2013年03月09日

『ジゼル』 終幕の音楽



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パリ・オペラ座図書館に残る『ジゼル』第2幕、アレクサンドル・ブノワの美術絵



『ジゼル』 終幕の音楽

バレエ『ジゼル』はアドルフ・アダン作曲
(第1幕、ジゼルのヴァリアシオンはミンクス、
ペザントPDDはブルグミュラーの作曲)
現在、終幕(第2幕の終わり)の音楽は3種類あります。

1 原曲どおりの型
2 デンマーク版と云われる型
3 終曲を変奏させた静かに終わる型

1 マリインスキーバレエ(サンクト・ペテルブルク)
  オブラスツォーワ、サラファーノフ 開始約1分後くらいから終曲に
 http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=wyf5vCv6N68&feature=endscreen

ジゼルが墓に消えてから(ロシア系なので墓は上手前にあります)、
音楽が急に賑やかになり、幕に。
墓の前でジゼルの死を悼む物語内容とは、今ひとつ不釣り合いです。
この原因は、
元の脚本・演出(テオフィール・ゴーティエ)ではこの場面で、
クーラント公と婚約者であるクーラント公の娘バチルド姫が登場し、
倒れているアルブレヒトを助け起こすというものだったためと思われます。

所が、いつの頃からかそういう演出はなくなり
(1960年代前半にロンドン・ロイヤル・バレエの来日公演で
元の通りの演出がされ日本の客が戸惑ったという記録が残っています。)、
今はどのバレエ団でもクーラント公もバチルド姫も登場しません。
なので、原曲どおりの型は演出の変化と合っていないのではないでしょうか。

2 パリ・オペラ座
  プジョル、ル・リッシュ  開始から4分50秒くらいから終曲に入ります
 http://www.youtube.com/watch?v=Yp9zZ_Py2bc

西欧なのでジゼルの墓は上手奥にあり、ジゼルがすっぽんで墓に消えた後、
弦楽合奏で美しい旋律が流れてきます。
ガルニエでフランス風の繊細なこの美音を聴くと身震いするほど感動します。
この映像のニコラのアルブレヒトの振る舞いは、
マントをもって帰っていくというものですが、
私が見た限りでは他のエトワールはしていない特異な型 です。
多く(イレール、ルグリ、ベラルビ、マルチネス、)は、
花を抱いて舞台中央を漂うように歩くという型でした。
 

同じ型のロンドンロイヤルバレエ(コジョカル、コボー)5分30秒くらいから
 http://www.youtube.com/watch?v=UHfLZmwVP-Q&feature=endscreen

同じ曲でも編曲や演奏が微妙に違います。
ジゼルが墓に消える前に花を一輪落とすのが特徴的か?
今回の新国立バレエ団『ジゼル』も、イングランドから指導者が来たからか、
この花を落とすやり方をしていました。
幽霊又は死人として表情の少ないオペラ座のプジョルく比し、
コジョカルはとても人間的な 表情をしていますね。
この辺りがパリとロンドンの違いでしょうか。


3 モスクワ・ボリショイ劇場バレエ
  オシポワ・ワシリーエフ 1分40秒くらいから
 http://www.youtube.com/watch?v=uouK5Klv1ZM

モスクワでは古くからこういう型であったようで、
メッセレルの指導で『ジゼル』を上演した東京バレエ団もこの型を採っています。
また、新国立バレエ団はマリインスキーのドゥジンスカヤによりセルゲイエフ版が導入されたのですが、
終曲だけはこの3のモスクワ系を用いており、
今回の上演でも、この部分は西欧系の2にはされず3のままでした。

この演出でも花が使われていますが、
なぜ花の演出が終幕に出てくるかに関して、
『ジゼルという名のバレエ("The Ballet called Giselle")』で
シリル・ボーモント(Cyril.W.Beaumount)は、
作曲者のアドルフ・アダンが
ゴティエ、サン・レオンにジゼルが墓に戻るという演出の変更を提案したとし、
以下のような、アダンの手記を引用しています。

「ジゼルは朝の最初の光で自分の墓に戻ることになっていたが、
わたしはこの終わり方はあまり詩的ではないと思っていた。
そこで恋人が彼女の身体を 花の咲き乱れる中に横たえ、
その体がゆっくりと見えなくなるようにしてはどうかと考えた。
このクライマックスで、元のよりもよくなって、
とても詩 的な伝説にふさわしい終わり方をし、予想された通りの成功を収めた。」

この証言を裏付けるような記録が、2002年にオークションに突如出品されました。
1860年代のパリでの『ジゼル』上演のノーテーション(Henri Justamant による記録)で
ケルンのドイツ・ダンスアーカイヴ(Deutsches Tanzarchiv)が落札しました。
このノーテーションでも、
ジゼルは草むらに横たわり消えて行くようになっています。
その後、大公とバチルドが現れて、幕となったと記されています。



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posted by 星跡堂主人 at 17:07| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

バレエ『ジゼル』の在り方、聖なる百合または凛とした白梅


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『ジゼル』という作品
台本テオフィル・ゴティエ、
作曲アドルフ・アダン、1幕のペザントPDDはブルグミュラー、
振付ジャン・コラーリとジュール・ペロー、
初演時の原題は"Giselle, ou Les Wilis"  『ジゼル、またはウィリたち』

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1841年にパリオペラ座で初演され、今でも同バレエ団の代表作品なのですが、
1870〜71年に起きた普仏戦争の後、長くパリでは上演されなくなる。
(パリでの最期の上演は1868年)



この作品は、
台本を書いたゴティエが、
ハインリッヒ・ハイネの『ドイツ論』に触発されて書いたと告白しています。

「親愛なるハインリッヒ・ハイネ、
何週間か前のこと、私はあなたの見事な著書『ドイツ論』をぱらぱらとめくっていて、
ある魅力的な箇所にふと目を留めた、、、
そこであなたが語っていたのは、
身にまとう純白のドレスの裾がいつも水に濡れている空気の精エルフ、
初夜の寝室の天井に繻子の小さな脚先を見せる水の精ニクス、
雪のような肌をして過酷なワルツを踊りつづけるヴィリなど、
ハルツの山やイルゼの川岸で、
ドイツ特有の月明かりのなめらかな靄のなかで、
あなたが出会ったあの魅惑的な幻の生きものについてだった。
思わず私は声をあげて叫んだ、
『そうだ、これを使って素敵なバレエがつくれるではないか!』熱狂に突き動かされて、
私は大きな上等の白紙を手にとり、上の方にきれいに整った筆跡で、
『バレエ、ヴィリたち』と書いてみた。」
( 鈴木晶『バレエ誕生』 2002年4月 から引用 http://ow.ly/hXrmt  )



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パリの明るい近代都市文明に対して、
田園の素朴な乙女の恋、さらには暗い前近代的な亡霊の物語、
こうしたモチーフがパリの夢想家たちの心をつかむことになる。
初演を見た28歳のリヒャルト・ワーグナーは、
「極めてドイツ的な作品」と絶賛している。
彼は翌年から、これまた極めてドイツ的で、
ジゼルのような聖なる女性エリーザベトの死と贖罪の物語
『タンホイザー』の構想を練ることになる。
(1861年にパリオペラ座でも改訂版が上演される)

このように
アンチ都市文明だけでなく、「ドイツ的」と思われた
『ジゼル』を普仏戦争後に上演することを、
パリの人達は許さなかったのだろう。
(普仏戦争開戦時に初演され、
その後関係者が戦時にどんどん亡くなってしまった
『コッペリア』は逆に、一度もパリ・オペラ座のレパートリーから消えたことはなく、
現在までもっと上演回数の多いバレエである。)

その結果、パリ・オペラ座のレパートリーから消えた『ジゼル』は、
フランスからペテルブルグに渡っていたマウリス・プティパによって
1884年にロシア帝室マリインスキー劇場で上演され、
その演出が今日の『ジゼル』の基本となった。

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パリ・オペラ座で『ジゼル』が復活するのは、
第1次世界大戦の後(要するに普仏戦争への復讐の後に)の
1924年にセルジュ・リファールと
伝説のバレリーナ、オリガ・スペツィーフツェヴァによる
上演まで待たねばならなかった。

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リファールは、バレエ・リュスに属していたが1929年にそれが解散すると
正式にパリ・オペラ座の舞踊監督に就任する。
『ジゼル』のアルブレヒトを得意にしていた彼によって
(アルブレヒトは貴族なのだから外出時に帽子を被らないことはないと、
彼は必ず帽子を着用して演じたようだ。)

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パリでの『ジゼル』は再びレパートリーとして定着して、
イヴェット・ショヴィレやノエラ・ポントワなどの、
ジゼルダンサーを生んでいくことになる。

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このように、
『ジゼル』はパリで生まれ
独仏の戦争に翻弄されながら、
ロシアを経由して、現在まで初演時とそれほど変わることもなく
東洋の島国にも到達して上演されている。

ただし、今でもパリ・オペラ座系とロシア系の演出は印象が異なる。

明らかに分かるのは、
第2幕のジゼルの墓石の位置の違い。
パリ系が舞台下手奥にあるのに対し、ロシア系は下手前にある。
これは演出効果として相当に違いが出る。
特に、2幕で上手奥から出てジゼルの墓へと参る
アルブレヒトの動きは、大きく異ならざるを得ない。
また、
パリのものが全体に恋愛や美意識を強調しているのに比べ、
ロシアのものにはより烈しい人間ドラマを感じる。
もちろん、踊るダンサーによってもそれぞれなのだが、、、

今週上演されている新国立バレエ団の『ジゼル』は、
ロシアのセルゲイエフ版に基づいている。
(追記、今回2013年2月の新国立公演は、ロシア風から西欧風のものに演出が変わった)
東京のバレエ団で上演される『ジゼル』はほとんどがロシア系のものだ。

『ジゼル』は、
それぞれのダンサーの「心持ち」(肚)が試される作品に思える。
年齢とともに、その解釈も変わっていく。
たぶん、このような作品は古典バレエにおいては他にないだろう。
クラシックポジションがより厳格に決まっている『白鳥の湖』に比べて
解釈の可能性がより広いからかもしれない。

また、その歴史を振り返りつつ、
そろそろ、日本人が踊る『ジゼル』とは何かという問いを
それぞれのダンサーが持って欲しいとも思う。

パリでもロシアでもない、
日本人の『ジゼル』とは、どんなものなのか、と。

『ジゼル』のタイトルロールは、恋人に裏切られても
それを許す、その愛は百合の花で喩えられる。
先に、この作品がアンチ近代文明の要素があると述べたが、
一方で、近代の影に沈んだカトリック的な聖なる愛の再発見の物語でもある。
(それは逆説的だが、近代における聖なる「恋愛」の発見と時代的に重なっていた。)


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すべてを許すジゼルは聖母のような愛を、
一方で原罪を背負う者としてアルブレヒトはただ一人地上に遺される。

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ならば、それに対峙しうる
日本の根にある、近代の影に沈んだ精神とは、何か?
それをそれぞれのダンサーが問うてほしい。

百合の花に相当するものは、
寒さのでも凛として、今、咲こうとしている
白梅なのではないか、

百合のような、聖なる愛のジゼルがあるのなら、
白梅のような、凛とした慈しみをもつジゼルも、あっていいのではないか
と、私は密かに思っている。


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posted by 星跡堂主人 at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

新国立バレエ(Ballet of New National theatre Tokyo) 『シルヴィア』”Silvia"(D.Bintley version) 初日


新国立バレエ『シルヴィア』(デビッド・ビントレー版)
初日を見ての、私の妄想、、

まず、
ニンフたちが凄かった!!
特に長田佳世さんの切れと細田千晶さんのしなやかさ
初演は1876年ですが、
ほぼ同時期に初演された「ワルキューレ」(1870年初演)のまさにバレエ版〜!

古ぼけたアシュトン版よりはずっと面白く、
特に、音の隙間にどんどん細かなパが続く振付けは、
ちょっと違うけど面もあるけど、ヌレエフ版を思い起こさせる。

福田・八幡のおねえコンビもツボでした! (^o^)


全体の出来としては、第2幕が出色。
バッカナールでの小野絢子さんの音に全く遅れない踊りと
野生的なオライオンの古川さんとの絡みがとても良かった。

ただ、ドラマトゥルギーとしては、疑問もある。
ビントレー版の特徴は『パゴダの王子』を髣髴とさせる「めしいの男」。
だが、なぜアミンタの目が見えるようになるのか、説得力がない。
第2幕で目の見えないアミンタを慕うシルヴィアの思い、
そこに現れたアミンタの存在感、
それらが強ければ強いほど、
目が見えるようになる事のドラマが求められているはずだ。


ビントレー版には、初演版やノイマイヤー版に出てくるエンデュミオンはいない。
けれども、永遠の若さを持続するために眠り続けるこのディアナの隠れた愛人 (欲望)は、
倦怠期の夫婦、時間が愛を変質させることとその克服という、
ビントレー版の隠しテーマと強く結びついている。

永遠に純潔であろうと欲望するディアナ(アルテミス)とニンフたちの夢=写し 鏡として、
エンデュミオンという存在はある。
シルヴィアは、この楔をどこかで断ち切らねばならない。

それには、アミンタというある種盲目的な若者の愛が必要なのか、、、
「めしい」であれば、もはや「見られる」(欲望される)ことはない、、、
しかしそんな若き情熱(欲望されている事を忘れてしまう)は、
時間がすぐに滅ぼすだろう。
欲望されていることを、見られることを、思い出せば、
自分がいつかは老いさらばえて行くことを、嘆かずには居られなくなるから。


ビントレー版『シルヴィア』の隠しテーマは、
そうした螺旋的に連続する愛(見られることの忘却)と
時間(見られることの想起、愛の必然的な変質)の相克なのだろう。

永遠の夢か一瞬の愛か、、どちらも結局は幻か、、
ま、しかし、それも楽しと、微笑する、
そんな感じかもしれない。。。


パリオペラ座ガルニエでの初演時
第3幕「ディアナの神殿のある海辺の鄙びた景色」

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posted by 星跡堂主人 at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月22日

今週末からの、新国立バレエ『マノン』の音楽と美術



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今週末からの新国立『マノン』、
実は音楽のアレンジが従来のものと違う版によって上演されます。
また、美術も、
以前の重厚なニコラス・ジョージアディス Nicholas Georgiadis によるものではなく、
淡いピーター・ファーマース Peter Farmers のものに替わります。
『マノン』は1990年代から多くのバレエ団でレパートリーに入りましたが、
1993年のヒューストンバレエ、オーストラリアバレエ、ウィーン国立バレエ、
2000年のマリインスキーバレエなどが、
Peter Farmers の美術での上演をしています。


音楽は、
2011年3月にフィンランド国立バレエ団で初演された版で
(美術は Mia Stensgaard )
マーティン・イエーツ Martin Yates という人が新たに編曲したもの。
今回の新国立ではこの人がタクトも振ります。

Martin Yates に関しての略歴
http://www.hazardchase.co.uk/artists/martin_yates


フィンランド国立バレエ団初演時のキャストなど
http://culturope.com/categories/30-ballet/542-manon-sir-kenneth-macmillan-in-the-finnish-national-opera-2011.html?showall=1

ヘルシンキでの初演でフリーデマン・フォーゲルが踊った中庭のソロの映像→
http://www.youtube.com/watch?v=mabFlCCxKlE&feature=plcp

同じ公演でのタマラ・ロッホの映像
http://www.youtube.com/watch?v=HCfVi7g4q7E

同公演のレヴュー(英文) 音楽に関して詳しく言及しています。
http://www.theartsdesk.com/dance/ballets-bad-girl-has-new-sound



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昨年2011年11月にロンドンロイヤルバレエで行われた『マノン』も
このイエーツの新編曲によるものでした。
(但し美術は元のジョージアディス)
その時のレヴュのいくつか

http://www.ballet.co.uk/2011/11/royal-ballet-manon-london/

http://markronan.wordpress.com/2011/11/04/manon-royal-ballet-covent-garden-november-2011/

http://www.classicalsource.com/db_control/db_concert_review.php?id=9700



イエーツの新編曲+ピーター・ファーマースの美術を使っているオーストラリアバレエの映像
→ http://www.youtube.com/watch?v=pRCA5pOjVUg




イエーツの新編曲+ピーター・ファーマースの美術というヴァージョンは、
私は見られませんでしたが、
日本では昨年2011年8月に東京の小林紀子バレエシアターで上演されています。
新国立版はそれを踏襲するということでしょうか。



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posted by 星跡堂主人 at 22:20| 東京 ☁| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

ポリーナ・セミョーノワという「バレリーナ」  Polina Semionova    Поли́на Семио́нова



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ポリーナ・セミョーノワは今最も、美しく、強靭なダンサーだ。
そして時に、それはリリックでさえある。


かつて、たとえばシルヴィー・ギエムがこの系統のダンサーとして人気を博した。
しかし、ポリーナは、ギエムよりもずっと強靭な身体を持っているし、
今現在、持て囃されているスヴェトラーナ・ザハロワよりも
ずっと音楽的で品格のあるバレリーナだ。

その意味で、彼女はギエムと云うよりは、
パリ・オペラ座のイザベル・ゲランの系譜をひくダンサーだと思われる。
強い身体と美しさ、そして抒情。
以前のバレリーナには、強さが求められることはなかった。
しかし、コンテンポラリーダンスは、女性でも男性と同じように
強靭な身体を要求する。
これは、現在という時代の象徴でもある。
ポリーナはまさに現在、21世紀のバレリーナである。

だがしかし、バレエとは、決して一人では成立しない。
まだ二十歳代の彼女が此処まで成長したのは、
彼女の才能を見抜き、十代でソリストに抜擢した
ベルリン国立バレエ団の監督ウラジミール・マラーホフがいたからだろう。
それは、ちょうど1980年代パリオペラ座でのシルヴィーとヌレエフのようでもある。

シルヴィーがヌレエフと共に「バレリーナ」の概念を変えたように、
今まさに、ポリーナは「バレリーナ」の限界に挑戦しているように思える。




『ラ・バヤデール』第2幕 ニキヤのソロ 抒情と激しさを同時に表現する困難なバレエ
(ペテルブルク・マリインスキー劇場への客演映像)




『ラ・バヤデール』第3幕 パ・ド・ドゥ
(ベルリン国立歌劇場)




『カラバッジョ』
2008年にMauro Bigonzettiによって振り付けられた新作のリハーサル
この作品はとても挑戦的な作品なので、ぜひ日本でも上演してもらいたい。




フランスで制作されたドキュメンタリー





所属するベルリン国立バレエ団HPに掲載されているプロフィール
http://www.staatsballett-berlin.de/de_DE/ensemble/detail/soloists/12542
(「セミオノワ」とも表記されるがこれはドイツ語発音)













posted by 星跡堂主人 at 23:18| 東京 ☁| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

歌舞伎座 千穐樂  Hommage à Kabuki-za

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4月28日 歌舞伎座の千穐樂を見に行く。


いつもはそんなに見ることもないファサードの細部をしっかりと見る。
こうした細部の積み重ねが、全体の美しさを保っていた。

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小学生くらいの女の子が母親に「あれは何?」と、やぐらの座紋を指して訊く。
「あれは鶴じゃないかしらん」と、母。
思わず、「そうじゃなくって、お母さん、、」って言いかけて、止める。

最後の月、チケットは異常なくらいに取りにくく、
ネットオークションでは定額の2〜3倍の高値で売られていた。
だが、来ている客は初めて歌舞伎座に来たような人が多くみうけられた。
今まで一度も来たことがなかったけども、
なくなるのなら行ってみようという客が、全国からやってきたのかもしれない。






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入り口横の「切符預所」、
こうしたちょっとした所の雰囲気もきっと無くなるのだと思うと、愛おしい。





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この縁台に腰掛けて、よく人を待った。
大通りに面しているのに、歌舞伎座の軒下のここに入ると、
喧噪が消え、大きな樹に抱かれているような、静かな時を感じた。

思えば、歌舞伎座は、
その佇まいも、見物も、係の人たちも、とてもおっとりしていた。
それが三宅坂にはない木挽町の良さであり、そこが私は大好きだった。

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一階正面ロビーの廊下、初日の前にここで役者達が通し稽古をした。

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二階ロビーの廊下には、九代目、五代目などのトルソが並んでいる。

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歌舞伎座の内部は、そのファサードの豪華さに比べると、
とても地味だった。
細部まで繊細且つ豪華絢爛なパリ・オペラ座のガルニエとは全く違う。
しかし、弁柄色の柱には、和服姿の女性たちがよく映えた。
女性の和服をこんなにも美しく見せる空間は、今の東京には他にない。

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着物を召した大切な人とほんのりとしたいときは、
二階桟敷からお茶を飲みながら花道の役者を眺めた。

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この一番はと、気合いの入ったときは、
いつも「た-36」に座った。
「いろは」順でなくなったのはいつからか、
もうそんな頃には、余り訪れていなかった。

花道をするすると行く歌右衛門は、私から遠ざかっていくのに、
舞台に近くなればなるほど、大きく見えた。


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花道の下をくぐる通路もあった。

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しかし、何度も訪れたのは三階席と、あの長い階段の先にあった幕見。

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開演前の一時、ここでビスケットとお茶を頂いた。
 
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最後の日、多くの客が
「ここはどうなるの?」と、ウエーターに訊いていた。
「たぶん外部の業者が入るんじゃないかな」
「え、そうなの」
外部業者が入れば、間違いなくこのほんのりした雰囲気はなくなるだろう。
歌舞伎座が消えるということは、本当はこういうことなのかもしれない。



三階席のやや歪んだ廊下、これも歌舞伎座ならではだった。

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幕間にこの椅子に座り眺めていた往年の役者たち

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ちょっと見落としてしまいがちな、こんな小さな絵馬も飾られていた。

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千穐樂、第二部の「寺子屋」、
幕切りは野辺おくり。
当代、幸四郎、仁左衛門、玉三郎、勘三郎が、静かに
主君のために身代わりになった子どものお弔いをする。
舞台に並んだよったりの姿は、力みもなく自然に其処にあるかの如く在った。


下座が聴こえないくらいの足拍子に熱狂する、
もはやじわが寄りようもない歌舞伎座で
私の胸には静かに、そして幕が引かれた今も、じわが寄り続けている。
こうして、歌舞伎座は逝ったのだと、
いつまでも、私は、その体に刻み込みことだろうと、、。




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