2010年08月14日

雑司が谷に遺る戦痕 Les cicatrices de la guerre de Zoushigaya




IMGP4458.JPG


これは法明寺門前脇にある銀杏の木。
黒く炭化した部分は焼夷弾で燃えた痕と、
この銀杏の横に住んでいらっしゃるおばあさんから伺った。

今の、雑司が谷にも、戦争の傷痕は、遺っている。

IMGP5349_1.JPG


銀杏の全景


IMGP5365_1.JPG


春になって新芽が出てきた頃の、戦災銀杏



また、
他の方には、東通りに居る布袋様も、戦災で腕がもげている。
あの布袋様は以前はジュンク堂の辺りにあった、と伺った。

IMGP4451_1.JPG


確かに左手を失っていらっしゃる。
それにしても、石像の腕がこんなになるとは、どれほどの猛火なのか、、、



さらに、
雑司ヶ谷霊園の墓石に、
艦載機による機銃掃射の痕があるとも伺った。

IMGP2702.JPG



背面に回ると、右肩から一筋の弾痕がはっきりと遺っていた。

IMGP0988.JPG




戦災樹木で有名な銀杏は、雑司が谷からもほど近い大塚の天祖神社にもある。
その異様な姿には、一目で惹きつけられる。

IMGP4385.JPG



近くによると、燃えた痕が今でも生々しい。
雑司が谷の法明寺なども燃えた同じ日、昭和20年4月13日の
無差別空襲による傷。

IMGP4405.JPG


IMGP4409.JPG


この銀杏は長らく新芽を出さなかったが、何十年も経ってから
新芽を吹いたという。


戦争は、それを知らないものには、遠い昔の話だが、
今でもよく見れば、街には戦争の傷痕が遺っている。

その時、多くの命が失われたことを、思い出すよすがでもある。
きっと、それはその時を生き、今もそれを記憶しているひとの
胸の奥にも、癒えることのない傷として遺り続けている。

それは見えないが、見ることも決してできないわけではないと、思う。




IMGP2662.JPG



雑司が谷御嶽坂に咲いている芙蓉












posted by 星跡堂主人 at 19:47| 東京 ☁| Comment(0) | 戦災 Cicatrices de la guerre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]