2013年05月06日

新緑の雑司が谷



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五月の雑司が谷、一番新緑が気持ちいい季節になりました。
都電鬼子母神前から鬼子母神本堂に至る参道
通称「けやき並木」は東京都指定の天然記念物。
江戸時代に地域の名主長島氏が寄贈したとされ、
長い歴史を持っています。
かつては、両側は門前茶屋で賑わっていました。
夏目漱石の祖父は、この茶屋の酒宴の席で頓死し、
幕末には、彰義隊結成の会合が開かれました。


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鬼子母神までの間、
ただ通るだけの人が多いですが、
ここでしばし、歩を休め、
樹々にざわめきや風の薫を味わう。
雑司が谷の最も生き生きとした時が、必ず訪れます。


しかし、最近は弱った樹々が目立って来ました。

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この写真左の黒々とした大樹は、既に枯れ死しています。


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現存の樹ではもっとも大きなけやき

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人の大きさと比べてみて下さい。

大樹の根は、その高さを同じくらいの拡がりをもち、
地中に大きく張っています。
けやき並木の樹々の根は、道路の地下にもあるのです。
そして、
その上を自動車がびゅんびゅんと走る。
根は自動車が通るたびに軋み痛めつけられています。

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迂回路もあるたかだか数十メートルの参道、
それさえも通行止めにできず、
天然記念物を守れない、私達の社会とは何なのかと、思います。

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参道の突き当りを左へ折れると、鬼子母神堂が正面に見えてきます。

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この時期だと午後4時から5時くらい
本堂の向こうに夕陽がしずみ、お堂に後光が射します。

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入り口には、石造りの仁王像
阿形、吽形
これは江戸時代のものと思われ、周囲の玉垣には安政4年の銘があります。

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仁王像の手前には古い寛政年間の石灯籠。
本堂にかけてもっと古い元禄年間のものもありますが、
この灯篭には、石工の名前が刻まれています。

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さらにその傍らには、お百度石

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こちらも天然記念物に指定されている
樹齢600年余りの大銀杏

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この大樹は、オスですが、
この樹に抱きつくと子供を授かるという伝説が江戸時代後半に生まれました。
鬼子母神をお祀りするお堂と、大銀杏の伝説。
子どもや女性たちに長年信仰されてきた歴史が、
今も境内に穏やかな雰囲気をたたえます。

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咲いた銀杏の花が根本に綺麗に散っていました。

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大銀杏と鬼子母神堂の間には
日本で一番古い、
江戸時代安永年間(1780年代)からある駄菓子屋さんがあります。

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脇には、武芳稲荷
元々、この土地は「稲荷」があって、
そこに江戸時代の寛文4年(1664)鬼子母神堂が築かれたと云われているので、
この稲荷のほうが歴史は古いのかもしれません。

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大銀杏の周りを巡るように赤い鳥居が連なっています。

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雑司が谷の新緑は、もちろん、これだけではありません。
弦巻通りの旅猫雑貨店から雑司ヶ谷霊園へと登る坂の脇には
江戸時代の大久保家の屋敷にあったと云われている椎木が残っています。

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その坂を登って行けば、
雑司ヶ谷霊園です。

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今も直線状に並び
江戸時代の屋敷林の名残が感じられる
雑司ヶ谷霊園のケヤキ並木









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posted by 星跡堂主人 at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | 雑司が谷 雑司ヶ谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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