2019年11月30日

新国立バレエ『ベートーヴェン・ソナタ』 2017年3月公演 (中村恩恵 演出・振付)ノート 2017年3月18日〜19日 (2回公演)


新国立バレエ『ベートーヴェン・ソナタ』 
2017年3月18日〜19日 (2回公演)
中村恩恵(演出・振付)
音楽監修・編曲 野澤美香  音響 内田誠  照明 足立恒  美術 瀬山葉子  衣装 山田いずみ
配役 ベートーヴェン 福岡雄大  ジュリエッタ 米沢唯  アントニエ 小野絢子  カール 井澤駿  ヨハンナ 本島美和  ルートヴィヒ 首藤康之
ゲーテ/シラー 八幡顕光  ハイドン 福田圭吾 
娼婦 寺田亜沙子、五月女遥  ガレンベルク伯爵 木下嘉人  テレーゼ 奥田花純  ジョセフィーネ 盆子原美奈 ヨハン 中島瑞生  カスパル 井澤駿  
父 貝川鐵夫  母 丸尾孝子  兄弟 宝満直也  姉妹 堀口純

渡邊峻郁、清水裕三郎、中田実里、福田紘也、益田裕子、宇賀大将、小野寺雄、関 晶帆、高橋一輝


第一幕

「プロローグ」 
幕は最初から空いている。
舞台には、大きな白い幕が下手前から中央奥へ斜めにかけて横切っている。
中劇場の舞台の広さを上手く利用している。
客席から数名の男女が舞台へと下っていく。
舞台上手にある扉からも徐々に現れる、音楽はなく、彼等の足音だけが響く。
ジュリエッタやアントニエなどの主要人物は舞台ずっと奥の上手側、ちょうど白い横断幕が切れた先の奥から出てくる。 
この冒頭場面は、ベートーヴェンの葬儀(それぞれの人たちの回想)のように思われる。
記録によると、1827年3月28日(26日に死去)にウィーンで行われたベートーヴェンの葬儀には2万人もの人が集まったとされる。
ベートーヴェンの部屋の戸棚には、ジュリエッタ・グイチャルディ(Giulietta Guicciardi)とアントニエ・ブレンターノ(Antonie Brentano)の象牙に彫られた細密な肖像が遺されていた。

ルートヴィヒ役の首藤康之が椅子を持って現れ、腰掛ける。
(以下、歴史上に実在した作曲家ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンと紛らわしいので首藤の演じる役「ルートヴィヒ」は「L」と記す)

「喝采せよ、芝居は終わった」と、Lは語り始める。(以下、Lの「語り」はゴシックにしてある)
この言葉は、ベートーヴェンの最後の言葉とされているが、元は”Plaudite, acta est fabula”というラテン語で、ローマ皇帝アウグストゥスの臨終の言葉とされている。

その声の直後に、舞台奥からモーツアルト『レクイエム』エテルナム(永遠の安息を)が静かにピアノで奏でられる。曲が「キリエ〜」と合唱部に入る箇所をすこし経ると(合唱は入ってない)、
「1772年ドイツ・ボン
私は、私より前に生まれたもう一人のルートヴィヒが居たので、暫く自分の年齢を知らずに居ました。」 
と、語りは続く。 
さらっと語られているが、振付・演出の中村恩恵が参照したというメイナード・ソロモンの『ベートーヴェン』(1977〜2001)では、ベートーヴェンは自分の出生に関して疑念を持ち、「フリードリヒ大王の庶子」だという噂を否定しようとしなかったとされている。

続いて、
「1792年オーストリア・ウィーン 
7月6日朝 私の天使、私の全て、私の私、今日はほんの少しだけ書きます、あなたの鉛筆で。
私たちの恋は、我慢をし、また全てを求めたりしないようにしなければ成立し得ないのではないか、
あなたは完全に私の者ではなく、私も完全にあなたの者ではないという事をあなたはどう思いますか、(中略)
どうか美しい自然に目を向け(中略)あなたの気持ちを鎮めて下さい。
(大略)私の胸はあなたに言いたい事でいっぱいです、本当に。言葉は何にもならないと思うときがあります」

