2018年05月13日

『ライモンダ』における米沢唯 (2018年3月11日 日本バレエ協会公演 エリダール・アリーエフ版)、ヴィハレフ復刻版、ヌレエフ版と比較しながら(付き『ライモンダ』上演史)


『ライモンダ』
『ライモンダ』という作品は、日本では上演されることが少ない。
そのためか、グラズノフのその音楽はチャイコフスキーの三大バレエよりも素晴らしい面もあるのに、世評はそれほど高くなく、残念。

音楽の美しさ。
曲と曲とのつなぎ目の処理が素晴らしい。
ライトモティーフのよるドラマの進行が成功している。
以上の3点で、『ライモンダ』は優れたバレエ音楽だといえる。

特に2つめと3つめが見事に融合することによって、
一場のキャラクターのムードから次の場面へと、観るものをまるで夢の世界に誘うようにできている。
その例は第1幕の夢の場への導入とそれからまた現実へと戻ってくるシーン。
(残念ながら今回のエリダール・アリーエフ版では、導入部でダーム・ブランシュを省いたためにその良さが出ないのですが)
第2幕のパ・ド・シスでのアブドゥルラクマンとライモンダたちとの相互の主題が絶妙に絡むところ。
さらに2幕後半で、アブドゥルラクマンが次々に踊りを繰り出すシーンは、ディベルティスマンでありながら、それがライモンダへの思いの激しさと誘惑とも融合してドラマの進行をより劇的にしている。
こういう演出が、後にスタニスラフスキーシステムに基づいて改訂されたブルメイステル版『白鳥の湖』よりもずっと以前になされているわけです。



以下は、この公演での、米沢唯のライモンダを中心に振り返る。
思えば、ライモンダというお役は、第1幕から第3幕のグラン・パまでずっと出ずっぱりで
各幕に一つづつパ・ド・ドゥがあり、合計3つ、ヴァリアシオンも5つもあり、
『白鳥の湖』などよりもずっと大変なお役です。


第1幕
「アントレ」
下手奥から薔薇の花を一本ずつ拾う。
この場面は、明らかに『眠れる森の美女』へのオマージュなのだから、気品が最も求められる。 
それでいて、アレグロの早いテンポのなかで、フロアに落ちている薔薇を一本一本拾いながら、
さっとそれをアティチュードで差し上げるこの型を、美しく見せるのは簡単ではない。
米沢はそれをいとも簡単に、しかも一つ一つのポーズをくっきりと鮮明に示した。
このクリアな身体の型の印象こそが、気品に繋がり得る。
このシーンでは、それが命と云っても過言ではない。
また、この登場の場のクリアさが、米沢のライモンダに基本となることを提示している。


ヴァリアシオン1「ピチカート」
美しいグラン・ワルツにのって群舞が踊る(この版は古典的な振付)。
『ライモンダ』という作品の音楽的特徴は、個々の曲が美しいだけではなく、曲が次の曲に移行するつなぎの部分が極めてよく出来ている点にある。
ワルツが大きく盛り上がったところで、ライモンダが群舞の中央奥から現れると、
今度は一転して弦の静かなピチカートになる。
その愛らしい曲調が、ライモンダという個性を見事に示す。

ここでも米沢は、やや速めのテンポで、決めのポーズを鮮明に示す。
しかし、その型はいつもの米沢とは異なり上げられた腕や上体が撓り、より曲線的に見える。
ロシア的なラインを作り、叙情的に感じられる。
しかも相変わらず、回転した時の軸の鮮明さ、止めのクリアさも見事なのだから、
クリアでありながら、ストレートなラインに偏りすぎない。
米沢は、今回の『ライモンダ』で、振付家アリーエフの指導で
ロシア的な曲線を取り入れることで、一段とダンサーとして飛躍した、
そういう見事なヴァリアシオンだった。

