2018年08月19日

「Evony Ivory」 振付/宝満直也 出演/米沢 唯、宝満直也 2018年8月10日 大和シティバレエ公演


大和シティバレエ公演、宝満直也振付の「Ebony Ivory」が凄かった。
昨日見たバレエフェスの全てが吹き飛んでいくくらいに。
切なく、激しい。
見終わった後でこんなに動悸が抑えられなくなる作品はそうはない。

「Disconnect」にも切なさはあり激しさもあった。
が、今夜の二人はもっと静かに激しく切ない。
フィリップ・グラス( 「Morning Passages」ほか)だからか、
音がある種のシンクロナイズを求めている。

冒頭、壁の上の白いオイルコーティングされたような衣装を纏った女と壁から離れ、うつ伏せている白いTシャツと黒いパンツの男。
優しげなピアノの上昇と下降のアルペジオ、
壁の上の女と下の男は、鏡に映り合うように左手と右手で対称的にピアノを奏で出す。
ディアゴナルのラインができる。
女は背後に気配を感じつつ何かを待っている。そこへ男が忍び寄る。
恋は、お互いの顔をまじまじと見つめ合いながら、
そこに自分とシンクロするものを見出す。
小林秀雄が、ソーニャの目の中に、自ら自身の罪の告白を見たラスコーリニコフを、見出したように。
そこには奇妙な告白がある。
自分の顔を映す他者。
壁が移動し、そこに隔たった女と男の影が重なる。
重なりシンクロするのは、幻にすぎない。だからこそより求め合う。
しかし、米沢唯と宝満直也は、ありがちな振付のように見た目で激しく求め合っているわけではない。
グラスの音楽のように深く沈潜しながら、寄せては返す波の如く、即かず離れず静かに求め合っている。しかし、その静けさが手に取るように激しい。
激しく、見るものの身体さえも揺り動かしていく。
米沢が様々な表情を見せるのに比べて、宝満はほとんど表情を変えてないように見える。
男が女に翻弄されているのか。女が男に翻弄されているのか。
壁の中に女が消えていく。
すると、音楽は上がったり下がったりの旋律が加速していき、
男は失った何かを求めるかのように跳びはね踊る。
女は黒の衣装になり、壁の向こうから再び現れる。
白鳥/黒鳥のイメージが重なるが、そんなイメージはただの付属物でしかない。
女は物凄い勢いでグランフェッテを回るが、それは本当はグランフェッテでなくてもいい。
米沢唯だからフェッテを廻ったのだろうが、そこにあるのはただ激しく名状し難い身体の衝動だ。さっきまでの女とは明らかに違う。
米沢の最高速のフェッテ、それは物凄い破壊力だ。空間がどんどん切り裂かれていく。
だが、米沢のフェッテは回転軸が余りにも正確になので、決して音を立てない静謐さを持っている。静謐な激しさ。
米沢の優れた技術がそれを空間に顕在化させる。これは誰でもできることではない。振付家は米沢のスキルを作品構造の中で見事に入れ込んだ。
というか、この作品は、米沢の身体に潜む静謐さの中の激しさを看破していたことで、生まれたものなのかもしれぬ。

連鎖し続けるグラスの音楽と、
その上を全く淀みなく動いていく二人の類い稀なスキルが、
激しいのに静かな狂おしさを表現している。
身体が重なり合う。しかし、音楽よりもさらに静かに。
それがさらに見るものを誘惑する。胸が切なく高鳴る。

最後に壁は落ち、音も鎮まり男は女を静かに天へと揚げる。
見事な構成力。全ては米沢唯の身体を見抜いた宝満の計略だったか。
いやそうではあるまい、そう見えるだけなのだろう。
そんな計算尽くのダンスが、私をこんなにも激しくは揺さぶるとは思えない。
この作品は、男からも女からも見られる。
どちらも静かに渇き求め、シンクロしつつ微妙に過ぎ流れていく。
かつて、米沢唯がこんなにも「激しく」踊ったことがあっただろうか。
宝満直也がそれを引き出したのだ。
是非是非再演を求めたい。だが、今夜の強度は再現不能だろう。再演されても、またそれは別のものになる。しかし、それはそれでまた楽しみだ。
二度と同じ現象はそこに立ち上がらない、そういう作品に思えた。




この作品は、大和シティバレエ夏季公演「国境を越えて行く旅」(大和市シリウスホール)第2部で上演された。
https://www.sba-ballet.com/ycb

Philip Glass - Morning Passages
https://www.youtube.com/watch?v=iB0sXWwH_eA&t=62s

注 Philip Glass の “Morning Passages” は 、2002年公開の映画 ”The Hours”(邦題『めぐりあう時間たち』) のSoundtrack である。この映画は、時空を越えた三人の女たちの1日を描いたミステリーだが、このダンスとの関連はあまり無いと思われる。



posted by 星跡堂主人 at 13:13| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

『ライモンダ』における米沢唯 (2018年3月11日 日本バレエ協会公演 エリダール・アリーエフ版)、ヴィハレフ復刻版、ヌレエフ版と比較しながら(付き『ライモンダ』上演史)

『ライモンダ』という作品は日本では上演されることが少ない。
そのためか、グラズノフのその音楽はチャイコフスキーの三大バレエよりも素晴らしい面もあるのに、世評はそれほど高くなく、残念である。

1 音楽の美しさ。
2 曲と曲とのつなぎ目の処理の素晴らしい。
3 ライトモティーフのよるドラマの進行。
以上の3点で、『ライモンダ』は優れたバレエ音楽だといえる。

特に2つめと3つめが見事に融合することによって、
一場のキャラクターのムードから次の場面へと、観るものを夢の世界に誘うように作られている。
たとえば、
第1幕の夢の場への導入とそれからまた現実へと戻ってくるシーン。
(残念ながら今回のエリダール・アリーエフ版では、導入部でダーム・ブランシュを省いたためにその良さが出ないが)
第2幕のパ・ド・シスでのアブドゥルラクマンとライモンダたちの相互の主題が絶妙に絡むところ。
さらに2幕後半で、アブドゥルラクマンが次々に踊りを繰り出すシーンは、ディベルティスマンでありながら、それがライモンダへの思いの激しさと誘惑とも融合してドラマの進行をより劇的にしている。
こういう演出が、後にスタニスラフスキーシステムに基づいて改訂されたブルメイステル版『白鳥の湖』よりもずっと以前になされているわけである。


以下は、日本バレエ協会公演エリダール・アリーエフ版で
ライモンダを演じた米沢唯の踊りを、ヴィハレフによる復刻版、ヌレエフ版とアリーエフ版との相違にも言及しながら振り返る。
思えば、ライモンダというお役は、第1幕から第3幕のグラン・パまでずっと出ずっぱりで
各幕に一つづつパ・ド・ドゥがあり合計3つ、ヴァリアシオンも5つもある。
『白鳥の湖』などよりもずっと大変なお役である。

ライモンダ 米沢唯、 ジャン・ド・ブリエンヌ 芳賀望、 アブドゥルラクマン 高比良洋
オレクセイ・バクラン指揮 ジャパン・バレエ・オーケストラ


第1幕
「アントレ」
下手奥から薔薇の花を一本ずつ拾いながらライモンダは登場する。
この場面はどの版でも踏襲されており、
明らかに『眠れる森の美女』へのオマージュなのだから、気品が最も求められる。 
それでいて、アレグロの早いテンポのなかで、フロアに落ちている薔薇を一本一本拾いながら、
さっとそれをアティチュードで差し上げるこの型を、美しく見せるのは簡単ではない。
米沢はそれをいとも簡単に、しかも一つ一つのポーズをくっきりと鮮明に示した。
このクリアな身体の型の印象こそが、気品を醸しだす。
このシーンでは、それが命といっても過言ではない。
また、この登場の場のクリアさが、米沢の踊るライモンダに基本となることも提示している。


ヴァリアシオン1「ピチカート」
美しいグラン・ワルツにのって群舞が踊る(この版は古典的な振付)。
『ライモンダ』という作品の音楽的特徴は、個々の曲が美しいだけではなく、曲が次の曲に移行するつなぎの部分が極めてよく出来ている点にある。
ワルツが大きく盛り上がったところで、ライモンダが群舞の中央奥から現れると、
今度は一転して弦の静かなピチカートになる。
その愛らしい曲調が、ライモンダという個性を見事に示す。

ここでも米沢は、やや速めのテンポで、決めのポーズを鮮明に示す。
しかし、その型はいつもの米沢とは異なり、上げられた腕や上体が撓り、より曲線的に見える。
ロシア的なラインを作り、叙情的に感じられる。
しかも相変わらず、回転した時の軸の鮮明さ、止めのクリアさも見事なのだから、
クリアでありながら、ストレートなラインに偏りすぎない。
米沢は、今回の『ライモンダ』で、振付家アリーエフの指導で
ロシア的な曲線を取り入れることで、一段とダンサーとして飛躍した、
そういう見事なヴァリアシオンだった。

振付は、マリインスキー版(セルゲイエフ版)に拠っている。復刻版ともヌレエフ版とも異なる。

コーダでの躍動感も、こういう所の脚の蹴り上げが大きくなっていたように思える。
コーダは復刻版も同じだが、
ヌレエフ版は途中から友人たちも入りライモンダと共に踊る。



「ジャン・ド・ブリエンヌの出征」
この版の特徴は、第1幕の現実の場ではアブドゥルラクマンが登場しない(夢には登場する)
一方で、ジャン・ド・ブリエンヌがライモンダのところにやって来てすぐに出征になるという点にある。

通常は1幕ではジャンはライモンダには会わないのだが、出征を前に会いにくる。
米沢のライモンダは、それほど表情を出さないが、
僅かな間に、出会い、別れの気持ちを静かに示していた。
それはまるで戦前の出征兵士を見送る許嫁の表情のようにさえ見えた。
感情を大げさには出さない、如何にも戦前の女性のような慎ましやかな心理の描写だ。
中世のお話だから現代とは異なる女性像が求められているともいえるわけで、
この米沢の演技は、その後の彼女の物語りの軸線になったと、私には見えた。
その後の米沢の演技から
米沢は、出征兵士を案ずる物語、または、自分の恋人が戦いで死ぬかもしれない。
場合によっては、自分の恋人が生きるために誰かが死ななければならないという作品として
『ライモンダ』という作品を捉えていたのではないかと、思われるからだ。

しかし、私たちの多くは実際に出征兵士を見送ったことがない。
丸本歌舞伎の陣屋もの等と同じように、こうした戦争の物語が、
現代日本の演じ手や見物にどのようなリアリティがあるのか、
そういう「問い」はあっても然るべきだが、そこはどのように考えられるか。
米沢唯が、そこまで見通していたとは思えないが、
『ライモンダ』の舞台が進むうちに、
私には、それがある偶然と共に次第に明らかになっていった気がしたのだ。


「ライモンダと友人たち〜眠りへ」

ジャンが出征した後に、友人たちと過ごすライモンダは、
マリインスキー版はハープを
復刻版、ヌレエフ版はリュートを奏でる。
(1964年にイタリアのスポレートでの「二つの世界」フェスティヴァルのために初演したときはハープだった。)
時代的にはリュートなのだろうが、実際のオケはハープを奏でる。

ヴァリアシオン2「ヴェール」
ヴェールは、本来はジャンからの婚約の贈り物だが、
この版ではジャンが直接会いにきてすぐ十字軍として出征してしまい、贈り物のシーンがないので、ライモンダがなぜヴェールで踊るのかが分かり難い。

「ピチカート」と同様、この踊りでも米沢はやや早めのテンポで
ポジションを明確にして踊っていたが、
脚を投げ出した時のちょっとしたためにより、宙に漂うヴェールが美しく印象づけられる。
途中持ち替えるところで僅かに頭にかかったが、
それ以外は米沢が踊っているというよりも、ヴェールが舞っているような印象だった。

「ヴェール」の踊りの直後に眠りに落ち、
舞台には幕がかかり、その幕が開くと
直ぐさまジャンとのパ・ド・ドゥになる。
この展開はちょっとスピーディー過ぎるのではないか。
ダーム・ブランシュが出ないのは、何ともこの作品の本質からずれるし、同じように出ないマリインスキーのセルゲイエフ版でも、ジャンの肖像への思いを緩やかに踊り、その後に眠りにつく。
もう少し長いつなぎがあった方が、見る側の気持ちの流れとしても、見やすい。
踊るダンサーの側も続けざまに踊らなくてはならず、身体的にも気持ち的にも大変だろう。

また、先にも述べたように、この辺りの場面のつなぎも、本来はグラズノフの音楽の美しさが際立つ。
それをカットしてしまうのも、作品の素晴らしさを殺いでしまう。
ヴィハレフ復刻版では、舞台奥のバルコニーの辺りにライモンダが行き、月の光を浴び思いに耽る姿がとても美しく、その後に石像のダーム・ブランシュが動き出す。 

ヌレエフ版では、男性の友人の踊りになる。(第3幕の子どもの踊りの曲による)
その後、眠りへ、そしてとても長〜〜い裾のドレスを着たダーム・ブランシュが現れ、
ライモンダにヴェールをかけて、ジャンの元へと誘う。
ヌレエフ版は、ヴェールの使い方(意味)が秀逸な演出だと思う。



第2場「夢の場」(Visions)
「パ・ド・ドゥ」
周囲は「天女」(公演パンフレット記載の役名)が囲む。
「天女」の意味はよく分からないのだが、
初演版では「La renommée」(名誉の女神)とされた役など多くのダンサーが舞台狭しと現れ、
ジャンは剣を捧げ、ライモンダは月桂樹の冠を彼に授ける。
それらは、出征兵士であるジャンを祝福する演出なのだろうが、
アリーエフ版では、なぜかそれが「天女」になっておりにわかには理由が分からない。

振付はマリインスキー版に拠っている。
冒頭、緩やかに回転し、リフトやアラベスクの決めのポーズを明確に示す。
音楽のテンポも相当に遅い。You tube で見られるロパートキナよりも遅く感じられた。
ここまで比較的速めのテンポで踊ってきたから、余計にこの差が際立つ。
これは、ジャンと初めて踊るパ・ド・ドゥを印象づけるための意図的なテンポ設定だろう。

米沢はその遅いテンポをしっかりとキープし、それ故に各ポーズが鮮明に浮き出してくる。
芳賀のサポートもそれを見事に支えている。
この前半部のテンポの遅さが、観る者を次第次第に夢の世界へと微睡んでいくように誘う。

中間部へ向かう直前の、上手奥から下手前へかけてのピルエットの連続が如何にも米沢らしく、遅いテンポから僅かに加速した中で軸を明確に示して鮮明。
その直後の身体を反らすポーズも柔らかで美しい。
米沢はこの公演で、アリーエフの指導を受け、
それまでにはなかったロシア的な上体の使い方を取り入れて成功している。
それ故に、以前よりもさらに大きく腕が伸び、曲線的な柔らかさが加わった。
以前は、時折、上体が硬い感じになることもあったが、今回はそれが全くない。

その後、オーケストラが大きく響き、また大きく反る、
ここに大きな「山」を持ってきたように踊っていた。
たぶん、それは音楽にそって踊った結果なのだろうが、
その後の幾度かのリフトも、空中でのポーズが浮遊するかのようだった。
ラストのアラベスク・プロムナードも軸線が素晴らしい。
全てに亘って、決められた形を明確に提示し、かつ音楽の美しさの上にそれを流し込んでいた。
素晴らしいパ・ド・ドゥだった。

アリーエフ版は、ヌレエフ版などと比べると、
ダンスというよりも形を明確に提示することが、この振付では求められていて、そこがある意味で歌舞伎の「型」に近いような古典性を持っているのだろう。
しかし、その型の提示にほとんど外連味を入れず、クリアに提示することで、グラズノフの音楽を美しく見せたことが、米沢のダンスレベルの高さだと思う。


参考
ヴィハレフ復刻版とヌレエフ版の「Vision 」の演出
ヴィハレフ復刻版
ダーム・ブランシュが、ライモンダが月の光を浴びたバルコニーの方へと導いていき
一旦幕が下り、その間に第2場への間奏曲になる。 
幕があくと、ライモンダはダーム・ブランシュに導かれ大階段をおり下手前に居るジャンへとダイブする。
そしてグランアダージョへ よく出来た構成だ。廻りには半円形となったLa renommée(名誉の女神)、ジャンの従者の騎士たちとキューピットが囲んでいる。
王子は剣をライモンダに捧げ、ライモンダはそれを高々と掲げ舞い下手前に剣を立て王子の月桂冠もそこへ掛け、
そして二人のダンスへ。
途中、騎士が月桂樹の葉をライモンダに渡し、ライモンダは勝利の女神として振る舞う。
周囲も途中でフォーメーションを変える。
音楽の美しさと二人の踊り、群舞が上手く構成されている。
ヴィハレフ復刻版 夢のパ・ド・ドゥ
https://youtu.be/OjVN-GiYbRU?t=5m26s