首藤の「L」が次に語りだしたのは、亡くなったときのもう一つの遺品「不滅の恋人」への手紙の冒頭だ。
(「中略」と「大略」は原文の省略度合いを示しています)
ただし、不思議な点もある。この手紙は現在では「1812年」に書かれたものとされているのに、「1792年」とベートーヴェンがウィーンでハイドンの元で学び始めた年にされていることだ。
これがどういう意味があるのか、今ひとつ分からない。
舞台での次のシーン「T」は、ウィーンでハイドンの元で学び、その後出会ったジュリエッタとの恋の物語になるのだが、ただ、ジュリエッタとの恋は「1801年」だから、これもちょっと時間的なずれがある。
この舞台は、ベートーヴェンの「伝記」を意図しているわけではないから、そこに細かく拘るべきではないのだろうが、一応この事実とのずれに演出の意図があるのかもしれないと、考える事は無駄ではないだろう。


「アントニア・グレンダーノ、ジュリエッタ、ガレンベルク伯爵、テレーゼ、ジョセフィーヌ(ヨゼフィーヌ)
苦悩というものは、すべて秘密に満ちている。」
「L」が続けて語ったのは、現在「不滅の恋人」候補とされる人々の名前である。
「不滅の恋人」は、いずこ?

さらに、「L」は語る。
「弟の結婚は彼の愚かさでけではなく、不道徳性を示している。
ヨハンナ・ヴァン・ベートーヴェン、カール、ヨハン」
唐突に出てきたこの「弟」とは、カスパール・アントン・カール・ベートーヴェンのことで、ヨハンナはその結婚相手。これは第2幕「U」場の暗示の言葉にもなる。
ベートーヴェンは、ヨハンナを「娼婦」だと罵っていたという。それでいて、彼はヨハンナの息子カールを「遺産相続人」にもしている。
ただ、この語り中にある「カール、ヨハン」は、甥の「カール」ではなく、弟の「カスパール・カール」と「ニコラウス・ヨハン」のことかもしれぬ。
なぜなら、「ハイリゲンシュタットの遺書」(1802年10月6日)の宛名は、二人の弟「カール」と「ヨハン」(ヨハンは消されているが)とされているからだ。でないと、「カール」と「ヨハン」が続いている意味が分からない。但し、ルートヴィヒの父も「ヨハン・ヴァン・ベートーヴェン」でもある。弟の「ヨハン」ではなく、父の「ヨハン」ともいえ、そうなると、「カール」も甥の「カール」でいいのかもしれぬ。
祖父や父の名を付けるのはドイツでは普通の事で、ルートヴィヒも「祖父」の名ではあるが、
名前をめぐる=家族をめぐる関係に関して、この舞台では、意図的に家族関係の迷宮に誘っているように思える。

その後に、「L」はこう続ける。
「自分という人間は、ただ己の想像する芸術の全面的献身に依ってしか幸福は得られない。そうでなければならない。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン、
ワーグナー、ブラームス、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、シェーンベルク、バルトーク、プロコフィエフ、ショスタコーヴィッチ、(間をあける)
ヨハン・セヴァスチャン・バッハ、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
おまえは、人間であってはならない。それはお前自身のためではなく、ただ他者のためである。」

途中で、挿入された作曲者たちの名前(ベートーヴェンの後の時代の者もいる!)を除く、
最初と終わりの部分は、「不滅の恋人」と別れた後から、
「お前」と語りかけ自身と対話するように書き始められらた、
ベートーヴェンの日記(「Tag Buch」1812〜1818)の冒頭にある文言である。

このように、冒頭に置かれた「L」の語りは、中村恩恵の『ベートーヴェン・ソナタ』という作品全体の見取り図であり、かつ観る者の見方への暗示ともとれよう。
ベートーヴェンという人物には様々な面があるので、その中でも特に「不滅の恋人」と、義理の妹で相続人カールとその母であるヨハンナを巡る「家族ロマンス」を軸に、この後のダンスは繰り広げられるという事なのだろう。
因に、「不滅の恋人」への手紙の最後は、こう閉じられている。
「永遠にあなたのもの
 永遠に私のもの
 永遠に私たちのもの   L」


「T」〜「U」
多くのダンサーが舞台に現れ、
ヴァイオリンソナタ「春」の第一楽章の、あの伸びやかな旋律が響き始める。
(この場で、第1楽章の冒頭から最後までが演奏される)
この場の配役 ハイドン福田圭吾 娼婦寺田亜沙子、五月女遥 ガレンベルク伯爵木下嘉人 テレーゼ 奥田花純  ジョセフィーネ盆子原美奈 ヨハン中島瑞生  カスパル井澤駿     
1800年前後にベートーヴェンに関わった人々の間で、
福岡雄大のベートーヴェン(以下「B」とする)は、まさに「春」を謳歌し、
米沢唯のジュリエッタと恋のダンスを踊る。
ここで、米沢のジュリエッタはシューズを何も履かずに踊っているが、基本的には古典的な踊り。
しかし、途中から、木下嘉人のガレンベルク伯爵がすっとジュリエッタを奪いさっていく。

Bは後に残され、消える。
舞台は暗くなり、すると、真っ暗な奥から、徐に米沢唯が現れてくる。
その後には、首藤のLが。
そして、あの心象的な三連符が始まる。
この転換は素晴らしい演出だった。
新国立中劇場の深い舞台奥の闇から
ついさっきまで軽やかに恋を踊っていた米沢唯の顔が、まったく違う表情で、まさに浮き出てきたのだ。
さらにその後ろにまつわるL。
背後のLは、ジュリエッタの顔を覆う。覆われたジュリエッタの顔、闇、影の男、
そして、二人は踊りだす。
首藤の柔らかなサポートが、闇の甘美さと深さを、
その元で踊るジュリエッタの米沢の静かな情念が、この三連符の連続の中から見事に立ち現れてくる。
Lの闇が、ジュリエッタを包み、ジュリエッタの静かな動きがさらにLの闇に共鳴する。
何というダンス。
米沢唯の向こうに、明らかに中村恩恵が見える。
全く違う身体であるはずなのに。
ダンスの魔術か、今ここで踊る体の、その向こうに、闇の向こうに、他者の姿が立ち現れる。
その内に静かにジュリエッタは闇の向こうへと消え、
福岡雄大のBがLと踊り始める。ジュリエッタの向こうにBが、ジュリエッタの向こうにLが、
そして、今この場では、BとLが交錯する。

首藤康之と米沢唯がパ・ド・ドゥを踊ったのは、初めてのことだと思う。
これがまさに化学反応する。
米沢唯の、今までにない深くしかし静かな情念が、首藤によってじわじわと滲みでてくるようでもあった。
このパ・ド・ドゥ部分だけでも、他の機会でも見たいくらいのマスターピースになりえる。



「V」
舞台は明るくなり、男性ダンサーたちが現れる。
八幡顕光 貝川鐵夫 福田圭吾 木下嘉人 清水裕三郎 福田紘也
 

エグモント序曲 作品84  
ハプスブルク支配下のフランドル独立闘争の英雄
E.A.T.ホフマンが讃辞

コーダは、ゲーテ作の劇に付した音楽「エグモント」全体の終曲部
「おれもいま名誉に溢れる死に向かって、この地下牢から歩いていこう。おれは自由のために死ぬのだ、自由のためにおれは生き、かつ戦ってきた、そして自分をいま受難のうちに犠牲とするのだ。」と語るエグモント伯の最後の台詞が終わったと同時に響き渡る終曲「Siegessymphonie: Allegro con brio」と同じなのだが、
この部分で、舞台転換になり、家族の横長の食卓が出され、特に白塗りの濃い家族四人が登場する。


「W」弦楽四重奏第9番ハ長調作品59−3 第2楽章Andante con moto quasi Allegro  
この場の配役 父 貝川鐵夫  母 丸尾孝子  兄弟 宝満直也  姉妹 堀口純
家族の滑稽で哀しげな食卓風景
途中では音が歪み、レコードの音飛びのように繰り返される
後半で、Bが家長の席に座るが、哀しき喜劇は繰り返されていく
ラストは音がさらに歪み、それが人の哀しげな声のようにさえ聴こえてきた
しかし、よく考えると、この場も不思議である。なぜならベートーヴェンには姉、妹は居なかったからだ。
架空の「家族」がここでは演じられる。
メイナード・ソロモンはフロイトの「家族ロマンス」を引用しつつ
「彼女(母マリア・マグダレーナ)がヨハン(父)のアルコール依存症や人間的無能さを当然ながらよくこぼし(中略)、彼女の義父(フランドル出身でケルン選帝侯の宮廷楽長の祖父ルートヴィヒ)のすぐれた性質や仕事をほめるたびに、その反対に彼女はヨハンを非難し、彼が父親としても夫としても敵性を欠いていることを隠そうともしなかったのである。彼女の息子(ベートーヴェン)もいつしか『別の人が僕のお父さんだった(あるいは、だったはずである』と感じるようになったのであろう。この行きつく先は、ベートーヴェンの内的な世界でヨハンが父の座から本当にはずされることであった。なぜならば、ヨハン・ヴァン・ベートーヴェンを、本当の父親とは認めないのが、ベートーヴェンの家族小説の核心をなす『事実』だったからである。」(p.41)と述べている。
そういう家族関係から生じたベートーヴェンの心理的な「事実」の複雑さが、この場面には反映しているのだろう。




「X」
1806年
弦楽四重奏第7番ヘ長調 作品59-1第3楽章  Adagio molto e mesto - attaca  
https://www.youtube.com/watch?v=aBvQJ-wNE24
http://park10.wakwak.com/~naka3/7_mov3.htm
Bとアントニアのパ・ド・ドゥ 古典的な振付
ここで古典的な振付をする意図は今ひとつ分からない。
最後はLがアントニアをドアの外へと導き、後を追うBの前に立ちはだかり遮り
ドアがバタンと閉められ、音楽も消える。

Bは、舞台奥のピアノの前に行き、ピアノを弾き始める。

「Y」
1809年
ピアノソナタ第25番第2楽章Andante  
http://ow.ly/cO2830a55Rs
https://youtu.be/R1IAGP7-D8g?t=4m31s
最後の一音がいつまでも繰り返され、Bの頭に天から楽譜が静かに舞い降りてくる







第2幕

「T」
1812年
交響曲第7番 第2楽章アレグレットイ短調  
堀口純、丸尾孝子、渡邊峻郁、清水裕太郎、中田実里、宝満直也、益田裕子、宇賀大将、小野寺雄、関晶帆、中島瑞生

衣装がビントレー『カルミナ・ブラーナ』を思わせる、死の舞踏
舞台のずっと奥から真っすぐ前へと男女12人の群舞が踊ってくる、奥行きの深い中劇場を活かしている。

「U」
弦楽四重奏曲第15番イ短調5楽章 冒頭  Allegro appassionato イ短調
本島美和のヨハンナを巡る、福岡のベートーヴェンと井澤駿のカールの三角関係のように見える。
舞台には、下手中程にガス灯(モンマルトルを思い起こすがそうではないだろう)、
その斜め奥中央に鏡があるのだが、この鏡は向こうも透けて見えるのにこちらを反射しても映す、
二重の鏡になっている。
舞台上手前には、椅子、そこにルートヴィッヒが座っているが、途中でベートーヴェンに代わったりもする。
娼婦たちも絡み、ヨハンナを「娼婦」と罵ったベートーヴェンのイメージで、捉えられているのだろう。
しかし、ヨハンナは、カールの「母」でもあるために、彼女は「娼婦」であり「母」でもあるように見える。
女性性の象徴と云うと、ありがちだが、そのようにはっきりとイメージされる踊りではない。
ある種の情念のわだかまりがぐちゃぐちゃと、踊られたように思えた。
最後にベートーヴェンとルートヴィッヒが鏡の前で、カールに厳しく迫る。

