2011年04月15日

山之口貘詩集 『鮪に鰯』





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雲の下

ストロンチウムだ
ちょっと待ったと
ぼくは顔などしかめて言うのだが
ストロンチウムがなんですかと
女房が睨み返して言うわけなのだ
時にはまたセシウムが光っているみたいで
ちょっと待ったと
顔をしかめないでいられないのだが
セシウムだってなんだって
食わずにいられるものですかと
女房が腹を立ててみせるのだ
かくて食欲は待ったなしなのか
女房に叱られては
目をつむり
カタカナまじりの現代を食っているのだ
ところがある日ふかしたての
さつまの湯気に顔を埋めて食べていると
ちょっとあなたと女房が言うのだ
ぼくはまるで待ったをくらったみたいに
そこに現代を意識したのだが
無理してそんなに
食べなさんなと言うのだ





浮沈母艦沖繩
 
守礼の門のない沖繩
崇元寺のない沖繩
がじまるの木のない沖繩
梯梧の花の咲かない沖繩
那覇の港に山原船のない沖繩
在京三〇年のぼくのなかの沖繩とは
まるで違った沖繩という
それでも沖繩からの人だときけば
守礼の門はどうなったかとたずね
崇元寺はどうなのかとたずね
がじまるや梯梧についてたずねたのだ
まもなく戦渦の惨劇から立ち上がり
傷だらけの肉体を引きずって
どうやら沖繩が生きのびたところは
浮沈母艦沖繩だ
いま八〇万のみじめな生命達が
甲板の片隅に追いつめられていて
鉄やコンクリートの上では
米を作るてだてもなく
死を与えろと叫んでいるのだ





牛とまじない

のうまくざんまんだばざらだんせんだ
まからしやだそわたようんたらたかんまん
ぼくは口にそう唱えながら
お寺を出るとすぐその前の農家へ行った
そこでは牛の手綱を百回さすって
また唱えながらお寺に戻った
お寺ではまた唱えながら
本堂から門へ門から本堂へと
石畳の上を繰り返し往復しては
合掌することまた百回なのであったが
もう半世紀ほど昔のことなのだが
父は当時死にそこなって
三郎のおかげで助かったと云った
牛をみるといまでも
文明を乗り越えておもい出すが
またその手綱でもさすって
きのこ雲でも追っ払ってみるか
のうまくざんまんだばざらだんせんだ
まからしやだそわたようんたらたかんまん




 山之口貘 詩集『鮪に鰯』(1963年)より




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posted by 星跡堂主人 at 10:38| 東京 ☀| Comment(0) | 震災のあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする