2010年05月02日

雑司が谷の路地と霊園の、ここ数日   Les tombes avec danger détruit par ville de Tokyo et à Zoushigaya en mai

記録的な寒暖の差のあった4月も終わり漸く初夏らしくなってきました。
こういう季節になると雑司が谷では、路地の軒先の花々が際だってきます。



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大きな御屋敷街のように高い塀で家を閉ざさない雑司が谷では、
住まう人たちの木々や花々への思いが、街を歩くと静かに伝わってきます。
最初、それは気づくことのないほどの小さなものですが、
徐々に、そうした街の人々の思いこそが、
雑司が谷の春を演出しているのだと思えてくるのです。

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そうした、雑司が谷を私は愛しく思い、街のなかで心地よい気持ちになれる。
それは、今の東京では、本当に僥倖なのだと思うのです。


路地の石畳の間からそっと咲くすみれ

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そして、愛らしいねこちゃん

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まさに今、雑司が谷は、その街の息吹を静かに聴くことのできる季節です。



路地の先には、
すっかり新緑の季節になり、樹々が蒼空に美しく映える霊園が開けてきます。


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しかし、ここ霊園ではとても残念なことに
東京都によって「無縁仏」と認定され、
撤去改葬されようとしている墓所がたくさんあります。

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この墓所は、先にもお伝えしているアリス・ミラー墓所の隣にある→
http://zoushigaya.seesaa.net/article/133459949.html?1272810790
「リキ・ボンマルシャン Riki Bonmarchand 」と刻まれた墓石です。
1910年に28歳で亡くなったとあります。
「ボンマルシャン」という外国人は、
武内博さんの労作『来日西洋人名辞典』に依れば、
フランス人外交官で日仏会館の創立に尽力した
「ジョルジュ・ボンマルシャン George Bonmarchand  1884-1967」が、
記されています。年代的にこの方の縁者である可能性があると思います。
しかし、今のままだとこの墓所は、東京都によって確実に破壊されることになります。


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こちらは、霊園で私がもっとも美しいと思っている石仏。
寛文五(一六六五)年の銘のある阿弥陀如来像。
しかし、この墓所にも今年の3月に撤去告示の立て板が建ちました。
木の下で結跏趺坐した青年の釈迦を髣髴とさせる美しいお姿の像で、
また、奈良時代の白鳳仏にも比することのできる江戸寛文期の石仏の、
端正な特徴を示している秀逸な作品だと信じております。


霊園の墓石、石仏がただ機械的に撤去されることのないように
私は、努力せねばならないと、しっかりと心に期しております。
自然と同じで、放置しておけば、
これらの先人たちの思いや思い出も簡単に消えて亡くなる。
それが今の日本社会なのですから、
だからこそ、思いを同じにする人たちと共に、何かをせねばと思うのです。


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posted by 星跡堂主人 at 01:29| 東京 ☀| Comment(0) | 路地のたのしみ Le plaisir de le chemin étroit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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