2013年03月10日

新国立バレエ 『ジゼル』 米沢唯、厚地康雄 (2013年2月23日)


新国立バレエ団 『ジゼル』
ーー 新制作と云うべき舞台、限りなく禁欲的な問いと若き等身大の情熱 ーー
 
2013年2月23日
主なキャスト
ジゼル 米沢唯、 アルベルト 厚地康雄、 ハンス 輪島拓也、
ペザント・パ・ド・ドゥ 細田千晶、奥村康祐、
バチルダ 湯川麻美子、 クーラント公 貝川鐵夫、
ウィルフリート 清水勇三郎、 ベルタ 西川貴子、
ミルタ 厚木三杏、 モンナ 細田千晶、 ジュリマ 寺田亜沙子

井田勝大指揮 東京交響楽団

全配役等、その他のデータはこちらで見られます
→ http://blog.livedoor.jp/masamifc/archives/1818280.html#more


今回の新国立バレエ団『ジゼル』でまず驚いたのは、
従来のコンスタンチン・セルゲイエフ版と随所に異なる演出がなされ、
謂わばニュー・プロダクションに近いものになっていたことだ。
デヴィッド・ビントレー監督の要請でバーミンガムから来日し、指導した
デズモンド・ケリーによるステージングの成果なのだろう。
その様子を伝える新国立バレエ団ブログの記事
→ http://www.nntt.jac.go.jp/nbj/blog/2013/02/15/舞台リハーサル2日目の風景/


序曲冒頭の音の鳴り方からして、
既にリズムを激しく刻むロシア風の感じではなく
おっとりした西欧風の造り。

前回2006年6月の上演映像(残念ながら映像と音楽が全く合っていませんが)
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/20000623_ballet.html

その後も、オーケストラの音の造りはロシア風とは異なる音取りがあるなど、
私の記憶に残るフェドートフが指揮した新国立『ジゼル』とは違う印象を受けた。

さらに、アルベルトの第1幕の「出」が違う。
ロシア系の演出では、アルベルトは従者と共に現れて、一度上手の小屋に入る。
その後、ハンス(ヒラリオン)が登場する。
しかし、今回の新国立の演出では、
アルベルトは最初に登場せず、ハンスが出てきた後に
従者ウィルフリートと共にやってくる。
これは、単なる「出」の順序以上の効果を齎す。
つまり、アルベルトの「剣」の扱いに直接影響するのだ。
ロシア系では、ハンスが去った後に再び小屋から登場したアルベルトは、
剣とマントを小屋に置いてきているので、既に腰にさしていない。
だが、西欧系(今回の新国立もこちら)の演出だと、アルベルトは、
はじめマントのみ外して、剣をさしたままであることを従者に指摘される。
それによって、その後に展開する「剣」を巡る物語の演出効果が、より活きることとなる。

他にも、
第1幕のジゼルのヴァリアシオン、
上手奥から、下手前へと
ポアントでロン・ド・ジャンブ・アン・レールを繰り返しながら移動する見せ場で、
ロシア系では、ずっとそれを繰り返すだけだが
西欧系では、上手前にいる恋人へと身体をクロスさせ腕を投げかけるという動きが入る。
ダンサーによっては、投げキッスさえする。

ロシア系のジゼル第1幕のヴァリアシオン
メゼンツェワ1幕のヴァリアシオン 31分くらいから
http://www.youtube.com/watch?v=TabPITaVzfM

ザハロワ1幕のヴァリアシオン
http://www.youtube.com/watch?v=HL5dKMWkIe0



目に見えてはっきりと誰もが判る違いは、第2幕で現れる。
幕が開くと、ジゼルの墓が上手前になく、上手奥にあるのだ。
ジゼルの墓は、ロシア系では上手前にあるが、
仏英などの西欧系では上手奥に築かれる。
この墓の位置の変更は、必然的にその後のダンサーの動きに大きな変化を促す。

ミルタは下手奥から舞台をT字形にパ・ド・ブレするのではなく、
ディアゴネルに横切る。
アルベルトの「出」でも、舞台をディアゴネルに横切り
上手前で佇み、下手奥のジゼルの墓をさっと振り返る。
マントを翻し振り向く厚地康雄のアルベルトの姿は、かっこよかった。

また、コール・ド・バレエの型も明確な◇(ダイヤ)型編隊になっていた。
有名なアラベスクで交差するシーンも、
舞台両側から交差した後、コール・ド・バレエは見事に◇型へと隊形を整えていった。
美しかった。この型も、以前とは異なるように見えた。

第2幕は、照明デザインも大きく工夫されて、以前よりもずっと効果的になり、
ウィリたちのチュチュが、サイドから照明されることにより、より美しく
幻想的に見えた。

以上の変化は、決して小さくない改変であり、
もう6年も前の新国立『ジゼル』のプロダクションとは違う
新しいプロダクションと考えて良い。
しかも多くは、より良い方に改変されていた。

新国立バレエ団の『ジゼル』は、
1998年にセルゲイエフの伴侶だったナターリア・ドゥジンスカヤが、
マリインスキー劇場の指揮者ヴィクトール・フェドートフと共に来日して造り上 げた。

この版の特徴の一つのは、ペザント・パ・ド・ドゥの女性ヴァリアシオンの曲が、
通常のト長調ではなくニ長調2/4アレグレットで演奏され、
アダージョの最後で回転する女性が男性の作る腕の輪に手を入れて組むという
難しい型になっていることなどだが、それらは、今回も初演時のままだった。
細田千晶の繊細なダンスに、奥村康祐の喜びに満ちた若々しい動きが印象的だった。

http://www.youtube.com/watch?v=TabPITaVzfM
マリインスキー・バレエでのセルゲイエフ版
ペザント・パ・ド・ドゥ、女性ヴァリアシオン 38分くらいから


またマリインスキー版にはなく
新国立版の特徴として特筆すべきは、
第2幕の最後、
墓に戻るジゼルが墓の十字架に腕をかけ、
まるで蝶が羽を開くように大きくアラベスクパンシェをするシーンだ。
新国立バレエ団、前回(2006年)公演のこのシーン

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この振りも、今回の上演でも残されてはいたが、
前回のように墓の位置が下手前で客席からよく見える場所でこのアラベスクパンシェが花開くのと、
今回のように下手奥の方でするのとでは、印象が大きく違う。
後に述べるが、
ジゼルを演じた米沢唯は、その効果の差異を考慮して
別の解釈をこのシーンに忍び込ませていた。



さて、今回の上演版の特徴はここまでにして、
一体、そうした新しい版の基で、
ダンサーたちがどのように踊ったのかを述べたい。


私は見る側なので、今も新国立バレエ『ジゼル』を幾度か反芻している。
ダンサーとは、基本的に自己の踊りによって解放されたい存在だと思う。
それが踊る喜びだから、自然に身体がそれを志向する。
より大きく跳び、より速く周り、より高く脚を掲げようとする。
それが気持ち良いから。

バレエも基本的にはそれを志向している。
だから物語の内容としては?な時に、派手に大きく踊ることもある。
それはバレエダンサーのある種の性向とも言えるし、
客も、物語をそっちのけにして
ダンサーの身体の動きの強度にカタルシスを感じる事がしばしばある。

もし、それを一貫して抑制しつづけたら、、
身体の解放を抑制し、物語が志向する動きに身を委ねたら、、、
どのようなダンスになるのか。

それが、今回の米沢唯が踊ったジゼルだったように思える。
第1幕「出」のバロネから始まり、
ヴァリアシオン・コーダの ピケターン、
『ジゼル』という作品では、多くのダンサーが
第1幕では心臓は弱くとも明るく元気に振る舞う。
そして、静寂の世界である第2幕との対比を明確にしようとする。
しかし、米沢の第1幕は、全くそうではなかった。
少しアプローチは異なるが、私の狭い見聞では、こうした第1幕の演り方は、
とても孤独で繊細なジゼルを演じたパリ・オペラ座(2000年6月)の
アニエス・ルテステュだけである。
(ルテステュのジゼルは、当時パリでも物議を醸したようだ。)

しかし、米沢の徹底していたのは、それが第2幕においても変わらなかったことだ。
第2幕のグランデヴェロッペ、パンシェ、アントルシャ、グランジュテ、など
ロマンティック・チュチュのエクステンションを静かに美しく際立たせる
そうした動きでさえ、米沢は抑制し続けた。

どのシーン、どの動きをとっても、
ダンスとしての活き活きとした解放感は一度たりとも現れず、
結果的にある一つの動きが強度をもって見る者に強く印象づけられることはなかった。

これはものすごくストイックな抑制である。
なぜなら、バレエダンサーの身体の志向性を、
見る側の客に強く自分の踊りをアピールするということを、
最初から最後まで抑制的にコントロールし続けるということだからだ。

それはまた、今日までの『ジゼル』という作品が作り上げてきた構成や美学、
第1幕では明るい少女、
それとコントラストをなす第2幕では静寂の中でのエクステンションを見せるという美学を、
問いなおすということさえも含んでいる。

考えてみれば、
『ジゼル』という作品のジゼルという人物像には、
本来、こうした動きが必要だったのではないか。
ジゼルはどのように踊られるべきか、その音楽と振付の動きと物語内容とは
どのように関係付けられるべきか。
1841年の初演のカルロッタ・グリッジ以来
パリでは一度途絶えたものがロシアで生き残り、
縷々述べてきた西欧系とロシア系に見られるような様々な解釈が施され振り付けられ、
世界中で多くのダンサーが踊り続けてきた、
また、見る側にも「ジゼルはこう踊るんだよね」というイメージが出来上がってしまっている
この作品に対して、
米沢唯は、今一度『ジゼル』という作品のジゼルとは、どう踊られるべきなのかを問い、
私たちに示したように、私には思えた。


幕が上がってから幕が降りるまで
終始一貫してそれを保持する緊張感は、物凄いものだと思われる。
踊る側の内側の緊張感は、しかし舞台ではその物語の人物にぴったりしているので、
見る者には「自然」に見える。
今までにないジゼルなのに、ああ、ジゼルってこうだよね、と感じる、、、

作品の「人物を生きる」とはこういうことだと、
『ジゼル』というバレエの今までのあり方と、
西洋が造ったバレエダンサーの身体の志向性に抗して、
米沢唯は、ジゼルを造形した。

「狂乱シーン」と謂われる場が、あれほど静謐感に包まれていたのはそのせいだ。
それでいて、あ、ほんとに死んでしまった、、、と思える。
たぶん米沢は、このシーンを「狂乱」とは捉えていない。
身体の弱いごく普通の少女が、初恋を失い、
茫然自失の中で消え入るように息絶えた、と捉えているのだろう。


もちろん、それが舞台で生きたのは、
抑制的なジゼルを承け続けた厚地康雄の若く情熱的なアルベルト、
実直な輪島拓也のハンスがあってこそで、この三者のアンサンブルも絶妙だった。

特に、第2幕は全てがアルベルトの夢かとさえ思われた。
これは、厚地が、1,2幕を通して、ジゼルとの踊りにおいて、
常に抑制的な米沢の動きにシンクロしながらも、
ーーこれは言葉の単なるあやではなく、文字通り二人の動きはシンクロしていた、
これは『ジゼル』の、特に第2幕では最も重要なポイントであるーー
厚地が一人で踊り動く時には、その気持ちの昂ぶりや激しさを示したからだろう。
第2幕の「出」の、美しくしかし気持ちを全面に出した動き、
墓の前で座り込み、ひたすら祈る姿、
こんなにも一心にジゼルに祈りを捧げるアルベルトを、私は初めて見た。

そうした二人の身体の動きの結果、
次第にジゼルの存在は「夢幻」になり、
アルベルトのジゼルへの「思い」だけが実在に見えて(思えて)くる。


朝を告げる鐘がなっても、ジゼルは表情を変えない。
斃れようとするアルベルトを抱き起こす。
このシーンが、今回特に強く見る者に情感を醸したのは、
ジゼルの身体が初めてアルベルトを抱いたからではないか。
その暖かみは、まるで「ピエタ」のようにさえ見えた。
たぶん、暖かみは客の心が産んだ幻想なのだろうが、、、

米沢唯は、このシーンを目掛けてずっと抑制してきたのだ、私にはそう思えた。
一瞬、それまで幻だったジゼルが、現(うつつ)の姿をその思いとともに現した。
そう感じられた。しかし、次の瞬間、
握られたアルベルトの腕は、すとんとジゼルの胸から落ちる。
二人の身体が交わり、一瞬うつつに現れたジゼルの思いは、また消え去っていく。

その後、
先にも書いたが新国立版『ジゼル』は、
墓に消えゆくジゼルが、墓の前で大きくチュチュを拡げアラベスクパンシェするのに特徴があるのだが、
前回までの演出では、墓は下手前にあったので、
このシーンは特に目立ち、観客の印象に残るものとなっていた。
しかし、今回の演出では、墓は下手奥に引っ込んでいる。
そこで、米沢は別の方法を選んだように見えた。
もちろんアラベスクパンシェはしたのだが、その動きは、それまでの動きと同様抑制的にされ、
決して蝶の羽のようには拡がらなかった。

さらに、そのあと、
もうジゼルの身体は舞台袖に引っ込んでいる、
しかし、闇に消えゆく中でひらひらと舞うものが見えた。
手だ。
それは時間的には1秒もなかったことだったろう。
闇の中でひらひらとアルベルトの方へ靡いたように見えた。
先に一瞬現れ、アルベルトの手を取ったそのジゼルの思いが、闇に舞っている。
今一度、アルベルトを求めて。   (注1)

アルベルトの手と交わったジゼルの「手」が、見る者に遺る。
そしてアルベルトは、ジゼルの形見の花を抱き、歩む。
見事な幕切れ。

この二人は、『ジゼル』を初めて踊ったのだ。



脚注
注1『ジゼル』をハインリッヒ・ハイネの『ドイツ論』(1835年にパリで刊行)から着想した
  テオフィル・ゴティエ(Théophile Gautier)は初演後に
  「コートレにあるハインリッヒ・ハイネに」という公開書簡を発表し(「ラ・プレス」1841年7月5日)
  その中でジゼルが墓に戻るシーンを以下のように描写している。

 「美しいミルタも水蓮の花弁に帰っていく。
  ウィリたちは生気をなくし、絶え入るように退場する。
  ジゼルも逆らいがたい力に引き寄せられて自分の墓に近づく。
  無我夢中のアルブレヒトは彼女を腕に抱いて接吻を浴びせながら運び、花咲く塚の上に座らせる。
  しかし土はその獲物を離したがらない。
  草むらの地面が割れ、草木は朝露の涙をためて身をかがめ、花は頭をかしげる。
  角笛が響く。ウィルフリードが心配して主人を探しに来る。
  数歩後に続いてクーラント大公とバチルドが現れる。
  そうするうちに花たちジゼルに覆いかぶさる。
  もはや透き通る小さな手が見えるだけだ。
  その手もまた消える、すべては終わった!
  アルブレヒトとジゼルは二度と再びこの世で逢うことはない。
  彼は塚の傍らに跪き、花を詰んでそれを胸に抱きしめる。
  それから彼を許し慰める美しいバチルド姫の肩に顔をもたせて去っていく。」
    引用は『舞踊評論』(渡辺守章編、1994年6月)に拠る


参考
「『ジゼル』 終幕の音楽」
http://zoushigaya.seesaa.net/article/343623929.html

「バレエ『ジゼル』の在り方、聖なる百合または凛とした白梅」(『ジゼル』上演史など)
http://zoushigaya.seesaa.net/article/327050707.html




posted by 星跡堂主人 at 00:17| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

『ジゼル』 終幕の音楽



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パリ・オペラ座図書館に残る『ジゼル』第2幕、アレクサンドル・ブノワの美術絵



『ジゼル』 終幕の音楽

バレエ『ジゼル』はアドルフ・アダン作曲
(第1幕、ジゼルのヴァリアシオンはミンクス、
ペザントPDDはブルグミュラーの作曲)
現在、終幕(第2幕の終わり)の音楽は3種類あります。

1 原曲どおりの型
2 デンマーク版と云われる型
3 終曲を変奏させた静かに終わる型

1 マリインスキーバレエ(サンクト・ペテルブルク)
  オブラスツォーワ、サラファーノフ 開始約1分後くらいから終曲に
 http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=wyf5vCv6N68&feature=endscreen

ジゼルが墓に消えてから(ロシア系なので墓は上手前にあります)、
音楽が急に賑やかになり、幕に。
墓の前でジゼルの死を悼む物語内容とは、今ひとつ不釣り合いです。
この原因は、
元の脚本・演出(テオフィール・ゴーティエ)ではこの場面で、
クーラント公と婚約者であるクーラント公の娘バチルド姫が登場し、
倒れているアルブレヒトを助け起こすというものだったためと思われます。

所が、いつの頃からかそういう演出はなくなり
(1960年代前半にロンドン・ロイヤル・バレエの来日公演で
元の通りの演出がされ日本の客が戸惑ったという記録が残っています。)、
今はどのバレエ団でもクーラント公もバチルド姫も登場しません。
なので、原曲どおりの型は演出の変化と合っていないのではないでしょうか。

2 パリ・オペラ座
  プジョル、ル・リッシュ  開始から4分50秒くらいから終曲に入ります
 http://www.youtube.com/watch?v=Yp9zZ_Py2bc

西欧なのでジゼルの墓は上手奥にあり、ジゼルがすっぽんで墓に消えた後、
弦楽合奏で美しい旋律が流れてきます。
ガルニエでフランス風の繊細なこの美音を聴くと身震いするほど感動します。
この映像のニコラのアルブレヒトの振る舞いは、
マントをもって帰っていくというものですが、
私が見た限りでは他のエトワールはしていない特異な型 です。
多く(イレール、ルグリ、ベラルビ、マルチネス、)は、
花を抱いて舞台中央を漂うように歩くという型でした。
 

同じ型のロンドンロイヤルバレエ(コジョカル、コボー)5分30秒くらいから
 http://www.youtube.com/watch?v=UHfLZmwVP-Q&feature=endscreen

同じ曲でも編曲や演奏が微妙に違います。
ジゼルが墓に消える前に花を一輪落とすのが特徴的か?
今回の新国立バレエ団『ジゼル』も、イングランドから指導者が来たからか、
この花を落とすやり方をしていました。
幽霊又は死人として表情の少ないオペラ座のプジョルく比し、
コジョカルはとても人間的な 表情をしていますね。
この辺りがパリとロンドンの違いでしょうか。


3 モスクワ・ボリショイ劇場バレエ
  オシポワ・ワシリーエフ 1分40秒くらいから
 http://www.youtube.com/watch?v=uouK5Klv1ZM

モスクワでは古くからこういう型であったようで、
メッセレルの指導で『ジゼル』を上演した東京バレエ団もこの型を採っています。
また、新国立バレエ団はマリインスキーのドゥジンスカヤによりセルゲイエフ版が導入されたのですが、
終曲だけはこの3のモスクワ系を用いており、
今回の上演でも、この部分は西欧系の2にはされず3のままでした。

この演出でも花が使われていますが、
なぜ花の演出が終幕に出てくるかに関して、
『ジゼルという名のバレエ("The Ballet called Giselle")』で
シリル・ボーモント(Cyril.W.Beaumount)は、
作曲者のアドルフ・アダンが
ゴティエ、サン・レオンにジゼルが墓に戻るという演出の変更を提案したとし、
以下のような、アダンの手記を引用しています。

「ジゼルは朝の最初の光で自分の墓に戻ることになっていたが、
わたしはこの終わり方はあまり詩的ではないと思っていた。
そこで恋人が彼女の身体を 花の咲き乱れる中に横たえ、
その体がゆっくりと見えなくなるようにしてはどうかと考えた。
このクライマックスで、元のよりもよくなって、
とても詩 的な伝説にふさわしい終わり方をし、予想された通りの成功を収めた。」

この証言を裏付けるような記録が、2002年にオークションに突如出品されました。
1860年代のパリでの『ジゼル』上演のノーテーション(Henri Justamant による記録)で
ケルンのドイツ・ダンスアーカイヴ(Deutsches Tanzarchiv)が落札しました。
このノーテーションでも、
ジゼルは草むらに横たわり消えて行くようになっています。
その後、大公とバチルドが現れて、幕となったと記されています。



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posted by 星跡堂主人 at 17:07| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

バレエ『ジゼル』の在り方、聖なる百合または凛とした白梅


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『ジゼル』という作品
台本テオフィル・ゴティエ、
作曲アドルフ・アダン、1幕のペザントPDDはブルグミュラー、
振付ジャン・コラーリとジュール・ペロー、
初演時の原題は"Giselle, ou Les Wilis"  『ジゼル、またはウィリたち』

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1841年にパリオペラ座で初演され、今でも同バレエ団の代表作品なのですが、
1870〜71年に起きた普仏戦争の後、長くパリでは上演されなくなる。
(パリでの最期の上演は1868年)



この作品は、
台本を書いたゴティエが、
ハインリッヒ・ハイネの『ドイツ論』に触発されて書いたと告白しています。

「親愛なるハインリッヒ・ハイネ、
何週間か前のこと、私はあなたの見事な著書『ドイツ論』をぱらぱらとめくっていて、
ある魅力的な箇所にふと目を留めた、、、
そこであなたが語っていたのは、
身にまとう純白のドレスの裾がいつも水に濡れている空気の精エルフ、
初夜の寝室の天井に繻子の小さな脚先を見せる水の精ニクス、
雪のような肌をして過酷なワルツを踊りつづけるヴィリなど、
ハルツの山やイルゼの川岸で、
ドイツ特有の月明かりのなめらかな靄のなかで、
あなたが出会ったあの魅惑的な幻の生きものについてだった。
思わず私は声をあげて叫んだ、
『そうだ、これを使って素敵なバレエがつくれるではないか!』熱狂に突き動かされて、
私は大きな上等の白紙を手にとり、上の方にきれいに整った筆跡で、
『バレエ、ヴィリたち』と書いてみた。」
( 鈴木晶『バレエ誕生』 2002年4月 から引用 http://ow.ly/hXrmt  )



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パリの明るい近代都市文明に対して、
田園の素朴な乙女の恋、さらには暗い前近代的な亡霊の物語、
こうしたモチーフがパリの夢想家たちの心をつかむことになる。
初演を見た28歳のリヒャルト・ワーグナーは、
「極めてドイツ的な作品」と絶賛している。
彼は翌年から、これまた極めてドイツ的で、
ジゼルのような聖なる女性エリーザベトの死と贖罪の物語
『タンホイザー』の構想を練ることになる。
(1861年にパリオペラ座でも改訂版が上演される)

このように
アンチ都市文明だけでなく、「ドイツ的」と思われた
『ジゼル』を普仏戦争後に上演することを、
パリの人達は許さなかったのだろう。
(普仏戦争開戦時に初演され、
その後関係者が戦時にどんどん亡くなってしまった
『コッペリア』は逆に、一度もパリ・オペラ座のレパートリーから消えたことはなく、
現在までもっと上演回数の多いバレエである。)

その結果、パリ・オペラ座のレパートリーから消えた『ジゼル』は、
フランスからペテルブルグに渡っていたマウリス・プティパによって
1884年にロシア帝室マリインスキー劇場で上演され、
その演出が今日の『ジゼル』の基本となった。

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パリ・オペラ座で『ジゼル』が復活するのは、
第1次世界大戦の後(要するに普仏戦争への復讐の後に)の
1924年にセルジュ・リファールと
伝説のバレリーナ、オリガ・スペツィーフツェヴァによる
上演まで待たねばならなかった。

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リファールは、バレエ・リュスに属していたが1929年にそれが解散すると
正式にパリ・オペラ座の舞踊監督に就任する。
『ジゼル』のアルブレヒトを得意にしていた彼によって
(アルブレヒトは貴族なのだから外出時に帽子を被らないことはないと、
彼は必ず帽子を着用して演じたようだ。)

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パリでの『ジゼル』は再びレパートリーとして定着して、
イヴェット・ショヴィレやノエラ・ポントワなどの、
ジゼルダンサーを生んでいくことになる。

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このように、
『ジゼル』はパリで生まれ
独仏の戦争に翻弄されながら、
ロシアを経由して、現在まで初演時とそれほど変わることもなく
東洋の島国にも到達して上演されている。

ただし、今でもパリ・オペラ座系とロシア系の演出は印象が異なる。

明らかに分かるのは、
第2幕のジゼルの墓石の位置の違い。
パリ系が舞台下手奥にあるのに対し、ロシア系は下手前にある。
これは演出効果として相当に違いが出る。
特に、2幕で上手奥から出てジゼルの墓へと参る
アルブレヒトの動きは、大きく異ならざるを得ない。
また、
パリのものが全体に恋愛や美意識を強調しているのに比べ、
ロシアのものにはより烈しい人間ドラマを感じる。
もちろん、踊るダンサーによってもそれぞれなのだが、、、

今週上演されている新国立バレエ団の『ジゼル』は、
ロシアのセルゲイエフ版に基づいている。
(追記、今回2013年2月の新国立公演は、ロシア風から西欧風のものに演出が変わった)
東京のバレエ団で上演される『ジゼル』はほとんどがロシア系のものだ。

『ジゼル』は、
それぞれのダンサーの「心持ち」(肚)が試される作品に思える。
年齢とともに、その解釈も変わっていく。
たぶん、このような作品は古典バレエにおいては他にないだろう。
クラシックポジションがより厳格に決まっている『白鳥の湖』に比べて
解釈の可能性がより広いからかもしれない。

また、その歴史を振り返りつつ、
そろそろ、日本人が踊る『ジゼル』とは何かという問いを
それぞれのダンサーが持って欲しいとも思う。

パリでもロシアでもない、
日本人の『ジゼル』とは、どんなものなのか、と。

『ジゼル』のタイトルロールは、恋人に裏切られても
それを許す、その愛は百合の花で喩えられる。
先に、この作品がアンチ近代文明の要素があると述べたが、
一方で、近代の影に沈んだカトリック的な聖なる愛の再発見の物語でもある。
(それは逆説的だが、近代における聖なる「恋愛」の発見と時代的に重なっていた。)


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すべてを許すジゼルは聖母のような愛を、
一方で原罪を背負う者としてアルブレヒトはただ一人地上に遺される。

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ならば、それに対峙しうる
日本の根にある、近代の影に沈んだ精神とは、何か?
それをそれぞれのダンサーが問うてほしい。

百合の花に相当するものは、
寒さのでも凛として、今、咲こうとしている
白梅なのではないか、

百合のような、聖なる愛のジゼルがあるのなら、
白梅のような、凛とした慈しみをもつジゼルも、あっていいのではないか
と、私は密かに思っている。


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posted by 星跡堂主人 at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

新国立バレエ(Ballet of New National theatre Tokyo) 『シルヴィア』”Silvia"(D.Bintley version) 初日


新国立バレエ『シルヴィア』(デビッド・ビントレー版)
初日を見ての、私の妄想、、

まず、
ニンフたちが凄かった!!
特に長田佳世さんの切れと細田千晶さんのしなやかさ
初演は1876年ですが、
ほぼ同時期に初演された「ワルキューレ」(1870年初演)のまさにバレエ版〜!

古ぼけたアシュトン版よりはずっと面白く、
特に、音の隙間にどんどん細かなパが続く振付けは、
ちょっと違うけど面もあるけど、ヌレエフ版を思い起こさせる。

福田・八幡のおねえコンビもツボでした! (^o^)


全体の出来としては、第2幕が出色。
バッカナールでの小野絢子さんの音に全く遅れない踊りと
野生的なオライオンの古川さんとの絡みがとても良かった。

ただ、ドラマトゥルギーとしては、疑問もある。
ビントレー版の特徴は『パゴダの王子』を髣髴とさせる「めしいの男」。
だが、なぜアミンタの目が見えるようになるのか、説得力がない。
第2幕で目の見えないアミンタを慕うシルヴィアの思い、
そこに現れたアミンタの存在感、
それらが強ければ強いほど、
目が見えるようになる事のドラマが求められているはずだ。


ビントレー版には、初演版やノイマイヤー版に出てくるエンデュミオンはいない。
けれども、永遠の若さを持続するために眠り続けるこのディアナの隠れた愛人 (欲望)は、
倦怠期の夫婦、時間が愛を変質させることとその克服という、
ビントレー版の隠しテーマと強く結びついている。

永遠に純潔であろうと欲望するディアナ(アルテミス)とニンフたちの夢=写し 鏡として、
エンデュミオンという存在はある。
シルヴィアは、この楔をどこかで断ち切らねばならない。

それには、アミンタというある種盲目的な若者の愛が必要なのか、、、
「めしい」であれば、もはや「見られる」(欲望される)ことはない、、、
しかしそんな若き情熱(欲望されている事を忘れてしまう)は、
時間がすぐに滅ぼすだろう。
欲望されていることを、見られることを、思い出せば、
自分がいつかは老いさらばえて行くことを、嘆かずには居られなくなるから。


ビントレー版『シルヴィア』の隠しテーマは、
そうした螺旋的に連続する愛(見られることの忘却)と
時間(見られることの想起、愛の必然的な変質)の相克なのだろう。

永遠の夢か一瞬の愛か、、どちらも結局は幻か、、
ま、しかし、それも楽しと、微笑する、
そんな感じかもしれない。。。


パリオペラ座ガルニエでの初演時
第3幕「ディアナの神殿のある海辺の鄙びた景色」

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posted by 星跡堂主人 at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月22日

今週末からの、新国立バレエ『マノン』の音楽と美術



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今週末からの新国立『マノン』、
実は音楽のアレンジが従来のものと違う版によって上演されます。
また、美術も、
以前の重厚なニコラス・ジョージアディス Nicholas Georgiadis によるものではなく、
淡いピーター・ファーマース Peter Farmers のものに替わります。
『マノン』は1990年代から多くのバレエ団でレパートリーに入りましたが、
1993年のヒューストンバレエ、オーストラリアバレエ、ウィーン国立バレエ、
2000年のマリインスキーバレエなどが、
Peter Farmers の美術での上演をしています。


音楽は、
2011年3月にフィンランド国立バレエ団で初演された版で
(美術は Mia Stensgaard )
マーティン・イエーツ Martin Yates という人が新たに編曲したもの。
今回の新国立ではこの人がタクトも振ります。

Martin Yates に関しての略歴
http://www.hazardchase.co.uk/artists/martin_yates


フィンランド国立バレエ団初演時のキャストなど
http://culturope.com/categories/30-ballet/542-manon-sir-kenneth-macmillan-in-the-finnish-national-opera-2011.html?showall=1

ヘルシンキでの初演でフリーデマン・フォーゲルが踊った中庭のソロの映像→
http://www.youtube.com/watch?v=mabFlCCxKlE&feature=plcp

同じ公演でのタマラ・ロッホの映像
http://www.youtube.com/watch?v=HCfVi7g4q7E

同公演のレヴュー(英文) 音楽に関して詳しく言及しています。
http://www.theartsdesk.com/dance/ballets-bad-girl-has-new-sound



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昨年2011年11月にロンドンロイヤルバレエで行われた『マノン』も
このイエーツの新編曲によるものでした。
(但し美術は元のジョージアディス)
その時のレヴュのいくつか

http://www.ballet.co.uk/2011/11/royal-ballet-manon-london/

http://markronan.wordpress.com/2011/11/04/manon-royal-ballet-covent-garden-november-2011/

http://www.classicalsource.com/db_control/db_concert_review.php?id=9700



イエーツの新編曲+ピーター・ファーマースの美術を使っているオーストラリアバレエの映像
→ http://www.youtube.com/watch?v=pRCA5pOjVUg




イエーツの新編曲+ピーター・ファーマースの美術というヴァージョンは、
私は見られませんでしたが、
日本では昨年2011年8月に東京の小林紀子バレエシアターで上演されています。
新国立版はそれを踏襲するということでしょうか。



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posted by 星跡堂主人 at 22:20| 東京 ☁| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

ポリーナ・セミョーノワという「バレリーナ」  Polina Semionova    Поли́на Семио́нова



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ポリーナ・セミョーノワは今最も、美しく、強靭なダンサーだ。
そして時に、それはリリックでさえある。


かつて、たとえばシルヴィー・ギエムがこの系統のダンサーとして人気を博した。
しかし、ポリーナは、ギエムよりもずっと強靭な身体を持っているし、
今現在、持て囃されているスヴェトラーナ・ザハロワよりも
ずっと音楽的で品格のあるバレリーナだ。

その意味で、彼女はギエムと云うよりは、
パリ・オペラ座のイザベル・ゲランの系譜をひくダンサーだと思われる。
強い身体と美しさ、そして抒情。
以前のバレリーナには、強さが求められることはなかった。
しかし、コンテンポラリーダンスは、女性でも男性と同じように
強靭な身体を要求する。
これは、現在という時代の象徴でもある。
ポリーナはまさに現在、21世紀のバレリーナである。

だがしかし、バレエとは、決して一人では成立しない。
まだ二十歳代の彼女が此処まで成長したのは、
彼女の才能を見抜き、十代でソリストに抜擢した
ベルリン国立バレエ団の監督ウラジミール・マラーホフがいたからだろう。
それは、ちょうど1980年代パリオペラ座でのシルヴィーとヌレエフのようでもある。

シルヴィーがヌレエフと共に「バレリーナ」の概念を変えたように、
今まさに、ポリーナは「バレリーナ」の限界に挑戦しているように思える。




『ラ・バヤデール』第2幕 ニキヤのソロ 抒情と激しさを同時に表現する困難なバレエ
(ペテルブルク・マリインスキー劇場への客演映像)




『ラ・バヤデール』第3幕 パ・ド・ドゥ
(ベルリン国立歌劇場)




『カラバッジョ』
2008年にMauro Bigonzettiによって振り付けられた新作のリハーサル
この作品はとても挑戦的な作品なので、ぜひ日本でも上演してもらいたい。




フランスで制作されたドキュメンタリー





所属するベルリン国立バレエ団HPに掲載されているプロフィール
http://www.staatsballett-berlin.de/de_DE/ensemble/detail/soloists/12542
(「セミオノワ」とも表記されるがこれはドイツ語発音)













posted by 星跡堂主人 at 23:18| 東京 ☁| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする