2013年02月23日

バレエ『ジゼル』の在り方、聖なる百合または凛とした白梅


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『ジゼル』という作品
台本テオフィル・ゴティエ、
作曲アドルフ・アダン、1幕のペザントPDDはブルグミュラー、
振付ジャン・コラーリとジュール・ペロー、
初演時の原題は"Giselle, ou Les Wilis"  『ジゼル、またはウィリたち』

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1841年にパリオペラ座で初演され、今でも同バレエ団の代表作品なのですが、
1870〜71年に起きた普仏戦争の後、長くパリでは上演されなくなる。
(パリでの最期の上演は1868年)



この作品は、
台本を書いたゴティエが、
ハインリッヒ・ハイネの『ドイツ論』に触発されて書いたと告白しています。

「親愛なるハインリッヒ・ハイネ、
何週間か前のこと、私はあなたの見事な著書『ドイツ論』をぱらぱらとめくっていて、
ある魅力的な箇所にふと目を留めた、、、
そこであなたが語っていたのは、
身にまとう純白のドレスの裾がいつも水に濡れている空気の精エルフ、
初夜の寝室の天井に繻子の小さな脚先を見せる水の精ニクス、
雪のような肌をして過酷なワルツを踊りつづけるヴィリなど、
ハルツの山やイルゼの川岸で、
ドイツ特有の月明かりのなめらかな靄のなかで、
あなたが出会ったあの魅惑的な幻の生きものについてだった。
思わず私は声をあげて叫んだ、
『そうだ、これを使って素敵なバレエがつくれるではないか!』熱狂に突き動かされて、
私は大きな上等の白紙を手にとり、上の方にきれいに整った筆跡で、
『バレエ、ヴィリたち』と書いてみた。」
( 鈴木晶『バレエ誕生』 2002年4月 から引用 http://ow.ly/hXrmt  )



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パリの明るい近代都市文明に対して、
田園の素朴な乙女の恋、さらには暗い前近代的な亡霊の物語、
こうしたモチーフがパリの夢想家たちの心をつかむことになる。
初演を見た28歳のリヒャルト・ワーグナーは、
「極めてドイツ的な作品」と絶賛している。
彼は翌年から、これまた極めてドイツ的で、
ジゼルのような聖なる女性エリーザベトの死と贖罪の物語
『タンホイザー』の構想を練ることになる。
(1861年にパリオペラ座でも改訂版が上演される)

このように
アンチ都市文明だけでなく、「ドイツ的」と思われた
『ジゼル』を普仏戦争後に上演することを、
パリの人達は許さなかったのだろう。
(普仏戦争開戦時に初演され、
その後関係者が戦時にどんどん亡くなってしまった
『コッペリア』は逆に、一度もパリ・オペラ座のレパートリーから消えたことはなく、
現在までもっと上演回数の多いバレエである。)

その結果、パリ・オペラ座のレパートリーから消えた『ジゼル』は、
フランスからペテルブルグに渡っていたマウリス・プティパによって
1884年にロシア帝室マリインスキー劇場で上演され、
その演出が今日の『ジゼル』の基本となった。

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パリ・オペラ座で『ジゼル』が復活するのは、
第1次世界大戦の後(要するに普仏戦争への復讐の後に)の
1924年にセルジュ・リファールと
伝説のバレリーナ、オリガ・スペツィーフツェヴァによる
上演まで待たねばならなかった。

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リファールは、バレエ・リュスに属していたが1929年にそれが解散すると
正式にパリ・オペラ座の舞踊監督に就任する。
『ジゼル』のアルブレヒトを得意にしていた彼によって
(アルブレヒトは貴族なのだから外出時に帽子を被らないことはないと、
彼は必ず帽子を着用して演じたようだ。)

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パリでの『ジゼル』は再びレパートリーとして定着して、
イヴェット・ショヴィレやノエラ・ポントワなどの、
ジゼルダンサーを生んでいくことになる。

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このように、
『ジゼル』はパリで生まれ
独仏の戦争に翻弄されながら、
ロシアを経由して、現在まで初演時とそれほど変わることもなく
東洋の島国にも到達して上演されている。

ただし、今でもパリ・オペラ座系とロシア系の演出は印象が異なる。

明らかに分かるのは、
第2幕のジゼルの墓石の位置の違い。
パリ系が舞台下手奥にあるのに対し、ロシア系は下手前にある。
これは演出効果として相当に違いが出る。
特に、2幕で上手奥から出てジゼルの墓へと参る
アルブレヒトの動きは、大きく異ならざるを得ない。
また、
パリのものが全体に恋愛や美意識を強調しているのに比べ、
ロシアのものにはより烈しい人間ドラマを感じる。
もちろん、踊るダンサーによってもそれぞれなのだが、、、

今週上演されている新国立バレエ団の『ジゼル』は、
ロシアのセルゲイエフ版に基づいている。
(追記、今回2013年2月の新国立公演は、ロシア風から西欧風のものに演出が変わった)
東京のバレエ団で上演される『ジゼル』はほとんどがロシア系のものだ。

『ジゼル』は、
それぞれのダンサーの「心持ち」(肚)が試される作品に思える。
年齢とともに、その解釈も変わっていく。
たぶん、このような作品は古典バレエにおいては他にないだろう。
クラシックポジションがより厳格に決まっている『白鳥の湖』に比べて
解釈の可能性がより広いからかもしれない。

また、その歴史を振り返りつつ、
そろそろ、日本人が踊る『ジゼル』とは何かという問いを
それぞれのダンサーが持って欲しいとも思う。

パリでもロシアでもない、
日本人の『ジゼル』とは、どんなものなのか、と。

『ジゼル』のタイトルロールは、恋人に裏切られても
それを許す、その愛は百合の花で喩えられる。
先に、この作品がアンチ近代文明の要素があると述べたが、
一方で、近代の影に沈んだカトリック的な聖なる愛の再発見の物語でもある。
(それは逆説的だが、近代における聖なる「恋愛」の発見と時代的に重なっていた。)


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すべてを許すジゼルは聖母のような愛を、
一方で原罪を背負う者としてアルブレヒトはただ一人地上に遺される。

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ならば、それに対峙しうる
日本の根にある、近代の影に沈んだ精神とは、何か?
それをそれぞれのダンサーが問うてほしい。

百合の花に相当するものは、
寒さのでも凛として、今、咲こうとしている
白梅なのではないか、

百合のような、聖なる愛のジゼルがあるのなら、
白梅のような、凛とした慈しみをもつジゼルも、あっていいのではないか
と、私は密かに思っている。


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posted by 星跡堂主人 at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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