振付は、マリインスキー版(セルゲイエフ版)に拠っていると思う。復刻版ともヌレエフ版とも異なる。

コーダでの躍動感も、こういう所の脚の蹴り上げが大きくなっていたように思える。
コーダは復刻版も同じだが、
ヌレエフ版は途中から友人たちも入りライモンダと共に踊る。



「ジャン・ド・ブリエンヌの出征」
この版の特徴は、第1幕の現実の場ではアブドゥルラクマンが登場しない(夢には登場する)
一方で、ジャン・ド・ブリエンヌがライモンダのところにやって来てすぐに出征になるという点にある。

通常は1幕ではジャンはライモンダには会わないのだが、出征を前に会いにくる。
米沢のライモンダは、それほど表情を出さないが、
僅かな間に、出会い、別れの気持ちを静かに示していた。
それはまるで戦前の出征兵士を見送る許嫁の表情のようにさえ見えた。
感情を大げさには出さない、如何にも戦前の女性のような慎ましやかな心理の描写なのだ。
中世のお話だから現代とは異なる女性像が求められているとも言えるわけで、
この米沢の演技は、その後の彼女の物語りの軸線になったと、私には見えた。
その後の米沢の演技から
米沢は『ライモンダ』を、出征兵士を案ずる物語、または、自分の恋人が戦いで死ぬかもしれない。
場合によっては、自分の恋人が生きるために誰かが死ななければならないという作品として
『ライモンダ』という作品を捉えていたのではないかと、思われるからだ。

しかし、私たちの多くは実際に出征兵士を見送ったことがない。
丸本歌舞伎の陣屋もの等と同じように、こうした戦争の物語が、
現代日本の演じ手や見物にどのようなリアリティがあるのか、
そういう「問い」はあっても然るべきだが、そこはどのように考えられるか。
米沢唯が、そこまで見通していたとは思えないが、
『ライモンダ』の舞台が進むうちに、
私には、それがある偶然と共に次第に明らかになった気がしたのだ。


「ライモンダと友人たち〜眠りへ」

ジャンが出征した後に、友人たちを過ごすライモンダは、
マリインスキー版はハープを
復刻版、ヌレエフ版はリュートを奏でる
(1964年にイタリアのスポレートでの「二つの世界」フェスティヴァルのために初演したときはハープだった。)
時代的にはリュートなのだろうが、実際のオケはハープを奏でる。

ヴァリアシオン2「ヴェール」
ヴェールは、本来はジャンからの婚約の贈り物だが、
この版ではジャンが直接会いにきてすぐ十字軍として出生してしまい、贈り物のシーンがないので、ライモンダがなぜヴェールで踊るのかが分かり難い。

「ピチカート」と同様、この踊りでも米沢はやや早めのテンポで
ポジションを明確にして踊っていたが、
脚を投げ出した時のちょっとしたためにより、宙に漂うヴェールが美しく印象づけられる。
途中持ち替えるところで僅かに頭にかかったが、
それ以外は米沢が踊っているというよりも、ヴェールが舞っているような印象だった。

「ヴェール」の踊りの直後に眠りに落ち、
舞台には幕がかかり、その幕が開くと
直ぐさまジャンとのパ・ド・ドゥになる。
この展開はちょっとスピーディー過ぎるのではないか。
ダーム・ブランシュが出ないのは、何ともこの作品の本質からズレると思えるし、同じように出ないマリインスキーのセルゲイエフ版でも、ジャンの肖像への思いを緩やかに踊り、その後に眠りにつく。
もう少し長いつなぎがあった方が、見る側の気持ちの流れとしても、見やすい。
踊るダンサーの側も続けざまに踊らなくてはならず、身体的にも気持ち的にも大変だろう。

また、先にも述べたように、この辺りの場面のつなぎも、本来はグラズノフの音楽の美しさが際立つ。
それをカットしてしまうのも、作品の素晴らしさを殺いでしまう。
ヴィハレフ復刻版では、舞台奥のバルコニーの辺りにライモンダが行き、月の光を浴び思いに耽る姿がとても美しい、その後に石像のダーム・ブランシュが動き出す。 

ヌレエフ版では、友人の踊りになる。(第3幕の子どもの踊りの曲による)
その後、眠りへ、そしてとても長〜〜い裾のドレスを着たダーム・ブランシュが現れ、
ライモンダにヴェールをかけて、ジャンの元へと誘う。
ヌレエフ版は、ヴェールの使い方(意味)が秀逸な演出だと思う。



第2場「夢の場」(Visions)
「パ・ド・ドゥ」
周囲は「天女」(公演パンフレット記載の役名)が囲む。
「天女」の意味はよく分からないのだが、
初演版では「La renommée」(名誉の女神)とされた役など多くのダンサーが舞台狭しと現れ、
ジャンは剣を捧げ、ライモンダは月桂樹の冠を彼に授ける。
それらは、出征兵士であるジャンを祝福する演出なのだろうが、
アリーエフ版では、なぜかそれが「天女」になっておりにわかには理由が分からない。

振付はマリインスキー版に拠っている。
冒頭、緩やかに回転し、リフトやアラベスクの決めのポーズを明確に示す。
音楽のテンポも相当に遅い。You tube で見られるロパートキナよりも遅く感じた。
ここまで比較的速めのテンポで踊ってきたから、余計にこの差が際立つ。
これは、ジャンと初めて踊るパ・ド・ドゥを印象づけるための意図的なテンポ設定だろう。

米沢はその遅いテンポをしっかりとキープし、それ故に各ポーズが鮮明に浮き出してくる。
芳賀のサポートもそれを支えている。
この前半部のテンポの遅さが、観る者して次第次第に夢の世界へと微睡んでいくように誘う。

中間部へ向かう直前の、上手奥から下手前へかけてのピルエットの連続が如何にも米沢らしく、遅いテンポから僅かに加速した中で軸を明確に示して鮮明。
その直後の身体を反らすポーズも柔らかで美しい。
米沢はこの公演で、アリーエフの指導を受け、
それまでにはなかったロシア的な上体の使い方を取り入れて成功している。
それ故に、以前よりもさらに大きく腕が伸び、曲線的な柔らかさが加わった。
以前は、時折、上体が硬い感じになることもあったが、今回はそれが全くない。

その後、オーケストラが大きく響き出し、また大きく反る、
ここに大きな「山」を持ってきたように踊っていた。
たぶん、それは音楽にそって踊った結果なのだろうが、
その後の幾度かのリフトも、空中でのポーズが浮遊するかのようだった。
ラストのアラベスクプロムナードも軸線が素晴らしい。
全てに亘って、決められた形を明確に提示し、かつ音楽の美しさの上にそれを流し込んでいた。
素晴らしいパ・ド・ドゥだった。

ヌレエフ版などと比べると、
ダンスというよりも形を明確に提示することが、この振付では求められていて、そこがある意味で歌舞伎の「型」に近いような古典性を持っているのだろう。
しかし、その型の提示にほとんど外連味を入れず、
クリアに提示することでグラズノフの音楽を美しく見せたことが、米沢のダンスレベルの高さだと思う。


参考
ヴィハレフ復刻版とヌレエフ版の「Vision 」の演出
ヴィハレフ復刻版
ダーム・ブランシュが、ライモンダが月の光を浴びたバルコニーの方へと導いていき
一旦幕が下り、その間に第2場への間奏曲になる。 
幕があくと、ライモンダはダーム・ブランシュに導かれ大階段をおり下手前にジャンへとダイブする。
そしてグランアダージョへ よく出来た構成だ。廻りには半円形となったLa renommée(名誉の女神)ジャンの従者の騎士たちとキューピットに囲まれている。
王子は剣をライモンダに捧げ、ライモンダはそれを高々と掲げ舞い、下手前に立て、王子の月桂冠もそこへ
そして二人のダンスへ
途中、騎士が月桂樹の葉をライモンダに渡し、ライモンダは勝利の女神として振る舞う
周囲も途中でフォーメーションを変えたりする。
音楽の美しさと二人の踊り、群舞が上手く構成されている。
ヴィハレフ復刻版 夢のパ・ド・ドゥ
https://youtu.be/OjVN-GiYbRU?t=5m26s


ヌレエフ版 
ダーム・ブランシュに導かれた先にジャンが顕われる。
抱きかかえられて舞台奥から前へ、ここはマリインスキー版と同じだが、振りは全く違う。
音にパをひとつ一つ付ける、音楽のそった感情をを振りで表現している。
全体に常にジャンがライモンダを導いていく、
ヌレエフ版ではライモンダの夢としてこの場面場明確に位置づけられる。
途中群舞は一切現れないが、音楽の最後に闇の中から現れ二人を囲み、パ・ド・ドゥから幻想ワルツへと見事に繋がる。
ヌレエフ版『ライモンダ』「夢のシーン」 1998年 パリ・オペラ座バスティーユ
アニエス・ルテェステュ、ジョゼ・マルティネス、ウィフィールド・ロモリ
https://youtu.be/rNe-0ryzXGg?t=34m3s



ヴァリアシオン3「夢のシーンパ・ド・ドゥのヴァリアシオン」
このヴァリアシオンは、初演時から原曲ではなく、
グラズノフの「バレエの情景」(1894年)作品52-7「ワルツ」が使われている。

冒頭のアラベスク、ディベロッペのテンポがとても遅い。
このテンポでキープするのは至難の業だ。
繰り返し部のアラスゴンは少し速くなるが、
中間部のランベルセは、冒頭に近いような遅い速度で廻る。
このランベルセが美しかった。
こんなに遅いテンポで緩やかに体が半回転していくことを観る機会自体がバレエを長年見ていても、
まず無い経験だったのだが、
その動きが繰り返されているうちに、次第にこの世のものとは思えなくなっていくのだ。
音楽の美しさをさらに増す米沢の動きが、観るものを現実とは別の世界へを誘う。
バレエは元々異世界への扉だ。
しかし、現実の舞台で一つの曲によって、一つの動きの繰り返しによって、異世界へと誘われていく思いがすることは、そんなにはない。
その場を見ている私は、陶然としたのだった。
コーダでは加速し軽快だ。


第1幕の米沢は夢のシーンでのパ・ド・ドゥとヴァリアシオンの
前半部分に遅いテンポでの型のキープとクリアさが、素晴らしかったといえる。
それはまるで、徐々に夢へとまどろんでいく、
ライモンダの心と身体との表現でもあるかのようで、見事だった。
キーロフ、マリインスキーで踊ったコルパコーワやロパートキナの踊り方に近いが、
美しいグラズノフの音楽をたっぷりと聴かせるテンポと
それをキープして踊り明示することで、登場人物の心理を著す、
三位一体のバレエを顕在化した。
クラシックバレエにおける技術と表現の融合とはこういう事なのだということを、改めて思い知らされた。


「アブドゥルラクマンの登場」
ジャンに代わりアブドゥルラクマンが現れ、踊る。
一度幕が下りて再び開いて、友人たちがライモンダを心配して駆け寄ってきて目覚める。
この下りはマリインスキー版と同じ。







第2幕

ライモンダは、青い服を着て正面から友人たちとともに出てくる
すると音楽が勇壮なテーマに変わり、アブドゥルラクマンが登場する。
米沢のライモンダは、彼を見て最初からハッとするのではなく、
自分が夢で見たその人の記憶を、徐々に思い起こしているかのようだった。

アブドゥルラクマンが踊っている間、
下手前で伯爵夫人と語るライモンダは、体を半身にして
右手は夫人に、左手はアブドゥルラクマンに差し出されたように見える。
このポーズは今一度この幕の終わりに出るのだが、米沢はそこを意識している。
左手は意味もなくそこにあるようには見えなかった。

このシーン、ヌレエフ版ではアブドラムがひとしきり踊った後(このアントレの踊りが素晴らしいのだが)にライモンダに近づき彼女を守ろうとする友人たちをかき分け、やや強引にライモンダを引っ張り出す。
ローラン・イレールのアブドラム 2000年6月30日パリ・オペラ座バスティーユ
https://www.youtube.com/watch?v=J2qFzwjEs3k&index=56&list=PLobg54P1Yodz5jb2Fn0KD1_sk1F6u9Zys&t=520s


それに比べマリインスキー版に基づくアリーエフ版は静かだが、
しかし内に秘めた意志をもってライモンダを誘う。
応じるライモンダの方も、そこにどう応じるかが重要となる。
(同じロシアでもボリショイのグリゴローヴィッチ版はそうなっていない)

アブドゥルラクマンのテーマが沈静しなり、
管楽器が甘美なアルペジオを奏でだすと、
音楽は自然に次のパ・ド・シス(アダージョ)へと向かう。
(この辺りの音楽のつなぎもグラズノフは本当に上手い)
その音楽の流れの中で、ライモンダの左手はアブドゥルラクマンの方へと、緩やかにに差し出されているように見えてくるから不思議だ。
グラズノフの音のつなぎに、舞台上のダンサーの身体のあり方がシンクロすることで
ひょっとしたらダンサーの意図を超えた意味が、そこに現れてきたのかもしれぬ。
しかし、舞台の醍醐味とは、こういうシーンに立ち会うことだと、私は思う。

アブドゥルラクマンはその左手にこの上ない敬意を払い、ダンスへと誘う。
何のことはないシーンだが、ライモンダとアブドゥルラクマンが出会うこのシーンは、その後の二人の関係を決める重要な場だ。
音楽は、次第に異国趣味的な旋律を奏で始め、背景では管楽器がアルペジオを奏でつづける。
この上昇と下降の音の流れが、ライモンダの気持ちを現しているようにさえ思えてくる。


ライモンダは夢の中でジャンと踊った。夢の中ではジャンにより、しかし、ここではジャンではない者と踊っている。
音楽も全く異なり、異国的で繊細(まさにグラズノフの真骨頂)。
ライモンダはこの異国的旋律が頂点に達するところで
友人二人にリフトされ、それをアブドゥルラクマンが奪う。
そしてこの異国的旋律が頂点に達するところで上がり、下にさっと落とされ、アブドゥルラクマンが胸にかかえ抱く。
たぶん、未だうら若いかつ優雅なダンスしか知らぬライモンダにとって、このダンスは思いも寄らないほどに
強烈で、体が火照ってくるような体験だったのではないだろう。
しかし、その一方で、
音楽が徐々に静まっていくアラベスク・プロムナードでの 
上に差し上げられた米沢の腕の、何と美しかったことか。
アブドゥルラクマンの誘惑に対して、自らの高貴さをしっかりと指し示した腕だった。
だからか、友人二人にサポートされた決めのアチチュード・アンオウの気品はこの上ない。
ライモンダは美しい、まさにライモンダへの賛歌のようなパ・ド・シスだった。
その美しさには、アブドゥルラクマンの情熱により徐々に浮き上がってくる
ライモンダの内面と、気品に満ちたポーズを決める外面との両面が微妙に混じり合い、作っているともいえる。


『ライモンダ』という作品は、音楽も振付けも素晴らしい作品であるのに、今日的な視点で見ると十字軍というキリスト教とサラセンの王の対立という「文明の衝突」的主題が見立つ可能性もある。
ヌレエフ版はそこを強く意識してか、自身も持つキャラクテール的性格を加味して、アブドゥルラクマン(ヌレエフ版ではアブドラム)のダンスにコンテンポラリー的なオフバランスのダンスを多用して、それを婚約者のジャン・ド・ブリエンヌと対等かそれ以上のものに仕立てた。
それを、初演者のジャン・ギズリクスを初め、ローラン・イレール、カデ・ベラルビなど錚々たるダンスール・エトワールが踊ってきた。
その役の魅力ゆえに、ジャン・ド・ブリエンヌ初演者だったシャルル・ジュドはヌレエフにアブドラムを踊らせてほしいと懇願したが、君は未だ若すぎると却下されたと述懐している。
またライモンダ初演者のエリザベート・プラテルは、第三幕のヴァリアシオンはアブドラムを思って踊るのだとも述べた。
『ライモンダ』のヌレエフ版が、元々優れが『ライモンダ』という作品を現在に甦えらせたのは、ひとえにアブドラムをジャンの敵役から救ったことにあるだろう。

では、今回の版はどうだったのか。
2幕でのアブドゥルラクマンの踊りはそれなりに魅力的であり、単なるジャンの敵役以上のものにはなっていた。しかし流石にヌレエフ版ほどにはなっていない。

あとは、三角関係の真ん中に立たさせたライモンダの演じ方次第による。
初日に踊った下村由理恵は、明らかにアブドゥルラクマンへの嫌悪感を滲ませていた。
こう演じてしまうと、アブドゥルラクマンはまさに「敵役」であり、それはそれであり得るのかもしれないが、9.11以降の「文明の衝突」が喧伝されてきた現代の私たちには、どうしてもそこは気にかかる。
しかし、米沢唯はそうはしなかった。
どちらかというと、米沢は音楽と振付に自身の身を任せて自然体だったといえるか。
彼女の舞台に対しての基本姿勢だと思うのだが、その場に身を委ねる。
特に初役の場合はそうなるのだろう。作為を敢えてしない。
しかし、だからこそ、グラズノフの音楽の持つ魅力が十二分に引き出されて、このシーンに、より豊かな効果を生み出した。


ヴァリアシオン4「第2幕のヴァリアシオン」
第2幕でのテンポ感からすると、前半はやや速めに感じたが、
回転した時に米沢らしい軸線が事さらには強調されない。
これは、この愛らしいグラズノフの音楽に合わせて敢えてしていたのかもしれない。
その後のアラセゴンの繰り返しも、音楽に合わせ自然に上げられ、強調はされない。
中間部の回転してアラベスクの繰り返し部分ではややテンポを落とし、アラベスクのラインを見せる。
だが、その後が凄かった。
再現部、テンポが一段と落ちたと思ったら、通常はサンジュマンの繰り返しの部分で
米沢はアントルシャを入れた。
マリインスキー版の映像ではロパートキナもそうはしていないし、パリ・オペラ座のプラテルもサンジュマンだった。映像で確認できるものでは、スカラ座でヴィハレフ復刻版を踊ったノヴィコワがしているだけである。当然、場内はまだ踊りきらない途中から大きな拍手に湧いた。ブラボーの嵐。
ヴィハレフ復刻版のオレシア・ノヴィコワのヴァリアシオン。
ノヴィコワは舞台中央奥からアントルシャをしていますが、
米沢は、マリインスキー版と同様、舞台下手奥からディアゴナルにした。
https://www.youtube.com/watch?v=DzIbaLFUxN0&index=60&list=PLobg54P1Yodz5jb2Fn0KD1_sk1F6u9Zys


「コーダ〜決闘」
現在のマリインスキー(セルゲイエフ)版では省略されるているので、Danse orientale からBacchanale généraleへ入り込む静から動への絶妙な変化の中で、ライモンダが徐々に誘惑されていくシーンが描かれないのが残念。
ヌレエフ版は「東洋の踊り」にアブドラムのソロダンスを振付けそれが素晴らしい。
モスクワ・ボリショイのグリゴローヴィッチ版では、スパニッシュもアブドゥルラクマンが踊り、その続きで「東洋の踊り」になりライモンダを誘惑するパ・ド・ドゥになる。
参照→ https://youtu.be/q-_C0iwIHwI?t=1h21m38s

ヴィハレフによる復刻版では、
ダンスこそ入ってないが「東洋の踊り」を間奏曲的に使いそこで杯を酌み交わしている。
アリーエフ版はセルゲイエフ版と同様、スパニッシュの直後にバッカナールとなり、一気に決闘に向かう。
決闘場(ヌレエフ版は最初に木馬に乗って長槍でやり合うのが面白い)で、ジャンがアブドゥルラクマンにやられそうになると、ダーム・ブランシュのテーマが鳴る。
ヴィハレフ復刻版では、城壁の向こうにダーム・ブランシュが現れ、ライモンダは彼女を見て祈りを捧げる。するとダーム・ブランシュは鏡で反射した光をアブドゥルラクマンの顔に当てまぶしがったところをジャンが切りつける。

アリーエフ版では、セルゲイエフ版と同様にそこでライモンダが立ち会いのハンガリー王に歩み寄り助けを乞う。
ここで米沢唯も、同様にするのだが、彼女の仕草はジャンを助けるというよりも
「もう、この闘いを止めて」と懇願しているようもに見えた。

ダーム・ブランシュの助けはなくともこの版ではジャンが勝つのだが、倒れたアブドゥルラクマンにどのように接するかは、ダンサーによる。
倒れてもなお這いつくばってライモンダに寄っていくアブドゥルラクマンに対して、あからさまな嫌悪感を表したり、逃げたりすることは普通かもしれない。
米沢唯は、顔を背けているのだが、
左腕は出会いの場面と同じようにアブドゥルラクマンの方へと差し出されている。
その姿は、恐怖や嫌悪というよりも深い哀しみを讃えているように見えた。
私のために闘いが生じ、アブドゥルラクマンが斃れたことへの思いだったかもしれない。
音楽は高揚し、ジャンの勝利と二人を祝福するのだが、
米沢のライモンダはそれほど晴れがましい表情には見えなかった。

このシーン、
パリ・オペラ座で見たエリザベット・プラテル(パリ・オペラ座バスチーユ 2000年7月6日)は、
家来たちに運ばれていくアブドラムを思わず追いかけ、駆け寄っている。
現在の感覚からすれば、決闘で斃れた者への哀悼があってしかるべき場であろうし、プラテルの場合は、ヌレエフ版がアブドラムをジャン以上に魅力的なダンスを踊らせ仕立てていたので、実はアブドラムに惹かれていたのではないかとさえ思えた。
セルゲイエフ版に基づいているアリーエフ版の場合では、そこまで考えることは不可能であるが、この版の範囲内で、米沢は現代の見物がそれなりにリアリティを感じられる演技をしたといえる。
しかし、実際はそれは意識的にしたというよりも、舞台の生の場で米沢の身体が自然にそうせざるを得なかったのが、本当のところかもしれない。



第3幕
ヴァリアシオン5「第3幕のヴァリアシオン」〜「コーダ」
米沢唯のヴァリアシオンは、静謐感が漂っていた。
これは2幕からの流れとを承けている。
元々、この場面でなぜこのような異国趣味的な音楽でライモンダが踊るのかが、不思議な場面で、
ハンガリアンダンスの動きを見せる仕草はそこそこにあっても、音楽はそういうものを感じさせない。
パ・ド・ブレでの静かな漂うような動き、その合間のハンガリアンポーズ、しかし、ピアノの音はさらにさらに漂うことを求めているかのように続く。
米沢は、脚を差し出すことも、体を揺らすこともことさら強調はしない。
ただ遅めのテンポに身を任せて舞っている。
何かを鎮めるように、しかしまた何かを体で感じるように。
静かな緊張感が舞台にぴんと張り詰める。
しかし、後半部、曲想が改まると次第に加速し始める。
そこには、ある種の決意のようなものが現れてくるように思えた。
何の決意か分からない。毅然とした気品がそれを観るものに感じさせるのかもしれない。
そして、また、最後はゆっくりと体を鎮める。

それは、あのコーダにももちこす。
ための効いた一拍目、ヴァリアシオンと同じように遅めのテンポでサンジュマンが踏まれる。
そして左右の腕が次第次第に大きく広げられていく、大きく。
ヴァリアシオンで感じた、米沢の決意が強く響いてくる。
「私はこう生きるのだ」と、「私はこう生きることを選んだのだ」と。
ライモンダのこの場面で、こんなことを感じたのは初めてのことだった。
彼女は何を決意したのか。
この公演の2018年3月11日は、偉大なマウリス・プティパのまさに生誕200年のその日にあたっていた。プティパが振付け最後のグランバレエである『ライモンダ』をこの日に踊る喜びが、ダンサーとしての何かを発散させていたのかもしれない。

しかし、一方で私は思わずにはいられない。
この日がちょうど、あの「3.11」であることを。
2幕でアブドゥルラクマンがジャンの剣に斃れ、ライモンダにすがりながら息絶えた頃、
時刻がちょうどあの午後2時46分だったことは、ただの偶然だったのかもしれない。
しかし、亡くなった者たちを忘れない。
そのことを胸に刻んで、私は生きる、私は踊る、そういう声を
米沢唯のライモンダから、私は強く響いてくるのを、聴いたのだった。

『ライモンダ』という作品から、こんなことを感じるとは、
私自身にもとても意外なことだった。
だが、作品には様々な可能性がある。
その時、その場で踊るダンサーの身体と音楽とが、今までに感じたことのにことを、観るものに身体から引き出す、そういう事もあり得るだろう。
2018年3月11日に観た、米沢唯の『ライモンダ』は、まさにそういう一期一会の舞台に思えた。
(了)



『ライモンダ』(全幕上演のみ)上演史
日時 バレエ団 演出・振付者 ライモンダを踊ったダンサー名 の順に並べてあります。

1898年 1月 7日 マリインスキー 初演 マウリス・プティパ版  Pierina Legnani
1900年 1月23日 モスクワボリショイ初演 Ivan Clustine版  Adelina Giuri 
1908年 11月30日 モスクワボリショイ アレクサンドル・ゴルスキー改訂版 Ekaterina Geltser
1931年 1月 8日 マリインスキー アグリッピーナ・ワガノワ改訂版 Olga Jordan
1935年      リトアニア国立バレエ Nicholas Zverev振付版 (ロシア以外初演)Vera Nemchinova  
1938年 3月22日 マリインスキー ワシリー・ワイノーネン改訂版 Galina Ulanova
1945年 4月 7日 モスクワボリショイ レオニード・ラヴロフスキー改訂版 Marina Semenova
1948年 4月30日 マリインスキー コンスタンティン・セルゲイエフ改訂版 Natalia Doudinskaya
1964年 6月19日 ロンドンロイヤルバレエ(スポーレトフェスティヴァルで上演) ルドルフ・ヌレエフ改訂版 Doreen Wells
1965年 11月6日 バーミンガムロイヤルバレエ ルドルフ・ヌレエフ改訂版 Margot Fonteyn   
1970年 6月23日 マリインスキー コンスタンティン・セルゲイエフ改訂版 Irina Kolpakova
1972年 1月22日 チューリッヒバレエ ルドルフ・ヌレエフ新改訂版 Maricia Hayde
1975年 6月26日 アメリカンバレエシアター(ヒューストン、アメリカ合衆国初演)ルドルフ・ヌレエフ新改訂版 Cynthia Gregory 
1981年 7月8日 牧阿佐美バレエ団 テリー・ウエストモーラント版(日本初演) 大原永子
1983年 11月5日 パリ・オペラ座ガルニエ ルドルフ・ヌレエフ新改訂版(パリ初演) Elisabeth Platel
1984年      モスクワボリショイ ユーリ・グリゴローヴィッチ改訂版 Ludmila Semenyaka
2004年 10月15日 新国立劇場バレエ団 牧阿佐美改訂版 Svetlana Zakharova  











































posted by 星跡堂主人 at 22:59| 東京 ☔| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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