ヌレエフ版 
ダーム・ブランシュに導かれた先にジャンが顕われる。
抱きかかえられて舞台奥から前へ、ここはマリインスキー版と同じだが、振りは全く違う。
音にパをひとつ一つ付ける、音楽にそった感情をダンスで表現している。
全体に常にジャンがライモンダを導いていく。
ヌレエフ版ではライモンダの夢としてこの場面場明確に位置づけられる。
途中群舞は一切現れないが、音楽の最後に闇の中から現れ二人を囲み、パ・ド・ドゥから幻想ワルツへと見事に繋がる。
ヌレエフ版『ライモンダ』「夢のシーン」 1998年 パリ・オペラ座バスティーユ
アニエス・ルテェステュ、ジョゼ・マルティネス、ウィフィールド・ロモリ
https://youtu.be/rNe-0ryzXGg?t=34m3s



ヴァリアシオン3「夢のシーンのヴァリアシオン」
このヴァリアシオンでは、初演時から原曲ではなく、
グラズノフの「バレエの情景」(1894年)作品52-7「ワルツ」が使われている。

冒頭のアラベスク、ディベロッペのテンポがとても遅い。
このテンポでキープするのは至難の業だ。
繰り返し部のアラスゴンは少し速くなるが、
中間部のランベルセは、冒頭に近いような遅い速度で廻る。
このランベルセが美しかった。
こんなに遅いテンポで緩やかに体が半回転していくことを観る機会自体が、バレエを長年見ていても、
まず無い経験だったのだが、
その動きが繰り返されているうちに、次第にこの世のものとは思えなくなっていくのだ。
音楽の美しさをさらに増す米沢の動きが、観るものを現実とは別の世界へを誘う。
バレエは元々異世界への扉だ。
しかし、現実の舞台で一つの曲によって、一つの動きの繰り返しによって、異世界へと誘われていく思いがすることは、そんなにはない。
その場を見ている私は、陶然としたのだった。
コーダでは加速し軽快だ。


第1幕の米沢は夢のシーンでのパ・ド・ドゥとヴァリアシオンの
前半部分に遅いテンポでの型のキープとクリアさが、素晴らしかったといえる。
それはまるで、徐々に夢へとまどろんでいく、
ライモンダの心と身体との表現でもあるかのようで、見事だった。
キーロフ、マリインスキーで踊ったコルパコーワやロパートキナの踊り方に近いが、
美しいグラズノフの音楽をたっぷりと聴かせるテンポと
それをキープして踊り明示することで、登場人物の心理を著す、
三位一体のバレエを顕在化した。
クラシックバレエにおける技術と表現の融合とはこういう事なのだということに、改めて感じ入った。


「アブドゥルラクマンの登場」
ジャンに代わりアブドゥルラクマンが現れ、踊る。
一度幕が下りて再び開いて、友人たちがライモンダを心配して駆け寄ってきて目覚める。
この下りはマリインスキー版と同じ。





第2幕

ライモンダは、青い服を着て正面から友人たちとともに出てくる
すると音楽が勇壮なテーマに変わり、アブドゥルラクマンが登場する。
米沢のライモンダは、彼を見て最初からハッとするのではなく、
自分が夢で見たその人の記憶を、徐々に思い起こしているかのようだった。

アブドゥルラクマンが踊っている間、
下手前で伯爵夫人と語るライモンダは、体を半身にして
右手は夫人に、左手はアブドゥルラクマンに差し出されたように見える。
このポーズは今一度この幕の終わりに出るのだが、米沢はそこを意識している。
左手は意味もなくそこにあるようには見えなかった。

このシーン、ヌレエフ版ではアブドラムがひとしきり踊った後(このアントレの踊りが素晴らしいのだが)にライモンダに近づき彼女を守ろうとする友人たちをかき分け、やや強引にライモンダを引っ張り出す。
ローラン・イレールのアブドラム 2000年6月30日パリ・オペラ座バスティーユ
https://www.youtube.com/watch?v=J2qFzwjEs3k&index=56&list=PLobg54P1Yodz5jb2Fn0KD1_sk1F6u9Zys&t=520s


それに比べマリインスキー版に基づくアリーエフ版は静かだが、
しかし内に秘めた意志をもってライモンダを誘う。
ライモンダの方も、そこにどう応じるかが重要となる。
(同じロシアでもボリショイのグリゴローヴィッチ版はそうなっていない)

アブドゥルラクマンのテーマが沈静し、
管楽器が甘美なアルペジオを奏でだすと、
音楽は自然に次のパ・ド・シス(アダージョ)へと向かう。
(この辺りの音楽のつなぎもグラズノフは本当に上手い)
その音楽の流れの中で、ライモンダの左手はアブドゥルラクマンの方へと、緩やかにに差し出されているように見えてくるから不思議だ。
グラズノフの音のつなぎに、舞台上のダンサーの身体のあり方がシンクロすることで
ひょっとしたらダンサーの意図を超えた意味が、そこに現れてきたのかもしれぬ。
しかし、舞台の醍醐味とは、こういうシーンに立ち会うことだと、私は思う。

アブドゥルラクマンはその左手にこの上ない敬意を払い、ダンスへと誘う。
何のことはないシーンだが、ライモンダとアブドゥルラクマンが出会うこのシーンは、その後の二人の関係を決める重要な場だ。
音楽は、次第に異国趣味的な旋律を奏で始め、背景では管楽器がアルペジオを奏でつづける。
この上昇と下降の音の流れが、ライモンダの気持ちを現しているかのようにさえ思えてくる。


ライモンダは夢の中でジャンと踊った。
夢の中ではジャンにより、しかし、ここではジャンではない者と踊っている。
音楽も全く異なり、異国的で繊細(まさにグラズノフの真骨頂)。
ライモンダはこの異国的旋律が頂点に達する直前に
友人二人にリフトされ、それをアブドゥルラクマンが奪う。
そしてこの異国的旋律が頂点に達するところで上がり、下にさっと落とされ、アブドゥルラクマンが胸にかかえ抱く。
たぶん、未だうら若いかつ優雅なダンスしか知らぬライモンダにとって、このダンスは思いも寄らないほどに
強烈で、体が火照ってくるような体験だったのではないだろう。
しかし、その一方で、
音楽が徐々に静まっていくアラベスク・プロムナードでの 
上に差し上げられた米沢の腕の、何と美しかったことか。
アブドゥルラクマンの誘惑に対して、自らの高貴さをしっかりと指し示した腕だった。
だからか、友人二人にサポートされた決めのアチチュード・アンオウの気品はこの上ない。
ライモンダは美しい、まさにライモンダへの賛歌のようなパ・ド・シスだった。
その美しさは、アブドゥルラクマンの情熱により徐々に浮き上がってくるライモンダの内面と、気品に満ちたポーズを決める外面との両面が微妙に混じり合い、葛藤して作っているともいえる。


『ライモンダ』という作品は、音楽も振付けも素晴らしい作品であるのに、今日的な視点で見ると十字軍というキリスト教とサラセンの王の対立という「文明の衝突」的主題が見立つ可能性もある。
ヌレエフ版はそこを強く意識してか、自身も持つキャラクテール的性格を加味して、アブドゥルラクマン(ヌレエフ版ではアブドラム)のダンスにコンテンポラリー的なオフバランスを多用して、それを婚約者のジャン・ド・ブリエンヌと対等かそれ以上のものに仕立てた。
それを、初演者のジャン・ギズリクスを初め、ヌレエフ自身やローラン・イレール、カデ・ベラルビなど錚々たるダンスール・エトワールが踊ってきた。
その役の魅力ゆえに、ジャン・ド・ブリエンヌ初演者だったシャルル・ジュドはヌレエフにアブドラムを踊らせてほしいと懇願したほどだが、君は未だ若すぎると却下されたと述懐している。
またライモンダ初演者のエリザベート・プラテルは、第三幕のヴァリアシオンはアブドラムを思って踊るのだとも述べた。
『ライモンダ』のヌレエフ版が、元々優れが『ライモンダ』という作品を現在に甦えらせえたのは、ひとえにアブドラムをジャンの敵役から独立した魅力あるダンスと役に仕立てたことにある。

では、今回の版はどうだったのか。
2幕でのアブドゥルラクマンの踊りはそれなりに魅力的であり、単なるジャンの敵役以上のものにはなっていた。しかし流石にヌレエフ版ほどにはなっていない。

また、アブドゥルラクマンの意味は、三角関係の真ん中に立たさせたライモンダの演じ方次第でもある。
初日に踊った下村由理恵は、明らかにアブドゥルラクマンへの嫌悪感を滲ませていた。
こう演じてしまうと、アブドゥルラクマンはまさに「敵役」であり、それはそれであり得るのかもしれないが、9.11以降の「文明の衝突」が喧伝されてきた現代の私には、どうしてもそこは気にかかる。
しかし、米沢唯はそうはしなかった。
どちらかというと、米沢は音楽と振付に自身の身を任せて自然体だったといえるか。
彼女の舞台に対しての基本姿勢だと思うのだが、その場に身を委ねる。
特に初役の場合はそうなり、作為を敢えてしない。
しかし、だからこそ、グラズノフの音楽の持つ魅力が十二分に引き出されて、このシーンにより豊かな効果を生み出した。


ヴァリアシオン4「第2幕のヴァリアシオン」
第2幕でのテンポ感からすると、前半はやや速めに感じたが、
回転した時に米沢らしい軸線が事さらには強調されない。
これは、この愛らしいグラズノフの音楽に合わせて敢えてしていたのかもしれない。
その後のアラセゴンの繰り返しも、音楽に合わせ自然に上げられ、強調はされない。
中間部の回転してアラベスクの繰り返し部分ではややテンポを落とし、アラベスクのラインを見せる。
だが、その後が凄かった。
再現部、テンポが一段と落ちたかと思ったら、通常はサンジュマンの繰り返しの部分で
米沢はアントルシャを入れた。
マリインスキー版の映像ではロパートキナもそうはしていないし、パリ・オペラ座のプラテルもサンジュマンだった。映像で確認できるものでは、スカラ座でヴィハレフ復刻版を踊ったノヴィコワがしているだけである。当然、場内はまだ踊りきらない途中から大きな拍手に湧いた。ブラボーの嵐。

ヴィハレフ復刻版のオレシア・ノヴィコワのヴァリアシオン。
ノヴィコワは舞台中央奥からアントルシャをしているが、
米沢は、マリインスキー版と同様、舞台下手奥からディアゴナルにした。
https://www.youtube.com/watch?v=DzIbaLFUxN0&index=60&list=PLobg54P1Yodz5jb2Fn0KD1_sk1F6u9Zys


「コーダ〜決闘」
現在のマリインスキー(セルゲイエフ)版では、Danse orientale が省略されるているので、Danse orientale からBacchanale généraleへと流れて行く音楽の静から動への絶妙な変化の中で、ライモンダが徐々に誘惑されていくシーンが描かれないのが残念だ。
ヌレエフ版は「Danse orientale」にアブドラムのソロダンスを振付けそれが素晴らしい。
モスクワ・ボリショイのグリゴローヴィッチ版では、スパニッシュもアブドゥルラクマンが踊り、その続きで「Danse orientale」になりライモンダを誘惑するパ・ド・ドゥになる。
参照→ https://youtu.be/q-_C0iwIHwI?t=1h21m38s

ヴィハレフによる復刻版では、
ダンスこそ入ってないが「Danse orientale」を間奏曲的に使いそこで杯を酌み交わしている。
アリーエフ版はセルゲイエフ版と同様、スパニッシュの直後にバッカナールとなり、一気に決闘に向かう。
決闘場(ヌレエフ版は最初に木馬に乗って長槍でやり合うのが面白い)で、ジャンがアブドゥルラクマンにやられそうになると、ダーム・ブランシュのテーマが鳴る。
ヴィハレフ復刻版では、城壁の向こうにダーム・ブランシュが現れ、ライモンダは彼女を見て祈りを捧げる。するとダーム・ブランシュは鏡で反射した光をアブドゥルラクマンの顔に当てまぶしがったところをジャンが切りつける。

アリーエフ版では、セルゲイエフ版と同様にそこでライモンダが立ち会いのハンガリー王に歩み寄り助けを乞う。
ここで米沢唯も、同様にするのだが、彼女の仕草はジャンを助けるというよりも
「もう、この闘いを止めさせて」と懇願しているようもに見えた。

ダーム・ブランシュの助けはなくともこの版ではジャンが勝つのだが、倒れたアブドゥルラクマンにどのように接するかは、ダンサーによる。
倒れてもなお這いつくばってライモンダに寄っていくアブドゥルラクマンに対して、あからさまな嫌悪感を表したり、逃げたりすることは普通かもしれない。
米沢唯は、顔を背けているのだが、
左腕は出会いの場面と同じようにアブドゥルラクマンの方へと差し出されている。
その姿は、恐怖や嫌悪というよりも深い哀しみを湛えているように見えた。
私のために闘いが生じ、アブドゥルラクマンが斃れたことへの思いだったかもしれない。
音楽は高揚し、ジャンの勝利と二人を祝福するのだが、
米沢のライモンダはそれほど晴れがましい表情には見えなかった。

このシーン、
パリ・オペラ座で見たエリザベット・プラテル(パリ・オペラ座バスチーユ 2000年7月6日)は、
家来たちに運ばれていくアブドラムを思わず追いかけ、駆け寄っている。
現在の感覚からすれば、決闘で斃れた者への哀悼があってしかるべき場であろうし、プラテルの場合は、ヌレエフ版がアブドラムをジャン以上に魅力的なダンスを踊らせ仕立てていたので、実はアブドラムに惹かれていたのではないかとさえ思えた。
セルゲイエフ版に基づいているアリーエフ版の場合では、そこまで考えることは不可能であるが、この版の範囲内で、米沢は現代の見物がそれなりにリアリティを感じられる演技をしたといえる。
しかし、実際はそれは意識的にしたというよりも、舞台の生の場で米沢の身体が自然にそうせざるを得なかったのが、本当のところかもしれない。



第3幕
ヴァリアシオン5「第3幕のヴァリアシオン」〜「コーダ」
米沢唯のヴァリアシオンは、静謐感が漂っていた。
これは2幕からの流れとを承けている。
元々、この場面でなぜこのような異国趣味的な音楽でライモンダが踊るのかが、不思議な場面で、
ハンガリアンダンスの動きを見せる仕草はそこそこにあっても、音楽はそういうものを感じさせない。
パ・ド・ブレでの静かな漂うような動き、その合間のハンガリアンポーズ、しかし、ピアノの音はさらにさらに漂うことを求めているかのように続く。
米沢は、脚を差し出すことも、体を揺らすこともことさら強調はしない。
ただ遅めのテンポに身を任せて舞っている。
何かを鎮めるように、しかしまた何かを体で感じるように。
静かな緊張感が舞台にぴんと張り詰める。
しかし、後半部、曲想が改まると次第に加速し始める。
そこには、ある種の決意のようなものが現れてくるように思えた。
何の決意か分からない。毅然とした気品がそれを観るものに感じさせるのかもしれない。
そして、また、最後はゆっくりと体を鎮める。

それは、あのコーダにももちこす。
ための効いた一拍目、ヴァリアシオンと同じように遅めのテンポでサンジュマンが踏まれる。
そして左右の腕が次第次第に大きく広げられていく、大きく。
ヴァリアシオンで感じた、米沢の決意がさらに強く響いてくる。
「私はこう生きるのだ」と、「私はこう生きることを選んだのだ」と。
ライモンダのこの場面で、こんなことを感じたのは初めてのことだった。
彼女は何を決意したのか。
この公演の2018年3月11日は、偉大なマウリス・プティパのまさに生誕200年のその日にあたっていた。プティパが振付け最後のグランバレエである『ライモンダ』をこの日に踊る喜びが、ダンサーとしての何かを発散させていたのかもしれない。

しかし、一方で私は思わずにはいられない。
この日がちょうど、あの「3.11」であることを。
2幕でアブドゥルラクマンがジャンの剣に斃れ、ライモンダにすがりながら息絶えた頃、
時刻がちょうどあの午後2時46分だったことは、ただの偶然だったのかもしれない。
(東京文化会館大ホールの舞台脇の壁面には大時計がある。これが新国立劇場だったら気づかなかっただろう。)
しかし、亡くなった者たちを忘れない。
そのことを胸に刻んで、私は生きる、私は踊る、そういう声を
米沢唯のライモンダから、私は強く響いてくるのを、聴いたのだった。

『ライモンダ』という作品から、こんなことを感じるとは、
私自身にもとても意外なことだった。
だが、作品には様々な可能性がある。
その時、その場で踊るダンサーの身体と音楽とが、今までに感じたことのにことを、観るものに身体から引き出す、そういう事もあり得るだろう。
2018年3月11日に観た、米沢唯の『ライモンダ』は、まさにそういう一期一会の舞台に思えた。
(了)



『ライモンダ』(全幕上演のみ)上演史
日時 バレエ団 演出・振付者 ライモンダを踊ったダンサー名 の順に並べてあります。

1898年 1月 7日 マリインスキー 初演 マウリス・プティパ版  Pierina Legnani
1900年 1月23日 モスクワボリショイ初演 Ivan Clustine版  Adelina Giuri 
1908年 11月30日 モスクワボリショイ アレクサンドル・ゴルスキー改訂版 Ekaterina Geltser
1931年 1月 8日 マリインスキー アグリッピーナ・ワガノワ改訂版 Olga Jordan
1935年      リトアニア国立バレエ Nicholas Zverev振付版 (ロシア以外初演)Vera Nemchinova  
1938年 3月22日 マリインスキー ワシリー・ワイノーネン改訂版 Galina Ulanova
1945年 4月 7日 モスクワボリショイ レオニード・ラヴロフスキー改訂版 Marina Semenova
1948年 4月30日 マリインスキー コンスタンティン・セルゲイエフ改訂版 Natalia Doudinskaya
1964年 6月19日 ロンドンロイヤルバレエ(スポーレトフェスティヴァルで上演) ルドルフ・ヌレエフ改訂版 Doreen Wells
1965年 11月6日 バーミンガムロイヤルバレエ ルドルフ・ヌレエフ改訂版 Margot Fonteyn   
1970年 6月23日 マリインスキー コンスタンティン・セルゲイエフ改訂版 Irina Kolpakova
1972年 1月22日 チューリッヒバレエ ルドルフ・ヌレエフ新改訂版 Maricia Hayde
1975年 6月26日 アメリカンバレエシアター(ヒューストン、アメリカ合衆国初演)ルドルフ・ヌレエフ新改訂版 Cynthia Gregory 
1981年 7月8日 牧阿佐美バレエ団 テリー・ウエストモーラント版(日本初演) 大原永子
1983年 11月5日 パリ・オペラ座ガルニエ ルドルフ・ヌレエフ新改訂版(パリ初演) Elisabeth Platel
1984年      モスクワボリショイ ユーリ・グリゴローヴィッチ改訂版 Ludmila Semenyaka
2004年 10月15日 新国立劇場バレエ団 牧阿佐美改訂版 Svetlana Zakharova  


以下のjpg版の方がより詳細なものになっております。

"Chronologie de Raymonda" jpg 版

jan.1898 〜 mar.1946
Chronologie de %22Raymonda%22 1.jp2

1946 〜 jun.1975
Chronologie de %22Raymonda%22 2.jp2

oct.1979 〜 mar.2018
Chronologie de %22Raymonda%22 3.jp2






































posted by 星跡堂主人 at 22:59| 東京 ☔| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

「米沢唯が踊ったジュリエットーー新国立バレエ『ロメオとジュリエット』(ケネス・マクミラン演出・振付) ラヴロフスキー版(1940年)、アシュトン版(1952年)、クランコ版(1958年)、ヌレエフ版(1977年)等と比較して」


2016年10月30日、11月3日、5日 於 新国立劇場・オペラパレス(公演全体の日数とは異なるが、便宜上、10/30を「初日又は1日目」、11/3を「2日目」、11/5を「3日目」として記す)


序にかえてーー今此処でのダンステクストをどう見るべきかーー
今此処で見ているダンス、人間の身体の限りない可能性を、観る者は、結局ある一定の方向性で見る。人生の時間が常に限りない可能性がありつつも、意志によって、または何とはなしに、方向性を決めざるを得ないように。
しかしさらに、その見たという体験を、リコンストラクトするかの如く言葉で記述することは困難を極める。舞台批評家というものはあるのだろうが、その困難さを深く考えようとしている試みを、私は寡聞にして多くは知らない。
レヴューアーというものは、己の目に映じているが今此処での舞台空間の現象に、ア・プリオリな信頼を寄せているのだろうか。己が見ている事とは、本当にそこに現れているものなのだろうかという疑念を持ったり、それを言語化することへ懐疑や困難さを、余り抱かないものなのだろうか。


身体が開いていく、その可能性は、今此処での瞬間には様々な方向へと放射している。
踊る側は、その放射をどこかへと収斂させようとはする。バレエの形式がまずは、そこに身体を枠取る。意志と無意識とは問わず。
さらには、多くは、それを音楽が導く。「バレエ」も「音楽」も極めて形式性の高い表現領域であろう。
ある主題と変奏とは決して自由な関係ではなく、型にはめられている或る踊りのパに続くシークエンスも同様だ。

ライヴで行われる「ダンステクスト」の場合も、文学テクストのような記録された固定的なテクストと同様に、観る者の解釈ラインは自由に設定可能だろう。
原テクスト(踊られる作品)が作られた時代の要素を、踊っているダンサーが意識しているか。意識せずとも音楽と振付の内にあるものを、どう表現しているか。
表現されたものは、今此処で踊っているダンサーが解釈しており、その解釈に対して、観る者がどう感じるか、どう解釈するか、というように、解釈の解釈が騙し絵のように連鎖する。
しかし、ダンサーが踊らないとテクストは決して、今此処には現れない。野球で投手が打者に球を投げ込まないと、プレーが始まらないように。
文学テクストを読む行為者が自らの意志で頁を繰るようには、ダンスでは、観る者は自分でテクストを現出させうる事は出来ない。

さらに困難なことに、ライブテクストは一瞬にして消えていく。
観る者は、その体感を、事後的な記憶に依って再構成するしかない。 再読は不可能。只一回限りの現象を、記憶の中でのみ再構成する。
音楽演奏を聴く場合も同様で、音楽家がスコアをどのように解釈したかを、音楽の流れにそって体感して、後に記憶に依って再構成するしかない。

しかし、あくまで重要な事はその場その時の身体感覚であり、体感こそが、ライブテクスト受容の核心であるはずだ。
その意味では、ライブテクストの受容とは、読書のような個別密閉的な体験よりも、舞台での生身の他者の身体によって現出するテクストを、今此処の同じ場所を共有し自らの身体を通して感じ、反応するという意味に於いて、ダンサーという他者との対話的な生のやり取りであるに違いない。

ライブを観聴きする者は、そのライブパフォーマンスを、踊る身体を感じることで、共にその一堂の空間の空気を作っているとさえ言えるかも知れぬ。踊る側も、間近に観る者の身体の反応を必ず自らの身体で感じているはずである。
だとしたら、ライブの空間には、踊る者と観る者との相互的な身体交換が現出しているのではないだろうか。

ただし、今此処で己の身体を刻む踊る者と異なり、観る者の体感は、その場その時が最も昂揚するとは限らない。
記憶の幾たびもの想起によって、かえって体感が深まる事もあり得る。
「記憶が純化される」とでも、小林秀雄なら云うだろうか。

また、今、観ているその場その時は、ライヴテクスト内の時間の中で常に他のシーンと照合されながら構成されていく。
特に、そこは音楽テクストよりも、ダンステクスト、特に物語バレエにおいてはテクスト内再構成は、さらに重要となる。テクスト内再構成がなければ、そのテクストの深みは生まれてこない。
そこでは不可逆的な時間の流れに沿いながらも、想起の力でその前のシーンを現出させる意識によって、今この場のシーンが物語内の過去と現在とで重層化してより深まり得る。
さらには、テクスト内の時間とそのテクストが終演した後の時間との二重の記憶の想起と再構成が、観る者の体感をより深めていく。

そのどちらの再構成においても、
プレテクストとして、そのテクストが創作された過程や解釈の歴史を知っていた方が、間違いなく深まる。
それがなくとも良いとも言えるが、様々なプレテクストが、今此処で過ぎ去っていくダンスの現象と過去とを繋げうるものとなる。またその可能性を拡げる。

しかし、そのような過去=プレテクストは、今此処を妨げることもあり得る。
なぜなら、ライヴテクストは、今此処にこそその命が宿っており、今此処の比重が、それ以前に記述された又は記録された文学テクストや映像テクストよりも、ずっと重いにも関わらず、プレテクストが今此処を浸食し過してしまう場合もある。年齢を重ねた観る者に往々にして起こりがちである。
今此処でのライヴテクストこそが核心であり、そこから何らかのプレテクストが参照され得るバランスが大切になる。

このように、プレテクストと今此処で現出するダンスとは、アンヴィバレンツな関係でもある。
ライヴテクストを観るという行為は、観る者の身体がアンヴィバレンツに引き裂かれつつあることでもあるし、そのあわいを生きるということでもある。


詩も文学もイメージである如く、どんなにその踊る身体に強度があったとしても、ライヴテクストもイメージでしかないのだが、そのイメージをどう連関させるのかの在り方が違う。
ライヴは先に述べたように一方的なのだ。観る者は、ただ踊る身体を見せられ受動的に観ざるを得ない。固定したテクストを、たとえば後ろから読むというような、自由に読むが如くは読めない。
なので、「読む行為」と呼べるほどの能動性を、ライヴテクストに持たせるとしたら、観る側にこそ、何らかの作法が要るのではないか。
プレテクストとの対話、そこから予想されるであろう今此処。
その予測の地平があって、ダンスがその空間に現出した時に生じるずれ又は予測にぴたりと嵌ったような感覚が生じ得る。しかし、それはデジャ・ヴのように、そうなったことで初めてそうなると感じていた自分を体感するようなもので、予測の地平も、そうなったからと言って決して詰らないものでもない。ああ、本当にそうなったという驚きの方が強いし、今此処に現れたダンスから朔行してプレテクストが想起されるというべきか。
そのくらいに、今此処でのダンスの強度は重い。


新国立バレエ『ロメオとジュリエット』(マクミラン版)の想定し得るプレテクスト
・シェークスピアの原作(1595年頃)
・ラファエロ前派などの絵画作品(19世紀)
・プロコフィエフが作曲した音楽(1936年)
・その音楽によってバレエ化された作品
 ラヴロフスキー版(1940年)、アシュトン版(1952年)、
 クランコ版(1958年)、ヌレエフ版(1977年)など
・1965年の初演以来マクミラン版を踊ってきたダンサーたちの踊り
・原作に基づいた映画作品 (ゼフィレッリ,1968)など
・バレエの『ロメオとジュリエット』への批評言説

 これらは勿論、その全てに関わる必要はないし、それは不可能だろう。
今此処のダンスにどのようなプレテクストを繋げるかは、観る者の個性と経験とによる。それ故に、そのコンタクトの行為は、観る者自体が問われているということでもある。だが、もちろんだからこそ、それは恣意的にもなり得る。
プレテクストをどう扱うか、それが今此処のダンスとの整合性を得られるかどうかは、ひとえに、観る者の意識の必然性に依り、それを如何に記述できるかにかかっている。





『ロメオとジュリエット』というテクストに寄り添って

どこへ、だれと。
ジュリエットはロメオを求めてか。
だが、14才の少女であっても、そんなに単純ではない。
それを30歳代の男がテキストに書き、もっと年寄りの男たちが作曲し振り付ける。
20歳代のダンサーがそれを踊る。
そして、初老をとうに過ぎた私がそれを同じ空間に会して、身体で感じる。
その感じ、その空間でのなにものかを、ことばで書こうとする。
どうやって書けばよいのか? 誰も疑問を持たぬのであろうか?
ことばは、畢竟、粉飾を免れえぬ。
アウレリウス・アウグスティヌスが云った如く
舞台は所詮、他者の不幸を見る事で安堵して、自分の事などは見もしないものだろう。
http://ow.ly/SAMq306eyEQ

要するに、形式に枠づけられた「音楽」「バレエ」「物語」の中に、観る者は自分の見たいものしか、見ないのだ。
そのジレンマは、いつも舞台を見るたびに襲ってくる。
だが、それでも舞台を見るのは、たぶん、その手探りの期待と不安を、舞踏会に初めて会したジュリエットのように感じるからなのだろうか。
プロコフィエフの音は、同じようなシュティアシオンのオーロラとは全く異なり、決して明るい未来を奏でてはいない。
そこで、何も知るはずのない14歳のジュリエットは踊る。
だが「音楽」は既にある予感を提示している。
フルートのあの美しい旋律は、単に喜びには溢れていない。
恋を知ったときの、または知る直前の不安と心のざわめきが伝わってくる。
何が始まるのか。
いや既に、フォルトナはお前の定めを決した。


第1幕 
「前奏曲」(1「前奏曲」)
(以下番号は、プロコフィエフの原曲の番号を示す)
初日から、マーティン・イエーツ指揮東京フィルハーモニーの前奏曲は、特にヴァイオリンが深い音を奏でていた。指揮は、主旋律だけではなく背景の音も聴かせ、重層的なプロコフィエフの音を強調した。
ドラマは単線的ではない。ジュリエットやロメオの主題の背後にも音は鳴っていると、管弦楽は奏でていた。



「舞踏会」(「13「騎士たちの踊り」)
第1幕の舞踏会冒頭、初日は何かお葬式の行進?くらいに見えていたのだが、最終日になってようやく、遅めの音楽のテンポを身体で受けて、腕や上体を綺麗に使えるようになったので、だいぶ様になってきた。やっぱりここも簡単ではない。


米沢唯のジュリエットは、階段をしずしずと降りてきて、大人達のダンスを好奇の目で眺める、そしてその中に、何も分らずに迷い込む。
婚約者を紹介され、ジュリエットはその男、パリス(渡邊峻郁)
と踊る、舞踏会での最初のダンス。
なのに、どうしてあんなにも不安な感じの旋律を奏でるのか。
この作品を観るたびに、そう思った。
ピチカートの上を奏でるフルートの旋律はとても美しい。
しかし、「poco più tranquillo それまでよりも少し静かに」というスコアの指示の如く舞踏会の騒々しさはなく、ジュリエットだけが静かに深く内省していくようにさえ見える。
だから、このデビュタントは、ただ嬉しいだけでは決してない。
「あこがれの主題」が奏でられ、踊るが、米沢のジュリエットは決して憧れているのではない。
パリスはそこに居るのだが、本当にただのサポートでしかない。
ジュリエットの身体は僅かに宙に舞うのだが、決して気持ちは宙に舞っていない。
何かを予感している。しかし、それは何か分らぬ。
不安と期待が交錯する。
この音楽は、そう奏でているように、いつも思っていた。
しかし、その私の感覚をそのまま現してくれたダンサーは今まで居なかった。
米沢のジュリエットは、だから、決して高くは飛ばない。しかし、一方で深く身体を傾斜させ凭れかかる。パリスにだが、パリスにではない。
そうなのだ、こう踊らなくてはと、米沢の初日のこの場面を見て、初めて私は納得した。


形は違うが、ここでふわっと身体をリフトするのは、プロコフィエフの『ロメオとジュリエット』初演のラヴロフスキー版(1940)にはなく、クランコ版(1958)が作った。身体を後ろに倒す振りも。
https://youtu.be/PNhdWLrQ9KY?t=2m50s

この踊りの後で、ロメオと出会う設定は、アシュトン版(1952)が先だが、
https://youtu.be/IlrrXbIiHXw?t=25m42s
この場面の基本はクランコ版が作ったといって良いだろう。

