2014年05月02日

『カルミナ・ブラーナ』 校訂原典版とカール・オルフ作曲版歌詞の照合、及び若干の注釈


bur_ludi.jpg


1803年にミュンヘン郊外の Beuern にあるベネディクト派の教会 Kloster Benediktbeuern で発見された”Codex Buranaus” (Beuern 写本、羊皮紙に書かれたこの写本の原文は11〜13世紀のものと推定されている)を、
校訂テキスト化した校本『カルミナ・ブラーナ』(日本語訳『全訳 カルミナ・ブラーナ ベネジクトボイエルン歌集』永野藤夫訳による)と、
カール・オルフ作曲の『カルミナ・ブラーナ』に使用されている歌詞の部分とを、照合しました。
また、必要に応じ注釈を付け加え、新国立バレエで上演されたデビッド・ビントレー振付の『カルミナ・ブラーナ』(1995年にバーミンガム・ロイヤルバレエ団で初演)にも言及しました。

『カルミナ・ブラーナ』の初めての出版は、1847年の以下の本、
Johann Andreas Schneller
 ”Carmina Burana : lateinische und deutsche Lieder und Gedichte einer Handschrift des 13. Jahrhunderts aus Benedictbeuern ”
→ http://ow.ly/vWRZ2  (Bayerische Staatsbibliothek digital)
→ http://ow.ly/wrk9b  (HathiTrust’s digital library)
この本では、カール・オルフ作曲版と同じように、
冒頭に「運命の輪」の挿絵入りで”O Fortuna”が配されています。

その後、テキストクリティークを経て1979年に校本として、
”Carmina Burana. die lieder der benediktbeuren Handschrift” が出版され、
日本語全訳本も主にそれに基づいています。
その一部が読めるサイト 
→ http://www.hs-augsburg.de/~harsch/germanica/Chronologie/13Jh/CarminaBurana/bur_card.html


オルフの『カルミナ・ブラーナ』に関しては、以下のサイトの翻訳に準拠し、
→ http://carminaburana.web.fc2.com/index.html
新国立バレエ『カルミナ・ブラーナ』のパンフレットの翻訳と異同がある場合は示しました。(但しタイトルの部分のみ、新国立パンフレットは英訳からの重訳と思われます。)

オルフ版の歌詞の典拠と思われる
『カルミナ・ブラーナ』校訂原典のCB(Codex Buranaus)番号を示し、
それに該当する詩の、日本語訳本『全訳 カルミナ・ブラーナ ベネジクトボイエルン歌集』のページを明示しました。

以下======================================




carminaBuranaBild1.jpg


「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」 
「フォルトナ、世界の支配者 」 
新国立バレエ団上演パンフレット(以下「新国立版」)「運命、世界の王妃よ」
章タイトルは、作曲者のオルフが原典の300余りの詩歌から選集したものを、章としてまとめたタイトルなので、当然、原典写本にも活字出版本にもない。
「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」という詞自体も原典にはない。
ただ、ローマ帝政期においては「Fortuna Panthea」(万物の親神フォルトナ)と呼ばれ皇帝の守護神にまで祀りあげられていた。

シリアで発見された2世紀頃の「Fortuna Panthea」の像
→ https://www.deutsche-digitale-bibliothek.de/item/6NRC4SP4DS2XIJ5JRBLXON7NBCWZANXP

また、以下の地図は、フォルトナ像が描かれた古代ローマ時代の地図を、中世西欧でそのままコピーされたもの。
WeberPeutingAntioch.jpg


どちらの像にも、冠があり、そのイメージが中世西欧にも伝わる。
以下の図像は、有名な『カルミナ・ブラーナ』の挿絵(これは原典写本のもの)
img_0.jpeg


1847年に『カルミナ・ブラーナ』が活字出版された際、
「SERIA」の部分の冒頭に
オルフが用いた第1曲目「O Fortuna」の歌詞と、このフォルトナの絵が共に印刷されていた。
image.jpeg

作曲者オルフには、このフォルトナのイメージが強くあったはずで、
こうしたことから、
古代ローマ時代の万物を統べる神フォルトナとして、
「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」というタイトルを
オルフは冒頭に付けたのかもしれない。


このタイトル、
新国立版は”IMPERATRIX”(英訳は”EMPRESS”)を何故か「王妃」と訳している。直訳的にするなら「皇后」とすべきで「王妃」では誤訳ではないか。「皇后」と「王妃」とでは全く身分が異なる。


1  O Fortuna 「おお、フォルトナよ」(ラテン語)  
新国立版「おお、運命よ」
CB17 「月のような運命」(小タイトルは翻訳者が便宜上付けたものと思われる。)『全訳 カルミナ・ブラーナ』(以下『全訳』と略)P.22

2  Fortune plango vulnera 「私はフォルトナの傷を嘆く」(ラテン語)  
新国立版「運命は傷つける」
CB16 「運命の輪」 『全訳』P.21
盲目のフォルトナが廻す車輪から転落していく有名な人々の図
Rueda de la Fortuna-Royal 20 C IV.jpg

14世紀フィレンツェの詩人Giovanni Boccaccio の
”De Casibus Virorum Illustrium (On the Fates of Famous Men)”の挿絵



「 PRIMO VERE 」「早春に 」 
新国立版「春に」
この「 PRIMO VERE 」はタイトルもまさにそのまま、
ボッティチェリ(Sandro Botticelli)の「 Primavera」(15世紀末)の世界。
こうした章を作った作曲家オルフは明らかに、『カルミナ・ブラーナ』の原典よりも後のルネサンス期をイメージしている。
しかし、それは既に13世紀の原典『カルミナ・ブラーナ』の詩の中に、ルネサンス期を彷彿とさせる自由な精神が内包されていた(グレコ・ローマンの神話や新プラトン主義など)ということでもある。
新国立バレエで振付のデヴィッド・ビントレーが、このパート冒頭で妊婦を登場させるのも、西風ゼフィロスに孕まされた森の女神クローリスの姿、
さらには、この絵では特にお腹が大きく描かれ「豊穣」を示すヴィーナスその人の姿にも思える。

3  Veris leta facies 「春の楽しい顔は」(ラテン語)  
新国立版「うつくしき春」
CB138 「愛のあこがれ」(一、二、四、五) 『全訳』P.204

4  Omnia sol temperat「 太陽は万物を整える」(ラテン語)  
新国立版「太陽はすべてをいたわる」
CB.136 「あの娘が恋しい」(一、二、三) 『全訳』P.202

5  Ecce gratum 「見よ、好ましい」(ラテン語)  
新国立版「春の訪れ」
CB.143 「恋の褒美を」(一、二、三) 『全訳』P.208
詩の末尾にある「パリス」はギリシア神話「パリスの審判」のパリスのことで、彼がヴィーナスを選び、「ヘレナ」を得る事がトロイ戦争の原因となる。「ヘレナ」は「24」の詩句に登場する。



「 UF DEM ANGER 」  「草地の上で 」 
新国立版「草の上で」

6  (Tanz) ーー歌詞はありません。 
新国立版「踊り」

7  Floret silva nobilis 「高貴な森は華やぐ」 (ラテン語、中高ドイツ語) 
新国立版「気高き森」
CB.149 「彼はいずこ」 『全訳』P.214

8  Chramer, gip die varwe mir 「小間物屋 さん私に色紅 をください」(中高ドイツ語) 
新国立版「店の人よ、私に紅を下さい」
CB.16* 補遺「大受難劇」中の35行目〜52行目のマリア・マグダレナの台詞  『全訳』P.345
「マリア・マグダレナ」は言うまでもなく、キリストの復活を最初に見た「罪の女」(娼婦、一説にはキリストの妻とも)のこと。イエスの体にその長い髪で香油を塗った逸話があるため、香油壷を持ち長く伸びた髪で描かれる事が多い。
訳注に、
この台詞部分はラテン語ではなく中高ドイツ語で、
「世俗的な部分の拡大は、一般の趣向にもよる。」とある。


9  Reie 「輪舞」(中高ドイツ語) 
新国立版も同じ
CB.167a、 「あの娘を想えば」(七) 『全訳』P.233
CB.174a1,2「なんとご美人」(四、五)『全訳』P.239

10  Were diu werlt alle min 「世界がすべて私のものであったとしても」(中高ドイツ語) 
新国立版「世界が我が物となるとも」
CB.145a 「ミュースが歌と来る」(七) 『全訳』P.211
全訳本は、このパートを、女性を主語にして以下の様に訳している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
海から河まで
全世界が妾のものになるなら
  あきらめてもいいわ
イギリスの王様を
  この腕に抱くのをね
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


bur_cpo1.jpg


「 IN TABERNA 」  「酒場で 」  
新国立版「居酒屋にて」

11  Estuans interius 「内に燃えあがる」(ラテン語)  
新国立版「怒りに、心収まらず」
CB.191 「吟遊詩人の告白」(一〜五) 『全訳』P.257

12  Olim lacus colueram 「かつて、私は湖水にすんでいた」(ラテン語)  
新国立版「焙られた白鳥の歌」
CB.130 「焼き白鳥の歌」 『全訳』P.195

13  Ego sum abbas Cucaniensis 「我はクカニアの大修道院長よ」(ラテン語)  
新国立版「予は大僧正様」
CB.222 「我こそ院長」 『全訳』P.293
原文ラテン語は”abbas”「修道院長」なので、新国立版が何故に「大僧正」(大司教、Archiepiscopus)と訳しているのか疑問。両者は全く別の身分。
『全訳』は「ワフナ、ワフナ」の部分を「人殺し、人殺し」と訳している。

14  In taberna quando sumus 「酒場に我らがいる時は」 (ラテン語)  
新国立版「われら、居酒屋にあっては」
CB.196 「酒の歌」 『全訳』P.267




「 COUR D' AMOURS 」  「愛の誘い 」 
新国立版「求愛」

15  Amor volat undique「 キューピッドは至るところを飛び回る」(ラテン語)   
新国立版「愛の神はいづこにも飛び来り」
CB.87 「恋は赤くて青い」(四) 『全訳』P.130

16  Dies, nox et omnia 「昼も夜も、そしてすべてのものが」(ラテン語、古フランス語)  
新国立版「昼、夜そしてあらゆるものが」
CB.118 「長の追放」(四、五、七) 『全訳』P.182

17  Stetit puella 「少女がたっていた」(ラテン語) 
新国立版「赤い胴着の乙女が立っていた」
CB.177 「赤い服着た娘」(一、二) 『全訳』P.241
このパート続きは以下の様
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
娘が 木の下に立って 
葉に 恋人の名を書く
するとウェヌスが来る
  大きな恋(カーリタース)
    気高い恋(ミンネ)を
   娘は男にあげる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

18  Circa mea pectora 「私のこころの周りには」(ラテン語、中高ドイツ語)   
新国立版「私の心はため息みつ」
CB.180 「恋文」(五、六、七) 『全訳』P.244

19  Si puer cum puellula 「 若し、少年が少女とともに」(ラテン語) 
新国立版「若者と乙女がいたら」
CB.183 「若者と乙女が」(一、二) 『全訳』P.248

20  Veni, veni, venias 「来い、来い、来ておくれ」(ラテン語) 
新国立版「おいで、おいで」
CB.174 「なんとご美人」 『全訳』P.239

21  In truitina mentis dubia 「心の迷う秤のなかで」(ラテン語) 
新国立版「ゆれ動く、わが心」
CB.70(十二a、b) 「恋のみそかごと」 『全訳』P.105
CB.70「恋のみそかごと」は、男女の対話詩で、
その対話詩の最後の章句として、23の「この上なく甘美に」の詩句が配されている。

フォルトナは、「2」で示したように、運命の車輪を操り人々を絶頂から転落へと追い落とす。
しかし一方でその車輪を廻すのは彼女自身ではなく、彼女には意思はなく、
彼女自身も車輪とともに廻っているのだという解釈も存在した。
(「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」で示した 『カルミナ・ブラーナ』原典写本の挿絵でも、フォルトナの身体が車軸と一体化しているように見える。)
その場合、車輪を廻すのは全能の神である。
フォルトナはその神の意志の現れに過ぎないとする。
ローマの女神だったフォルトナが、庶民の間ではキリスト教時代にも生き残り続けたので、キリスト教神学と「運命の女神」フォルトナへの信仰を折衷させる苦肉の解釈ともいえる。

Rueda de la Fortuna-1482.jpg

Lorenzo Spirito Gualtieri ”La Rueda de la Fortuna” 1482年(ペルージャLibro delle Sorti )
フォルトナの身体が車輪の中に収まり、車軸と重なっている。フォルトナ自身も車輪の回転とともに廻り続ける事になるだろう。
 
22  empus es iocundum 「楽しみの時だ」(ラテン語) 
新国立版「楽しい季節」
CB.179(一、四、七、五、八) 「みんな花ざかり」 『全訳』P.243

23  Dulcissime 「この上なく甘美に」(ラテン語) 
新国立版「私のいとしい人」
CB.70(十五) 「恋のみそかごと」 『全訳』P.106
『全訳』はこのパートを以下の様に男性を主語に訳している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  「わたしのいとしい娘よ、
 わたしは身も心もささげる」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「 BLANZIFLOR ET HELENA 」  「ブランジフロールとヘレナ 」

24  Ave formosissima 「ああ、この上なく美しい人よ」(ラテン語) 
新国立版「たたえよ美しきものよ」
CB.77(八) 「恋の対話」 『全訳』P.116
このパート訳注には「アヴェ・マリアを思わせる節。」とある。
「1」で見たようにフォルトナはしばしば戴冠している。しかしキリスト教の図像で戴冠している女性は一般には聖母である。それ故に、フォルトナのイメージはしばしば聖母マリアとも重なるようになっていく。
スコットランドの英雄ウォーリスを讃えた物語詩集『ウォーリス』(15世紀)中に見える詩の一節、

「わたしは彼女がいかなる女王であるのか、
 運命の女神であるのか、気高きマリア様であるのか、わかりません
 彼女の放つ輝によると、
 おそらくはこの世を創造された主なる神のご母堂のようです」
              
       (引用は『中世文学における運命の女神』1993、
       原書は”The Goddess Fortuna in Mediaeval Literature",1927 )

また
丸いもの(車輪)の上に立つ女、月のイメージを抱く女、
さらには巌を住処とするフォルトナのイメージは、
「無原罪の宿り」の聖母のイメージとも重なっている。
Murillo_Inmaculada_Concepcion_La_Colosal_Seville_WikimediaCC_0.jpg

スペインの画家ムリーリョ(Bartolomé Esteban Perez Murillo)の数ある同テーマの一作、1650年作。

愛の女神「ヴィーナス」との繋がりは、運命の女神が恋愛をも支配するという解釈が12世紀の『アベラールとエロイーズ』あたりから生まれ、運命の女神こそが恋愛を成就させたり終わらせたりするように考えられた。
ヴィーナスが車輪を廻したり、フォルトナが愛を支配したりして、ヴィーナスとフォルトナのイメージが相互的な重なり深化していった。

1390年に成立したJohn Gowerによる”Confessio Amantis”中にある詩の一節、
「もし運命によって支配されている
 天秤というものがありますなら、
 教わりましたとおりに、私は
 愛がその天秤を手にしていると信じるのです」
                        (引用は、前掲書)


校訂原典では、このCB.77の前にCB.76「ヴィーナス寺もうで」という詩があり、その詩を読むと「ヴィーナス寺」とは娼婦館の意味と解せる。
また、
「 BLANZIFLOR」は、11〜14世紀にかけて西欧で流行した、ムスリムの娘 Blanchefleurと騎士Floris(イングランドではBlanchefleurがキリスト教徒でFlorisがムスリムにとあべこべになっている)の恋愛物語 ”Floris and Blancheflour” に基づく。




「 FORTUNA IMPERATRIX MUNDI 」 
「フォルトナ、世界の支配者 」
新国立版「おお、運命よ」

25  O Fortuna 「おお、フォルトナよ」(ラテン語) 
新国立版「おお、運命よ」
CB.17 「月のような運命」 『全訳』P.22

==========================================以上



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posted by 星跡堂主人 at 15:19| 東京 ☀| Comment(2) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。koron32です。
記事の内容と全く関係のないことですが、twilogを読んで気付いたのでコメントします。
小野さんと菅野さんが初めて共演したのは2012年の「こうもり」です。もうご存知かもしれませんが。
Posted by koron32 at 2014年05月27日 12:53
koron32さま、
お知らせ、ありがとうございます。
確かに、
2012年の2月12日にプティの「こうもり」で
小野さんと菅野さんは共演していますね。
残念ながら、この舞台は拝見しておりません。
Posted by 星跡堂 at 2014年05月31日 13:02
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