスマガジン」2015年1月)の
「米沢は、難関のアチチュードのバランスを淡々と、この上もなく淡々と、求婚者たちそれぞれにほんの一瞬手を預けながら完璧に決めて行く。」は、
褒め言葉なのだろうと私は思いたいが、「淡々と」の過剰な繰り返しは皮肉とも取れる。
「曲芸」のけれん味を期待する見物には、物足りなくも感じられたのだろうか。

米沢唯は、ここでダンサーとしての明確な解釈と意志とを示していると、
捉えるべきではないのか。
ローズ・アダージョは、『眠れる森の美女』のオーロラは、こう踊るべきだと。
勿論、ダンスには好みがあり好き嫌いはあるだろう。
しかし、評者はまずそのダンサーの意志を受け止め理解すべきだろう。

では、米沢は本当にただ「淡々と」踊っていただけだったのか。


「ローズ・アダージョ」

冒頭、米沢は、恥じらいと躊躇を仕草で強調するが、
父王と母妃に促され踊り出す。
ローズ・アダージョは、ハープのカデンツァのアントレのあと、
徐に主旋律が始まるが、
4人の王子たちとの最初のコンタクトで、
脚をア・ラ・スゴンドゥに高々とは上げない。
同じ旋律で4人の王子を相手としてアティチュード・バランス、
その後、王子の間を回転してアラベスクを繰り返し行き交う。
平行に(ロシア系では斜め)並ぶ楽人の間をアラベスク・パンシェして行き
一気にリフトされ、そして音楽は大きく盛り上っていく。

実は、この中央奥でのリフトの後、
オーロラが回りながらパ・ド・ブレで前に出てくる所、
ここが一つの音楽的頂点だと、私は考えている。
振付もここで、オーロラが大きく腕を拡げ回りながら前へと踊るようになされている。

ロシア系と英国(UKのバレエはイングランドが中心なので以下「英国」とする)系とでは振りが違う。
マリインスキー ウリヤーナ・ロパートキナのこの部分
→ http://youtu.be/VWEjMi2r4Ew?t=3m20s
セルゲイ・ヴィハレフが復元したマリインスキー原典版も上記と同じ振付になっている。
→ https://www.youtube.com/watch?v=JAbrbbZZOcg&feature=youtu.be&t=3m33s
(エフゲーニャ・オブラツォーワのオーロラ)


今回の新国版は英国系の振りで、
こちらだど、
すぐに回るのではなく、一旦僅かにリバースして、
その後前の方に上体をやや倒して回る。
米沢はここで工夫をしていた。
動きがとても大きいのだ。
身体と腕が大きく上方に開いたかと思うと、
直後に音楽のアクセントに合わせながら、前へとこぼれ落ちるかのように舞う。
ここまで決して大げさな身振りをせず押さえてきた彼女の動きが、
花が大きくひらいたように音楽の揺れに合わせながら震える。
白い薔薇(今回の衣装は白を基調としていた)の花が、今まさに震えながらひらいていく。
このシーンは何度も見たいほど素晴らしかった。

ロンドン・ロイヤル フォンテーンのこのシーン(お話の後に映像が出てきます)
→ http://youtu.be/6PDvlT7POYg?t=16m44s


その後、音楽は一旦静まり、オーロラが父王のそばに寄ると、
父王は、さらに促す。
王子たちが薔薇を捧げ、オーロラは回りながら受け取り天にかざし、母に手渡すと
音楽はクレッシェンドして再び盛り上がる。
冒頭のア・ラ・スゴンドゥの動きをくりかえし、大きくアチチュードで回る。
再び薔薇を捧げる王子たちの間を、
今度はオーロラが回転してディベロッペを繰り返しながら受け取っていく。
今回の新国立版は、ここでオーロラが受け取った薔薇を回りに蒔くのだが、
米沢だけは最初の一輪を父王に捧げていた。

音楽は頂点に達して、ドラが鳴り、
あのアティチュード・プロムナードへ。
微動だにせずアンオウを繰り返すが、ここでは決してけれん味を見せる事なく
清楚にローズ・アダージョの花を閉じた。
(この版では最後は正面に向かいお辞儀をする)

(2日目はローズ・アダージョ冒頭のアチチュードの方でややバランスを失ったが初日は全て完璧だった。しかし後述するように、私は2日目の方がずっと心動かされた。)

米沢の技が余りにも完璧で、かつけれん味を見せなかったから
「淡々」として見えたかものかもしれない。
しかし、よく見ていると、
彼女の踊りはローズ・アダージョそのものの構造を浮きたたせ、
その中に米沢独自の解釈を忍び込ませている。
それは、大方に圧倒的な印象を残すものではないかもしれない。
しかし、
一見「淡々」としながらも、作品の構造(音楽と振付の有機的連関)を
ひとつひとつ積み上げていくことで、見る者にそのイメージがじわじわと伝わってくる。
それが米沢唯の踊りの特色でもある。
『眠れる森の美女』のような物語解釈を全面に出し難い作品であっても、
若き乙女の花を開かせながら、父王への愛という彼女なりの意味を付加していた。

カルサーヴィナは、ローズ・アダージョについて、次のようにも述べていた。
「ローズ・アダージオの見事な構成について言えば、それはプティパの才能のどんな潜在的可能性が、チャイコフスキーの音楽によってめざめさせられたかを雄弁に物語っています。アダージオを同時に追いながら音楽を注意深く聴いてみると、プティパの振付が音楽と同じシンフォニックな原理にしたがって展開していることがわかるでしょう。」


「ヴァリアシオン」

アラベスクして広い4番、アティチュードしてまた広い4番に
バレエの教則本のような振りを、ヴァイオリンの音に合わせて静かに降りる。
舞台に清らか空気がピーンと張りつめる。
米沢の踊りからははっきりと分る身体の「強度」は伝わってこない。
しかし、
静かな柔らかな緊張感ともいえるものが、からだから醸される。
そこが彼女の踊りの不思議なところだ。

中間部、ディアゴナルにロンド・ジャンブ・アン・レールを続ける。
字義通りに脚が宙をふわっと舞う。
今やヌレエフの薫陶を受けたパリ・オペラ座でも
美しいロンド・ジャンブ・アン・レールは見られなくなってきたが、
久しぶりに滑らかで美しいロンド・ジャンブ・アン・レールを見た思いだ。
繰り返されるうちに、脚の美しい動きのイメージが徐々に広がっていく。

後半、4番から回り4番に降りる。
これが音楽にぴたっと決まっていく。
但し、回るたびにそこに米沢独特の軸線が立ち上がるので
ぴたっと音も動きも停まっているのにも関わらず、
動きの残像が目に留まる。
だから、ぴたっとしているに、余韻が残るという不思議な印象を私は持った。
そうした彼女の動きが、
張りつめていながらも、いやらしさのない清楚な空気(アトモスファー)を醸していたのだろう。

コーダは米沢の軸はたぶん今の日本で踊るダンサーの中で最もしっかりしているので、
もっと飛ばす事も出来るだろうが、ここでもけれんは微塵もない。
正確に余裕を持って回っていき見事なフィニッシュ。

これだけ清楚で完成されたオーロラのヴァリアシオンは、そうはない。
舞台に清らかな風がさっと吹き渡った。
惟うに、踊っている米沢も見ている観客も
そこで<バレエ>の美が現出されている事を感じてはいる。
しかし、それが余りにも予想を越えたものだったので、ややあっけにとられていたようにさえ思えた。
そして一方で、それはもっと劇的なケレン味を期待する人にも予想に反したのかもしれない。
米沢のオーロラはあくまで清楚なのだ。

このヴァリアシオンを見たということは、きっと私の心の長く残り続け、
オーロラのヴァリアシオンの基準となるだろうと、思った。


「コーダ」

ローズアダージョのコーダでもあり、第1幕での幕でもある。
エリザベート・プラテルが長い「オペラのレシタティーフのような」と云った、それだ。
ここで米沢はたっぷりと演じていた。
「大丈夫」と思ったのに徐々に不安となり倒れて行く様は、
通常のオーロラよりもずっとドラマチックだった。
これは小野絢子もそのように演じていたので、
この版としての演じ方なのかもしれない。
ただ、他の部分の演技を抑え気味にしている分、
米沢のそれは特に際立った。
ジゼルの狂乱というほどでは勿論ないが、
彼女のあの『ジゼル』の名演を少し思い出したほどだった。




第2幕

今回の新国立バレエイーグリング版は、第2幕にその特徴が最も現れる。

「狩りの場面」
通常王子(この版では英国系の「フロリモンド」や「チャーミング」ではなくロシア系の「デジレ」と称される)のソロに使われることが多い「伯爵夫人の踊り」で
王子と伯爵夫人が踊る。
伯爵夫人は、湯川麻美子と本島美和が日替わりだったが、
この二人がそれぞれの個性を活かした演技をして
王子の友人役のマイレン・トレウバエフと共に舞台に厚みを作っていた。
こうしたシーンを作れるようになったことに、バレエ団の充実を感じる。
このシーンがちゃんと成立しないと
これもこの版の趣向である、直後の王子の憂いのあるソロダンスに繋がらない。

「王子のソロ」
王子のソロは、原曲第3幕の「サラバンド」が使われる。
これは1946年初演のド・ヴァロワ/アシュトン版を踏襲しているが、
振付は大分異なる。
ド・ヴァロワ/アシュトン版
→ https://www.youtube.com/watch?v=b2U27TdrBbw&index=6&list=PLobg54P1YodylVfOD7nibqKMiAIZyRvh3

「サラバンド」は16世紀スペインの舞曲で、その後17、8世紀には欧州の宮廷で踊られていた。
アシュトンの振付にはそれを意識した古い宮廷舞踊の動きが取り入れられているが、
新国立のイーグリング版にはそうした意図は感じらけなかった。
(ヌレエフ版もこれを第3幕の冒頭で古式宮廷舞踊として踊らせている。)

一方、1978年にコヴェントガーデンで上演されたマクミラン版と思われる
王子のソロ(デヴィッド・ウォール)はアシュトンのものとは異なる。
→ http://youtu.be/H8L3l9KM9_0?t=1h11m19s
今回の振付は回転技などの入っているこちらの方に似ていた。

王子役のゲスト、ワディム・ムンタギロフは、
初日でのこのダンスはまだ熟れていなかったが、
2日目にはそれなりの憂愁漂う仕上がりになっていた。


「パ・ダクシオン」
王子はリラ精に導かれて森の奥深く分け入ると、
幻のオーロラが、現実の姿として飛び出してくる
というのが、多くの版だが、
今回の版ではオーロラは上手奥から飛び出してはこなかった。
パ・ド・ブレで静々と出てきた。
これは「幻」としては、良い演出だった。

「幻」のオーロラが、王子によってリフトされると、
(『ジゼル』第2幕での最初がそうであるようにここでは「王子」役というよりも「サポート」役)
飛翔する「妖精」になり、また消える。
「ヴィジョン・シーン」と称されるこの場面が、
『ラ・シルフィード』や『ジゼル』第2幕を受け継いでいることがよく分かる。

先に引用したカルサーヴィナの講演でも、
「オーロラ姫は肉体をもった現実の存在としてではなく、幻の存在として現れます。男性ダンサーが女性ダンサーを支えるリフトの技法は、アダージオの最も重要な手段ですが、王子の手がバレリーナに触れるか触れないかというところで、姫は、つぎつぎと入れ替わるコール・ド・バレエの集団に包まれて姿を消してしまいます。第二幕の叙情的抽象性を表すために、こうしたやりかたが必要だったのです。そこでは地上的なものはなにもなく、姫役の踊り手はそのことをけっして忘れてはなりません。」と、述べられている。