ただ、マクミラン版の方がより劇的なのだ。
なぜなら、音楽が再び「騎士の主題」に戻った時、ジュリエットは本当に不意に、
突然ロメオ(ワディム・ムンタギロフ)の視線に捉えられている自分を意識する。
そしてその意識が高まるように音楽も昂揚していく、二人は穴があくほどにお互いの瞳を、ただ瞳だけを見つめ続ける。
そうして、ジュリエットは、仮面の向こうの誰か分らぬ視線に自らの身体が捉えられたことを、その誰か分らぬ瞳の中に映る自分の姿を見ることで、初めて知るだろう。
ラヴロフスキー版初演者のガリーナ・ウラーノワは、事あるごとに自室の鏡に映る自らの姿を見たという。それはまるで、ロメオの瞳に映っている自分を確認するかのように。

ケネス・マクミランは、そのウラーノワの「鏡」を、舞踏会の仮面の向こうの誰か見知らぬ男の瞳の中に作り上げた。だからたぶんこの出会いのシーンこそ、この版の白眉だと、私は思う。
どんな、誰の、舞台を見ても、このシーンに、私の身体はその震えを止めることが出来ない。
それを、米沢唯は、より深めた。
舞踏会への階段を静かに降りて、迷い込んだその空間で踊る。
全てはこの為にあったと、米沢の身体のシークエンスが見事に表現していた。
内省、沈潜、不安と期待、その果てにやってくる劇的な出会い。
周囲が踊っている中で、舞台の上手、下手から見つめ合う、バルの中でのたった二人の孤独。
まさに、恋とはこのようにして落ちるのだと、
マクミランの演出と米沢の踊りとが、遠い日の感覚を甦らせる。


ラブロフスキー版では、この後のジュリエットのソロで、ロメオと出会う。
https://youtu.be/RE9IS621NtE?t=3m41s
エフゲーニャ・オブラスツォーワのジュリエットは愛らしく美しいのだが、ここには、不安感はない。

これは二つの版の大きな違いなのだと思う。
マクミラン版のジュリエットは、ロメオとの最初の出会いから、死の予感を忍び込ませ、それをプロコフィエフの音楽の中に感じていると、米沢唯のジュリエットが私に秘かに告げたのだ。



14「ジュリエットのヴァリアシオン」
冒頭のロンドジャンブは軽めに廻す。
しかしその直後の脚を投げ出して、音を身体にいっぱいに引き込んで大きく廻る、衣装の裾がひろがり、一瞬身体がふわっと宙に浮くようにさえ見える姿が、美しい。
所謂、オフバランスなのだろうが、
この種の崩し方を、米沢は以前はそれほどしていなかった。
だから余計に目立つ。コンテ系のダンスを踊り込む中でそれを普通の感覚で踊れるようになったのだろうか。クラシックしか踊っていないと、こういう感覚は案外難しい。
思えば、マクミラン版はバランスを敢えて崩したり、そこからさらに脱力までもっていく振りが多いのだから、ここで、このオフバランスを攻め切ったターンを見せておくのは、先に現れたパリスへの深い凭れかかりと共に、その後の踊りの基調を示しているようにも見えた。
これは米沢唯の踊り方の解釈ラインだったはずだ。
彼女の全幕はいつも冒頭付近で、その後の物語展開を見晴らす、このような解釈の軸線を明示する。


しかし、この同じヴァリアシオンが、3日目にはさらに進化した。
同じ旋律で下手へ移動してからの2度目のロンド・ジャンブが凄かった。
脚をぱっと投げ出し両腕を上げた時、身体のふわっと浮いたような、音楽を身体が吸い込んだような、「ため」というものだろうが、
しかしそこは米沢だから明確にテンポが落ちるほどにはしない。
全体のテンポは遅めだが、だからといってそこではっきりとする程「間」が入るわけではない。音楽と身体とが絶妙なバランスがそこには現れたのだ。

さらに、コーダのマネージュも出色だった。
生き生きと躍動感があり、ローズアダージョで花開くオーロラのように、それまでのジュリエットの内向がぱっと外に開いた。
それも、このコーダに入る直前に、上手にいるロメオと改めて視線を交わしたからなのだ。ジュリエットはその視線を感じて、大きくぱっと花開いた。
そういう喜びがここにはある。米沢の美しいグラン・パドシャはまさにそれを現すのに的確だった。実は、今まで米沢の跳躍にはそれほど感心したことはなかったのだが、これが物語の中での身体の躍動というものだろうか。

但し、このソロの終わりでロメオに軽くリフトされる場面は、やや不満だった。もう少し繊細な飛翔感が必要ではないか。主には持ち上げる側の問題なのだろうが、ここでのジュリエットは、先にパリスとの踊りとは違いまさに自然と身体が宙に浮くような気持ちのだ、それを繊細な音で表現しているのだから。


これらの一連の「出会い」は、ほんの一瞬、稲妻に打たれるがごと、舞台上に現れる。
ラヴロフスキー版の初演以来、その流れ自体は変わっていない。
恋の現れが如何なるものか、それは突然、僅かな時に、すべての人生が凝縮されるように現れる。




「ジュリエットとロメオが接する」(16「マドリガル」)
ここでの米沢とムンタギロフは、若い二人が戯れるように愛らしい。
しかし、それが徐々に近づいていく、お互いの手が触れあったときに、静かに時が流れて、ジュリエットの身体が重力を失ったかのように、ロメオに凭れかかる。
それはパリスへのそれとは全く違う幸福感に満ち溢れていた。

もちろん、このシーンは原作にあるロメオの手と唇の口説き文句に因んでいる。
原作を忠実に映画化したフランコ・ゼッフィレリの『ロメオとジュリエット』(1968)
https://youtu.be/i928dOYLfMQ?t=2m20s
(フランコ・ゼッフィレリ『ロメオとジュリエット』1968 )


マクミラン版では、このシーンで、何度も何度も周囲の人々の邪魔が入る。
ラブロフスキー版では、ロメオの主題とジュリエットの主題が交互に奏でられる音楽に合わせて、二人の思いが徐々に盛り上がってくるのだが、マクミラン版は、周囲の邪魔によって二人の思いを盛り上げていく。
(音楽的にはジュリエットの主題のたびに邪魔が入るのはどこか変ではあるが。)
クランコ版はこのシーンで、ロメオが最初からジュリエットの手を取りキスしようとするのに対して、ジュリエットはロメオの髪を撫でる。実はこの二人の仕草がその後の伏線にもなる。
邪魔が入って盛り上がっていく演出は、アシュトン版までにはないので、クランコ版で新しく作られた設定と見ていい。このシーンで、マクミラン版はクランコ版を踏襲した。


ラブロフスキー版で背景に幕が降りてきて、二人だけの世界になる同じ音楽(「ジュリエットの愛の目覚め」の主題)で、マクミラン版もパ・ド・ドゥになるのだが、
ラブロフスキー版では、ここでジュリエットがロメオの仮面を取り、初めてその顔を見る。
その直後のリフトでのウラーノワの映像がとても印象的で、それはただ膝を抱える、そのままジュリエットが立ち上がるというものだが、その時のウラーノワのおずおずとした動き、表情は、「世界」が変わったのだ、いや今初めて「世界」がここに現れたのだというように、とても愛らしいのだ。
ウラーノワ・ジダーノフ(1955年) 
https://youtu.be/WsYJzemkjYs?t=1m28s

マクミランは、あのウラーノワのリフトを意識していたはずだが、ここでのリフトを片足を折り曲げているがアラベスクに近い型に変えている。

また、マクミラン版ではロメオ自身が仮面を脱ぎ捨てる。それにジュリエットが反応することなく踊り始めるのは少し変なのだが、それは兎も角も、
米沢とムンタギロフは、特に初日のそのリフトがウラーノワもかくやと思わせるような初々しいを感じた。
アラベスクの型のままでロメオが移動していくので、ジュリエットは飛翔しているようにさえ見えるのだが、それがまさに、こんな感覚は初めて味わう、という思いなのだ。幸福感に満ちあふれていた。
(勿論それは、初日故の慎重さからくるものだったかも知れぬが)


この後、ティボルトによって二人は引き裂かれるが、音楽が「ガヴォット」となり舞踏会は続く。ジュリエットは上手、ロメオは下手でそれぞれ別のパートナーと踊りだす。(「18 ガヴォット」)
この最初のロンド・ジャンブを米沢は、初日は律儀にしっかりと廻していた。観る側としては、ロメオから引き離されてきっと悲しいだろうと思って見ている。そこを、その前の事とは無関係に踊りの振りだからといって、しっかりと踊られても何となく違和感を抱く。
しかし、2日目、3日目となるとダンスよりもロメオの方がずっと気になっている。
踊りはそっちのけで、意識がずっとロメオの方へ向かっていた。
これは単にこのシーンだけではなく、初日〜3日目にかけての米沢唯のジュリエットが、如何にその役の中へと深化していったかを示していて興味深い。
もちろん、振付指導はしっかりと踊る事を、またダンサーとしての自然な身体としては、音がなりパが始まったら、自然にそのように身体が動いてしまうだろう。
しかし、そういうダンサーとしての米沢唯が次第に消え、ジュリエットとしての米沢唯へと変化していったのが、このシーンでよく現れていた。



「バルコニー・パ・ド・ドゥ」(19「バルコニーの情景」)
ジュリエットがバルコニーに立つ。
米沢は、ロメオと触れ合った自らの腕を愛おしみ、何となく気だるい身体を柱に寄りかかりながら空にかかっているだろう月を仰ぐ。実際に舞台には示されていない月がそこにはっきりと見える。
(初日、3日目、腕を撫でて柱に寄りかかる、2日目は、そのようにはせず、その場の空気感に身を任せていた)

音楽が一変しロメオが現れる。見つめ合う。
このシーンはアレクサンドラ・フェリの若い頃の映像(1984年ロンドン・ロイヤルバレエ)で見ると、アップになるからか彼女の呼吸が徐々に速くなっていくのさえ分るのだが、実際の舞台ではそこまでは見えない。
ロメオがバルコニー下で手を伸ばすも届かないので、降りてくる事を促すと、ジュリエットは一心に駆けてくる。
居ない、どこ? 
すると、すぅ〜と手が伸びてくる。
月の光の中で、その手はどんなに白く輝いた事かと、思わせるほど美しい腕が、ジュリエットに触れる。
すぐに横に並んだ彼を、米沢のジュリエットは見ない。
だから、もちろん、ジュリエットにはその美しさは見えないのだが、ジュリエットは、その美しい白い腕を感じている。
その若い二人の姿の、何と愛おしいことか。


すると、パ・ド・ドゥの音楽が始まる。 
20「ロメオのヴァリアシオン」〜21「愛の踊り」
冒頭のムンタギロフのアティチュードからの半回転が端正で美しい。
私の見たロメオのそれとしては最も美しかった。
激しく情熱的に踊りはしないが、この端正さが彼の持ち味であり、それがムンタギロフのロメオであり、だからこそ、米沢のジュリエットは彼に惹かれるのだ。
それがマネージュに至ると徐々に加速してくる、
そしてプロコフィエフの音楽が、月夜に一つの光の虹を架ける時、米沢のジュリエットはロメオを目ざして駆けてくる。音楽が緩く弛緩する。ロメオに抱かれて大きく身体が開かれる。身体が左右に深く倒れ込む。
しかしここで明確に脱力しきりはしない。マクミランなのだから、もっと脱力してもいいのかもしれぬ。
そう踊れないところが、米沢なのだと思う。
腕を絡める、あの美しい腕に。(ウラーノワへのオマージュ)
すると、音楽が揺れ始め、ロメオがジュリエットを背負い大きく左右に揺らす。
ジュリエットの身体が撓り反り、脚が立ち上がり、音の波の中をうねるように漂う、ロメオ(の身体)だ。
そう、ジュリエットは感じている。
美しい回転、それをロメオが受け止めての二人並んでのアラベスク(これもウラーノワへのオマージュだ)
ジュリエットが飛翔する、そして再び波が押し寄せてきて、ジュリエットの身体が逆さまに峻立する。
もう一度飛翔して、波が押し寄せてくると、身体が湾曲して宙に浮く。
そして、腕が絡み合わされ、
今一度、大きな波が押し寄せてくる。
ここでの東京フィルのパーカッションが奏でる「波」は素晴らしかった。
ロメオの波に、ジュリエットは大きく天に漂う。
(跪いたロメオがジュリエットを美しくリフトして上げ下げする。簡単ではないのだがムンタギロフはそれを美しくこなす)、この二人のパ・ド・ドゥは、ここで頂点を迎える。

そう、このパ・ド・ドゥはここが頂点なのだ。
しかしここを美しく見せるダンサーは中々居ない。
米沢とムンタギロフの功があるとしたら、ここにこのパ・ド・ドゥの頂点がある。音楽と振付が、何度も何度も、波のように寄せ手は返して深まり高まり、ここで極まることを、全体の構図の中で見せた事だ。
この二人のバルコニーパ・ド・ドゥではここがもっともの極みだ。
その後のジュリエットの軽やかなステップは、その極みの後の喜びであり、
音楽が静かに収まろうとすると、もう一度軽い高まりがあり、
手と手が触れ合い、放し、身体が重なり合い、深いベーゼへと音楽は終息する。
音楽と振付と二人のダンスとが、寄せては返す波のような恋人たちの感情の高まりと鎮まりを、見事に表現していた。



こんな後のアントラクトは、何を思ったらいい?
二幕冒頭で、ロメオがヴェローナの街を放心したように歩いてくる、
あの気持ちが、私は初めて分った気がした。
身体の芯からうっとりとして、ほかにはなにもないのだ。




第二幕
第1場「ヴェローナの広場」(22「フォークダンス」〜)

ヴェローナの街での喧噪、若いカップルの結婚式、ロメオの元に手紙を届ける乳母とのやり取り。
ラヴロフスキー版は、カーニバルだが、
マクミラン版の特徴は、若い見知らぬカップルの結婚式を挿入している事と、乳母との滑稽なやり取りを強調していることだ。
ただ、これがどの程度効果をあげているかは疑問。
そもそもロメオ役のどのダンサーもこれに注意をほとんど向けないから、一つの街の風景以上には見えない。彼がこれを見て、自分もジュリエットとこうなりたいと思っているようには余り見えない。
そんなこと(このように皆から祝福される「結婚」)などどうでもいいほどに、ジュリエットのことしか思っていない。
一方、
乳母への三人の絡みはよく出来ている。
ラヴロフスキー版でも乳母は滑稽に扱われるが、ここまで長いシーンになってないし、主に幕前で乳母がロメオを中々手紙を渡さずじらす。
アシュトン版では、子どもが乳母の尻に触ったりちょっかいを出すので、それをロメオとその友人たちにやらせたとも云える。
(乳母 楠元郁子、丸尾孝子、マキューシオ 福田圭吾、木下嘉人、ベンボーリオ 奥村康祐)

3日目になって、ヴェローナの広場はようやくそれらしくなってきた。
音楽との調和感もある。娼婦もちょっと「ヤンキー」が入ってきた。
元々娼婦のイメージの湧かない今の若い世代には、「ヤンキー座り」でも、したらとでも指導するとちょうど良かったのだろう。
新国立ダンスーズには ”Bitch” は無理だけど「ヤンキー」なら可能かもと、娼婦たちを見ていて思った。初日よりはずっと「綺麗に揃わないで」踊れるようになっていた。
(娼婦 寺田亜沙子、堀口純、中田実里)




第2場「教会」
「結婚式」(28「ロレンス僧庵でのロメオ」〜29「同 ジュリエット」)

このシーンは、ラヴロフスキー版がどの版よりも宗教性を強調しかつ美しい。
髑髏と百合を神父は両手に持つ。百合=愛の方を上げる、そこへジュリエットの手紙を持ったロメオがやってくる。
ロメオが並べた百合の間をやってくる黒いマントのジュリエットが何と美しい事か。
さらにアラベスクで愛を誓い、跪き、祈る。この一連の姿はラヴロフスキー版の白眉。
ウラーノワが作った清楚なジュリエット像をもっとも強調する場面だ。
ソビエト時代のロシアでこういうシーンがどのように受容されたのか、興味深い。
カーニヴァルの民衆の喧噪と、チャペルの静寂、この対比が見事で、プロコフィエフの音楽とも合い呼応している。
クランコ版も、チャペルが自然の森の中にあるという如何にもドイツ的な設定を除けば、それらを基本的に踏襲している。
お互いを求め合うかのように、腕をお互いに投げやる振りが印象的。
ただ、二人が去った後、神父は髑髏の方を今一度取り上げる。

それに比すると、マクミラン版は、結婚シーンが如何にも短い。
神父が聖書らしきものを読み現れ少し物思いに耽っいると、すぐにロメオがやってきて、神父が戸惑っていると、またすぐに乳母が現れ、ジュリエットもやってきて、祭壇らしきものさえない。神父の前で愛の誓いをしてキスをして、別れがたい中を別れる。
だから、あっという間に終わって、ただ、筋を述べているだけのようにしか見えない。
マクミランの中では、ここはどうでもよかったのかもしれない。
アシュトン版でも、祭壇の前で跪き愛を誓い、さらに二人に幾らら踊らせ、百合の花が現れる。マクミランはそうした宗教性を拒否しているようにさえ見える。
それ故に、これは20世紀半ばに作られたより人間的なドラマと云えるのかもしれぬが。(神父 輪島拓也)



第3場「街の広場」(30「民衆はお祭り騒ぎを継続中」〜35「ロメオはマキューシオの死の報復を誓う」)

舞台が再びヴェローナの広場に戻ると、先の結婚式はまだ続いている。
公に祝福される二人と、日陰者の二人という対比を、マクミランは意図していたのかもしれないが、そんなことは当の本人たちにはどうでもいいことだったろうと、他の版以上にジュリエットとロメオの二人の愛にフォーカスしているマクミラン版を見ていて思えるから、皮肉だ。
ティボルトは、その結婚式を破るが如く現れる。
ティボルト(中家正博)はもっと凶暴に、マキューシオ(福田圭吾、木下嘉人)はもっと遊んでほしい感もあったが、3日目は剣劇共々、全体に大分良くなった。特に「決闘」シーンは東京フィルのドライブ、加速感が凄かった。そしてそれにダンサーも応えて迫力があった。


「キャピレット夫人の嘆き」(36「第2幕の終曲」)
キャピレット夫人は、全日、本島美和だったが、
ティボルトの死を悼む強烈な動きには、凄いものがあった。
仁として上品な感があるので、どんなに激しく動いても低俗にならないのがいい。
しかも、その身体の動きはしっかりと音を捉えている、むしろオケの嘆きの音が、本島の身体から放たれているようにさえ感じた。
新国立バレエの歴史の中でも語り継がれていい、名シーンだった。
ラヴロフスキー版は、夫人だけではなくキャピレット当主も出てきて、夫人はティボルトを載せた板の上に乗って激しく嘆き、「殺せ」(報復)のポーズを明確にする。
クランコ版も似ているのだが、夫人だけで板の上で嘆くが「殺せ」のポーズはしない。
アシュトン版は、当主も出て、さらに大公も現れ、捌きの場のようになる。ジュリエットも見ている。
それらに比べると、マクミラン版は、両家の闘いというよりも純粋な嘆きが強調されたといえるか。
ヌレエフ版だけが、夫人ではなくジュリエットが広場に出てきて、激しく嘆くのが興味深い。




第3幕
37「前奏曲」

まず、序曲は管楽器の不吉な不協和音の後で東フィルの弦の音が,オルガンのように美しく響く。この曲で、こんな印象を持ったのは初めてだ。不吉な死と聖なるものとしての愛。東フィルの弦の音が素晴らしい。


38「ロメオとジュリエット」
幕が開くとベッドで寄り添っている二人。
米沢とムンタギロフは互いに互いの方に身体を向けるように眠っている。


「寝所のパ・ド・ドゥ」(39「ロメオとジュリエットの別れ」)
初日は今一つな感があった。特に米沢の方がやや感情を激しく出し過ぎているように見えた。別れのシーンなのだから当然と云えば当然だが、まだ、この時点では悲劇になるとは分らないのだから、余り激しい嘆きはどうなのか?
また、ムンタギロフのロメオが、それを上手く受け切れていなかった。彼は、そういうタイプのダンサーではないからなのだろう。

米沢のクレヴァーな点は、2日目以降、感情の表出をよりコントロールしていったことだ。そうすることで、ムンタギロフとのバランスがよくなった。
しかし、それは米沢の身体がよりムンタギロフのロメオを感じていくことが出来たから、そういう動きになったのかもしれない。
だから、クレヴァーというよりも、米沢の身体的な直観に基づくものだったかもしれない。


この「寝所のパ・ド・ドゥ」は、マクミラン版では特に回転を多用した激しく速い動きが求められている。
ラヴロフスキー版は動きがもっと緩やかだし、クランコ版ではジュリエットの身体に脱力を求めつつもやはり緩やかに動く、それに比してマクミラン版は、感情が激しく出るような早い動きを感じる。
冒頭の体の寄せ合い、アティチュードさらに脚を開いてリフトしての捲き込むような回転、体を閉じて後ろへ倒しての引きずり(1幕の「バルコニー」にも出る)、逆に体を開いてのけぞる アティチュードを前、後ろへと繰り返し、上体を反らし中心からずらし、揺らし、リフトから脱力して、降ろす。

この振付をそのまま動けば、踊る側もそれなりに感情が昂揚していくだろうが、その振付に任せてただ感情が出れば良いという訳でもない。
古典の型を崩して捲き込んだりづらして揺らしたり、脱力したりが必要なのだが、それは簡単ではない。それが出来ないで感情だけが先走ってもこの踊りは踊れない。
だからクラシック・バレリーナには、バルコニー以上にこのシーンは難しい。

しかし、勿論、その感情も、この場でのジュリエットをどう捉えるかで変わるが、マクミランの振付はただただ激しさを求めているようにさえ見える。
元々、端正な踊りが際立つ米沢唯とワディム・ムンタギロフには、特に初日は、感情が昂揚していく米沢に対してムンタギロフがややついていってないように思え、アンバランスに見えた。

振付のマクミランが、「真の初演者」であるリン・シーモアに云った如く、
「舞台の上で見難くある事を怖れるな」とまでは、中々いかないのだ。 
リーン・シーモア、デヴィッド・ウォール Lynn Seymour & David Wall
「寝所のパ・ド・ドゥ」
https://www.youtube.com/watch?v=04QyU6lpWMI&list=PLobg54P1Yodx-T0lNu50G1Z4vPkHwC2IW&index=44

しかし、にもかかわらず、米沢とムンタギロフの3日目には、必ずしもマクミラン的な踊りとはいえないかもしれなかったのに、「後朝の別れ」が、ひしひしと観る者に伝わってきたのは、何故だったのだろうか。

3日目の二人は、この日がまた一段と深い音を奏でていたマーティン・イエーツ指揮東京フィルのプロコフィエフの音を、身体一杯に吸い込んでいた。身体に音が吸い込まれ、それが再び二人の身体から、空間全体へと拡がっていくように感じた。
米沢が初日ほどに感情をぶつけないでやや抑制しているかのように見えたのは、ムンタギロフと2度踊って彼との合わせとしてそうなったとも言えるが、
それ以上に、マクミラン的な振付を越えて、物語の『ロメオとジュリエット』の少女と青年、そしてプロコフィエフの音楽に、たち戻っていたからなのかもしれない。
マクミラン的に踊ることは、技術的かつこの版の目ざす意図としては重要だろう。
しかし、最終日の二人には、今踊りつつあるダンスが如何なる振付であるべきかは、それはもうどうでも良いようにさえ見えた。


「父母とパリスがやってくる」(14「乳母」〜15「ジュリエットはパリスとの結婚を拒絶する」)
ロメオと別れたジュリエットは未だ放心状態で、身体に触れようとするパリスを激しく拒絶する。
しかし、米沢のジュリエットは、それ以外ではただただ呆然としている。
父母が彼女に入れ替わりたち替わり激しい口調で言い寄っても(他の版では父のみが強く迫るが、マクミラン版では両親共に激しく捲し立てている)、彼女には全く聴こえず反応しないで、その意識は中有を彷徨い始めているようにさえ見える。
周囲の怒りと戸惑いに対して、米沢のジュリエットはこのシーンから既に「独り」なのだ。


「ベッドに腰掛けて」〜「ウラーノワ疾走」(42「ジュリエット独り」〜43「間奏曲」)
両親からパリスとの結婚を言い渡されたジュリエットは、ただひとりで嘆きながら、ロメオと一夜を過ごしたベッドに腰を下ろす。
ここで全く踊らないで嘆きつつ、音楽が「間奏曲」に変わる所で静かにベッドに腰を下ろす点が、マクミラン版の大きな特徴だ。

ラヴロフスキー版では、父のみが責め立て母と乳母はジュリエットをかばう。42「ジュリエット独り」で踊り、嘆きと共に正面に身体を開き、見物に訴えるかのようにして、その後ロメオの愛の誓いを思い出し、神父の元へと疾走すると、幕になり43「間奏曲」が続く。
アシュトン版は「間奏曲」を利用してジュリエットが道に迷いながらも僧庵に辿り着く姿を最も描いている。
クランコ版では「ジュリエット独り」がカットされ、「間奏曲」のみで、嘆き、身体の寒さを感じマントを羽織って、僧庵へと走る。

なので、43「間奏曲」を使って、その間に動くことなくただベッドに座り続け、徐々に気持ちを高めていくマクミラン版は、際立って特徴的といえる。

初演当時、この「間奏曲」を聴いたロンドンの見物の誰もが、神父の元へと疾走する映画版『ロメオとジュリエット』(1954年)のウラーノワを思い起こしたことだろう。
ウラーノワへのオマージュが、全くの振付なしのシーンを作ったのではないかとさえ思える。(実際のラヴロフスキー版の舞台は、映画とは違いそれほど疾走するわけでもなかったのだが)


米沢の、ベッドに座るシーンは、日によって微妙に違っていた。
初日は意思の現れが明らかに見えたように感じられたが、二日目、三日目と、明らかというよりは、「間奏曲」の音楽を深く聴き入り、その中にそのまま身を委ねているように見えた。だからここで「決意」したという感ではなく、より自然に自分の内側から思いが湧いてきて、マントを取り(それを大きく翻してゆく姿は、初日から美しかったが)、徐々に加速して、僧庵に向かう。米沢のジュリエットのマントが大きく張った姿は、特に3日目が本当に美しかった。舞台奥を横に駆けるシルエットさえもが。
これほど美しいこの場も余り観た記憶がない。その「美しさ」こそが、ジュリエットの「意志」の現れのようにさえ見えた。
多くのダンサーはマントの張り具合の美しさなどのは無頓着なのだろう。
しかし、米沢は、ここでマントを大きな帆のように張って駆け出す事の意味を、ウラーノワへのオマージュも含めて、本当によく理解しているのだ。

このシーン、私には、ヌレエフ版(1977年)が特に印象的だ。
父母、乳母によって強制的に結婚衣装を着せられ、短剣を取りだして何度も突こうとするが、突けない。自由か死かという如何にもフランス的主題がこの場面のジュリエットには現れる。ジュリエットはその短剣を手に持ったまま、というか手から短剣を離すことが出来ないままと云うべきか、ロレンスの元へ走るのだ。ヌレエフ版のジュリエットはまさに家族、家の軛と闘っている。僧庵でも胸を突こうとするのを危うく止められ、薬を貰い、ジュリエットは短剣ではなく薬壷を奉じて帰ってくる。その後も、この短剣か薬壷かは、死せるティボルトとマキューシオの亡霊によって(シェークスピアの原作に忠実に)、ジュリエットは、最後まで迷い続ける事になる。
実は、私はこのヌレエフ版のジュリエットの姿に一番、心惹かれる。勿論、それは単に私の好みの問題なのだが。「ジュリエット」とは、観る者のある種の理想の女性像の現れでもあるのだろう。



「ロレンスのもとへ」(44「ロレンスの僧庵にて」)
ラヴロフスキー版もアシュトン版も後のヌレエフ版も含めて嘆きと共に、神父の前で、原作の懐剣で死のうとする決意を見せるジュリエットを見せているが、マクミラン版のこのシーンは大変短く、ジュリエットの決意は示されず、薬を貰う事の躊躇も一度は突き返すが、すぐに神父と共に祈りになる。
フェリの映像(1984年、ロンドン・ロイヤルバレエ)は、ここで音楽が毒薬のモチーフで不安感を出すと祈りの途中で独りだけ顔を上げるが、他の版に比してマクミラン版はこのシーンでジュリエットの決意をそれほど描かない。
この版では、ジュリエットの決意はの全ては、仮死へと導く薬を呑みほすシーンに向けられている。



「パリスとのパ・ド・ドゥ」(46「ジュリエットの寝室」)
ジュリエットは、父に促されて今一度、第1幕の舞踏会の音楽でパリスと踊る。
このシーンでは、まるで夢遊病者のように踊るラヴロフスキー版がとても印象的で、1940年にこのようなダンスを作ったのは画期的だったと思える。
ラヴロフスキー版のジュリエットは、ここでパリスとのベーゼを明確に拒む。
その強いジュリエットの意思を、視線によってウラーノワが強調したとされているシーン。
ラヴロフスキー版は1幕のパリスとのパ・ド・ドゥの音楽をほぼそのまま使っており、ここでの原曲とは異なる。
アシュトン版以降のクランコ版、マクミラン版、ヌレエフ版では原曲にそっているが、ヌレエフ版では、父と母との四人で踊り、拒否を示す中間部で他の二人が動きを止め、ジュリエットだけの心中表現となっていて興味深い。


米沢のジュリエットは、先と同様に、意思も何もない抜け殻として踊りだす。
1幕の舞踏会でのあの不安感は、このシーンを暗示していたかのようだが、だからといって、あのシーンがこのシーンを予見していたというわけでもない。ドラマが自然にここに辿り着き、振り返ってみたらそうだったという感である。だから、伏線としてあったのではない。
しかし、このシーン迄物語が来てみると、まるで初めからそう運命付けられたかの如く感じるのだ。まさにデジャ・ヴのように。



「ジュリエットの仮死」(47「ジュリエット独り」)
独りになったジュリエットは、様々な思いの中で薬をあおぐのだが、ここでもラヴロフスキー版では、ジュリエットは鏡の中の自分を見たり、シェークスピアの原作のように亡霊と対話しながら、しかし、愛の主題が響いてきて、ロメオが去った窓へとジャンプして、薬の一基の飲み干す。飲み干してからももう一度鏡を見て、寝台の柱に巻き付きロメオの方へと手を差し伸べたアラベスクをした後に、横たわる。
この一連のシーンも、ラヴロフスキー版は素晴らしい。
昨年(2015年)12月のマリインスキーバレエ東京公演でのクリスティーナ・シャプランは、このシーンが出色の出来であり、彼女によってこのシーンの深みを、私は体感できた。
ラヴロフスキー版では、この第3幕のウラーノワ疾走→僧院→薬を呑むまでの一連の流れが有機的に繋がって、それらが全体でジュリエットの苦悩を伝える構成になっている。
ラヴロフスキー版を下敷きにしつつ、ジュリエットがよりフランス的な強い意志をもった女性になったヌレエフ版も同様だ。
一方、クランコ版には前段のパリスとのパ・ド・ドゥの再現シーンがなく、結婚を承諾したらすぐに薬を飲むシーンになる。一度、封を明け口まで持って行くが呑めず、そこへ来た乳母に抱きつき、また離れ、独りになりベッドに横たわり、愛の主題で大きく手を拡げて、薬を飲み干す。


米沢唯は、薬を呑むこの場面を3回踊ったが、日によって微妙に変えていた。
1日目は、神父から貰った薬壷を、一旦は取り出しては見たものの恐怖から投げ捨てた。
2日目は、投げるほどではなく落すに近い感じだった。
3日目は、一旦は呑もうと口まで持っていくが、恐ろしくなって手からこぼれ落ちたように見えた。
1日目は、単にロメオが好きという思いが先走っていたように見えやや単調だったが、2、3日目と回を重ねるごとに、次第に、それだけではなく、怖れや不安感、運命、ティボルトの亡霊、神への祈りなどの感情が、音楽の微妙な動きに合わせて表現されるようになって、ジュリエットの身体に去来する様々な思いが伝わってきた。
その場のジュリエットの在り方への身体感覚の同調、共感が、やや画一的だった感情表現を整え、それを生んだのだと思う。
そして、3日目の、ややゆっくりと祈りを捧げ、毅然として薬壷に向かい一気に呑み干した姿は、気高ささえ感じた。

服薬後も日によって異なっていた。
1日目は、薬のまわりに、身体をくねらせ、大きく目を見開く。
また特徴的だったのは、2日目の薬を飲んでからで、ベッドの前で倒れるのが本当に倒れたかの如くリアルで、しかも目を大きく見開いたまま倒れている。とても迫力があった。3日目にもやるかと思ったが、3日目はごく自然に倒れ目も閉じられていた。その後ベッドまで這っていった。
ベッドへの倒れた姿も日によって違っていた。
初日は、比較的正面向いて脚も開き気味で倒れた、二日目は腕が十字になったが脚は閉じ気味で、三日目は右腕は伸びて、左腕はやや曲げた。
彼女なりの、その日その日の仮死の身体があったのだと思う。



エピローグ「墓場」(51「ジュリエットの葬儀」〜52「ジュリエットの死」)

終幕も、1日目より2日目それよりも3日目の方がロメオへの愛情が豊かに表現されていた。
1日目はただ好きと悲しいという感情が強かったけども、2日目には横たわるロメオを見つけた時の不思議な感に打たれたような表情が良かった。当然そう思うはずだ。すぐにロメオとは分らないはずだから。お決まりの絶叫も少し抑えたように見えたのは気のせいか。
3日目には、さらに斃れているロメオを本当に愛おしげなまなざしで見つめていた。単に好き悲しいという感情だけではない、気持ちの深みと成熟を米沢唯は示した。
それは、このような感じだった。

目覚め、恐怖、なぜ?
そこに居るのは誰?との一瞬の戸惑いの後、

あなたがここに居るの?
あなたなのね、
ああ、あなた私を待っていて下さったのねと、斃れているロメオを抱き上げる。

ああ、愛しいあなた、
本当に愛しい私の夫という優しいまなざしが
次の瞬間には
どうして、抱いて下さらないの。
キスをしても応えない。

あ、これは何? 毒薬? 
ああ、
どうして、ああ、ああ、命の息吹きがない。
あああ、、あああ、と、叫ぶ。

私の分はもう残ってないの、
パリスを刺した短剣を見つけ、

「さあ、私の身体がお前の鞘よ」と、突き立てる。

倒れ、ロメオの方へ、ロメオの方へ、
腕を取って、ああ、あなたと共にある。

ああ、何という恩寵、、、

ジュリエットは、身体をのけぞらせて棺の下に横たわるロメオの腕を一瞬取るも、腕は離れ、二人の身体は触れ合うことなく、棺の上と下で横たわり、幕。



日増しに抑制されたように見えたけれども、音楽が昂揚する所での「絶叫」には、私は違和感を持つ。あのシーンはフェリが余りにも印象的で彼女のような感情をストレートに出す欧米人には向いていても、日本人、それも特にその仁としても抑え気味な表現の持ち味の米沢唯や小野絢子がすることには、全体の表現のバランスから言っても疑問だ。
典雅を信条としているようなラヴロフスキー版は当然のこと、マクミラン版の残された映像を見ても初演者だったマーゴ・フォンテーンの映像(1965)、さらにABTでの映像が残っているナターリア・マカロワ(1981)を見ても「絶叫」などしていない。
ヌレエフ版のような、自由か死かを激しく問う意志の強いフランス的な女性像を描いたものならば、あそこでの絶叫には何の違和感はないのだが。マクミラン版の場合は、そのダンサーのジュリエット観や個性によって、このシーンも考慮されるべきではないだろうか。


とはいえ、米沢唯の第3幕は、日を追う毎にその身体が徐々に解放されていったように見えた。それは単に「悲しみ」と云う言葉では覆い尽くせないものなのだと感じた。またその過程は、原作が持つ、一義的ではない言葉の多様な豊穣さを結果的に表現する事でもあった。

最終日の幕が降りた後、米沢唯は珍しく満足そうな表情をしていた。彼女がそういう表情を見せるのは稀だ。それくらいに渾身の舞台だったのだろう。
外に出ると、晩秋の薄暮の空に三日月がかかった。ロメオが星になったのならば、あの月はジュリエットだったなのかと、それ以上の思いは何も浮かばないほどに、身も心も満たされているようで、一方で何の言葉も出てこない思いを、私はしていた。

だから、この文章を書き始めるまでに、私は多くの時を経ねばならなかった。
言葉がすぐには出てこなかったのだ。

(了)



ラストシーンに関しての補足
ラヴロフスキー版は正しく心臓を突いているように見えるが、マクミラン版では、新国立バレエの小野絢子、米沢唯だけではなく、他のバレエ団でも腹を突き刺しているように見える。これはこのような指導がされるのだろうか。やや疑問である。
原作は「この胸、これがお前の鞘なのよ。さあ、そのまま居て、私を死なせておくれ。」と異なる。

また、マクミラン版『ロメオとジュリエット』の特徴の一つは、最後にジュリエットとロメオの身体は、重なる事も触れ合う事もなく別々に斃れているということ。あんなにも絡め合った腕と腕も、ジュリエットはロメオの腕に触れようとするのだが、力尽き離れていくのだが、これも原作のト書き「ロメオの身体の上に折り重なって死ぬ」と異なる。
他の版では重なり方はことなるが、皆重なって死ぬ。
ラヴロフスキー版 寝台下の階段に斃れ他ロメオの身体の上に仰向けに十字形に重なる
アシュトン版 パリスを刺したロメオの短剣を取り、そこで腹を刺し、寝台下で斃れているロメオまで這っていき、ロメオの身体に覆い被さるが、傍ら仰向けに斃れる。
クランコ版 パリスが握っていた短剣をとり、寝台で死んでいるロメオの前で腹を刺し、ロメオを背後からゆらゆらと抱きながらロメオを胸の上に上体が斃れる。
ヌレエフ版 ロメオが寝台の上のジュリエットを抱き起こし背後から抱えたままで毒薬を呑む(クランコ版と似ているが男女が逆)。ジュリエットの横に斃れているロメオの短剣を取り胸に突き刺し、ロメオの上に仰向けに寄りかかるように死ぬ。


参考文献
『ロミオとジュリエット』 シェークスピア 中野好夫 訳   1951年
『バレリーナへの道』  ウラーノワ  袋一平 訳   1955年
『ウラーノワの芸術』  ボリース・リヴァーフ=アノーヒン  1977年
『Romeo and Juliet』CD booklet   Philips classics 1991年
『作曲家別名曲解説ライブラリー プロコフィエフ』 森田稔  1995年












posted by 星跡堂主人 at 13:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

新国立バレエ『眠れる森の美女』(イーグリング版)再演、レヴュー 

2014年の10月の初演された新国立バレエ
ウエイン・イーグリング(Wayne Eagling)版『眠れる森の美女』が再演され、
その初日(5月5日)と2日目(5月6日)を見た。
初日は、初演時のギャヴィン・サザーランドとは違う指揮者の
アレクセイ・バクラン(東京フィル)の音づくりが
主役、特に米沢唯の踊りに今ひとつフィットしていなかったように思えたが、
二日目は見事に調和していた。
それ故に、二日目の印象を主に書く。


「プロローグ」
序曲最後の部分で幕が開き、
リラの精(木村優里)がシャンデリアのゴンドラで天井から降りてくる。
下には黒の美しい衣装のカラボス(本島美和)が待ち構えていて、対峙して、
上手下手へとそれぞれ消える。

王宮に人々が現れるが、今ひとつノーブルさに欠け、王宮の雰囲気がない。
歩き方や上体、腕の動きの徹底がもっと必要。

リラの精のお付きが6人しか居ないし、
衣装の色合いがリラの精ではなく他の妖精と同じというのも変な感じだ。

妖精のヴァリアシオンは、英国系とほぼ同じだが、
第1ヴァリアシオン(「誠実の精」)などは、ポーズのキープを幾らか入れているか。
寺田亜沙子の第1ヴァリアシオンは、優雅で柔らかく素晴らしかった。
第6ヴァリアシオン「気品の精」は、元々ない設定なので、
音楽が第2幕の狩り場での「男爵夫人の踊り」が使われ、民族舞踊的な仕草も入る。
それが何故に「Grace」なのかは不明だが、
寺井七海は音を体に引き込み優雅に踊っている。
リラの精のヴァリアシオン、後半はアラベスクと回転の合わせ技のようで、
イタリアンフェッテの変形か。
だからか、全体のコーダでは、リラの精がイタリアンフェッテをせず、華やかさに欠ける。

1978年とクレジットの入っているロンドン・ロイヤルバレエの
『眠れる森の美女』プロローグ妖精達のヴァリアシオンの映像
https://www.youtube.com/watch?v=S8kj260hvCk
78年はマクミラン版『眠れる森の美女』初演の年。

一方、60年代のキーロフバレエの妖精のヴァリアシオンの映像
https://www.youtube.com/watch?v=RrimGxFq_V0



第1幕
王宮前のお針子たちを許す国王のシーンが、初演時にはなかった記憶だが、入っていた。
しかしそれでもロシア系よりは短い。ここは王妃の見せ場なのだが、入れるなら入れるでもっと取るべきで、中途半端。
王宮、背景画が噴水のあるヴェルサイユ(17世紀後半のバロック様式)になっている。
プロローグにはなかった。

「ローズアダージョ」
米沢唯のオーロラは、世に「ローズアダージョ」と称されるこの場面が、「パ・ダクション」の極地であることをしっかりと思い出させてくれる。
タマラ・カルサーヴィナが云った如く、プティパの偉大さは物語を舞踊で表現したことであり、しかもそこにチャイコフスキーの音楽がぴたりと嵌っている。

踊りの中で、父母や王子達とのやり取りによって徐々に華が開いていく過程を見事に表現する。
初演時もそうだったが、ローズアダージョが単なるテクニックの極みではなく、
踊りによる、如何に完成された「パ・ダクション」であることを、明らかに示してくれる。

「ヴァリアシオン」
初日は音と微妙にずれていたが、
二日目はぴたっと決まり、完璧。
中間部ディアゴナルの動きで、米沢が、ロンドジャンブをするとその脚からオケのピチカートが響いてくるようだった。
このヴァリアシオンが、脚の動きが弦のピチカート(リズム)を、
上体が、ヴァイオリンソロ(旋律)を表す踊りである事を、米沢の身体は見事に表現していた。こんなに音楽と調和的な端正なオーロラはそんなにはない。
こうした端正な美しさこそ、米沢唯というダンサー、そのもののように感じられる。

古典が何故に古典なのか、この作品が何故に古典バレエの極みと云われてきたのか。
この答えが、今この目の前で展開される。
私は、『眠れる森の美女』という作品を米沢唯というダンサーの踊りを見る事で、初めて分かった気がする。
こういうことを、私達はもっと明らかにしなければ、
ダンサーが何をここに表現しているかを、
もっと的確な言葉で表現しなければということに、改めて思いを致す。



第2幕
プロローグに比べるとソリストが並んでいるからか、貴族が貴族に見える。
またここでは農民と貴族が一緒に踊る。
初演時には特に気に留めなかったが、これは意図的だろうか?
(英国では「ガーランドワルツ」と称される第1幕の花輪を持った踊りは、ロシアでは「農民の踊り」と称されている。王宮に庶民が訪れ踊るということか。)

伯爵夫人(堀口純)は当然王子の愛人なのだが、
ワディム・ムンタギロフのデジレ王子(Prince Désiré)は、出て来たときから憂愁をたたえている。
(そのように演じる王子は意外と少ない。憂愁よりも王子としての威厳を求めるからか)
しばしば、王子のソロに使われる曲(「伯爵夫人の踊り」)で、二人でフォークダンスを踊るも、
そのまま、憂いを帯びたまま王子のソロへといく流れを、ワディムがよく作っていた。

「王子のソロダンス」
王子のソロには、この版では第3幕の「サラバンド」が使われる。
初演時よりも遅く重く響いているように感じたが、
それが憂愁をさらに深め効果的だった。
惟うに、17世紀のバロック舞曲である「サラバンド」という古曲に、
王子の心性は親和的なのだろう。(王子の「現在」はその100年後だから18世紀後半か?)
しかし、
そこで踊られる踊りは、回転なども入り、古風では決してない。
この音楽と振付けとのずれが初演時には気になったが、
現代(100年後)の者である彼が、100年前の古曲に引かれる。
そこに100年のずれが表現されているかもしれなぬ。
しかし、
このずれが、王子の愛にどう影響するのか?


「オーロラの登場」
上手脇で一度アラベスクでポーズをした後に、ジュテで入ってくる。
ジュテの部分は他の版と同じ。

「パ・ダクション」
初日よりも、音がしっとりとたっぷりと響く。ややテンポが遅くなっているか?と思われるほど。
東フィルのチェロのソロが美しい。
だから、王子のオーロラへの心情があふれてくる。

オーロラを追う、王子は、同じ様にアラベスクをして追う。
このオーロラの身体への同調は、この幕の掉尾を飾るパ・ド・ドゥでも現れる。

オーロラが、リラの精と森の精たちの狭い合間に分け入り、
王子もそこを抜けて来て、舞台中央で初めてオーロラに追いつく。
森の狭い通路の先に、その場はある。そういうように思えた。
(イーグリング版は、ここでのコール・ド・バレエを「森の精」と明確に位置づけ、
衣装も森の木々の緑になっている。これは他の版にはない工夫なのだと思う。)

王子がオーロラに触れる事で、幻から血の通った者に見えてくる。
弦がトレモロとなりアラベスク、大きくそる。
ぐっとくる。まさに見事な愛の「パ・ダクション」なのだ。


この愛は、基本的には憂愁をたたえた王子の幻想である。
しかし、リラの精に導かれて(運命)、王子はそれを受け入れ、
森の中をさまよい、その狭隘な道行きの先でオーロラに触れる。
幻想であり、かつては生身の女であったのに、今はカラボスの魔法によって
死んでいるかのように眠り続けているオーロラ、オーロラ自身にとっても
自身は幻と化しているこの女の身体に、そうして再び命が吹き込まれる。

王子の愛は、そのようなものだと、このパダクションは示している。
100年も前の遠い過去の森の中に、彼の求めていたものはあった。
しかし、彼は今現在の生きている身体だ。

王子はリラ(運命)と共に、森の奥の城へと行き、
覆われた魔法を取り去り、オーロラにベーゼする。
これはお伽話に違いない。

「目覚めのパ・ド・ドゥ」
お伽話に現代的なリアリティを与える。それが振付家の意図であり、
それがこの「目覚めのパ・ド・ドゥ」になったのかもしれぬ。
オーロラはもう幻ではない。生身の身体を生きている。
だから、オーロラが幻のオーロラがしたように、王子を導くかの様に踊り、
幻影シーンと同じ様に、王子はオーロラの振りを真似、共振していく。
オーロラが踊るのをサポートして、彼女の踊り(精神)を実現する。
しかし、この二人、米沢唯とワディム・ムンタギロフが踊ると、それはとても静かな炎なのだ。
夜の静寂(しじま)の中で、音もたてずに踊っているかのようだ。

ヴァイオリンのソロが一段と激しくなる所で、それまでゆったりとしたテンポだった
オケは加速し、王子のマネージュ回転のソロになる。
王子の気持ちが音楽と共に迸るかのようなダンス。命の通う今の王子の身体の躍動。
しかし、それは決して古雅を離れない。

『眠れる森の美女』という作品を今、踊る事の意味。
今の身体が踊る事の意味への問いが、このパ・ド・ドゥには込められていたのかもしれぬ。
初演時にあった違和感を、今回のこの二人のダンスが溶解させていくように思えた。

そして、音楽が今一度静寂に向かうと、二人は寄り添い、離れ
静かにしかし深いベーゼをして闇へと消えていく。

この振付け自体がとくに優れているとは思わない。
初演時は古典作品の中にやや現代的なこのパ・ド・ドゥがぽっかりと浮かんでいるようで、
違和感さえ感じたのだが、
この二人が、このパ・ド・ドゥを『眠れる森の美女』という作品の中に位置づけ、
見事なものへと昇華した。
この静かでしかし熱い愛の思いを、客席も確かに感じていた。
幻がいまこの場の生身の人としてダンスに依って昇華した。
作品は、ダンサーが幾度か踊りこんでいくことで息ずく。
そして、見る者は、その踊りによって導かれる。
まさに、100年以上も前の作品『眠れる森の美女』に
ダンサーが今のなまみの身体で命を吹き込み、それを見るという体験。
古典バレエを踊る、見るという、今ここでの体験、そのもののような舞台なのだ。


付記
パノラマの後半が森の精のコールの踊りになる。
ここのフォーメーションが微妙にずらした形でなかなか美しい。
舞台が暗い中、踊るのは難しいのではないか。

残念ながら、この版で最も魅力的な衣装のカラボスは、この幕では脇役でしかない。
初演時よりもリラの精に支援された王子とカラボスの闘いの場面は
長くなった様に思ったが、闘いよりも王子の愛の方がこの版では優先されるのだろう。
元々、英国系の演出はそうであり、それはマリインスキー初演時を受け継いでいる。
善と悪との「闘い」という考え方は、ソ連時代の遺物だろうか。

「目覚めのパ・ド・ドゥ」は、牧
阿佐美バレヱ団のテリー・ウエストモーランド版(1982年初演)にもあるが、
その版ではオーロラはチュチュで踊るので古典的な振付になっている。
また、「間奏曲」を用いた踊りとしては、パリ・オペラ座ヌレエフ版(1989年初演)の第2幕の
技術的に大変難しくしかも長い、王子のソロがある。



第3幕
プロローグと同様に、どうも王宮の感がしないのが、残念。
初演時に感じたように、この幕の王宮は衣装も含めてナポレオンの帝政様式に見えてしまう。

キャラクテール・ダンスはみないい出来。
特に宝石がいい。
渡邊峻郁の金の精、寺田亜沙子(サファイア)、細田千晶(エメラルド)、広瀬碧(アメジスト)、
衣装のセンスが何とも安っぽいのが残念。
パリオペラ座の衣装ほど豪華にとは云わないが、もっとマシなデザインと色使いにできないか。

小野絢子と福岡雄大の「青い鳥」は、ひとつの掌編のような愛らしいダンスだった。


「グラン・パ・ド・ドゥ」
清楚で端正の極み。これがこのパ・ド・ドゥに求められているものだと思う。

ただし、2幕の最後に入れたパ・ド・ドゥが何とも邪魔になる。
あの深いベーゼを思い出してしまうからだ。
これは振付家の意図だから致し方がないが、単なる古典の極みではなく、
(パ・ド・ドゥの直前は、キャラクテールダンスをより現代的にした小人の踊りなのだから)
現代的なリアリティの残像がちらいてしまう。私の問題か?
しかし、踊っている二人はそんなことはなく、美しい。
白を基調とした衣装もこの二人の清楚感によくマッチする。
初日ちょっともたついた半ばののフィッシュもいいし、
すべてのパが音に嵌る。

初日よりも、アダージョ後半部がやや遅めのテンポでゆったりと踊られる。
アダージョの終わりにあるアテールから立ち上がる所も、米沢は何の滞りもなくするので、
もの凄く楽々に見える、(この振りはロシアにはなく英国系)、
自然に手をさしだし、勢いづけてさっと立ち上がるのでも、
おづおづと立ち上がるのでもなく(もっと深く膝を曲げるとどうしてもそうなるが)、
ただ優雅に立ち上がる。
そのまま、正面でこれもワディムがゆっくりを米沢を宙へとさしあげ、優雅にフィッシュ。
大技なんかじゃないよ、これは、という、二人のセンスがいい。
何という事かしらと、思わずに居られない。
これが現代の古典の極地だと思う。


その後の王子のヴァリアシオンも凄かった。
初日以上に美しい。このヴァリアシオンは、あまり美しいと思う事が少ない。
回転が大変で体のラインが微妙に崩れるダンサーが多いからか。
しかし、ワディムは最初から最後まで端正。
マネージュでさえ、最初は欲張らない、
途中で加速して大きく体を反らして跳ぶが、それもあくまで優雅に跳ぶ。
そして、まるで観音のようにちょと体をくねらせた最後の決めのポーズまでが、
ああ、このヴァリアシオンって、こういう優雅な踊りで、
だから王子のヴァリアシオンなのだという、極めつけの踊りだった。


続く、オーロラのヴァリアシオン。
これは初日も素晴らしかったが、
二日目は反復部の徐々に体を開いて腕を上げていく部分がさらに出色。
この踊りはここがもっとも難しい。
しかもは初日以上にたっぷりとしている。
この踊りの動きの一つ一つを、この踊りの今このときを、愛おしむかの様に。
だからか、オケの伴奏がぎりぎりに感じるくらいにテンポが落ちる。
米沢の動きがオケをリードしている。オケがそれに必死で付いていく感さえあった。
米沢はこれを意識してしたようには思えない。
彼女の体からにじみ出た喜びが、こういう動きを彼女に自然にさせたように見えた。
たぶん、米沢唯というダンサーが自身に求めている踊りとはこういうものだと思う。
それが、ここでは出ていた。この日の踊りには本人も少しは満足したのではないだろうか。

コーダ
初日もそうだったが、初演時ほどの速さを感じない。
これは意図的だったのかどうか分からないが、
ここまでの作品全体の流れ、パ・ド・ドゥの流れからすると、
ここで特別盛り上げなくても良かったのかもしれない。
それでも十分に高速ではあった。


「ラストのマズルカ」
登場したダンサー一人一人が舞台を愛おしむかのように
もう一度踊る。ダンサーたちも二日目で余裕が出たのだろう。
音楽もそれにぴたりと合う。
イーグリング版は、青い鳥だけワルツとなる。
ここはロシア系では、その後のオーロラと王子もワルツなのだが、
(ヴィハレフによる初演の蘇演版はそうではなく、イーグリング版と同じ)
オーロラと王子はマズルカで踊る。
そして総踊り、ここのマズルカステップも、とても良かった。
そんなことはどうでもいいかもしれぬと思っては、舞台は良くならない。
皆ソリスト級だから、当たり前だが、体を微妙に反らせた美しいステップ。
そして、アンリ四世讃歌でリラの精が出て、オーロラと王子とが、背後へ
天から美しい黄金が舞い降り、深いパンシェにアラベスクへと直り、
幕。

完成された、美しい舞台だった。
衣装と美術とを変えて、このままパリやペテルグルクで上演したって
間違いなく評価されうると思う。
たぶん、現在の『眠れる森の美女』の踊りとしては、最高峰に近いのではないか。
(残念ながら断言できる程に最近は他国のバレエを見ておらぬが)
マニュエル・ルグリのガラが夏に東京他であるが、
このムンタギロフと踊る米沢唯の踊りをぜひ一度見てほしい。
もっと多くの欧州のバレエ関係者に米沢唯を知ってほしい。
東京に、こんな素晴らしいオーロラを踊るダンサーが居るのだと。


















posted by 星跡堂主人 at 22:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

新国立バレエ団『こうもり』La chauve-souris  レヴュー  2015年4月23日〜26日


『平安紋鑑』.jpg

『平安紋鑑』(1936年)




新国立バレエ団『こうもり』 La chauve-souris  2015/04/23-26

主なキャスト表 → 
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/news/upload_file/cast%2020150421.pdf
(新国立劇場HP)

バレエ『こうもり』と喜歌劇『こうもり』の音楽対照表、その他は
こちらのページを参照されたし。
→ http://zoushigaya.seesaa.net/article/417622150.html

今シリーズ、小野絢子/E.コルネホ、米沢唯/菅野英雄、湯川麻美子/福岡雄大の3組を見た。
残念ながら、本島美和/井澤駿のキャストは見られなかったので、
3組についてのレヴューを記す。


4月23日
 ベラ   ヨハン       ウルリック メイド
・小野絢子、エルマン・コルネホ、福岡雄大、 寺田亜沙子  


1幕冒頭はやや手探り感があり、ゲスト故の仕方なさか。
但し、小野とメイドの寺田との皿のキャッチーボールは、この組が一番スポーティーな楽しさがあった。
二人とも運動神経がとてもいい。
電話のコード巻き踊りも、音楽に即してとてもリズミカルでテンポも速い。
さすがに寺田はファーストソリストだけあって初役にも関わらず熟れている。
メイドの役は、初演以来前回2012年2月の公演までほぼ楠元郁子が全配役を一人でやってきた。相手に依って違うだろうに、一人でこれを熟してきたのは改めて感心する。


第3場
ベラとウルリックの掛け合いがコメディになっている。
福岡ウルリックの白塗りの化粧がユニークだったこともあり、
関西ノリの滑稽ささえ感じた。(福岡は大阪のケイ・バレエスタジオ出身)
左の眉をこんな風に描いていたようだ。舞台ではそこまで気付けなかった。
→ http://blog.livedoor.jp/ksutaksuta/archives/44410549.html 
(「Kバレエスタジオ ブログ」) 
2012年公演の映像を見ると、ウルリックを踊っている吉本泰久が右目の眉を二重に描いている。
(それ以前の2006年公演ではそのようには描いていないように記憶する)
福岡はそれを継承したのだろう。


第4場「マキシム」
冒頭の三人ギャルソンがいい。マイレン・トレウバエフ、江本拓、福田圭吾。
美しく跳んで廻って、おかし味もある。
プティの作品では、美しさと滑稽味をどう両立させるのかが難しいのだが、
同様に、フレンチカンカンほかの女性達も軽いリズム感で小粋さがある。
こういう所は真面目に踊ると重くなり全然生きない。
ある種の軽み感がほしいのだが、それがとても良く、驚いた。
新国立バレエが、プティ作品をここまで踊れるようになったかと、感慨深い。

この場でのヨハンのソロ、コルネホは美しく切れのあるダンスだった。


第5場「仮面舞踏会」
冒頭のダンスが雰囲気をだす。
こうしたダンスも以前はもっと真面目に踊っていて、
極端に言ったら、コール全体を揃えて踊る事にまず神経が行ってしまっていた。
それがそんな事はおかまい無しにそれぞれが楽しく踊っている感じが出ている。
手をリズムに合わせてパタパタさせ、お尻を突き出す、首を横に振って縦に振る。
さらに以前は苦手だった肩の入れ方などもいい。
古典バレエではなく現代のダンスの感覚が出ている。
こうしたことも、ビントレー時代に様々な現代作品を踊った成果だと思う。

また、新国ダンスーズが踊ると、とても愛らしい道化的な雰囲気も出る。
西洋人のバレエ団には出せない軽さと愛嬌がある。
その質感が人形の様に軽い。それがいい。
ウルリックの登場で、ダンスは終わり体も停まっているのに、
首だけがペコちゃん人形のようにフニュフニュしている。
あの感じがコールにもある。


「チャルダッシュ」
序奏で大きく腕を開き肩を入れポーズを決める。
この振りは、古典バレエの「チャルダッシュ」で出てくる動きを
ベースにしつつも、よりデフォルメしている。
腕を首の後ろに回すポーズなども、敢えて両手でしたりして、
ちょっと色っぽくレヴュー風にする。
そのミックス具合が如何にもプティなのだが、
これがなかなか様になる。

主題が鳴り出すと後ろで下降旋律を奏でる弦が歌い、その美しさが際立つ。
この下降旋律の強調は、以前の新国公演や、マルセイユ、スカラ座の2つの映像からは特には感じられず、
指揮者(アッレッサンドロ・フェラーリ)の指示だったのか。
さらにテンポが次第に速くなるが、この感じもダンサーたちがよく出している。

新国版のお衣装は水色基調の淡いトーンだが、東洋人の肌にはこの方が合っている。
ただ、マルセイユバレエ初演版のような超ミニチュチュの方が
脚をぱっと開いたり投げ出した時の美しさは際立つ。
その点はどうだろうか。
今の新国立バレエなら、脚を大きく露出しても十分美しいように思えるが。

男性のソロは、マイレン・トレウバエフと池田武志が日替わりで踊った。
マイレンは流石に2002年の初演から踊っているだけあって、間の取り方などに味がある。
池田武志はやや固いが、高く飛んだシャンジェマンが小気味よく、魅力あるダンス。
女性陣もソリスト級なので、
シャンジュマン、ポワントで2番に開いて(エシャペ)アンドゥオールして
またアンドゥダンする、繰り返し、
開いて閉じるプティ的な動きも見事で、この場面は何度でも見たい美しさだった。
オケが加速しても、誰も音に遅れないので、
音楽とダンスが一体化してノリノリになっていく。素晴らしい。

この場の終わりで
ベラを真ん中に女性陣が横一線になり、腰を振りながら腕をゆらゆらさせる。
如何にもプティらしい軽さと艶とが求められるのだが、
ここがまたどのキャストも魅惑的で
何かいいなぁ〜と、何度見ても、今シリーズでは思った。

付記
新国立劇場資料室で過去の『こうもり』公演映像を比べると、
初演2002年、再演2006年と、2012年の踊り方や音楽の緩急に大分違いがみられる。
ずっと踊り続けているマイレンも、2012年になると女性ダンサーとの関係がより艶っぽく余裕がある。
ということは、ビントレーが監督をしていた2012年の公演からとても良くなっていることが分る。
残念ながら私はこの2012年を見ていない。震災の翌年の私はコメディの『こうもり』を見る気分になれなかったのだ。
なので、このレヴューで私が「以前は」と過去の新国立バレエ団公演と比較している対象は2002年,2006年公演のことである。


第6場「監獄」前 「パ・ド・ドゥ」
限りなく艶っぽい。小野のダンスをこんなに艶っぽく感じたのは、私は初めてだ。
この部分、今までの曲想と明らかに異なり、ここだけ全体の中で浮いている。
ヨハン・シュトラウスというよりも、イタリアオペラのアリアのような曲想で、
だから、その分、今までのコメディタッチでは踊れない。
ダンサーにとっては、これをどう切り返すかが大きな課題となる場だ。
小野が意図したのか、コルネホのラテン男の血がそうさせたのかは分らないが、
過剰なほどに艶があった。
その分、ベラがヨハンをコントロールする余裕感はちょっと薄かったかもしれない。
ほんとうに愛し合ってしまった、というパ・ド・ドゥだった。

リフトなども簡単ではないが、コルネホは流石に上手くスムーズ、
だから曲の中で小野の体が決して停滞しないで流れるように美しい。
その流線にそって、小野の腕や首筋が撓る。
古典作品では決して現れないラインが出る。
これが艶をとなる。


「終幕」
小野のベラは、夫ヨハンを完全に掌握したという喜びに充ちていた。
たぶん、小野の目論見としてはパ・ド・ドゥで情熱的な愛を語り、そこでの<女>の面と、
この終幕での夫を掌握する<妻>の面とを上手く分け、出そうということだったのだと思う。
それは、結果的には成功したと思う。
<女>としも<妻>としても、私の勝利よ、と、
ワルツを踊る小野のベラは満面の笑顔だった。



韓国文様事典.jpg

『韓国文様事典』(1988年)





4月25日マチネ
・米沢唯、菅野英雄、八幡顕光、今村美由起


冒頭、お皿の向こうに見えた米沢の顔は、
額からすだれが下がっている如くマンガチックで、
まさにコメディの色が濃い。

晩餐の支度をしつつも、時折ついワルツのリズムに体が応え踊ってしまうベラ、
米沢のベラはそこをだれよりも強調していた。
仏頂面した菅野の夫ヨハンが帰宅すると、
米沢の妻ベラは夫の元まで駆け寄っていくも見事にはぐらかされ、笑える。
米沢はあくまでかわいい奥さんで、菅野はそうした家庭に飽き飽きしている夫だ。
新聞を手渡す下りも、そんな夫婦関係をよく示していた。


オペレッタの「牢獄」のテーマにのって、八幡のウルリックがやってくる。
興味深いのは子どもと同じように、ベラが体をリズムに合わせてはっきりと波打たせていること。
冒頭のわずかなシーンで、米沢唯がどのようなベラを造型しようとしているのかが、見る者には手に取るように分る。

音楽が大好きでついつい体が反応してしまう愛らしい妻/奥さん、
けれど、今は生活に追われている。
バレエが大好きで独身時代は公演を海外にまで観に行ったのに、
今は旦那と子どものお世話でそれもままならない、バレエ好きの女性、
客席に何人もいそうなそういう女性とダブって見える。
きっと、客席で見ていた同じような女性達は、米沢のベラにとても共感した事だろう。

米沢は、ベラを、今この時点までにどのような人生を歩んできたのかという観点からその役を造型しているように思えた。
今ここの場面だけではなく、そこに至るキャラクターの歴史がそこには垣間見える。
夫の事は大好きだ。じゃなければ子どもが五人もできやしない〜
ベッドに入る時、肩ひもを下げて臨むのに、既に夫が寝ている時のがっかり感も愛らしく滑稽。
夫は上の空で、こうもりになって空へ飛んでいってしまう。
生活に追われてお化粧もままならない私のせいか知らん?と。。。



第3場
そうだ、ウルリックに電話しよう〜
ウルリックは、ベラの事が大好き、だからすぐに飛んでくる。
オペレッタで妻ロザリンデが監獄に入れられる夫を悲しんで唱う「悲しみの歌」
この二人の掛け合いは、小野・福岡とはひと味違い、
二人ともよく踊るのでダンスの動きが自然と強調される。

小野と福岡はこの曲の落差を笑いと共に強調していたが、
米沢と八幡だとダンスの面がより強調される。
プテイの作品は、どのダンスどの場でも常に二面性がある。
その二面性のどこをどう強調するかで
(勿論それは踊り手が意識せずとも自然に出てしまう事もある)、
様相が異なるし、両面がほどよくブレンドされるとより理想的になるだろう。

高速シェネが見事にシンクロする動きなどは、まさにこの二人だからこその美しさ。
だから、特に意識しなくともこの二人のシンクロした動きが艶を出す。
私の見た中では、米沢と八幡のベラとウルリックが一番色気のある関係に見えた。

この色気は、小野がコルネホと踊ったパ・ド・ドゥのそれとは全く異なる。
ダンスの色気とは、人の恋の仕方が様々であるように、様々なのだ。

曲が「シャンパンの歌」になってからはまさに弾けるようで、
二人のリズミカルな動きが、オケをぐいぐいと引っ張っているのではと思うくらい素晴らしい一場だった。
米沢と八幡は、身長差が余り無いので、古典ものでは組むのが難いだろうが、
この二人のダンスはとてもシンクロする。たぶん音感が似ているのだろう。
現代ものなどで、今後ぜひ、この二人のペアダンスを見てみたい。


変身した米沢は、そこで<変身>をぱっと強調しないように見える。
これは彼女の性格か仁なのもしれないが、突然ぱっとは変われないのか。
舞台の動きの中で、生活にまみれた主婦が徐々に艶がでるように演じていくように思えたが、
夜の街に向かおうと、
上手前でウルリックにサポートされて大きく脚を蹴り上げた姿は
本当に心地よくスカットしたかっこよさがあった。
米沢は古典だとあまり大きく脚を上げない”modesty”に満ちたダンサーだが、
この場はほんとに高く勢いよく上げていた。




第4場「マキシム」
ヨハンのソロの後で、
ウルリックに導かれマキシムに入ると、既にベラの様相は大分異なる。
(初演版には無いが2003年の新国版やスカラ座版では
ベラは、マキシムでの登場時から”La chauve-souris”と背中に書かれた黒いローブを身にまとっている。)

ベラのソロは自信に満ちあふれたダンスだった。
ここも曲は「悲しみの歌」なのだが、ウルリックとのそれとは全く違う。
米沢は基本的にソロの時テンポを遅めに取るが、ここでも小野や湯川よりも遅めの印象。
特に後ろ姿を見せ体をくねらせる姿のラインが美しい。

ただ、途中、下手前で眺めるヨハンと絡む所が相手役の菅野英雄が今一演技がないので、さらに艶っぽくならないのが惜しい。
湯川麻美子と踊った福岡雄大は、ここでベラの腕をぎゅっと強く掴む。
その一つの行為/演技が男女の感情を溢れ出させるのだが、
どうも菅野はそこが弱い。

しかし、コーダでの細かなパドブレで斜めに横切る米沢のパは、完璧だった。
あそこは難しい。脚の左右のの強さとバランスがないと綺麗にはできない。
ここを見るだけでも、彼女のダンスを見る価値があった。


湯川は、このソロの冒頭での体を微妙にくねらせての脚の交差のさせ方が絶品だった。
「チャルダッシュ」のソロも同じだが、湯川の腕と体は音に対して粘る。
それが艶を出す。
米沢は、ラインは美しいし、ダンスも軽快だが、
たとえば、チャルダッシュのソロの途中に入るの「肩クルクル」も、
もうほんの少し軽みが出せるといいと思う。
そうすると体が音により粘るのではないだろうか。
体の軽みが実は、音への粘りを出すのだ。
難しいのだが、軽過ぎると何をやっているのか分らないし、強調しすぎると滑稽に傾き艶がなくなる。
プティのダンスは簡単ではない。



第6場「牢獄」前 「パ・ド・ドゥ」
米沢はここでも美しく踊る、しかし菅野のサポートがコルネホほどのスムーズさがない。
また、この二人の踊りからは対話というか<愛>が感じられない。
小野、コルネホ組のような艶は当然出ない。
小野・コルネホ組の時には、このダンスが、この音楽が、このままずっと続いてほしいほどの恍惚感があったのに、それがない。
一方で、
米沢のベラは、菅野のヨハンこうもりをコントロールし調教するほどの感じもない。
元々コメディ路線を強調すると、このパ・ド・ドゥをどう踊るかはとても難しくなるが、そのまま押し切るのなら、ベラがヨハンをコントロール調教する意志をもっと見せるべきだったかもしれない。
そうすれば、ヨハンは滑稽な<こうもり>に見えてくる。
だが、米沢の仁としてはそこまで余裕のある妻にもなり切れなかったのか。
結局、やや中途半端なダンスになったように思われた。


「終幕」
米沢のベラは夫が帰ってきて嬉しさを隠し切れない。
愛らしい妻なのだ。
そういう点で、かわいい奥さんの冒頭と、この終幕とは一貫している。
憔悴して帰ってきた夫と踊る三たびの「悲しみの歌」で
ベラは明らかに、ウルリックの姿になっている。
悲しんでいたベラを慰めたウルリックのように
今度は、ベラが夫を、踊りましょうと慰める。
踊りが大好きで、一緒に踊ることで夫を慰める。
それが優しく愛らしい米沢のベラの愛情なのだ。
(このような印象を持ったのは、この組のベラとウルリックとの関係がより艶っぽく見えたからかもしれない)

しかし、一方で
このベラは、夫にガチッと力強く、纏足の如くスリッパを履かせて、
そうしてから、夫の膝でうっとりとするのだから、
<妻>というものは何とも、、、、というおかしみがよく出ていた。
小野のベラの場合は、終幕にそういう滑稽味は感じられなかった。

本来、この作品は<夫>というものは、、、が表ストーリーなのだが、
ここで、米沢は意識してかせずか、
<妻>というもは、、、という裏ストーリーも奏でていたのだ。
だから、全体でこの組の『こうもり』は、
<夫婦>というものは、ほんとに、、、という、洋風<夫婦善哉>の味もした。
この解釈は、ベラの造型に自分の仁なりに真摯に向き合った、米沢が得た果実だったかもしれない。


『吉祥図案手冊』.jpg

『吉祥図案手冊』(1994年、上海)



4月26日
・湯川麻美子、福岡雄大、八幡顕光、益田裕子 (湯川麻美子のアデュー公演)

湯川のベラは、冒頭から明らかにジジ・ジャンメールのベラを思い起こさせる。
お花のマジックも板に付いている。
(この仕掛けは、ジョロの水を注ぐとメイドが机のしたで操作して花が開くようになっているようだ)
花には水をちゃんと与えないと萎れてしまうというのは、
女には愛情を与えないと美しくなくなってしまうという露骨な暗喩でもあろう。

福岡のヨハンは真面目にしかめっ面しているのだが、それが何だか可笑しい。
ウルリックの快演といい、彼はコメディ向きかもしれない。

八幡のウルリックがやって来て勢いよく踊り出して、場を和ませ、引っ張る。
だが、昨日の米沢との関係とは違う。
湯川と八幡だと、湯川の雰囲気に八幡が捲き込まれ、対等に踊り合う感じは無いが、夫の居なくなったベラと踊る「悲しみの歌」は、軽い余裕がありちょっとした滑稽感が出る。
このバランスが、流石に湯川は絶妙なのだ。
だから、この二人の関係は作品の設定にとても合っている。

しかし、八幡は踊れるダンサーなので、その面もしっかりと出す。
ベラが覆いの影で着替えている時に
存分に踊るは踊る。ここの切れ味は昨日以上だった。
「くぇ〜っ」の花の応援団ポーズも特に凄い勢い〜
よくオフバランスをあそこまで攻めるは攻める、シャンパンは弾けっぱなしだった。
(このシーン、福田圭吾がどう踊ったか、見られなかったのが残念)
だから、ダンスの勢いがマキシムに引き継がれていくのは昨日と同じで、
そのまま雪崩れ込んでいく。
ここの勢いは今の新国立バレエ団の良さがとても出ていた。

当然、マキシムでのギャルソン、カンカンなども冒頭のマイレンが頑張り、前日同様素晴らしい。
ここはもう前場からの一連の流れになっている。
しかし、それは簡単な事ではない。
新国立バレエがどんなにレベルの高いバレエ団になったかを、強く感じる。
きっと世界の他のバレエ団には簡単には出せないだろうほどの、
豊かに弾けた<シャンパン>の軽い味わいが場内を席巻した。
幕間に普段より多くの客が泡立つグラスを手にしていたように思えたのは、気のせいだろうか。

バレエ団全体で弾けた「マキシム」の場に現れた福岡のヨハン、
これが、また凄いソロだった。
前場の八幡からの一連の勢いそのままに受け継ぎ、
次の湯川のベラのソロへと繋げようという気合いが漲っていた。
湯川を挟んで、福岡と八幡のダンスによる鞘当てで火花が散る。
シャンパンは弾けっぱなし、そういう感さえあった。

しかし、だからといって力み返っているわけではなく、
「雷鳴と電光」で踊られる、ソロ冒頭のステップ等はマキシムで遊ぶ喜びが軽やかに現れていた。
こういう場でのバランスの良さが、福岡の成長だと思う。
だから、そのダンスがまた話の滑稽味を損なわないのだ。
単に気合いだけでは決して滑稽味は出せない。ある種の余裕がある。
八幡も福岡も、本当にそれだけ成熟したダンサーになったのだ。


湯川ベラのソロ、再びの「悲しみの歌」

冒頭の脚の交差のくねらせ方、床を舐めるような動きに味がある。
これはまだまだ小野にも米沢にも出せないプティ的なアクセントだ。
だから、脚が長く艶っぽく見える。
曲想が変わる所での腰を捻り手を上げたポーズ、これがかっこいいし、
彼女はポアントで床を軽く叩く、カルメンなどがするあのプティの語彙も使った。
それも美しく人を惹き付ける。
(小野も米沢もしていないし、初演映像のジジもしていない)

プティ的な艶が溢れるその流れの中でシェネしながら、下手前のヨハンへと近づくと、先に述べた、福岡ヨハンがグイっと引き寄せるように腕を掴む。
これはひょっとしたら、
ベラに見とれた福岡ヨハンが、思わず必要以上に力を入れすぎてしまったのかもしれない。
が、舞台の流れの中で、あそこでベラの腕をぐいっと掴むのは、
やはり<色男>だろう。
掴まれる<美女(ベラ)>も、ぐっと感じるはずだ。
これも、小野・コルネホ組のパ・ド・ドゥと同じで、
古典バレエでは出てこない味なのだ。
こうした仕草も色気を立ち上げる。
プティ的にはやや小粋さに欠けると言えるかもしれないが、こういうのもありだと思う。


チャルダッシュ、ベラのソロ
オペレッタで小間使いのアデーレが唱う「演じてみましょうか、女王様を」を
チャルダッシュとして踊るのだが、
全体に軽さがあり余裕がある。
それがこの後の、ベラのヨハンの遇い方にも繋がる。
ベラに迫ってくるヨハンに、彼女はサカリのついた猫(こうもりか?)をじゃらすように遇う。
再び<こうもり>となり飛んでいるこうもりのヨハンと余り絡まず
「イッツショータイム!」と、あしらっているベラが湯川の特徴だ。

概して福岡のヨハンは<動物>(<男>なのだとも言える)なのだ。
それがまさに彼の「こうもり」の姿で、「美女と野獣」の趣さえあった。


第6場「牢獄」前 「パ・ド・ドゥ」
そうした一連の流れから、
パ・ド・ドゥでの湯川は、<女>というよりもヨハンを慈愛で見る<聖母>のようにも見えた。
その一方で、盛りのついた福岡のヨハンは、ベラを強く求め続ける。
だから、<聖母>のベラに艶が出る。
<女>は<男>に求められ、愛されてこそ、艶が宿り美しく開いていく。
水を与えられた花が生き生きと甦る如く。

このパ・ド・ドゥは、そういうことだったのかと、この二人のダンスを見て思った。
ローラン・プティは、男女の機微を、ここでそんな風に描いたのだ。

しかし、そのように美しく復活した<妻>は、しっかりと<夫>をコントロールしようともする。
もう二度と<こうもり>に成らないようにと。
湯川のベラは、<愛>のパ・ド・ドゥに没入しない余裕がそこにある。
<妻>とは、ほんとうに曲者なのだ。

帰宅した湯川のベラは、最初からは笑わない。
笑いをぐっと抑えていて、最後にくすくすと笑う。
それが、またいい。
<夫>はわたしのものよと、大ピラには出さないが、密かにそう思っている。
こんな<妻>では、<夫>はどう太刀打ちできようか。
湯川麻美子のベラは、ローラン・プティの『こうもり』が描いたベラを十全に踊ったと思う。

とても長いアプローズのあと、美しく限りないレヴェランスの像を残して、
湯川麻美子は、新国立バレエ団から去っていった。



それぞれのダンサーたちがどういう演じ方をしても
『こうもり』は、最後はワルツで終わる。
最後の燕尾服も以前に比べれば、新国ダンスール達も着こなせるようになったので、ワルツを踊り明かす美しさと楽しさも表現出来るようになった。

どんな夫婦、どんなカップルでも、
悲しみもあり楽しみもある、でも最後はワルツを踊りましょうよと、
終わるのがこの作品の素晴らしさであり、
愛らしくもおかしい、夫婦善哉のような男と女のお話なのだ。


ウルリックは、終幕で、冒頭の子どもちゃんの様にメイドのエプロンの紐を解く。
男っていくつになっても、こんな感じねと、笑える女であってほしいのか。
女自身がそうでいたいのか。
ウルリックはベラ/ヨハンをヨハン/ベラの元に返し、消え去る。
ウルリックがもし居なかったら、この夫婦はどうなっただろうか?
そんなことも思わせて、ローラン・プティの『こうもり』は<幕>となる。





付記
新国立劇場資料室で、2002年初演時から、2006年、2012年の映像を見比べて、私は2012年の公演を見ていなかったことを思い出した。改めて当時を振り返ると震災後1年で未だこのコメディ・バレエを見る余裕がなかったように思える。
だから、私がこのレヴューで「以前」として比較している新国立バレエ公演は2002年,2006年の記憶である。
「チャルダッシュ」の付記に記したが、映像を比較すると、2012年公演から明らかに全体が違っている。
それまではあまりプティ的な感じがしなかったが、2012年公演からはちょっとした動きのアクセントが付けられ、とても良くなっている。
やはりこれはD.ビントレーの指導の賜物だったのだろうと思う。
新国立バレエ団が彼によって、漸く古典以外の現代的な作品を踊れるようになり、世界のレベルに近づいた。







団十郎紋.jpg

浮世絵 七代目市川団十郎「暫」(19世紀前半)














posted by 星跡堂主人 at 23:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

Histoire de la première du ballet "Roméo et Juliette" de Prokofiev (パリオペラ座公演パンフレットから)

serguei-prokofiev.jpg



Dès les débuts de travail sur le scénario avec Sergueï Radlov,
les responsables de Kirov doutent que l`on puisse,sans recours a la parole,
expliciter les finesses de drama shakespearien, et renoncent au projet.
Le Bolchoï (Grand Théâtre de Moscou) prend alors le relais.
Mais, lors d`une premiére audition de la partition que Prokofiev donne au piano(en1936),
sa musique est jugée difficile et ”non dansante”.
Survient un différend au sujet de dénouement que les autorités de Moscou souhaiteraient voir se terminer en ”happy end” ,et La produciton est arrêtée.
Prokofiev se laisse convaincre alors par le Ballet de Brno (Tchécoslovaquie),
et c`est cette compagnie qui crée le ballet en décembre 1938.

Le succès est tel que le Kirov de Léningrad fera revenir le compositeur et présentera,enfin,le 11 janvier 1940,dans une chorégraphie de Leonis Lavrovski,le Roméo et Juliette de Prokofiev.
Le ballet --dansé par Galina Oulanova et Konstantin Sergueev--- restera longtemps la version de réference (adoptée également par Bolshoï , en 1946)


" Du drama de Shakespeare au ballet de Sergueï Prokofiev"
("Romeo et Juliette " Opera national de Paris ,1998)








R&J J.E.Millais.jpg















posted by 星跡堂主人 at 22:02| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする