2011年02月15日

雑司ヶ谷霊園 雪のあしたと撤去告知されている無縁墓所 Matin neigeux du Cimetière Zoushigaya et Cimetières qui annoncent que la ville de Tokyo l'emporte

雪の名残を、雑司ヶ谷霊園に訪ねてみました。

現在改装中の旧宣教師館、屋根に僅かになごりゆき
(旧宣教師館は3月下旬まで閉館予定です)

 
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霊園のなかも、もう大分雪は解けていました。

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雪の降り積もった翌日は、冬の乾燥した樹々がしっとりとして
春めいた光に向かって輝いて、雪よりも樹々が美しい朝でした。

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松の緑も一段と綺麗。
霊園の松は、お鷹部屋名残の松が有名ですが、
道を挟んで東側にあるこの松の方が枝ぶりも見事です。

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この山茶花はとても薫りの良い樹です。
しかも12月くらいから咲いてい未だに咲き続けるいきの長い樹です。


けやきにもたれ掛かったお地蔵さん(宝永8年銘、1711年)も、にっこりしていらっしゃる。

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今まで何度か書いていますが、
雑司ヶ谷霊園には現在、多くの無縁墓所があり、
そのうち100箇所以上の墓所が「無縁墓所として撤去改葬」する旨が
東京都によって告知されています。

外国人墓地にあるこれらの墓所も、撤去告知がされていて
このままいくと、雑司ヶ谷霊園から掘り返され消えてしまいます。


アリス・ミラー墓所
彼女は明治から大正にかけて
貧しい子供たちの救済に尽くしたアメリカ人宣教師です。
旧宣教師館のマケーレヴとも交流があり、
日本最初の保育園、四谷の二葉保育園の創設にも関わったとされています。
詳しくは、豊島区郷土資料館研究紀要『生活と文化』第16号(2007年3月)所収
「浜地真実子 地域福祉の基礎を築いた宣教師たち ―アリス・ミラー―」を参照下さいませ。
http://www.city.toshima.lg.jp/bunka/shiryokan/kankobutsu/005957.html

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墓石には、「A SLEEP in JESUS 」と刻まれています。
彼女が埋葬されたとき(1928年)に植えられたけやきの樹の元で
これからも、静に「 JESUS」とともに眠り続けられるようにしてあげたい。



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Riki Bonmarchand 墓所
このひとに関しては何も分からないのですが、
(墓石には1918年11月10日に28歳で亡くなったと刻まれています)
明治40(1907)年に来日して、渋沢栄一と共に日仏会館の開設に尽力した
日本研究家 George Bonmarchand の何らかの縁者かもしれません。
大分以前に日仏会館に問い合わせてみたのですが、未だなしのつぶてです。
墓石前の石には「島 福」と刻まれています。




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こちらは更に不明。
キリル文字で
「B・K・ブラジュニコフ」と墓石下部に刻まれているように読めますが、
それ以外は何も分かりません。
このように美しいレリーフのある十字架墓石は、霊園には他に見あたりません。




無縁の墓所を撤去するのは、
何らかの理由をつけて、樹々を伐採するのと似ているように、私には思えます。
ただ管理すれば良いというお役所的な、こころない所行です。

そもそも、霊園とは何か。
たとえ無縁となったとしても、
亡くなった先人達を、静に弔う場所なのではないでしょうか。
縁者が居なくなったからといって、掘り起こして改葬していたら、
少子化の今日、今後、霊園の多くの墓所は同じように撤去を余儀なくされていくことでしょう。











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posted by 星跡堂主人 at 18:15| 東京 ☀| Comment(0) | 雑司ヶ谷霊園 Cimetière de Zoushigaya | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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