ピアノソナタ第31番 第3楽章第3楽章 序奏 4分の4拍子/フーガ 変イ長調 8分の6拍子 1843-2738
http://www.piano.or.jp/enc/pieces/4335/
序奏から嘆きの主題 鏡の向こうでベートーヴェンがヨハンナの衣服を脱がし、絡み踊る。
カールは、上手前の椅子に座る。
曲がフーガへと移ると、今度は首藤のルートヴィッヒとヨハンナのパ・ド・ドゥになる。
嘆きの歌の再現部の打鍵の連打で、カールはピストルの引き金を引く
原曲はト長調に転じたフーガへと回帰するが、、、
そのピストル音の直後に、高らかにラッパが鳴り響く
交響曲第9番ニ短調第四楽章 
稲光りのような照明で、Bが激しく身体を動かしている
(ベートーヴェンは雷鳴轟く中で亡くなったという)
ちょうど、曲が第1楽章から第2、第3楽章の主題を再現するように、

男性ダンサーが入ってくる、歓喜の主題で八幡顕光が踊り始める。
その他の群舞も入り、第2フレーズから踊り始める。
渡邊峻郁、清水裕太郎、福田紘也、中田実里、益田裕子、宇賀大将、小野寺雄、関晶帆、橋一輝、
このシーンは、なかなか壮観だった。ベジャールや熊川の第9より良い。
もっと見ていたいと思ったが、
歓喜主題の展開部から音が歪み、突然消える。
静寂の中
様々な登場人物たちが少しづつ出てくると、
あの「奇跡のアダージョ」(弦楽四重奏曲第15番イ短調第三楽章)が聴こえてくる。
(この曲は、四楽章形式で書き上げた曲に、ベートーヴェンが最後に敢えて付けたし
”Heiliger Dankgesang eines Genesenen an die Gottheit, in der lydischen Tonart”「リディア調での病癒えたる者の神に対する聖なる感謝の歌」とスコアに付した曲)

上手前の椅子には、Bが座っている。首藤のLは人々の中へと漂う。
人々は、上手前のBの方へ少し寄りながらも、徐々に消えていく。
首藤のLは、奥にあるベッドをゆっくりと引いてくる。
椅子に座るBをそのベッドへ誘い、寝かせようとするが、Bは強く抵抗する。
死が、彼にやってきたのか。Lは、抵抗するBの頭をベッドに抑えるける。
Bも、致し方なく、横たわる。照明が徐々に消え、音楽がまるでSPレコードのスクラッチノイズのようなものを含み、徐々にきりの向こうへと霞んでいく。音が消え、スクラッチノイズが暫く響いていた。
この終幕は、「出来過ぎ」の感があった。
私のように予定調和的なラストを好まない者には、少し気恥ずかしいのだ。
それでも、観客には大分受けていたように思えた。多分好みの問題なのだろうが。
ヨハンナを巡る激しいやり取りは、もうここにはない。
人はそうやって、死んでいくのだと、思うと、やり切れないが、音楽はそこに調和を奏でている。
だから、いいじゃないかと、どうも、私には思えなかったのだ。
「対話」はいずくへ消えた。たぶん、私の中に。
だから、この舞台を見てから、私はずっと憂鬱な日々を送っていた。
とめどなく、辛く、寂しいのだ。
たぶん、私が死ぬ時には、Bのようには「奇跡のアダージョ」は決して響いては来ない、そう分かってしまったからからも知れない。
それほどに見終わった後にも、静かにしかし深く暗い夢の中を彷徨うように、観る者のうちに残り続ける作品だったと云える。

<了>



参考文献
メイナード・ソロモン(Maynard Elliott Solomon)『ベートーヴェン』(”Beethoven”) (1977〜2001)

青木やよひ「ベートーヴェン《不滅の恋人》研究の現在」(2002年6月)
http://www.ri.kunitachi.ac.jp/lvb/rep/aoki01.pdf?fbclid=IwAR0G32V_x7gV2A3TA9SPg59a3_wU1jQaoQQIB330X5jUGIcbDiZ7_iiMzuQ
posted by 星跡堂主人 at 21:11| 東京 ☀| Comment(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする