2010年09月11日

大木実「夏の日」

  夏の日              大木実

 早稲田から王子へ、東京では市街を走る電車の殆どが、撤去され
すがたを消してしまったのに、この路線だけはいまだに残されて、
町裏を、家々のうしろを、走り続けていた。
 早稲田から乗り、いちどここを通った覚えがあるが、そのときど
こまで行ったのか、どこで降りたのか、記憶がないのはたいした用
事ではなかったのだろう。遠い日のことだ。ひとり身の青年の日の
ことだ。
 きょう、私は鬼子母神前の停留所に立って、僅かのひとを乗せ眼
の前を過ぎていく電車を眺めていた。白絣を着た私も乗っていた。
一枚の切符を握りしめて外を眺めている、三十年前の若い私が----。


                『夜半の声』(昭和51年)所収
                 原文は縦書き

     詩集『夜半の声』は緑の箱に入って背が黒革に金文字で、
     表紙は雲母が散らされたような生成り色に題字が方押し
     されている美しい装丁の詩集です。



















   
posted by 星跡堂主人 at 22:33| 東京 ☀| Comment(0) | 雑司が谷と文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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