チェロの美しく静かな旋律が始まる。
チャイコフスキーが交響曲第5番第2楽章で描いた世界が立ち上がってくる。
このシーン、『眠れる森の美女』を見る見物にはそれほど重視されていないようだが、
全作中の肝であり、中心であると、私は考えている。
このシーンがなければ、このバレエはただの様式美だけの踊りの群れとなり
物語として結構を欠く。
憂いを秘めた王子が、呪いで眠らされているオーロラに出会う。
リラの精も含めて、ただ、王子の夢想なのかもしれない。
王子は、ライラックの香りに導かれ森の中で午睡し<夢>を見ただけかもしれない。
しかもこの版のオーロラ(の衣装)はリラ色に染まっている。
しかし、それでいい。
<バレエ>は所詮は夢想なのだ、だが、その夢想が人の想像力を拡げ、心に可能性を与える。
バレエの、物語としての、心の想像力の飛翔としての、可能性が、この幕には詰まっている。

チェロの美しくゆったりした旋律の中で
王子はオーロラの幻を追う。
オーロラは王子の肩にそっと触れながら、ターンして大きく脚を上げ行ってしまうと、二人の間にまたリラが分け入る。
米沢はここで高く大きく脚を上げているように見えた。
(「ローズ・アダージョ」よりもずっと)
あたかもその振りにアクセントをつけるかのように。
他のシーンでの彼女の動きが抑制的だからこそ、より大きく見えたのかもしれない。
と云うよりも、遅めの音楽に合わせたっぷりと音を採った結果、大きく脚を上げ下ろしたと云う方が正確だろうか。
だから、脚が強調されたというよりも、
音の響きが、米沢の脚の動きをなぞって、空間に大きく弧を描いたように見たのだ。


その後のファースト・タッチ(冒頭でのそれはリフトのサポートとしてなので)、
ここはこの一場の要だ。
王子は初めてオーロラに触れた(オーロラは初めて王子に触れられた)からだ。
ア・ラ・スゴンドゥ、アラベスク・パンシェ、
軽く視線を交わしてからのピルエット、
幻のオーロラから徐々に肌の暖かみが立ち上がっていく/立ち上がってくる。
それは王子の視線と身体とに私たちが同調して、この「幻」のオーロラを見感じているからだろう。
だが、オーロラはまた王子から立ち去り森の精たちの間に分け入る。
チェロとフルートの対話の中、
ここでのオーロラはリラに操られているのではなく、
自分の意志で動き始めたように見えてくる。
弦楽が合奏となりクレッシェンドしつつ大きくなっていく。

そして、
伴奏のヴァイオリンがトレモロで刻み始め、再び主旋律が奏でられると、
(チャイコフスキーの音楽はそれだけで十分に心情の揺れを表現している)
王子はオーロラに2度目のタッチをして、それと同時に
オーロラは、正面に向かって静かにアティチュード・ドゥヴァンをする。
花がひらくかのように脚と腕を開く。
ア・ラ・スゴンドゥを通って、前へパンシェ
視線を交わし、回り、後ろ向きで正面へ身体を反らす。

ここの一連の米沢の動きは、あくまでイン・テンポ、
逆に言えば音楽にぴたっと合っていて、回転になると途端に速く回るとかは決してない。
彼女にはそれだけ軸をキープする技術がある。
だから、回転から正面へ反る動きが、ゆったりと優雅に見える。

遅めの音楽のテンポを正確に刻む。余分な動きを付け加えて心情を現すのではない。
身体の動きが、チャイコフスキーの音楽とプティパの振付とが一体となって、心情を現していることを、
見事に体現していた。

このシーンの振付は、サポートという<バレエ>の技法概念が、物語の男女の<思い>に重ねられる。
まさにプティパの振付と物語人物との心情が一体化する傑作である。
だからこそ、王子とオーロラの身体的なタッチが重要な意味を持つのである。


新国立劇場開場記念公演の森下洋子と清水哲太郎のこのシーンも素晴らしかったが、
(リラの精は菊地美樹)
彼らのアプローチはもっと気持ちが前面に出てくる感じだった。
今回の米沢唯とワディム・ムンタギロフの二人は、振付以外の感情表現を抑制しながら、
音楽と振付に依ってこのシーンの心情を語らせていた。
それだからこそ、このシーンの「振付」の素晴らしさが際立って見えてきた。
古典作品への素晴らしいアプローチだと思った。
まさにこの上ない、プティパとチャイコフスキーへのオマージュだった。


「ヴァリアシオン」
2幕後半は、今回のイーグリング版の特色が最も際立っている。
まず、オーロラのヴァリアシオンが、今迄にないものになっている。
通常、ここのヴァリアシオンは、3つの型に分けられる。

1 マリインスキー・セルゲイエフ版などのもの
これは1922〜3年のマリインスキーでの改訂版を手がけたフョードロ・ロプホーフが振り付けたとされている。(オリガ・ロザーノワ「『眠れる森の美女』について」 新国立バレエ団初演時パンフレット 1997年10月)   注2参照のこと
2 バレエリュス経由で入ったと思われる英国系のもの(ピーター・ライト版も含む)
3 ヴィハレフによる初演復元版(これはモスクワボリショイ・グレゴローヴィッチ版も同じで、セルゲイエフ版などでは第3幕冒頭でリラの精によって踊られるヴァリアシオンになっている)
詳しくは以下を参照されたし。
「『眠れる森の美女』ー第二幕オーロラのヴァリアシオンの違いから見える『バレエ』の奥深さ」 → http://zoushigaya.seesaa.net/article/408519801.html


しかし、今回の新国立バレエ団改訂のイーグリング版では、
このどれにも該当しないものだった。
初日にこの振付を見た時は大いに戸惑った。
このヴァリアシオンには、この幕の最後を飾るパ・ド・ドゥと共に
改訂者のイーグリングの強い意図が働いていると思わざるを得ないのだが、
これについて、イーグリングは特に語ってはいない。

舞台奥の上手から遠景のオーロラが徐々に前へと踊りながら移動してくるその様は、
幻景だった彼女が次第に実景となってくるようにも思えた。
「1」が印象的なアラベスク、
「2」がア・ラ・スゴンドゥに特徴があるのに対して、
この版はアラベスクだけではなく回転技も入っていた。
初日よりも2日目の方が米沢の踊りは熟れていて、徐々に心情が増してくるように見えた。
これは見る側にも余裕が出たからかもしれないが。


「パノラマ」
また、趣向はこの後のパノラマにもある。
通常はリラの精に伴われた王子が森のお城へと向かうだけだが、
ここで森の精のコール・ド・バレエが綺麗に踊った。
このシーンは、バレエ団の特徴を良く活かして見応えがあった。
彼女たちは樹の蔦が絡まったような緑を基調とした衣装だった。


「カラボス」
イーグリングは、リラの精とカラボスを同等に重視し、
「今でこそカラボスの表現にはさまざまな表現手段もあるようですが、私の場合はリラの精と同等のパワーを感じるような役柄にしたかったがために、トウシューズで踊るという表現を選びました。オリジナルの曲を聞くと、チャイコフスキーもカラボスとリラの精に対して同じ比重をかけて作曲していると感じます。最初から最後までその二つは同等に大事な要素として表現されているのです。」
と、述べていた。 
「新制作にあたって」(『新国立劇場バレエ公演 眠れる森の美女 パンフレット』 2014年11月)

しかし、残念ながら、
ここでカラボスが退散するシーンなどでは、そうした構想は活かされず、あっけなくカラボスは居なくなる。
プロローグでは、大きなタランチュラに乗ってきて颯爽と登場するカラボスは、確かにリラの精と対峙してはいたが、ここでもなぜトウシューズで踊らせたのかは不明だった。
(リラの精とカラボスとの対峙の在り方については、『読売新聞』での村山久美子レヴューも違和感を表明していた。『読売新聞』11月24日付け→ http://ow.ly/IIj4G

2幕に至り、この幕がオーロラと王子の幕であることを優先すれば、
カラボスの出番は必然的になくなったのかもしれない。
そうしたドラマトゥルギーを優先すれば、
無理やり「戦い」シーンなどを入れることは出来なかったのだろう。
「カラボス」に関しては文末の「注3」も参照されたし。

さて、カラボスが消え、
オーロラが目覚めると王子とのパ・ド・ドゥが始まるのが、この版のもっとも大きな特徴である。

「パ・ド・ドゥ」
第2幕が、オーロラと王子の幕である事は、オーロラが目覚めた後に流れ始める
「間奏曲」によって表現される。
「間奏曲」はチャイコフスキーの楽譜通りであれば、「パノラマ」の後、
王子が森の城に辿り着く前に入るのだが、
曲順を変えて第2幕の最後に入れられた。
この版の演出・振付のイーグリングが、
第2幕をこの二人の夢のようなパ・ド・ドゥで閉じたかったためだろう。


ベッドから起き上がったオーロラが、王子と共に国王と王妃と挨拶を交わすと、
舞台は暗転し、王宮のセットは視界から消え、
ネグリジェのままのオーロラは王子と見つめ合っている。
音楽が流れはじめても、
お互いの瞳の中に映っているお互いの自分の顔を確認でもするかのように、
ずっと深く見つめ合っている。
そしてはっと気がついたかの様に踊り始める。

通常の版を見慣れてた目には、お姫様がネグリジェで踊る事には違和感をもつ。
『眠れる森の美女』という作品の品格を落してめているのではないかと。
ピーター・ライト版や牧阿佐美バレヱ団が上演するウエストモーランド版では、
オーロラは通常の版のように豪華なチュチュを着たまま眠っていて、
その衣装で踊る。
(ウエストモーランド版では、間奏曲が原典版の位置で挿入され踊られるので、
王子がオーロラの夢の中に入っていったような印象を受ける。)

振付全体の印象は、『ロメオとジュリエット』のバルコニーのパ・ド・ドゥを思い起こさせる。
イーグリングがロンドン・ロイヤルバレエ団でまだ10代後半だったアレクサンドラ・フェリと踊ったこのシーンは、映像にもなり名演の誉れ高い。見物の誰もがそれを思い出さずにはいられない。
19世紀の『眠れる森の美女』という作品に、20世紀の『ロメオとジュリエット』の記憶が貫乳する。
もちろんマクミラン振付のように、ロメオが踊りまくりアクロバティックなリフトはなく
古典的な振りだが、そうした抑制された振付であることが、このシーンには合っていた。
が、
ラストシーンでの身を捩らせながらの深い<ベーゼ>は、
やはり『ロメオとジュリエット』を思い出さずにはいられなかった。
そしてそのベーゼしている二人の姿のまま、するすると幕が下りた。

イーグリングはこのシーンに関して
「ファンタジーの世界、夢の世界のような感じです。セットなど何もないプレーンな場面なので、もしかしたらオーロラ姫のイマジネーション・・・空想の世界の出来事かもしれないということを想起させるような雰囲気に仕上げる予定です。」

ネグリジェで『眠れる森の美女』のオーロラ姫が、王子とベーゼするという事を気にしない為には、
これは物語の現実ではなく、若い娘の空想の世界だと思うしかないだろうか。
高貴なお姫様であってもあのようなエロチックな夢想をするのだと。

しかし、通常の演出にくらべれば、明らかに印象は違う。
これをどのように評価するかが、この版の評価の分かれ目になるだろう。
典雅な王宮の世界に、あの深い<ベーゼ>によって<エロス>の要素が注がれたと言わざるを得ないし、
それが現代的なのだとも言える。

とはいえ、特に、米沢唯/ワディム・ムンタギロフの2日目(11月11日)の、
この幕が降りた時の場内にじわが寄るような静かな反響は、
良い舞台がそこに現れたことを、観客がはっきりと感じとったあかしだったと思う。
幕間のフォワイエでも、若い人達が熱心に今見た舞台のことを語りあっていた。
新国立劇場のフォワイエが、このように熱気を帯びることはそんなにはない。
 
『眠れる森の美女』という古典作品の常識からすれば、この第2幕終幕のパ・ド・ドゥは疑問点が多い。
しかし、そこで米沢とムンタギロフが踊ったパ・ド・ドゥは本当に夢のような美しい愛(古典としての<ラムール>だけではなく現代的な<エロス>も伴った)にあふれていた。
見物はそれを感じていたのではないだろうか。


全幕を貫くドゥラマトゥルギーはどうであれ、
この日の第2幕には<愛>があふれていた。
それくらいに素晴らしい舞台だった。
だが、そうした思いに浸る一方で私は、これで第3幕はどうなるのだろうかと、少し心配にもなった。

初日(11月8日)の主役二人の第3幕は完璧に近い上出来で、古典作品の粋であったと思う。
しかし、その日の2幕は余り印象に残らなかった。
今回はそうではない。
古典の枠からはみ出した第2幕を見事に表現して、
再び古典世界の姫と王子に、二人は戻れるのだろうか。




第3幕

「美術」ー100年はいつからいつかー
イーグリング版の第3幕は、装置(川口直次)や衣装(Toer van Schayk)が帝政様式に見える。帝政様式→ http://ow.ly/G5oN5
振付家は当初から100年の時の流れを舞台美術で表現すると表明していたが、
この第3幕を見ると、舞台がナポレオン時代かしらと思えた。

バレエ『眠れる森の美女』のそもそもは、
プロローグがユグノー戦争を治めたブルボン王朝初代アンリ四世(1553-1610)の16世紀〜17世紀初頭(第3幕のアポテオーズで「アンリ四世讃歌」が奏でられるのは百年前への回顧と讃美)で
→ http://www.nicovideo.jp/watch/sm5171827

百年後の第3幕は、アンリ四世の孫にあたるルイ十四世(1638 - 1715)の17〜8世紀に設定されている。
初演時の第3幕は背景がヴェルサイユ宮殿のように見える庭園が舞台だった。
(美術 Matvei Chichkov )→ http://www.artgallery.wa.gov.au/exhibitions/images/shishkkov.jpg

パリ・オペラ座ヌレエフ版の衣装(Franca Squarciapino)は、
プロローグはジャン-バティスト・リュリ(1632-1687)がフランス語を用いた一連の叙情悲劇 tragédie lyrique(1670-80年代)の衣装デザイン(Jean Bérain) に基づき、第2、3幕は18世紀の絵画を参考にしている。(”La Belle au bois dormant BALLET DE L`OPERA NATIONAL DE PARIS” Paris,1997 )
Jean Bérainの衣装 → http://www.balletto.net/giornale.php?articolo=2041


所が、新国立劇場の新版は、
プロローグでの国王の衣装(マントの百合紋)や王妃の髪型が、
ルイ十四世と王妃でスペインのフェリペ四世の娘マリー・テレーズ・ドートリッシュを思わせるものであった。
マリー・テレーズ・ドートリッシュの肖像→ http://ow.ly/G5mep

一方で、
第3幕は帝政様式の新古典主義に見え、
それは同じ新古典様式のパリオペラ座ガルニエ宮の衣装を想起されるようにも見えもしたが、
新国立版の美術カットが一部見られる
→ http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/sleeping/introduction/index.html

王妃の姿は、1810年のナポレオンとマリー・ルイーズの結婚式の時に
Armandine Marie Georgine de Serent が着用した衣装によく似ていた。
http://www.gogmsite.net/empire-napoleonic-and-roman/ca-1809-court-train-manteau.html

この衣装も含めて全体がダヴィドの描くナポレオンの戴冠のイメージに思えもした。
→ http://www.mmm-ginza.org/museum/special/backnumber/napol/napoleon.html
ここではブルボン王朝を象徴する百合紋はもう見られない。



勿論、第3幕もヴェルサイユだと強弁することも可能かもしれないが、、
私にはヴェルサイユのバロック様式には見えなかった。
ヴェルサイユ宮殿→ http://jp.chateauversailles.fr/homepage 
鏡の間→ http://jp.chateauversailles.fr/jp/discover-the-estate/the-palace/the-palace/the-hall-of-mirrors

100年はいつからいつか?
私には今回の新国立新版の100年は
ルイ十四世の時代17、8世紀〜ナポレオンの時代19世紀初に見えた。
3幕が帝政期でないとしても、プロローグはルイ十四世時代に思えるのは動かし難い気がする。

すると、その100年後はどうなるのか、
フランス大革命がそこにはあるということになってしまう。
オーロラは、革命の曙だったのかと。
そうすると、3幕のキャラクテールダンスで最も印象的だった、
「パ・ペリシオン」の音楽を用いた男性のソロ(八幡顕光、小野寺雄)が俄然意味を持ってくる。
その衣装は庶民的なものだったし、振付も優雅な古典スタイルとは全く違う激しいものだった。
あれは革命の乱入だったのかと。
そのダンスを鷹揚に見たオーロラと王子のその後は、どうなってしまうのかと。

舞台の100年がいつか、
様式を全く提示しないような無時代的なものであるのなら兎も角も、
敢えて100年の違いを出すと意図したのであれば、
その100年をどこに設定するかは重要なことであり、
それがいつの時代かによって、その物語をどう見るか、
その後の物語はどうなるのかと、
見る者は否応なくイメージしてしまうものなのだ。


Aurora acte3 Bakst.jpg

Aurora, act 3 of "Sleeping Princess" (レオン・バクスト、1921)


「祝宴の踊り」

第3幕「踊り」順番
序「ポロネーズ」
1「宝石」(エメラルド、アメジスト、サファイア、金)
通常踊られている「サファイアの精」の5拍子のソロ(22-d)はカットされ、踊られる事の少ない「金の精」(22-b)のソロが入る
2「白い猫と長靴を履いた猫」
3「フロリナ姫と青い鳥」
4「赤ずきんと狼」
5「親指トム」(パ・ペリシオン)
6「グラン・パ・ド・ドゥ」
終「マズルカ」
「アポテオーズ」

「宝石」
通常演奏される五拍子の「銀の精」は(原典では「サファイア」)はカットされ、
カットされることの多い「金の精」が、初演時の音楽とともに、
初演時にはこの曲が第2幕のオーロラのヴァリアシオンとして振付られた
(現行のセルゲイエフ版では第3幕のリラの精のヴァリアシオン)
その振りを幾らか残しながら
男性らしい大きな踊りに変えられて踊られた。
(福岡雄大、池田武志、小野寺雄)

「赤ずきん」
振付を現代風に工夫した「赤ずきん」を踊った五月女遥が出色。
ダブルキャストの広瀬碧も良かった。

「親指トム」(八幡顕光、小野寺雄)
最後に踊るのが庶民たる「小人」の乱入で、
これが異彩を放って良い出来だった。

そしてその直後に
オーロラと王子のグラン・パ・ド・ドゥが始まる。


「グラン・パ・ド・ドゥ」

一体、『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥとは、
どのような踊りで、そもそもどこにそのに中心がくるべき踊りなのだろうか。
これを考えずに漠然とやってしまうと、フィッシュ・ダイヴの連続ばかりが印象に残ってしまう。

以前の新国立バレエ・セルゲイエフ版にはアントレで
宝石たちが踊り祝福をしたが、その部分は今回の版ではカットされている。
以下、チャイコフスキーの音楽の流れに沿って振付を示し、さらに米沢唯の踊りの特徴も記す。

1-a 主題 主題は弦楽器のアルペジオの伴奏にオーボエで奏でられる ハ長調
 ・王子が腕を持っての後方への反りをそれほどしない。
 ・アティチュードでパンシェし、アラベスクへ、一度離れて再びパンシェ
1-b リピート
 ・アティチュード・プロムナード (1幕のローズ・アダージョの回顧)
 ・正面前に反ってから、アラベスク(2幕のヴィジョン・シーンの回顧)
 ・アラベスク・パンシェで王子のサポートにより回る
 ・決めのポーズ(「シルフィード」のポーズ)にはアクセントをおかない

2-a 音楽が徐々に加速、それに伴いリフトされる
 ・リフトされての片足を交互に上げる(英国系の特徴、原典復元版も同様だが、ロシア系は異なる)
 ・降ろされて回転して片手アンオウで横への身体のを曲げる直ってポーズ

2-b 主題のリズムが再現され音楽より強く
 ・フィッシュ 回転してフィッシュ・ダイヴ 脚はそれほど高く上げず反らさない(原典復元版及びロシア系はフィッシュ・ダイヴをせず、後ろに倒れ掛かる。ロシア系は『くるみ割り人形』の振付が影響しているようにも思える。)

3-a 主題がトランペットの強奏で再現される。ここが音楽的中心
 ・回ってからのアラベスク・パンシェ 深くしない(原典復元版、ヌレエフ版はパンシェをせずパ・ド・ブレで後方へ移動)
 ・一度デイアゴナルに離れて近づき、回転してアラベスクでパンシェ、
 ・さらに音楽が盛り上がる所で回転して腕を開きを、繰り返し、正面前へ進む

3-b 主題は徐々にさざ波の様に静まっていき、
 ・オーロラが床に腰を下ろすと、王子が手を差し伸べ受けゆっくりとアラベスクに立ち上がり(原典版、ヌレエフ版アラベスク・プロムナード)、回転して静かにフィッシュ


弦楽器のアルペジオと静かでゆったりしたオーボエの主題で始まったアダージオは、形を変えながら徐々に加速し、強まり、トランペットの強奏で再現され頂点に達し、再び静まり、弦と管楽器の受け渡しを経ながら静かに閉じられる。
その音楽構造に合わせて(プティのチャイコフスキーへの指示は「6/8拍子」と「非常に長くゆったりしたにアダージオ」のみ)、プティパが構成した振付の見事さが、目に見えて感じられる踊りだった。

特に前半部では、ローズ・アダージョやヴィジョン・シーンを想起させる振りがあり、その後、リフト(原典版)、フィッシュ・ダイヴ(原典版は回転及び倒れ込み)を経て、大きく花が開く。
この部分も、ローズ・アダージョでの音楽的頂点、リフトの後でのオーロラが最後に大きく腕を開いく所と対応している。
だが、ローズ・アダージョでは若い姫として一人で踊っていた(求婚者達のサポートはまさに黒子でしかない)のが、ここでは王子と「二人」で「愛」を完成させるパ・ド・ドゥになる。

まさに、物語の中でのオーロラの成長が、グラン・パ・ド・ドゥという<バレエ>の形式を完成へと導く。
逆に言えば、そのような「成長」(物語としてかつダンサーの技倆として)がないと、「オーロラ」の<愛>と<バレエ>は完成しない。
踊りと物語とが、渾然一体となっている。
だからこそ、『眠れる森の美女』はクラシック・バレエの究極の作品と云えるのであろう。

こうしたことを、私たちが、忘れがちになるのは、
単に技術や表面的な造型に囚われ、
本来、音楽の構成と振付と物語が渾然一体となっていることを
バラバラに捉えてしまうからかもしれない。
また、ダンサーもそうした踊りをせず、ある一部分の振りに強度を求めて、
自分のダンスとして表現することを求め過ぎているからかもしれない。

だが、米沢唯とムンタギロフは、このパ・ド・ドゥの頂点を、その音楽と振付が指し示す場所において踊った。
オーロラが、音楽の頂点(3-a)で回転し正面に向き直り、王子のサポートで腕をふわっと広げたとき、まさに舞台の背後から光がさしてきた。「オーロラ」が立ち現れた瞬間だった。
これこそが、チャイコフスキーの音楽とプティパの振付とが目指した『眠れる森の美女』の主人公の姿なのだと、私は今回初めて感じることができた。

それは単なる私の幻想かもしれない。
しかし、バレエという芸術とは、冒頭から音楽と振付と物語とが絡み合いながら進み、見る者の身体に記憶として堆積していくことで、フィナーレにおいてそれが一気に花開き、見る者の身体を震わせるものではないだろうか。
米沢唯とワディム・ムンタギロフの、特に2日目の第3幕はそれを呼び起こしてくれた素晴らしい舞台だった。


「王子のヴァリアシオン」
ムンタギロフのヴァリアシオンは、とてもノーブルに踊りながら、かつコーダの最初のジャンプを大きく跳んだ。優雅さと大きさとの両方を兼ね備えた優れた踊りだった。

「オーロラのヴァリアシオン」
冒頭の5番からパッセは、ロシア系では背中から腕も含めて上半身全体を揺らすが、英国系では上体をしっかりとボックスのように固定して腕と脚で動きを付ける。これを美しく見せるのは中々難しい。
米沢は、脚の動きにアクセントを余り付けず抑えながら、腕をひらひらと揺らし美しかった。
また、5番からのサンジェマンーアラベスクの連続も、音にピタッりと決まる。(これもロシア系だと脚を横に大きく拡げる)
その繰り返しの後、パ・ド・ブレで上手奥へ。
そこからあの難しい腕の動きが待っている。ここもロシア系と英国系とでは大分動きが違うが、回転を入れたりポーズを入れたりするロシア系に対して、英国系は基本的に徐々に腕を上げ続ける。なので誤魔化しがきかない。(ヌレエフ版は途中で回転など、原典版はポーズを入れたりする、英国版は同じ振りを続ける)
米沢は、最初は腕を体の内側にやや絞りながら、徐々に外側へと開いていく。
なので、その姿は、莟がヴァイオリンのチャーミングな音色に絆されてゆっくりとひらいていくように見えた。
1幕、2幕のヴァリアシオンも素晴らしかったが、難しい3幕のヴァリアシオンも出色の出来だった。
コーダも、彼女らしく決して脚は高く上げないが回転軸の立ち上がる美しいものだった。


コーダ
ここでのテンポが、もの凄く速い。
『眠れる森の美女』のコーダでこんなに速いのは見た事が無い。
(別の作品だが、マリインスキーでアスィムルラートワがニキヤを踊った3幕のコーダはこれと同じくらい速く感じたが)
この速度の意味は、何なのだろうか。

しかし、どんな速度であっても米沢とムンタギロフには、余裕があった。
一般にはテンポが速いと遅れまいとしてやや前へは出がちになるが、そんなことはなく、ほんの僅かに遅れ気味、実はその方がダンスは音に付くのだが、そのテンポをしっかりとキープして踊り切った。
回転して腕を開くポーズの高速度での繰り返しが、見る者にその都度シャッターを切らせ、一齣一齣をはっきりと印象付けるから不思議だ。
高速度と瞬間的な停止の連続が作る極みというか、何か凄いものを見た気がした。
観客も否が応にも盛り上がる。
今迄ずっと抑え気味に踊っていた二人の、何かが弾け飛んだかのようだった。
だが、だからといって「ここぞ!」との見栄を切ることはないので、全体の流れに違和感は無い。

『眠れる森の美女』のグラン・パ・ド・ドゥのコーダを、優雅に決めるのではない。
このテンポは他の組も同様だったのだから、演出者の意図だと言える。
第二幕でのラスト・シーンと類似した意図があったのかもしれない。

若い二人の迸る<アムール>の力が、またそれを可能とする現代のダンサーの技術(その技術はその強度においてコンテンポラリーダンスに通じるものさえ感じた)が、この高速度を実現し、古典の枠を越えたともいえる。
第二幕を見終えた後の思いは杞憂だったか。

古典の枠からはみ出したことに、ここでは何故か違和感がなかった。
それは、
一瞬のダンスが永遠に感じられる錯覚、
オーロラの100年が一瞬に溶け出し、現代の私たちの今の時間と繋がる時。
コーダの高速度は、結果的にそれを実現していたように思える。
それは敢えて言えば、今の私たちの<現代>が二人の求めた速度だったのかもしれない。
目の前で動くダンスの身体自体が、見る私をそちらへと引き込んだからかもしれない。

この高速コーダには批判もあった。
が、私が振付家だったら、若い二人にこのような速度の限界に挑ませ、
その果てに<時間>を無化した世界を最後に作ってほしいと願ったかもしれない。

演出・振付のイーグリングの意図は分らない。
100年の差異への拘りも、こうなると何もかも無化されてしまうからだ。

ダンスが、<時間>を越えた。
そこでは誰も、「時(瞬間)よ、とどまれ」とは云わないだろう。
そう思えた、終幕だった。


しかしもしそうであれば、「アポテオーズ」は蛇足だったかもしれない。
ヌレエフ版のように、踊り続けるダンスの中で幕を降ろす方が良かっただろう。
イーグリング版『眠れる森の美女』は、
原曲通り「アンリ4世讃歌」で幕となった。
(了)
 


時々この水の中から
花をかざした幻影の人が出る
永遠の生命を求めるは夢

淋しみは美の本願なり
美は永劫の象徴


Rosa, color tuus est murex aurora doloris,







注1『マウリス・プティパ自伝』(新書館、1993)所収「ロンドンのロイヤル・バレエ・スクールで、一九六五年五月十九日におこなわれた講演」とあるが、オリジナルテキストは記載がなく不明。

注2
Lopukhov analysed the music and the choreograph of the Sleeping Beauty and claimed that Petipa, when working only with repetiteur, produced unmusical dances such as Aurora`s variation in the "Vision scene". --Natalia Roslavleva "The october revolution and after" from "ERA of the Russian Ballet" (London,1966) p.203

注3
「『カラボス』を男性が踊るか女性が踊るかの上演史」
初演時は男性ダンサーによって演じていたカラボスを、
女性ダンサーが踊るようになったのは、
1921年のロンドンでのバレエリュス公演からだと思われる。
(ロシアでは現在も男性が演じている)
この時、カラボスを踊ったのは、何とオーロラの初演者であった
カルロッタ・ブリアンツアであったとされている。
1867年生まれの彼女は、当時、54歳。
とすると、ほとんど踊らないマイム役だったと思われる。
ロンドン・アルハンブラ劇場でのパンフレット
→ http://lcweb2.loc.gov/natlib/ihas/service/vaultscan.2/200181868/200181868.pdf

基本的にバレエリュスを継承しているド・ヴァロワのバレエ団(後のロンドン・ロイヤルバレエ団)だが、
カラボスに関しては、
1939年の「Sleeping Princess」(Pamela Mayによるリハーサル)では、
フォンテーンのオーロラ、ヘルプマンのフロリモンドにジョン・グリーンウッドがカラボスをつとめる。
戦後の1946年のオリバー・メッセレルによる美術での再演では(最近コヴェントガーデンで再演された)ヘルプマンがカラボスを演じている。
男性をカラボスが演じる系譜がロンドンの演出でも受け継がれ、
1946年の第1幕の写真を見ても、黒く長い衣装に身を包んだヘルプマンのカラボスはとても雄弁に舞台を支配しているのが分る。多分彼が男性版カラボスの基本形を作ったのだろう。
しかし、1967年にケネス・マクミランがベルリン国立バレエに振付けた版では、女性がカラボスを演じた。
これを受けて翌年ロンドンのロイヤルバレエがピーター・ライトの演出・振付により改訂した
『眠れる森の美女』では、同カンパニーで初めて女性がカラボスを踊っている。
(Julia Farron)
マクミランはその後、1970年から(〜77年)ロンドン・ロイヤルバレエの芸術監督に就いたので、ピーターファーマーの美術により1973年にロンマクミラン版がロンドン・ロイヤルバレエでも上演される。
これらの時期になりロンドンでは、女性によるカラボスが演じられるようになった。
その後、奇抜な美術で話題となったアンソニー・ダウエル版では、ダウエル本人がカラボスを演じ、男性に戻ったが、2006年に46年の版を再演するとしたモニカ・メイスン版では、なぜか元の男性カラボスではなく、女性が演じた。(Kristen Mcnally)
2006年のモニカ・メイスン版については
→ http://www.roh.org.uk/productions/the-sleeping-beauty-by-marius-petipa

ルドルフ・ヌレエフが1966年にミラノ・スカラ座で演出・振付をした版は、女性がカラボスを踊っていた。
スカラ座版のカラボス登場シーン
→ http://youtu.be/RkAHSXki4eI?t=24m13s

ローマ歌劇場の監督も勤めるカルラ・フラッチが同歌劇場André Prokovsky版でカラボスを踊っている映像(2002年)
→ https://www.youtube.com/watch?v=tJWQ-r4Md0Q

André Prokovskyは2009年に亡くなっている。
その時の記事→ http://www.nytimes.com/2009/08/21/arts/dance/21prokovsky.html?_r=0

スカラ座のヌレエフ版は、その後1973年にカナダナショナルバレエ団で上演され、ヌレエフがデジレを踊り映像化された。その後、改訂されて1986年にパリオペラ座で上演され、1999年12月上演時の映像が残されている。→ https://www.youtube.com/watch?v=FJlR8ONqTuc











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good Fairy (バクスト、1921)




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2014年11月15日

第8回ぞうさんぽ「『心』から百年目の雑司ヶ谷霊園散策」 開催のお知らせ


『心』カット.jpg



毎回雑司が谷周辺をめぐりそこに秘められた歴史や逸話を辿る
「ぞうさんぽ」
今回は夏目漱石の『心』執筆からちょうど100年目に当たる秋に
雑司ヶ谷霊園で、「先生」と「私」が歩いた道を『心』本文と照合しながら
歩いてみたいと思います。
他に漱石の旧友中村是公や大塚楠緒子の墓所なども辿ります。

◎日時   11月16日(日曜日) 12時集合〜15時頃まで
◎集合場所 副都心線「雑司が谷駅」1番出口前(池袋方面、都電駅方面)
      
◎参加費  500円(資料代込み)
◎募集人数 10人前後
◎申し込み 「ぞうさんぽの会」メールアドレス michikusa.walk@gmail.com 宛に
 必要事項(氏名/参加人数/連絡先電話番号)を記入してお申し込みください。

詳しくは、
「雑司が谷 ぞうさんぽ」のブログを御覧下さい
→ http://michikusa-walk.seesaa.net























posted by 星跡堂主人 at 11:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑司ヶ谷霊園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする