2014年11月08日

『眠れる森の美女』ー第二幕オーロラのヴァリアシオンの違いから見える「バレエ」の奥深さ

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明日から新国立バレエ団新シーズンの開幕を飾る
『眠れる森の美女』のニュープロダクションが始まる。

新国立劇場は1997年10月の開場記念公演として
『眠れる森の美女』を上演しているが、
この時はロシア・サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の全面的な支援を受け、
同劇場が1952年以来上演しているセルゲイエフ版がかかった。

今回は、ロンドン・ロイヤルバレエで踊っていたウエイン・イーグリングの改訂振付ということで、
ロシア系ではなく、英国系の演出振付になるだろう。


『眠れる森の美女』に関しては、ロシア系の演出と英国系とではどころどころで違いがある。
ロンドンに伝わった『眠れる森の美女』は、ディアギレフのバレエリュス経由のものであり、
ロンドン・ロイヤルバレエの創始者であるニネット・ド・ヴァロワ自身、
バレエリュスで踊っていたということもある。
1939年に”Sleeping Princess” というタイトルで初演されている。
バレエリュスに振付譜を提供していたニコライ・セルゲイエフ(マリインスキー劇場の舞台監督でもあった)の舞踊譜と記憶に基づいて
バレエリュスが1921年にロンドンのアルハンブラ劇場で上演した『眠れる森の美女』を再現した。

第二次大戦後のコヴェントガーデンの再開記念公演でも
『眠れる森の美女』がかかり、
この時はニネット・ド・ヴァロワとフレデリック・アシュトンが共同で振付を担当した。
この版は最近2006年に舞台美術と共、コヴェントガーデンで復刻上演されている。
その版の第二幕の映像
https://www.youtube.com/watch?v=b2U27TdrBbw&list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX&index=2

これが興味深いのは、1955年にフォンテーンが踊っている映像とほぼ同じ
(復刻版だから当然だが)
https://www.youtube.com/watch?v=T43yIY78fMg&list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX&index=11

しかし、同じ踊りに見えない。当時とは踊り方もテンポも違う。
この二つの映像から、バレエの50年の変遷を感じる事もできる。


さて、
勿論、『眠れる森の美女』は、1890年にマリインスキー劇場で初演されたものだが、
1999年に初演時の演出振付を舞台美術などと共に復刻したセルゲイ・ヴィハレフによる版を見ると、
現在同劇場で上演されているセルゲイエフ版は初演時のものと比べて様子が大分異なる点もある。
なので、
1890年にマリウス・プティパなどによって振付られた原典『眠れる森の美女』と比べ、
現時点でのマリインスキーとロンドン・ロイヤルバレエのどちらが正しいとか、
間違っているとかは容易には決められない。

バレエ・ダンスは常にその時代とともに生きているので、
その時々のダンサーや振付家、また観衆の好み、上演される地域の文化などによって
様々に変化を遂げて行く。
そこがまた、バレエ・ダンスの興味深く面白い所でもあると思う。

現在上演されている、
ロシア系と英国系との違いは、ローズアダージョや第三幕のグラン・パ・ド・ドゥなどにも
微妙な違いはあるが、もっとも大きな差異は、
第二幕のオーロラのヴァリアシオンではないかと思われる。

英国系の踊り、新国立開場記念公演時の吉田都のオーロラ
(このプロダクションは先にも書いたようにマリインスキー・セルゲイエフ版であったが、ゲストの吉田都はロンドン・ロイヤルの振りでまた初日を飾った森下洋子はヌレエフ版で踊っていた。)
http://youtu.be/okiF6hFayfc?list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX

一方、マリインスキー版では
http://youtu.be/e-a4HjwuuEs?list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX
1989年のラリッサ・レジュニナ(彼女は2001年4月に新国立バレエにゲストとしてオーロラを踊る予定だったが怪我で実現しなかった)

吉田都の方は、冒頭で脚を交互に高く上げているが、レジュニナは片側しか上げないし、
音楽の再現部で吉田は再び脚を上げる振りを繰り返す。

実は、この吉田の振付は、現マリインスキー版によく似たものがある。
しかし曲は全く違い、しかもオーロラではなく、リラの精の第三幕冒頭のヴァリアシオンとして。
http://youtu.be/T_ijVNIPmgo?list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX
ちょっと映像が悪いが、吉田が踊った同じ新国立開場記念公演での
菊地美樹によるリラの精のヴァリアシオン。


所が、このマリインスキーのリラの精のヴァリアシオンが
1999年にヴィハレフによって復刻された原典版では、
第二幕のオーロラのヴァリアシオンとして踊られていた。
以下の映像の冒頭から5分くらいの所から始まる。
http://youtu.be/TTRnMCS7Hec?list=PLobg54P1YodwN8bGHPMxYAdbt0Yb83heX
これはマリインスキー復刻版をアリーナ・コジョカルが客演して踊っている映像。
音楽も振付も、リラの精のヴァリアシオンそのまま。


なぜ、このようなことになっているのか、
バレエの世界ではよくある事でもあることだが、、、

一つの仮説として、
1890年にオーロラを初演したカルロッタ・ブリアンツァは、イタリアのダンサーだった。

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当時、イタリアのダンサーは技術にすぐれ、ロシアやフランスに進出。
『白鳥の湖』が1895年にマリインスキー劇場で再演された際、
オデット・オディール(一人で白鳥、黒鳥の二役を踊ったのも彼女が初めてとされている)を踊った
ピエリーナ・レニャーニは、今では定番となっている黒鳥のグランフェッテを初めて回ったとされている。
ペテルブルクの宮廷バレエは伝統的にフランスバレエのエレガンスを基本としており
プティパもその伝統の中でバレエ監督をしていた。

ブリアンツァは、そのフランスバレエのエレガンスも身につけるよう努力したが、
原典版に採用されている二幕のオーロラのヴァリアシオン、
脚を高く上げる、あの振付は彼女の為にされたものかもしれない。

この変更に関して、
Roland. j.Wiley(ワイリー)はその主著 ”Tchaikovsky's Ballet” (1985)で以下のように述べている。

In the pas d'action (Act U),Aurora's variation(No.15b) was cut,and the Variation of the Gold Fairy from (No.23,Var.T )substituted for it.This change seems to have been made early, and for the ballerina, either as a result of her preference or because Petipa considered the interpolated music better suited to her gifts. The substitution required Drigo to refashion the end of the preceding number.


また、当時マリインスキーには、
イタリア人の男性名手エンリコ・チェケッティ(Enrico Cecchetti)も在籍し、
フランス派のプティパと振付や音楽の扱いで争いもあった。
「青い鳥」が彼に振付を委ねられたのも、そんな争いを緩和するためだったとも。

『眠れる森の美女』は、ペロー原作のフランスの話であり、
その根底にはフランスからロシアに伝わったエレガンスが流れているわけだが、
一方で、ヴィルティオーゾを誇るイタリア派のダンサーたちが
主役級に採用され、より高度な現代的テクニックを取り入れる事で
当時の最高水準のバレエとなったと言えるのかもしれない。

プティパとチェケッティの緊張関係が、
良い意味で、作品の質を押し上げたのだと思う。



オーロラは、その後1893年1月にはマリインスキー劇場のダンサー、
マチルダ・クシェシンスカヤが踊るようになり、
チャイコフスキーの原曲に戻され、
新たに振付がされたのではないかと、推測される。

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興味深い点は、英国に伝わった振付が
原典版と現マリインスキー版との両方の要素が合わさったような、振付になっていること。

マチルダ・クシェシンスカヤは、「皇帝の愛人」と云われ、
革命後のソ連ではその痕跡が悉く消された。
例えば、
『ドン・キホーテ』の第三幕キトリのヴァリアシオンで扇子を持って踊る版は、
彼女の為に新たに振り付けられたとされ、ロシアではあの版は今は踊られないが、
英国ではそれが伝わっている。

この例からすると、
今現在、英国系で踊られているオーロラのヴァリアシオンこそ、
クシェシンスカヤの為のものであって、
現マリインスキーで踊られている版は、その型をやや残しつつ
新たにロシアで振付られたものかもしれない。

整理すると、第二幕のオーロラのヴァリアシオンは、
原典版(ブリアンツァ)→ 英国版(クシェシンスカヤ)→ マリインスキー版
という系統順で作られたとも推測される。

どちらにしても、今、上演されている
『眠れる森の美女』、
また明日から上演されようとしている新たな新国立バレエ版も、
こうした、先人たちの踊りを常にその古層にもっている伝統があり、
今ここで、私たちが見る、今のダンサーたちの踊りの先に
数々の踊り手と振付家の幻が浮かんでいるようにも思える。
今のダンサーたちは、音楽と振付の先に
先人たちを感じ、自らの身体と感覚との間に、緊張を作り出す。
きっと、そこに素晴らしいバレエが現れてくるに違いない。







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posted by 星跡堂主人 at 00:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

『カルミナ・ブラーナ』 校訂原典版とカール・オルフ作曲版歌詞の照合、及び若干の注釈


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1803年にミュンヘン郊外の Beuern にあるベネディクト派の教会 Kloster Benediktbeuern で発見された”Codex Buranaus” (Beuern 写本、羊皮紙に書かれたこの写本の原文は11〜13世紀のものと推定されている)を、
校訂テキスト化した校本『カルミナ・ブラーナ』(日本語訳『全訳 カルミナ・ブラーナ ベネジクトボイエルン歌集』永野藤夫訳による)と、
カール・オルフ作曲の『カルミナ・ブラーナ』に使用されている歌詞の部分とを、照合しました。
また、必要に応じ注釈を付け加え、新国立バレエで上演されたデビッド・ビントレー振付の『カルミナ・ブラーナ』(1995年にバーミンガム・ロイヤルバレエ団で初演)にも言及しました。

『カルミナ・ブラーナ』の初めての出版は、1847年の以下の本、
Johann Andreas Schneller
 ”Carmina Burana : lateinische und deutsche Lieder und Gedichte einer Handschrift des 13. Jahrhunderts aus Benedictbeuern ”
→ http://ow.ly/vWRZ2  (Bayerische Staatsbibliothek digital)
→ http://ow.ly/wrk9b  (HathiTrust’s digital library)
この本では、カール・オルフ作曲版と同じように、
冒頭に「運命の輪」の挿絵入りで”O Fortuna”が配されています。

その後、テキストクリティークを経て1979年に校本として、
”Carmina Burana. die lieder der benediktbeuren Handschrift” が出版され、
日本語全訳本も主にそれに基づいています。
その一部が読めるサイト 
→ http://www.hs-augsburg.de/~harsch/germanica/Chronologie/13Jh/CarminaBurana/bur_card.html


オルフの『カルミナ・ブラーナ』に関しては、以下のサイトの翻訳に準拠し、
→ http://carminaburana.web.fc2.com/index.html
新国立バレエ『カルミナ・ブラーナ』のパンフレットの翻訳と異同がある場合は示しました。(但しタイトルの部分のみ、新国立パンフレットは英訳からの重訳と思われます。)

オルフ版の歌詞の典拠と思われる
『カルミナ・ブラーナ』校訂原典のCB(Codex Buranaus)番号を示し、
それに該当する詩の、日本語訳本『全訳 カルミナ・ブラーナ ベネジクトボイエルン歌集』のページを明示しました。

以下======================================




carminaBuranaBild1.jpg


「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」 
「フォルトナ、世界の支配者 」 
新国立バレエ団上演パンフレット(以下「新国立版」)「運命、世界の王妃よ」
章タイトルは、作曲者のオルフが原典の300余りの詩歌から選集したものを、章としてまとめたタイトルなので、当然、原典写本にも活字出版本にもない。
「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」という詞自体も原典にはない。
ただ、ローマ帝政期においては「Fortuna Panthea」(万物の親神フォルトナ)と呼ばれ皇帝の守護神にまで祀りあげられていた。

シリアで発見された2世紀頃の「Fortuna Panthea」の像
→ https://www.deutsche-digitale-bibliothek.de/item/6NRC4SP4DS2XIJ5JRBLXON7NBCWZANXP

また、以下の地図は、フォルトナ像が描かれた古代ローマ時代の地図を、中世西欧でそのままコピーされたもの。
WeberPeutingAntioch.jpg


どちらの像にも、冠があり、そのイメージが中世西欧にも伝わる。
以下の図像は、有名な『カルミナ・ブラーナ』の挿絵(これは原典写本のもの)
img_0.jpeg


1847年に『カルミナ・ブラーナ』が活字出版された際、
「SERIA」の部分の冒頭に
オルフが用いた第1曲目「O Fortuna」の歌詞と、このフォルトナの絵が共に印刷されていた。
image.jpeg

作曲者オルフには、このフォルトナのイメージが強くあったはずで、
こうしたことから、
古代ローマ時代の万物を統べる神フォルトナとして、
「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」というタイトルを
オルフは冒頭に付けたのかもしれない。


このタイトル、
新国立版は”IMPERATRIX”(英訳は”EMPRESS”)を何故か「王妃」と訳している。直訳的にするなら「皇后」とすべきで「王妃」では誤訳ではないか。「皇后」と「王妃」とでは全く身分が異なる。


1  O Fortuna 「おお、フォルトナよ」(ラテン語)  
新国立版「おお、運命よ」
CB17 「月のような運命」(小タイトルは翻訳者が便宜上付けたものと思われる。)『全訳 カルミナ・ブラーナ』(以下『全訳』と略)P.22

2  Fortune plango vulnera 「私はフォルトナの傷を嘆く」(ラテン語)  
新国立版「運命は傷つける」
CB16 「運命の輪」 『全訳』P.21
盲目のフォルトナが廻す車輪から転落していく有名な人々の図
Rueda de la Fortuna-Royal 20 C IV.jpg

14世紀フィレンツェの詩人Giovanni Boccaccio の
”De Casibus Virorum Illustrium (On the Fates of Famous Men)”の挿絵



「 PRIMO VERE 」「早春に 」 
新国立版「春に」
この「 PRIMO VERE 」はタイトルもまさにそのまま、
ボッティチェリ(Sandro Botticelli)の「 Primavera」(15世紀末)の世界。
こうした章を作った作曲家オルフは明らかに、『カルミナ・ブラーナ』の原典よりも後のルネサンス期をイメージしている。
しかし、それは既に13世紀の原典『カルミナ・ブラーナ』の詩の中に、ルネサンス期を彷彿とさせる自由な精神が内包されていた(グレコ・ローマンの神話や新プラトン主義など)ということでもある。
新国立バレエで振付のデヴィッド・ビントレーが、このパート冒頭で妊婦を登場させるのも、西風ゼフィロスに孕まされた森の女神クローリスの姿、
さらには、この絵では特にお腹が大きく描かれ「豊穣」を示すヴィーナスその人の姿にも思える。

3  Veris leta facies 「春の楽しい顔は」(ラテン語)  
新国立版「うつくしき春」
CB138 「愛のあこがれ」(一、二、四、五) 『全訳』P.204

4  Omnia sol temperat「 太陽は万物を整える」(ラテン語)  
新国立版「太陽はすべてをいたわる」
CB.136 「あの娘が恋しい」(一、二、三) 『全訳』P.202

5  Ecce gratum 「見よ、好ましい」(ラテン語)  
新国立版「春の訪れ」
CB.143 「恋の褒美を」(一、二、三) 『全訳』P.208
詩の末尾にある「パリス」はギリシア神話「パリスの審判」のパリスのことで、彼がヴィーナスを選び、「ヘレナ」を得る事がトロイ戦争の原因となる。「ヘレナ」は「24」の詩句に登場する。



「 UF DEM ANGER 」  「草地の上で 」 
新国立版「草の上で」

6  (Tanz) ーー歌詞はありません。 
新国立版「踊り」

7  Floret silva nobilis 「高貴な森は華やぐ」 (ラテン語、中高ドイツ語) 
新国立版「気高き森」
CB.149 「彼はいずこ」 『全訳』P.214

8  Chramer, gip die varwe mir 「小間物屋 さん私に色紅 をください」(中高ドイツ語) 
新国立版「店の人よ、私に紅を下さい」
CB.16* 補遺「大受難劇」中の35行目〜52行目のマリア・マグダレナの台詞  『全訳』P.345
「マリア・マグダレナ」は言うまでもなく、キリストの復活を最初に見た「罪の女」(娼婦、一説にはキリストの妻とも)のこと。イエスの体にその長い髪で香油を塗った逸話があるため、香油壷を持ち長く伸びた髪で描かれる事が多い。
訳注に、
この台詞部分はラテン語ではなく中高ドイツ語で、
「世俗的な部分の拡大は、一般の趣向にもよる。」とある。


9  Reie 「輪舞」(中高ドイツ語) 
新国立版も同じ
CB.167a、 「あの娘を想えば」(七) 『全訳』P.233
CB.174a1,2「なんとご美人」(四、五)『全訳』P.239

10  Were diu werlt alle min 「世界がすべて私のものであったとしても」(中高ドイツ語) 
新国立版「世界が我が物となるとも」
CB.145a 「ミュースが歌と来る」(七) 『全訳』P.211
全訳本は、このパートを、女性を主語にして以下の様に訳している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
海から河まで
全世界が妾のものになるなら
  あきらめてもいいわ
イギリスの王様を
  この腕に抱くのをね
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


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「 IN TABERNA 」  「酒場で 」  
新国立版「居酒屋にて」

11  Estuans interius 「内に燃えあがる」(ラテン語)  
新国立版「怒りに、心収まらず」
CB.191 「吟遊詩人の告白」(一〜五) 『全訳』P.257

12  Olim lacus colueram 「かつて、私は湖水にすんでいた」(ラテン語)  
新国立版「焙られた白鳥の歌」
CB.130 「焼き白鳥の歌」 『全訳』P.195

13  Ego sum abbas Cucaniensis 「我はクカニアの大修道院長よ」(ラテン語)  
新国立版「予は大僧正様」
CB.222 「我こそ院長」 『全訳』P.293
原文ラテン語は”abbas”「修道院長」なので、新国立版が何故に「大僧正」(大司教、Archiepiscopus)と訳しているのか疑問。両者は全く別の身分。
『全訳』は「ワフナ、ワフナ」の部分を「人殺し、人殺し」と訳している。

14  In taberna quando sumus 「酒場に我らがいる時は」 (ラテン語)  
新国立版「われら、居酒屋にあっては」
CB.196 「酒の歌」 『全訳』P.267




「 COUR D' AMOURS 」  「愛の誘い 」 
新国立版「求愛」

15  Amor volat undique「 キューピッドは至るところを飛び回る」(ラテン語)   
新国立版「愛の神はいづこにも飛び来り」
CB.87 「恋は赤くて青い」(四) 『全訳』P.130

16  Dies, nox et omnia 「昼も夜も、そしてすべてのものが」(ラテン語、古フランス語)  
新国立版「昼、夜そしてあらゆるものが」
CB.118 「長の追放」(四、五、七) 『全訳』P.182

17  Stetit puella 「少女がたっていた」(ラテン語) 
新国立版「赤い胴着の乙女が立っていた」
CB.177 「赤い服着た娘」(一、二) 『全訳』P.241
このパート続きは以下の様
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
娘が 木の下に立って 
葉に 恋人の名を書く
するとウェヌスが来る
  大きな恋(カーリタース)
    気高い恋(ミンネ)を
   娘は男にあげる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

18  Circa mea pectora 「私のこころの周りには」(ラテン語、中高ドイツ語)   
新国立版「私の心はため息みつ」
CB.180 「恋文」(五、六、七) 『全訳』P.244

19  Si puer cum puellula 「 若し、少年が少女とともに」(ラテン語) 
新国立版「若者と乙女がいたら」
CB.183 「若者と乙女が」(一、二) 『全訳』P.248

20  Veni, veni, venias 「来い、来い、来ておくれ」(ラテン語) 
新国立版「おいで、おいで」
CB.174 「なんとご美人」 『全訳』P.239

21  In truitina mentis dubia 「心の迷う秤のなかで」(ラテン語) 
新国立版「ゆれ動く、わが心」
CB.70(十二a、b) 「恋のみそかごと」 『全訳』P.105
CB.70「恋のみそかごと」は、男女の対話詩で、
その対話詩の最後の章句として、23の「この上なく甘美に」の詩句が配されている。

フォルトナは、「2」で示したように、運命の車輪を操り人々を絶頂から転落へと追い落とす。
しかし一方でその車輪を廻すのは彼女自身ではなく、彼女には意思はなく、
彼女自身も車輪とともに廻っているのだという解釈も存在した。
(「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」で示した 『カルミナ・ブラーナ』原典写本の挿絵でも、フォルトナの身体が車軸と一体化しているように見える。)
その場合、車輪を廻すのは全能の神である。
フォルトナはその神の意志の現れに過ぎないとする。
ローマの女神だったフォルトナが、庶民の間ではキリスト教時代にも生き残り続けたので、キリスト教神学と「運命の女神」フォルトナへの信仰を折衷させる苦肉の解釈ともいえる。

Rueda de la Fortuna-1482.jpg

Lorenzo Spirito Gualtieri ”La Rueda de la Fortuna” 1482年(ペルージャLibro delle Sorti )
フォルトナの身体が車輪の中に収まり、車軸と重なっている。フォルトナ自身も車輪の回転とともに廻り続ける事になるだろう。
 
22  empus es iocundum 「楽しみの時だ」(ラテン語) 
新国立版「楽しい季節」
CB.179(一、四、七、五、八) 「みんな花ざかり」 『全訳』P.243

23  Dulcissime 「この上なく甘美に」(ラテン語) 
新国立版「私のいとしい人」
CB.70(十五) 「恋のみそかごと」 『全訳』P.106
『全訳』はこのパートを以下の様に男性を主語に訳している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  「わたしのいとしい娘よ、
 わたしは身も心もささげる」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「 BLANZIFLOR ET HELENA 」  「ブランジフロールとヘレナ 」

24  Ave formosissima 「ああ、この上なく美しい人よ」(ラテン語) 
新国立版「たたえよ美しきものよ」
CB.77(八) 「恋の対話」 『全訳』P.116
このパート訳注には「アヴェ・マリアを思わせる節。」とある。
「1」で見たようにフォルトナはしばしば戴冠している。しかしキリスト教の図像で戴冠している女性は一般には聖母である。それ故に、フォルトナのイメージはしばしば聖母マリアとも重なるようになっていく。
スコットランドの英雄ウォーリスを讃えた物語詩集『ウォーリス』(15世紀)中に見える詩の一節、

「わたしは彼女がいかなる女王であるのか、
 運命の女神であるのか、気高きマリア様であるのか、わかりません
 彼女の放つ輝によると、
 おそらくはこの世を創造された主なる神のご母堂のようです」
              
       (引用は『中世文学における運命の女神』1993、
       原書は”The Goddess Fortuna in Mediaeval Literature",1927 )

また
丸いもの(車輪)の上に立つ女、月のイメージを抱く女、
さらには巌を住処とするフォルトナのイメージは、
「無原罪の宿り」の聖母のイメージとも重なっている。
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スペインの画家ムリーリョ(Bartolomé Esteban Perez Murillo)の数ある同テーマの一作、1650年作。

愛の女神「ヴィーナス」との繋がりは、運命の女神が恋愛をも支配するという解釈が12世紀の『アベラールとエロイーズ』あたりから生まれ、運命の女神こそが恋愛を成就させたり終わらせたりするように考えられた。
ヴィーナスが車輪を廻したり、フォルトナが愛を支配したりして、ヴィーナスとフォルトナのイメージが相互的な重なり深化していった。

1390年に成立したJohn Gowerによる”Confessio Amantis”中にある詩の一節、
「もし運命によって支配されている
 天秤というものがありますなら、
 教わりましたとおりに、私は
 愛がその天秤を手にしていると信じるのです」
                        (引用は、前掲書)


校訂原典では、このCB.77の前にCB.76「ヴィーナス寺もうで」という詩があり、その詩を読むと「ヴィーナス寺」とは娼婦館の意味と解せる。
また、
「 BLANZIFLOR」は、11〜14世紀にかけて西欧で流行した、ムスリムの娘 Blanchefleurと騎士Floris(イングランドではBlanchefleurがキリスト教徒でFlorisがムスリムにとあべこべになっている)の恋愛物語 ”Floris and Blancheflour” に基づく。




「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」 
「フォルトナ、世界の支配者 」
新国立版「おお、運命よ」

25  O Fortuna 「おお、フォルトナよ」(ラテン語) 
新国立版「おお、運命よ」
CB.17 「月のような運命」 『全訳』P.22

==========================================以上



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posted by 星跡堂主人 at 15:19| 東京 ☀| Comment(2) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

新国立バレエ団『カルミナ・ブラーナ』レヴュー


Fortuna con balanza.jpg

La Fortuna carrying a balanced scale with two books, symbols of evil and goodness of this goddess. Boccaccio, De casibus『名人列伝』 (1450-1475)


私は、『カルミナ・ブラーナ』という曲が余り好きではない。
特に冒頭の感情を掻立てる一撃が。
それはたぶん、私の中の内面にあるものに深く作用するからこその嫌悪であった。
なので、新国立バレエの今まで2度の公演を見ていない。
今回、初めてこれを見た。
4月26日、27日 於 新国立劇場大劇場
「フォルトゥナ」役は、湯川麻美子と米沢唯。

新国立バレエ『カルミナ・ブラーナ』
公演概要
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/carmina_faster/index.html
主なキャスト
http://ow.ly/wdYct
振付家のデビット・ビントレーは、『カルミナ・ブラーナ』の時代設定を「現代」に置き換え
オルフの原曲にある主要な3場を
「愛」を象徴する「ダンスホール」
「欲望」を象徴する「ナイトクラブ」
「性愛」を象徴する「売春宿」
 に設定したと述べている。
→ http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/carmina_faster/introduction/index.html
しかし、私には、
『カルミナ・ブラーナ』の歌詞はそんな単純な置き換える事を拒否しているように思える。
もっと時代横断的な解釈をした方が、この作品の意味がより深まるのではと感じている。

そもそも『カルミナ・ブラーナ』の原詩は11〜13世紀なのだから、
中世の終わりからルネサンスを経た近代、さらには現代にかけての物語と捉えた方が、すんなり腑に落ちる。

『カルミナ・ブラーナ』の原語歌詞と訳詞は、このサイトを参照した。
→ http://carminaburana.web.fc2.com/index.html


プロローグ 「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」 

第1曲 ”O Fortuna”「おお、フォルトナよ」
冒頭のソロでどう踊るかは、この作品全体を支配する。
『カルミナ・ブラーナ』の様に冒頭の一曲が強烈なインパクトを持っている作品では、特にそうなる。
湯川麻美子は、既に新国立初演時からこの場のフォルトゥナを踊っており定評を得ている。
流石に、ある種の”気”を感じさせる、強い踊りだった。
別のキャストの米沢唯に比べると、ステップの幅も取り、全体に強く大きく踊っていた。
これは、まさに世界を支配する「運命の女神」だ。

一方、
今回が初役の米沢唯は、身体のラインを明確に出し、
湯川が大きく円を描いているのに対して
こちらはもっと鋭角的で直線的に踊っている。
それは米沢のダンスの特徴でもあるが、そう動く事で、
フォルトゥナの動きが天から糸で吊られた操り人形のようにさえ見えてくる。
これは彼女がよりバレエ・クラシック的に踊ったからなのかもしれない。
だから湯川の様に全てを統べる女神には見えない。

フォルトゥナさえも、実は「運命」というなにものかに、
この強烈なオルフの音楽に、踊らされているようにさえ見える。
これは米沢の「解釈」だったのではないかと、私は思う。
「運命の女神」に、特別な意思はない、
彼女は単に、「運命」と名付けられた得体の知れないものの表象でしかないのだと、、、

つづく
第2曲 ”Fortune plango vulnera”” 「私はフォルトナの傷を嘆く」 で
神学生たちが闇の中で踊る。
ここで唱われている「髪」を、
邦訳『全訳カルミナ・ブラーナ」は、フォルトゥナの前髪はあるが後頭は禿げている
(「機運の神」としてチャンスはやってきた時に掴まないと、
後からでは捉えられないという象徴)
と、訳しているが、
新国立バレエ団のパンフレットの訳などは、
 「黒髪豊かな若者も 
    時がくれば失う その黒髪を」
と、  
「少年老いやすく」「花の命は短くて」というイメージで訳している。

ビントレー版『カルミナ・ブラーナ』作品全体でのここのダンスとしては、
「運命の輪」によってうるわしい青春(春)はとても短い、
だからこそ、
修道院から世俗へと、若き抑え難き思いを外へと、向かわせているように見える。
若者の熱い血潮をさえ、感じる。
ふと、
 「青春はうるわし
     されど逃れゆく、
   楽しみてあれ、
     明日は定めなき故」

ルネッサンス期にボッティチェリの庇護者だった
ロレンツォ・イル・マニーフィコの愛誦句を思い起こす。



第1部 「PRIMO VERE 」「 UF DEM ANGER 」

第3曲 ”Veris leta facies”「春の楽しい顔は」 で、 
おなかの大きな女たちが出てくる。
これにはちょっと驚いた。
タイトルもそうだが、
これは明らかにボッティチェリの「La Primavera」の世界に思えるからだ。
誰もが知っている名画には、解釈が多様にあるようだが、
西風ゼフュロスが風を吹きかけ森の女神クロリスを目覚めさせ(又は孕ませている)
花々(フローラ)の春を呼び寄せていることは、確かだろう。
さらに、中央のヴィーナスは、おなかが膨らんで同じボッティチェリの「Nascita di Venere」が「天上のヴィーナス」に対して「世俗のヴィーナス」とされ、その体型は明らかに違う。
春の豊穣が、性を介して多産に結ぶ。

キリスト教中世世界に、
グレコ・ローマンの神話を復興し、より世俗的人間的な世界を導く。
これは「ルネサンス」のことだろう。
歌詞にもフローラ、ヴィーナスが出てくるから、
振付のビントレーは、ボッティチェリとルネサンスを意識して提示したのは間違いない。


第8曲 ”Chramer, gip die varwe mir" 「お店屋さん私に紅をください」 では、
第1の神学生が娼婦たちと様々な遊びを戯れるが、手で双眼鏡の仕草をして遠くを見る真似をする。それを女たちが同じように真似をする「何が見えるのか知らん」と。
双眼鏡で遠くの何かを見る、これはまさにルネサンスが産んだ近代の「視る」という行為だ。
遠くの何かを見たいということと、異性を求めるということがここでは重ね合わされる。
そして
 ”Wol dir, werit, daz du bist    ようこそ、世界よ, お前は
  also freudenriche!         かくも喜ばしい ”

と、恋し、視る、事が「世界」との喜ばしき遭遇を導く。
「恋愛」は、単に異性を求めること以上の、世界への欲望を開花させる。

この場の最後は男女の総踊りとなり、
あの、第10曲 ”Were diu werlt alle min" 「世界が全て私のものであったとしても」

"Were diu werlt alle min   世界が全て私のものであったとしても
von deme mere unze an den Rin ーー 海からライン川まで
des wolt ih mih darben,       そのためには、無しですまそう
daz diu chunegin von Engellant    それによって、イングラントの王妃を
lege an minen armen. Hei !       私の腕に横たえるためには. ヘイ ! "

となる。
「視ること/視られること」が「恋愛」を産み、さらにより遠くを視ること、
視線は遠い異国へと向かう。
これが、
中世修道院の暗い一室(フラ・アンジェリコのフレスコ画で有名なサン・マルコ修道院の僧坊などを想起されたし)で神と対話していた者たちが
解放された先の、「近代」という時代なのだ。


この場を踊った第1の神学生は、菅野英雄と奥村康祐だった。
菅野は体のラインが本当に美しい。それが春の気分を出していた。
「恋する女」役はさいとう美帆、アイリッシュダンスのステップが軽快で気持ちいい。
奥村の相手役は、小野絢子。奥村のうぶで若い青年の雰囲気と小野はとても合う。
二人でのダンスの部分も清純な若い人の恋を思わせる。
この二人は、思った以上に相性が良いのではないか?
今後もっと組んで欲しいと思った。


第2部「 IN TABERNA 」 

第11曲 ” Estuans interius" 「内に燃え上がる」 は、男性のソロ
歌詞は、儚い存在である自身を持て余す苦悩からヴィーナスへの思いを述べ、

 ”mortuus in anima    魂において死に
  curam gero cutis.  私は関心を肌に向ける”

と語る。
ダンスもその苦悩を純粋に示し、第2の神学生が踊る。
もの凄い勢いで思いを炸裂させ踊っていたのが八幡顕光、
一方、福田圭吾は、もう少しゆったりと音楽と歌詞を踊っていた。
この二人は同じ役を踊る事が多いが、今回もそれぞれの個性が際立つ。
こういうダンサーを二人持っていることは、素晴らしいと思う。

この神学生の欲望の先は
「ローストスワン」に向けられる。
『カルミナ・ブラーナ』の原典を書いていた放浪僧たちは、美食の歌を書く事も多かった。
ここででは、人間の原初的欲望である食べる事と性が重ね合わされる。
本島美和と長田佳世はともに、新国立バレエ団きっての美脚の持ち主なので、
この役はぴったりだが、特に踊る訳でもないのでちょっともったいないか。
もっと踊る振りにできないか?
ジョージ・グロスの風刺画をビントレーがモデルとしたと云う「食いしん坊たち」は着ぐるみなので限界があるだろうが、もう少し滑稽で悪辣な動きをデフォルメしてほしかった。

第一部から「街の男たち」が出ていて、ここでも活躍するが、
如何にもヤンキー風のチンピラという感じで良かった。
世俗の一般の若い男たちなのだろうが、今現在の日本では既に「昭和」の男達とも云われるだろう。
今日では、もっと異なる男たちのイメージ、
たとえば、背後のウォールに巨大な旭日旗を描いて
(他の落書きでも良いが、こんな俗な所にある壁があんな綺麗なままはあり得ない)、
「怖雄流斗那 上等!」って書いたらどうかしらん、、(^o^)
きっと、よりリアルになるのではないだろうか。
オルフの音楽の向こうにある「ナチズム」を想起するためにも、
そうした演出は効果的だと思う。



第3部「 COUR D' AMOURS 」 

第15曲 ”Amor volât undique”「キューピットは至るところを飛び回る」 で、 
第3の神学生が、娼婦の館に迷い込む。
その男につづいて、舞台下手から大きなサングラスをかけた紅い服の女が徐に現れる。
(「フォルトゥナ」なのだが、冒頭の目隠しはサングラスに代わり、真っ黒な衣装は赤い、
なので「フォルトゥナ」には見えない。)
ここの歌詞は

  ”Siqua sine socio,    仲間の居ない彼女には
  caret omni gaudio;  すべての悦びに欠けている
  tenet noctis infima  彼女は闇の底を持ち続ける
  sub intimo       最も奥底に
  cordis in custodia:  心の暗所に”

最後に、アムールの声である児童合唱(新国立バレエ団では女声)が
”fit res amarissima. 事態はもっとも辛いものとなる” と付け足す。

次の16曲 ”Tua pulchra facies"「あなたの美しい顔は」 で
第3の神学生がフォルトゥナに恋情を告白しながら、徐々に服を脱いで裸になっていく。

  ” me fay planszer milies,      私を1000回も悲しませ
   pectus habet glacies.     心は氷をもっている
   a remender          癒しによって
   statim vivus fierem        私は直ぐに、元気になる
   per un baser.          一つのキスによって ”

静かに徐々に欲望が現れる。
これに呼応するように、第17曲 ”Stetit puella" 「少女が立ていた」 で
   ”Stetit puella  少女がたっていた
rufa tunica;  赤いチュニカを着て”

赤いチュニカの女(フォルトゥナ、もうサングラスはしていない)が肢体をくねらせて踊る。
この部分の歌詞は、原典では、オルフの採用した部分の後に以下のように続く、
  ” 娘が 木の下に立って 
   葉に 恋人の名を書く
   するとウェヌスが来る
   大きな恋(カーリタース)
    気高い恋(ミンネ)を
    娘は男にあげる ”

つづいて、男声が求めるが如く、唱い始める、
第18曲 ”Circa mea pectora" 「私のこころの周りには」

  ” Vellet deus, vellent dii   神よかなえてください。神々よかなえて下さい。
   quod mente proposui:   私がこころに決めたことを
   ut eius virginea      ーーかの処女の
   reserassem vincula. Ah   鎖をはずすという  ああ
   Vellet deus, vellent dii   神よかなえてください。神々よかなえて下さい。
   quod mente proposui:   私がこころに決めたことを ”

二人は絡み合って踊る、神学生が求めるのを、赤い女(フォルトゥナ)が攻撃的にやっつける。
(女声ソロはただ「Ah~~」とだけ声を添える、合唱は「Manda liet, manda liet」と囃す)
合唱が周りから囃し立てるが、この状態は変わらない。
このパートの、バーミンガムロイヤルバレエ団(Céline Gittens and Tyrone Singleton )
リハーサル映像
→ http://vimeo.com/25409046

19”Si puer cum puellula” 「若し、少年が少女とともに 」で
更に男が動物的に求める、
20”Veni, veni, venias” 「来い、来い、来ておくれ」では
周囲の男女も絡み踊る。

その後、突如、曲想が変わり、
第21曲 ” In truitina mentis dubia" 「心の迷う秤のなかで」  
この曲は、全曲中最も美しいが、そこで最も美しいパ・ド・ドゥが踊られる。

湯川は、ここでも基本的にはフォルトゥナのままだが、
(これは相手がゲストだったせいかもしれない。初演時の山本隆之とだったら違ったのだろうか、、)
米沢は、ただのひとりの女(どちらかと言うと少女に見えるが)として踊っているように見えた。
今までに見た福岡雄大とのパ・ド・ドゥのどの踊りよりも、
美しくうっとりするものだった。
この二人は、こんな幻想的な踊りも出来るのかと、初めて感じた。

 ” In truitina mentis dubia     心の迷う秤のなかで
  fluctuant contraria        揺れ動く。 ー−相反する 
  lascivus amor et pudicitia.     放縦な愛と純潔が
  Sed eligo quod video,       しかし、私は私が見るものを選び  
  collum iugo prebeo:        頚をくびきに差し伸べ
  ad iugum tamen suave transeo.   甘いくびきへと進む ”

たぶん、米沢の解釈では、ここでは「フォルトゥナ」ではく、
恋するひとりの女なのだろう。
この詩句は、原典では、男が女に言い寄り、女が応えるという対話詩だが、
この部分は女の迷う心情を表している。
男の愛情を受け入れるかどうか、ひとりの女としての迷いが原詩にもある。
ただしかし、「浮いたり沈んだりする秤」が、
運命の車輪を廻す不安定な存在である「フォルトゥナ」の象徴とも読める。
常に背後にフォルトゥナが居ることは、
米沢のように踊っても同様だろう。
どの面をより強調するか、それがダンサーそれぞれの個性に基づいた解釈になる。
湯川の個性からは、フォルトゥナの面を強調するのはすんなりと腑に落ちる。

第22曲 ”empus es iocundum"「楽しみの時だ」 では、
男女に分かれて、フォルトゥナと神学生が戦うのだが、
まるで子どもたちが「はないちもんめ」を楽しんでいるのようにさえ見える。


第23曲 ”Dulcissime” 「この上なく甘美に」

  ” Dulcissime        この上なく甘美
   ah totam tibi subdo me !   ああ、貴方にすべての私をささげる ! ”

この曲の歌詞は、実は原典では、第21曲と同じ詩「恋のみそかごと」に依っている。
この長い詩の一番最後の句が、この第23曲の部分に当たる。
長い迷いの末に、女は気持ちを固めたのか、、、

第24曲「Ave formosissima"「 ああ、この上なく美しい人よ」 で
聖母、ヴィーナス、ヘレナ、などの女性たちを崇め、
赤い女は、神学生に愛を捧げられ、高々とリフトされる。

しかし、
その直後、音楽がまた一変し(第25曲 ”O Fortuna”「おお、フォルトナよ」)、
フォルトゥナのテーマに変わる。
女は、神学生の手を振るほどき、その「本性」を顕わにする。

知らぬ間に、背後には、多くのフォルトゥナが出現する。
新国立バレエのパンフレットでは「フォルトゥナのクローン」とあるが、、
「クローン」にするには、男性ダンサーも踊っているのは何故だろうか?
(「クローン」であるなら、生き写しでなくてはならないので
『ラ・バヤデール』の影の王国のコールのようにすべきだろう。)
背後の、
フォルトゥナ化した男性ダンサーは、さっきまで「街のチンピラ」として踊っていた男たちだ。
多くの人たちが、フォルトゥナの、運命の力の畏れを抱き、
彼女を「運命の女神」として祀り踊っているように思えた。
だから、
ここでのフォルトゥナは、闇の中から目隠しをして現れた冒頭のフォルトゥナとは、明らかに違う。
踊りの振付は同じでも、
フォルトゥナは、人々の欲望とその喪失という情念を得て、「神」になったのだ。

私たちは、この『カルミナ・ブラーナ』一曲を通じて、
フォルトゥナとその運命に操られる人々を見てきた、
そして、その操られる人々を付き従えて、
今、フォルトゥナは、さらに大きくなり、踊っている。

最後の場面、3人の神学生たちは、その中には入る事無く、
舞台奥へと消えていく。
振付家のビントレーは、「彼らは地獄へ堕ちた」とインタヴューで述べているが、
本当にそうだろうか?
神学生から堕落し「神」にも見捨てられ、
今また「運命の女神」にも見捨てられた、
しかし、その音楽に踊らさせ、背景に消えていく。
本当は、フォルトゥナの「クローン」と化して、
オルフの強烈な音楽とともに踊る方が、楽で心地よいのではないか。
共には踊らず、背景に消えていった、彼らは、地獄に堕ちたかもしれないが、
未だ、「蜘蛛の糸」に出会える可能性は残されているのではないだろうか。


レヴュー 了

以下も、参照されたし。
「新国立バレエ 『カルミナ・ブラーナ』プレヴュー  Ballet ”Carmina Burana” Ballet of New National Theatre Tokyo」 http://zoushigaya.seesaa.net/article/395080610.html

「『カルミナ・ブラーナ』 校訂原典版とカール・オルフ作曲版歌詞の照合、及び若干の注釈」
http://zoushigaya.seesaa.net/article/396075540.html



Rueda de la Fortuna.jpg

La Ruota della Fortuna. Francesco Petrarca, "De remediis utriusque fortunae" 『順逆両方への対処法』(Paris, 1503)






















posted by 星跡堂主人 at 16:29| 東京 ☁| Comment(1) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月19日

新国立バレエ 『カルミナ・ブラーナ』プレヴュー  Ballet ”Carmina Burana” Ballet of New National Theatre Tokyo


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2014年4月19日〜4月27日まで
新国立バレエ団で上演されるバレエ『カルミナ・ブラーナ』は、
カール・オルフの世俗カンタータ『カルミナ・ブラーナ』に
デビッド・ビントレーが振り付けた作品。
初演は、1995年9月27日、バーミンガム・ピポドローム、
ビントレーがバーミンガム・ロイヤルバレエの芸術監督になった歳である。

新国立バレエ団では、
2005年10月29日〜11月6日
2010年5月1日〜5日
に続いて、三度目の上演。
抜粋映像→ https://www.youtube.com/watch?v=9ePu2GEqXlc#t=49
ビントレー作品は、オルフの音楽を冒頭からカットすることなく全曲使用している。
但し、通常使われる児童合唱は、バーミンガムでは聖歌隊が唱ったらしいが、
新国立劇場の上演では入っていない。

因に、オルフの『カルミナ・ブラーナ』日本初演は
1955年5月14日 日比谷公会堂でのNHK交響楽団演奏会
→ http://ml.naxos.jp/work/2476208


作曲者のカール・オルフは、この作品を、
1847年に活字出版された以下の本に基づいて作曲したとされている。
Johann Andreas Schneller
 ”Carmina Burana : lateinische und deutsche Lieder und Gedichte einer Handschrift des 13. Jahrhunderts aus Benedictbeuern ”
→ http://ow.ly/vWRZ2
P.264以降がインデクスになっている。

”Carmina Burana” とは、
「 Beuern(ボイヤ(レ)ンの)歌」( ”Beuern”は古くは”Bura”と呼ばれたらしい)という謂いのラテン語に当たる。
この標題は、
1803年にミュンヘン郊外の Beuern にあるベネディクト派の教会 Kloster Benediktbeuern で
中世の詩歌320編(数え方に依っては250くらい)が Johann Christoph von Aretin によって発見されたことに基づいている。
この教会は、ドイツバロック様式の真珠ともよぶべき美しい佇まいである。
Kloster Benediktbeuern→ http://www.kloster-benediktbeuern.de


bur_cama.jpg

発見された原典にある森を描いた美しい挿絵、紙ではなく羊のなめし皮に書かれている。


所が、その後、発見者が秘蔵していた為に世に出るのは遅れる。
1844年などに Jacob Grimm により一部が出版されたが、
大部の出版は、1847年の先に示した本まで待たねばならなかった。

原典の詩は、
主にラテン語で書かれ、他に
古い、フランス語、プロヴァンス語、イタリア語、中高ドイツ語、
さらにはそれらがミックスされたマカロニック・スタイルで書かれている。

時代は、1230年頃の写本と推測されるので、
11世紀〜13世紀前半のものとされているが、
これらは纏まった本ではなく断片集であり
元来は、”Codex Buranaus” (Beuern 写本)と呼ばれていた。
現在この原資料は、
Bayerische Staats Bibliothek(バイエルン州立図書館)に保存されているらしいが、
残念ながら、ネットでは公開されていない。

Deutsche national Bibliothek (ドイツ国立図書館)のサイトで一部、楽譜の部分がネットで見られる。
→ http://www.dnb.de/EN/DBSM/Ausstellungen/Rueckschau/handschrNotation.html?cms_notFirst=true&cms_docId=49508



作者は、ゴリアルドゥス(goliardus)、ゴリアール(goliard)と称される
(一説には「大食漢」とか「言動の放縦なもの」を意味する"gula" が語源とも、
12世紀フランスのピエール・アラベールへの批判語としての”golias” が広まったとも)
「放浪僧」(clerici vagabundi)の人々とされている。
「放浪」と呼ばれているが決して卑賤な者ではなく、
ラテン語を操っているのだから知識人階層であり、
そのカトリック知識人達が、
世俗的な一般庶民(異民族、異文化、異言語)に接触するところで
美食、好色、風刺などの詩が生まれたのだろう。
ちょうど、
日本の中世に雅俗混淆、和漢混交の文化や文体が形成された事と似ているのかもしれないし、
今風に云えば、「クレオール」文化とも言えるか。


原典、”Codex Buranaus” については、このサイト(英語)に詳しい
→ http://www.athenapub.com/14carmina.htm

このサイトの解説に依れば、大まかに4つの類型に整理されている。
”Carmina moralia” satirical or moralizing lyrics (風刺的で道徳的な詩)
”Carmina veris et amoris” songs celebrating springtime and love (春や愛を言祝ぐ歌)
”Carmina lusorum et potato rum” gambling and drinking songs , including goliardic verse 
(賭博や酒の歌、”Goliard”( 放浪学僧)の詩も含む)
”Carmina divine”  poems with religious content (神を言祝ぐ詩、復活祭の受難劇詩など)

個々の「詩」には、”CB”(Codex Buranaus)何番という、整理番号が付されている。

カール・オルフが自作『カルミナ・ブラーナ』に選んだ歌詞の詩のCB番号
(英訳歌詞)
→ http://www.poetryintranslation.com/PITBR/Latin/CarminaBurana.htm#_Toc195085570

オルフ『カルミナ・ブラーナ』の全曲構成
→ http://www.classical.net/music/comp.lst/works/orff-cb/carmlyr.php
オルフは、
冒頭の2曲を ”Fortuna Imperatrix Mundi” 「フォルトゥナ 世界の皇后」としてまとめているが、
”Imperatrix Mundi”(世界の皇后)とは、どこから出てきた言葉なのだろうか?
原典には確認出来ない。
2曲目”Fortune plango vulnera” (CB16)の最後の詩句”Hecubam reginam”「女王へクバ」は、トロイアの女王「ヘカベ」のことと思われる。
ヘカペは災いを齎すと予言された我が子パリスを、
殺す事が出来ずにトロイアの滅亡という運命の流転に晒される。

オルフの『カルミナ・ブラーナ』全曲のラテン語歌詞と日本語訳
→ http://carminaburana.web.fc2.com/index.html



オルフの『カルミナ・ブラーナ』の構成は以下のようだから、
上記の原典の分類にある程度沿っていると言える。

序   フォルトゥナ、世界の皇后(「支配者」の謂いか)
第1部 浅き春に 野の上で
第2部 酒場にて
第3部 愛の誘惑 白き花とヘレナ
終曲  フォルトゥナ、世界の皇后



1930年になって Alfons Hilka と Otto Schumannが、
言語学者の Wilhelm Mayers の研究に基づいて
”Carmina Burana; mit Benutzung der Vorarbeiten Wilhelm Meyers” を執筆して研究がより深まる。
→ http://ow.ly/vWV5Z

オルフも、この研究成果も取り入れて作曲したのではないかとも推測される。
この出版の6年後の1935〜6年にかけてオルフは、『カルミナ・ブラーナ』を作曲、翌1937年7月にフランクフルト・オペラで初演しているからだ。

Frankfurt_opera.jpg

この画像は1900年当時のフランクフルト・オペラ劇場
(戦災で被災しましたが、現在は再建され、その美しい姿を取り戻しています)
現在のHP→ http://www.alteoper.de





さて、言うまでもなく、1930年代のドイツを語る時に、
ヒトラーのナチスを避ける事は出来ない。
1936年と言えば、あのベルリン五輪の歳であり、
レニ・リーフェンシュタールによる映画『民族の祭典』が
肉体美の極地を、当時の最新技術であるスローモーションなどを駆使し表現した。
この映画では出てこないが、オルフはベルリン五輪の開会式のために
「ベルリン・オリンピック輪舞」を作曲し、
あのマリー・ヴィグマンが振付し踊った。
(開会式の総合振付はルドルフ・フォン・ラバンがしている)


私は、オルフの「O Fortuna」に始まるこの曲が以前から好きになれなかった。
余りにも時代がかっていて、大げさな音楽、リズムの繰り返しによる感情の煽動、
この曲がナチ時代に作られた事を知らずとも、そこにある怪しい影を感じた。

オルフ自身はナチとは距離を置いていたらしいが、
当時の時代の雰囲気からこの曲が逃れているとは思えない。
「原始的」と称されていることもあるようだが、
それこそ、ナチが大衆煽動に用いた神話的なイメージ。
20世紀前半の音楽は、ストラヴィンスキーでもそうだが、
古代や中世に回帰する。それがトレンドだったとも言えるが、
この曲は、ストラヴィンスキーのモダニズムとは明らかに異なるだろう。


たとえば、第10曲目にこういう歌詞を使うことは、どうだったのか?
→ http://carminaburana.web.fc2.com/yu-text-10.html
この詩が載っている1847年活字本のページ
→ http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb10737557_00202.html

これは勿論、単純ではなく両義的でもあり、複雑だが、
この部分は歌詞がラテン語ではなく古いドイツ語であり、
ベルサイユ体制を打破しようとしていたナチ支配下のドイツの聴衆はどう聴いたのだろうか?

丸焼けの白鳥(「ローストスワン」とカタカナ表記されると、
私にはどうしても「失われた白鳥」だと思えてしまうが、、)、
ここで使われるテナーの裏声は中世的なカウンターテナーというよりも
1920年代のキャバレーのイメージを彷彿とさせる。

酒場にての歌詞も、どれも単純ではない暗喩が含まれるだろうが、
それに付けられた音楽はどう評価されるべきか。。。


時代背景に詳しく言及しているサイト、
とても参考になるので、一部を引用しあげておく。
「カルミナ・ブラーナ が語りかけること  野口幹夫」
→ http://kozu5.my.coocan.jp/KozuHomePage1/public_html/hiroba-05/04.12.13nogu1.html
「まさにオルフのカルミナ・ブラーナはこの時代に生まれた。
だからそのキーワードの第一は『解放』なのである。この曲の全体
に流れる生命力、強烈なリズムのかもし出す原始的なエネルギーは、
すべての束縛からの解放を求めるその時代のドイツ社会から溢れ出
るものだった。もちろん社会の状況だけで音楽を説明できるもので
はないが、音楽家は社会とは無縁ではいられない。」

「カルミナ・ブラーナが語りかけること その2」ではさらに追求がされている。
→ http://kozu5.my.coocan.jp/KozuHomePage1/public_html/hiroba-05/04.12.17nogu2.html




ただ、一方で、
『カルミナ・ブラーナ』という曲が、
その基層にある中世と繋がっていることも確かだろう。

フォルトゥナは、
元々は、ギリシャ神話のテュケー ( Tyche ) を起源に持つ一方で
ギリシア神話における「運命の三女神」モイライ( Moirai )で、
クロートー、ラケシス、アトロポスの三神、
f9.highres.jpeg



さらには、
北欧神話の三女神ノルン ( norn )
長女ウルズ、次女ヴェルザンディ、三女スクルド、
運命を編むものとしての「ウルズ」にもその起源を持つなど、多様性がある。

建前はキリスト教一神教でありながら
欧州の図像イメージは、
しばしば土着とグレコ・ローマンとの錯綜としてイメージされ、
この女神もそうなのだろう。
具体的には、糸で運命の車輪を回すイメージ
それが少し下ると、運命は盲目であると目隠しをする。

Rueda de la Fortuna-Royal 20 C IV.jpg


フォルトゥナ、運命の女神が
西洋でどのように形象化されたのかの変遷がよく分かるサイト
→ http://tantoshombrestantassentencias.blogspot.jp

中世の音楽として再現された『カルミナ・ブラーナ』
”O fortuna velut luna” の部分
→ https://www.youtube.com/watch?v=1WIxUoIIlB8&list=HL1397493027

”O varium fortune lubricum”部分の別の演奏
→ https://www.youtube.com/watch?v=tJ1Y9jKJNmc

どちらも、近代のカール・オルフの音楽のイメージとは全く異なる。





時代が下り19世紀の世紀末になれば、
フォルトゥナは、ラファエロ前派の
ロセッティやバーンジョーンズなどの「運命の女」へと変貌する。
かつては畏怖された運命の女神が、ここでは神から女へと重心を移し、
その女に翻弄されることを怖れつつも喜びとするような男たちが出現する。
「恋愛」や「性」が社会文化的に全面に出てきたからでもあるが、
この倒錯が世紀末近代の特徴となる。


バーンジョーンズ.jpg


「運命の輪」や目隠しされた「運命の女神」のイメージは、
ビントレーの振り付けた『カルミナ・ブラーナ』にも活かされるが、、
そこで出てくるフォルトゥナは、
酒場やローストスワンなどが描かれて、さらに神学生が恋に落ちるという物語を経ているからか、
「女神」というよりも、「恋愛」で男を擒にする世紀末的な「運命の女」により近いかもしれない。


しかし、世紀末近代と中世、どちらかだけではない多様性がそこにはあり、
または、近代を通しての中世というべき二重絵があり、
破戒僧の恍惚、逃れようのない運命付けられた地獄への堕落、
中世と近代とを併せ持つ多様性や両義性が、
”Codex Buranaus” からオルフが音楽化し、
ビントレーがダンスとして振り付けた
『カルミナ・ブラーナ』という作品には内包されてあり、
その交錯を、踊る者も見る者も味わうことになるだろう。

bur_cpo1.jpg



オルフの『カルミナ・ブラーナ』は、
こうした変遷の先に生まれた。
ナチズムの大衆煽動と世紀末のイメージ、
ある種のどうしようもなさからの解放、
だが、そこに解放があるのかしらん?

そこにある種の「解放」を感じてはいけないのではないか。
そうではない、いつまでもの両義性の宙づりのまま、
そこに立ち止まれるか、あの強烈なトゥッティの終幕に
挑まねばなるまい。

それとも、ある種のパロディーとして笑い飛ばす、
そうした余裕があっても、いいのかもしない。

アプローチは、きっとダンサーそれぞれであり、
見る人、それぞれであろう。



音楽は最初に回帰して、輪廻というフォルトナの前に
命を生きざるを得ないボンプたる人間は小さく弱い、、、





===========================================
振付家デビット・ビントレーのインタヴュー
『カルミナ・ブラーナ』初演時について語るデビット・ビントレー
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/carmina_faster/introduction/index.html
『カルミナ・ブラーナ』についてデビット・ビントレーが語っているページ
http://www.nntt.jac.go.jp/release/updata/10000025.html

2013年4月のアトランタバレエ公演のプレヴュー記事
「“Carmina Burana” takes a walk on the wild side to temptation」
“He thinks he’s found the Virgin Mary only to find out that she’s the Whore of Babylon,” Bintley says.”
などと語っていて興味深い。
http://www.artsatl.com/2013/04/preview-atlanta-ballet-takes-walk-wild-side-lush-lavish-carmina-burana/#sthash.M1E0IG55.dpuf



本文中表示以外の参考文献

1979年に刊行された校訂テキスト
”Carmina Burana ca. 1230”  G. Bernt A. Hilka O. Schumann München 1979
http://www.hs-augsburg.de/~harsch/Chronologia/Lspost13/CarminaBurana/bur_car0.html

Carmina Burana : die Lieder der Benediktbeurer Handschrift Zweisprachige Ausgabe
(dtv, 2063) Deutscher Taschenbuch Verlag, 1979, c1974
所蔵大学図書館→ http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA11702400#ref

上記テキストに基づいた和訳本と思われるが未見
『全訳カルミナ・ブラーナ−ベネディクトボイエルン歌集−』 永野藤夫訳 -- 筑摩書房 -- 1990


「ヨーロッパ中世詩歌『カルミナ・ブラーナ』をめぐる人 文地理学的考察 : 現代合唱曲としての復活」
川西孝男  人文地理学会 2012年大会発表論題・配布資料 
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/161907/1/jinbunchiri_2012.pdf

「ヴィグマンとクルト・ヨース」 及川廣信
http://scorpio-oik.blogspot.jp/2007/10/blog-post.html

「放浪学僧の歌―中世ラテン俗謡集 」 瀬谷幸男
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4888964130/silva-22

「『ゴリアス司教』もの」 ブログ「思索の森ーヨーロッパ中世史・中世思想史」
http://www.medieviste.org/?p=6726





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Titre : ”Recueil de dessins ou cartons, avec devises, destinés à servir de modèles pour tapisseries ou pour peintures sur verre”
Date d'édition : 1501-1600
Bibliothèque nationale de France
→ http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b8426260f/f1.image







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2014年03月17日

新国立バレエ「シンフォニー・イン・3(スリー)・ムーヴメンツ」プレヴュー

明日(3月18日)に幕を開ける新国立バレエ団トリプルビル
「暗やみから解き放たれて」(ジェシカ・ラング振付世界初演)
「大フーガ」(ハンス・ファン・マーネン振付)
「シンフォニー・イン・スリー・ムーヴメンツ」
(ジョージ・バランシン振付)
新国立バレエ団サイト
→ http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/symphony/
キャスト
→ http://ow.ly/uF9I4



ジェシカ・ラング振付の新作「暗やみから解き放たれて」ワールドプレミアム
ジェシカ・ラング
(バリシニコフやサム・シェパードのパートナーだった女優とはもちろん別人です〜)
→ http://www.bway.name/dpny/artist2.htm

この作品には、
アイスランド人のÓlafur Arnalds → http://ow.ly/uAliI
ドイツ人のNils Frahm → http://ow.ly/uAl4z

という二人の若手の作曲家の音楽が使われるようです。

Ólafur Arnalds の作品例
→ http://ow.ly/uAlXf

Nils Frahm の作品例
→ http://ow.ly/uAlTL

どちらもミニマリズムを思い起こさせるような
サウンドです。
これにどのようなダンスが付いて行くのか、楽しみです。
この手の音楽は、日本人の身体には合っているかもしれない。

その他に
Josh Kramer(アメリカ)と
John Metcalfe(ニュージーランド)の曲も使用されるようだ。

Josh Kramer
→ http://ow.ly/uAtd5
作品例
→ http://ow.ly/uAsOq

John Metcalfe
(彼は最近、ピーター・ガブリエルともコラボしている)
→ http://ow.ly/uAsha
作品例
→ http://ow.ly/uAsoN

ジェシカ・ラングが最近設立したカンパニー
Jessica Lang Dance (JLD)
→ http://ow.ly/uAuM8

同カンパニーの
”Ballet for a New Generation” と題されたプロモーション映像
→ http://ow.ly/uAvv6


「産經新聞」掲載の紹介記事
→ http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140316/ent14031611090005-n1.htm
「私は新たなカンパニーと仕事をするとき、必ずその国の文化的背景を調べ、イメージを膨らませます。今回は日本家屋や照明のイメージで、紙のイルミネーションを使うつもりです」と、
振付家が述べている点は、とても興味深い。

単に舞台演出だけではなく、
日本人の身体の良さを活かした振付作品になっていれば、
どんなに良いことだろうか〜!



ファン・マーネン「大フーガ」
2つめの「大フーガ」は云うまでもなく
ファン・ベートーヴェンの作品。
元は弦楽四重奏第13番の第六楽章(終楽章)
→ http://ow.ly/uAmOQ
「大フーガ」オーケストラ版(フルトヴェングラー・ウィーンフィル 1954年8月ザルツブルクライブ)
→ http://www.nicovideo.jp/watch/sm13786880


但し、
ファン・マーネンは自身の振付作品「大フーガ」の終曲に
同じ弦楽四重奏第13番の第五楽章「カヴァティーナ」を付け足し使っている。
なので、使用曲は「大フーガ」+「カヴァティーナ」となる。

「カヴァティーナ」(フルトヴェングラー・ベルリンフィル 1940年10月テレフンケン録音)
→ https://www.youtube.com/watch?v=W6TbsbKukqM


ファン・マーネンは、
ダッチナショナルの芸術監督を長らく勤めていて
欧州では有名な振付家。日本では余り上演される機会がないが、
バランシンと同じように音楽を視覚化して振付けるという特徴がある。
→ http://www.hansvanmanen.com/?p=hans&ln=en

「大フーガ」は1971年4月にNDT で初演されている。
→ http://www.hansvanmanen.com/?p=repertoire&id=103&ln=en
音楽の編曲はワインガルトナーとある。最近はめっきり聞かなくなった懐かし名前。

ファン・マーネン振付の「大フーガ」のさわり 
→ http://ow.ly/uAnJR

ファン・マーネンの作品を新国立バレエ団が上演することには、
個人的にとても感慨がある。
というのも、
新国立劇場が開場した頃、旧態依然とした古典ばかりの上演に
日本にもついにオペラバレエの国立劇場が出来たと期待して
欧州から日本に戻りバレエ団に加入したダンサーの中には、
がっかりした人たちが居た。
「ファン・マーネンの作品をぜひ踊りたい。新国立で彼の作品を踊ってみたい〜」
もう十数年も前の事。
酷い状況にあった当時のダンサーたちを思うと、今のダンサーは恵まれている。
古典ばかりではなく、こうした現代的な作品を踊る事は
現在を生きる、
特に若いダンサーにとっては踊る事の大切なモチヴェーションになるはずだ。
ビントレーが監督になる事で、これも実現したのだろうが、
そうであればこそ、
来期以降、再び旧態依然のかつての新国立バレエ団に戻らないように
ひゐきである私たちも、
しっかりと新国立バレエ団サポーターとしての役割を自覚したいと思う。






バランシン「三楽章の交響曲」
3つめはバランシンの「三楽章の交響曲」
1972年NYCB初演
→ http://balanchine.com/symphony-in-three-movements/
”Balanchine responded to the jazz flavor in Stravinsky’s score by using angular, turned-in movements and brisk, athletic walking sequences.”

ストラヴィンスキーの中でもこの曲は余り演奏されない作品だと思う。
(音楽としては1946年初演の作品で第2次世界大戦の影響が出ていると批評されることもある)
日本のバレエ団としては、初演かしらん。
(2009年にNYCBが来日公演で上演している)


ゲルギエフですが、、、ロンドン交響楽団です。
→ http://ow.ly/uAoUc  (第1楽章)
→ http://ow.ly/uAp2x  (第2、3楽章)

2009年にマイアミバレエで上演された時の
同バレエ団芸術監督 Edward Villella の解説
→ http://ow.ly/uApsM

昨年(2013年)ニューヨークシティバレエ団で上演された際の
プリンシパルダンサー Sterling Hyltin の談話
→ http://ow.ly/uApDu



新国立バレエ団プリンシパルによる公演に向けてのメッセージ
米沢唯
→ https://www.youtube.com/watch?v=p138XvhhTZo
長田佳世
→ https://www.youtube.com/watch?v=mX_jYJiXqok
八幡顕光
→ https://www.youtube.com/watch?v=nxfTm1ploIc



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2014年03月10日

新国立バレエ『白鳥の湖』 2014年2月公演レヴュー〜〜米沢唯の構想力〜〜



新国立バレエ団牧版の『白鳥の湖』は、
数ある『白鳥の湖』の中でも余り見る気のしない版というのは、衆目の一致するところである。

新国立バレエ団が1998年5月に初演した
セルゲイエフ=ドゥジンスカヤ版をベースにしつつ
2006年11月に当時の芸術監督牧阿佐美によって改訂初演されたが、
冒頭でブルメイステル版を取り入れながら、その導線がその後見当たらず
ラストシーンが如何にも旧態だったり、
2008年6月の再演時には、
第3幕のパ・ド・ドゥをカット、改悪したりして、
様々な版の寄せ集めが結果的に統一的な演出(解釈)を失わせている。

この版の致命的欠陥は、
21世紀の今日、19世紀に作られた『白鳥の湖』を改訂するという
ヴィジョンが全く見られないという点だ。
1953年初演のブルメイステル版以降、
クランコ版(1962年)、
ヌレエフのウィーン版(1964年)、パリ版(1984年)という二つの版、
グレゴローヴッチ版(1969年、ロシアンダンスはこの版からヒントを得ているか?)
ノイマイヤー版(1976年)などが評価されてきた
20世紀後半以降の『白鳥の湖』の上演史を考慮せず、
今現在にこの作品を、解釈し再上演する事の意味を、殆ど感じさせない版なのである。

一言で言えば、作品として凡庸で
現代的な知的な興奮や面白さを感じさせない版である。

牧阿佐美の演出振付版では、ご本人も相当に思いを込めたと思われる
『ラ・バヤデール』が一番だと、私は思う。
『ライモンダ』も、日本では他に上演していないという価値はあった。


さて、
こういう難しい版をどう踊るかは、ダンサーにとってある意味その力が試される。
優れた作品なら、その振付通りに演じれば、それなりになるが、
愚作ではそうはいかないし、
バレエ団所属のダンサーはそれを拒否することもできない。
それはある意味で
牧版『白鳥の湖』というロットバルトに、
囚われているオデットのようなものだ。

この愚作からどのようにしたら解放されるのか、
そう思ってみる、まあ、そうしか見る側も楽しみ方が少ない。
だが、見る側も愚作だと思いながらも、
そこにひゐきのダンサーが出るなら、見るしか無い。

愚作につき合うのは、ダンサーも見る側も同じように
今ここの演出、振付の凡庸さを、どのように想像力を駆使すれば
愚作の陥穽から解放されるのかの、試練でもある。
私が見たのは、
小野&福岡(2月15日)、米沢&菅野(2月22日)、長田&奥村(2月23日)の3組である。

小野絢子、福岡雄大
小野絢子は、たぶん不調だったのだろう、前回(2012年5月)ほどの輝きがなかった。
前回は、その特徴である体のラインが美しさを強調していた。
それはある意味で自分の良さをこの振付に流し込むという正当な対応だった。
福岡雄大は、前回とは見違えるほど。
特に彼は昨年末の『くるみ割り人形』の頃から体の動きが一段と制御され
ノーブルになった。古典を踊る場合、これは決定的な事だ。
特にこの牧版の中で唯一の良き特徴と云える(といってもこれは元々の新国立版セルゲイエフ=ドゥジンスカヤ版にあったものだが)1幕のソロ、
ここでの憂いを含んだ静かなダンスは今までの彼には無かったもののように思えた。
しかし、残念ながら、一番最後の弓を持ってターンする所で何故かオケが彼の踊りより速く奏でた、一瞬だが。
なので、彼の憂いが活きなかった。
(バクランと東京交響楽団の音楽は全体に素晴らしかったが、あそこだけはどのダンサーの時ももう一息溜めて奏でてほしかった)
福岡の憂愁は、その後にどう展開したのか、
残念ながらそこは分からなかった。
これは彼の解釈が、この版に拒絶されたのか(特にラストシーン等)、
それとも、彼の解釈がまだ徹底しなかたのかは、分からない。
憂愁を帯びた王子が、どのように「愛」(「男」?)に目覚めて行くのか、
そこの解釈の導線が、見ている私には伝わってこなかった。

最後に見た、長田佳世と奥村康祐は、初役の緊張感からか、
もっとできるはずなのに、ややもの足らなかった。
奥村は、他の日に踊ったパ・ド・トロワは、ノーブルで素晴らしかったし
王子のソロダンスも悪くはないが、その踊りが、全幕の中でどのように位置づけられているのか、よく理解出来なかった。
まだ全幕を通してのドラマトゥルギーを構成できていない。
長田も、彼女の良さが出てない感じだった。
今後に期待したい。


さて、最も出色だったのは、米沢&菅野ペアだ。
それも今回は、米沢唯の構想力が炸裂した。
(2012年5月の初役時にはそこまでではなかった)
以下、
米沢の解釈の導線=作品全体を構想する力を追いながら、
その舞台を再現してみたい。


「構想の導線」ーー「序幕」ーー

既にネット上で多くの方が指摘しているが、
まず、冒頭(ブルメイステル版由来のオデットが白鳥に変えられるシーン)で
米沢唯は、不安感を明確に示し、
窓の向こうに居る悪魔に徐々に体が引きつけられて行く仕草を見事に表現した。
まるで上体が本当に見えない糸で引っ張られるかのように。

これがなぜ出色か。
実は、牧版が基にしたブルメイステル版や
その後に似た演出を取り入れたヌレエフ・パリ版では
ロットバルトの大きな翼に抱え込まれるようにしてオデットは攫われてしまうので、
米沢がしたような仕草は出来ないのだ。
牧版は大きな翼で抱え込むという演出を取らなかった。
悪魔は窓の外に居て、オデットはその窓へと引きつけられていく。

その事に意味を、米沢は見事に私たちに示してくれたのだ。
単なるちょっとした演技といえば、それまでなのだが。
(しかし小野も長田もこうはしていない)

しかも、このロットバルトに引きつけられる動きは
その後、
『白鳥の湖』(2幕の終わりや4幕)では何度も出てくるのだ。
冒頭のちょっとした身体の動きで、
米沢は牧版『白鳥の湖』への構想の導線を示した。
『白鳥の湖』という作品を知っているそれを見る側も、
しっかりと感じ取ることが出来たのだ。
この冒頭の動きから、作品全体が鮮やかにイメージされたのである。

舞台芸術の表現において、版の歴史と特徴を理解しながら
そのイメージを見る側に感じ取らせる。これほど大切なことは無い。
それを冒頭にやられたから、
多くの人はその一つのシーンだけで「わっ、すごい」と感じたのではないか。



「スムーズな美しさ」ーー「第2幕」オデットが舞台に登場するシーンーー 

特に水を落とす仕草など、初役時には、米沢はもっと動物的に動いていたが、
今回はそれほどではなかった。もっと人間的だ。
なので、王子との出会いも、異物に出会うという恐れよりも、
ある種の好奇心のようなものを示していた。
ここで菅野との追いつ追われつの掛け合いは、スムーズでしかも美しかった。
二人の動きが呼応し、かつ技術的にしっかりしていないと、この場面に美しさはでない。
ただの鬼ごっこに見えたりすることさえある。
この二人は既に何度も組んで来て、
ようやくペアとしてのお互いの呼吸が分かって来たのかもしれない。


「静けさを切り裂くポワント」ーー「第2幕」グラン・アダージョーー

このテンポで体をキープしつつ
かつ美しく見せるのは至難の業に思える。
以前よりももっと深く沈潜したようにさえ感じた。
今現在の二人の技術と若さがあるからこそ、可能だったシーン。
そんな動きにうっとりしている中で、一瞬ハッとするところがあった。

アダージョ途中でオデットが、王子から離れ飛び立とうとして捕まり降ろされ、
さらに王子から僅かだが下手前へパ・ド・ブレで逃れる、
その時だ、オデットが音を激しく立てるほど、パ・ド・ブレで舞台にポアントを打ち付けた。
その音が、静かなヴァイオリンとチェロの対話を一瞬にして切り裂く。
何だ?これは??
オデットは王子との間から逃れたい、しかし引き込まれるというアダージョの中で
自分の中のある強い思いに目覚めて来た、
それはまだ意識としてではなく、しかし身体がそう思わず反応してしまったという
そういう激しいパ・ド・ブレの音だったのではないか。
見る側も、その場では何が起こったのかは鮮明には理解出来ない。
しかし、そこにある抗しがたい何かを、オデットと共に感じた。



「遊びをせんとや」というオディールーー「第3幕」ーー

米沢のオディールは、王子を誑かすというよりも遊んでいる。
たぶん、妖艶さというものを出すのではなく、
そうした方が自分には合っていると思っているのだろう。
しかし、その遊びの中の楽しさに王子は次第に引き込まれ
1幕とは全くことなるソロダンスを、王子も楽しげに踊る。
菅野の王子は、米沢の遊びに翻弄されつつ変化していく。

思えば、オディールのヴァリアシオンの曲は、
1895年のマリインスキーでの蘇演時に
ドリゴが編曲した
チャイコフスキーの作品72−12「遊び」(「18のピアノ曲集」)である。

そして、ヴァリアシオンで米沢はさらに遊んだ。
ヴァリアシオン冒頭、米沢は4回転した。(これは初役時からしている)
2012年5月にこれを見た時は余りの事に、一体何が起きたのかすぐには理解できなかった。
4回廻った??
通常は始めに軽く1回転、その後2+2回転が多い。
多く廻る人でも3+3回転だ。

米沢は、最初に4回転してその後2回転した。
まるでフィギュアスケートのようだが、、(^o^)
米沢は4+2を廻った。クワド+ドゥーブルだ〜

その後のグランフェッテのトリプルばかりが注目されるが、
フェッテのトリプルは見た事があるが、
黒鳥のヴァリアシオン冒頭の4回転は、私は見た記憶が無い。
これはやはり凄い事だ。
さらに、上手奥からのパ・ド・ブレの
白鳥ポーズでの深い沈み込みと腕の鋭角的なラインは
(これも初役時からだが)
オディールが人間よりも動物的な戯れをしているようにも思えた。

初役時よりも
オデットがより人間的になった一方で
オディールは、そのヴィルトゥオーサと共に
異界性を保っていた。

米沢唯という人は、もの凄い難しい事をさらっとして、
それで〜〜としている佇まいのある方だが、
このオディールは、まさに技術力で遊び、王子を翻弄した、
そういうオディールだった。




「原初的な、なにものかの湧き上がり」ーー「第4幕」ーー

このどうしようもない「愛は勝つ」みたいな、
いい大人にはリアリティーの全くないラストをどうするのか?
特に、この幕で二人のパ・ド・ドゥがないと、
オデットダンサーは、王子の裏切りをどう許して行くのかのプロセスをとても作り難い。
白鳥のコールが踊り終わると、すぐにコーダに入ってしまうからだ。

オデットは王子を許したということよりも
この人を悪魔から助けたいという思いに駆られていたように見えた。
ある意味で、それは母性に近い、女性的な愛の形。
悪魔が迫り来る中に割って入るオデットには、
王子を許すとかそういう事を考えている暇はない。
そこに、愛した人が危機に瀕しているのを守ってあげたい、
ただそれだけに見えた。

しかし、もちろん悪魔に勝てるはずも無く、、
それを見ていた王子が今度は、オデットを助けねばと奮い立つ。
王子は、そこで初めて「男」に目覚め、
悪魔と戦おうとする。
オデットは王子を守ってあげたいと思い、王子は悪魔と戦う。
もっとも原初的な女と男の存り様を、そこに見たような気がする。
(私は既成の男女という枠組みを越えた何かを『白鳥の湖』で見てみたい。
たとえばヌレエフ版のような。しかし牧版ではそれは無理だろう。)

二人には、男女の愛と一言で片付けられない
もっと原初的な
女として、男としての、何かが湧き出てくる。
その力で、悪魔は湖に沈む。
そのように見えた。

弦楽器のトレモロがクレッシェンドされるなか、
オデットは、次第に、しかしはっきりと目覚め、解放されていく。
米沢唯は、そのようにオデットを演じ、
菅野英雄も、それに応えた、
そういう名演だった。








付記、
主役以外に関して
「コール・ド・バレエ」

コール・ド・バレエは、何を目指しているのか相変わらず不明だった。
これはダンサーのせいではない。
『白鳥の湖』のコールで、マリインスキーやパリオペラ座と対等に渡り合うという気持ちが無い。
渡り合うというのは、同じように競うということではない。
そのバレエ団の所属する団員の身体的特徴に合った美学を、
求めるという意識を感じないということだ。

短いチュチュで、飛翔するかの如き上部への動きを求められる『白鳥の湖』のコールほど
日本人の身体に不向きなものは無い。
ただ揃っていれば良いわけではない。揃っていたってバレエの美学は発生しない。
これは新国立バレエ団が出来た頃からずっと述べているが、
日本のバレエ指導者には、そういう発想自体がないのだろう。
ほとんどが日本人という特殊な特徴を持つバレエ団が、
どのように動けば、美しいコールになり得るか。
レフ・イワーノフが振り付けたとされる従来からの振付を変えてでも、
そこを考えてほしいし、追求してほしい。
それが西欧的な体型とは異なるわたしたちが、バレエ団を持ち
『白鳥の湖』を踊る事の意義ではないだろうか?
それを目指さなければ(すぐには出来なくとも)、
いつまでたっても、西欧やロシアのバレエ団に敵いっこ無い。


「キャラクテール・ダンス」
コールが、今一なのに比べて、
キャラクテールダンスは、私が見た限りではどれも素晴らしかった。
特に、竹田仁美、五月女遥、福田圭吾の「ナポリ」
大和雅美、古川和則の「チャルダッシュ」
本島美和の「ルースカヤ」(パ・ド・トロワが素晴らしかった細田千晶は見られず残念)、
本島のそれは前回よりもずっと、音楽の特徴とあの長いドレスを美しく見せる技を身につけており
うっとりとするほど素晴らしかった。
また、女王役の湯川麻美子も強い演技で印象的だった。






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