2017年07月08日

「米沢唯が踊ったジュリエットーー新国立バレエ『ロメオとジュリエット』(ケネス・マクミラン演出・振付) ラヴロフスキー版(1940年)、アシュトン版(1952年)、クランコ版(1958年)、ヌレエフ版(1977年)等と比較して」


2016年10月30日、11月3日、5日 於 新国立劇場・オペラパレス(公演全体の日数とは異なるが、便宜上、10/30を「初日又は1日目」、11/3を「2日目」、11/5を「3日目」として記す)


序にかえてーー今此処でのダンステクストをどう見るべきかーー
今此処で見ているダンス、人間の身体の限りない可能性を、観る者は、結局ある一定の方向性で見る。人生の時間が常に限りない可能性がありつつも、意志によって、または何とはなしに、方向性を決めざるを得ないように。
しかしさらに、その見たという体験を、リコンストラクトするかの如く言葉で記述することは困難を極める。舞台批評家というものはあるのだろうが、その困難さを深く考えようとしている試みを、私は寡聞にして多くは知らない。
レヴューアーというものは、己の目に映じているが今此処での舞台空間の現象に、ア・プリオリな信頼を寄せているのだろうか。己が見ている事とは、本当にそこに現れているものなのだろうかという疑念を持ったり、それを言語化することへ懐疑や困難さを、余り抱かないものなのだろうか。


身体が開いていく、その可能性は、今此処での瞬間には様々な方向へと放射している。
踊る側は、その放射をどこかへと収斂させようとはする。バレエの形式がまずは、そこに身体を枠取る。意志と無意識とは問わず。
さらには、多くは、それを音楽が導く。「バレエ」も「音楽」も極めて形式性の高い表現領域であろう。
ある主題と変奏とは決して自由な関係ではなく、型にはめられている或る踊りのパに続くシークエンスも同様だ。

ライヴで行われる「ダンステクスト」の場合も、文学テクストのような記録された固定的なテクストと同様に、観る者の解釈ラインは自由に設定可能だろう。
原テクスト(踊られる作品)が作られた時代の要素を、踊っているダンサーが意識しているか。意識せずとも音楽と振付の内にあるものを、どう表現しているか。
表現されたものは、今此処で踊っているダンサーが解釈しており、その解釈に対して、観る者がどう感じるか、どう解釈するか、というように、解釈の解釈が騙し絵のように連鎖する。
しかし、ダンサーが踊らないとテクストは決して、今此処には現れない。野球で投手が打者に球を投げ込まないと、プレーが始まらないように。
文学テクストを読む行為者が自らの意志で頁を繰るようには、ダンスでは、観る者は自分でテクストを現出させうる事は出来ない。

さらに困難なことに、ライブテクストは一瞬にして消えていく。
観る者は、その体感を、事後的な記憶に依って再構成するしかない。 再読は不可能。只一回限りの現象を、記憶の中でのみ再構成する。
音楽演奏を聴く場合も同様で、音楽家がスコアをどのように解釈したかを、音楽の流れにそって体感して、後に記憶に依って再構成するしかない。

しかし、あくまで重要な事はその場その時の身体感覚であり、体感こそが、ライブテクスト受容の核心であるはずだ。
その意味では、ライブテクストの受容とは、読書のような個別密閉的な体験よりも、舞台での生身の他者の身体によって現出するテクストを、今此処の同じ場所を共有し自らの身体を通して感じ、反応するという意味に於いて、ダンサーという他者との対話的な生のやり取りであるに違いない。

ライブを観聴きする者は、そのライブパフォーマンスを、踊る身体を感じることで、共にその一堂の空間の空気を作っているとさえ言えるかも知れぬ。踊る側も、間近に観る者の身体の反応を必ず自らの身体で感じているはずである。
だとしたら、ライブの空間には、踊る者と観る者との相互的な身体交換が現出しているのではないだろうか。

ただし、今此処で己の身体を刻む踊る者と異なり、観る者の体感は、その場その時が最も昂揚するとは限らない。
記憶の幾たびもの想起によって、かえって体感が深まる事もあり得る。
「記憶が純化される」とでも、小林秀雄なら云うだろうか。

また、今、観ているその場その時は、ライヴテクスト内の時間の中で常に他のシーンと照合されながら構成されていく。
特に、そこは音楽テクストよりも、ダンステクスト、特に物語バレエにおいてはテクスト内再構成は、さらに重要となる。テクスト内再構成がなければ、そのテクストの深みは生まれてこない。
そこでは不可逆的な時間の流れに沿いながらも、想起の力でその前のシーンを現出させる意識によって、今この場のシーンが物語内の過去と現在とで重層化してより深まり得る。
さらには、テクスト内の時間とそのテクストが終演した後の時間との二重の記憶の想起と再構成が、観る者の体感をより深めていく。

そのどちらの再構成においても、
プレテクストとして、そのテクストが創作された過程や解釈の歴史を知っていた方が、間違いなく深まる。
それがなくとも良いとも言えるが、様々なプレテクストが、今此処で過ぎ去っていくダンスの現象と過去とを繋げうるものとなる。またその可能性を拡げる。

しかし、そのような過去=プレテクストは、今此処を妨げることもあり得る。
なぜなら、ライヴテクストは、今此処にこそその命が宿っており、今此処の比重が、それ以前に記述された又は記録された文学テクストや映像テクストよりも、ずっと重いにも関わらず、プレテクストが今此処を浸食し過してしまう場合もある。年齢を重ねた観る者に往々にして起こりがちである。
今此処でのライヴテクストこそが核心であり、そこから何らかのプレテクストが参照され得るバランスが大切になる。

このように、プレテクストと今此処で現出するダンスとは、アンヴィバレンツな関係でもある。
ライヴテクストを観るという行為は、観る者の身体がアンヴィバレンツに引き裂かれつつあることでもあるし、そのあわいを生きるということでもある。


詩も文学もイメージである如く、どんなにその踊る身体に強度があったとしても、ライヴテクストもイメージでしかないのだが、そのイメージをどう連関させるのかの在り方が違う。
ライヴは先に述べたように一方的なのだ。観る者は、ただ踊る身体を見せられ受動的に観ざるを得ない。固定したテクストを、たとえば後ろから読むというような、自由に読むが如くは読めない。
なので、「読む行為」と呼べるほどの能動性を、ライヴテクストに持たせるとしたら、観る側にこそ、何らかの作法が要るのではないか。
プレテクストとの対話、そこから予想されるであろう今此処。
その予測の地平があって、ダンスがその空間に現出した時に生じるずれ又は予測にぴたりと嵌ったような感覚が生じ得る。しかし、それはデジャ・ヴのように、そうなったことで初めてそうなると感じていた自分を体感するようなもので、予測の地平も、そうなったからと言って決して詰らないものでもない。ああ、本当にそうなったという驚きの方が強いし、今此処に現れたダンスから朔行してプレテクストが想起されるというべきか。
そのくらいに、今此処でのダンスの強度は重い。


新国立バレエ『ロメオとジュリエット』(マクミラン版)の想定し得るプレテクスト
・シェークスピアの原作(1595年頃)
・ラファエロ前派などの絵画作品(19世紀)
・プロコフィエフが作曲した音楽(1936年)
・その音楽によってバレエ化された作品
 ラヴロフスキー版(1940年)、アシュトン版(1952年)、
 クランコ版(1958年)、ヌレエフ版(1977年)など
・1965年の初演以来マクミラン版を踊ってきたダンサーたちの踊り
・原作に基づいた映画作品 (ゼフィレッリ,1968)など
・バレエの『ロメオとジュリエット』への批評言説

 これらは勿論、その全てに関わる必要はないし、それは不可能だろう。
今此処のダンスにどのようなプレテクストを繋げるかは、観る者の個性と経験とによる。それ故に、そのコンタクトの行為は、観る者自体が問われているということでもある。だが、もちろんだからこそ、それは恣意的にもなり得る。
プレテクストをどう扱うか、それが今此処のダンスとの整合性を得られるかどうかは、ひとえに、観る者の意識の必然性に依り、それを如何に記述できるかにかかっている。





『ロメオとジュリエット』というテクストに寄り添って

どこへ、だれと。
ジュリエットはロメオを求めてか。
だが、14才の少女であっても、そんなに単純ではない。
それを30歳代の男がテキストに書き、もっと年寄りの男たちが作曲し振り付ける。
20歳代のダンサーがそれを踊る。
そして、初老をとうに過ぎた私がそれを同じ空間に会して、身体で感じる。
その感じ、その空間でのなにものかを、ことばで書こうとする。
どうやって書けばよいのか? 誰も疑問を持たぬのであろうか?
ことばは、畢竟、粉飾を免れえぬ。
アウレリウス・アウグスティヌスが云った如く
舞台は所詮、他者の不幸を見る事で安堵して、自分の事などは見もしないものだろう。
http://ow.ly/SAMq306eyEQ

要するに、形式に枠づけられた「音楽」「バレエ」「物語」の中に、観る者は自分の見たいものしか、見ないのだ。
そのジレンマは、いつも舞台を見るたびに襲ってくる。
だが、それでも舞台を見るのは、たぶん、その手探りの期待と不安を、舞踏会に初めて会したジュリエットのように感じるからなのだろうか。
プロコフィエフの音は、同じようなシュティアシオンのオーロラとは全く異なり、決して明るい未来を奏でてはいない。
そこで、何も知るはずのない14歳のジュリエットは踊る。
だが「音楽」は既にある予感を提示している。
フルートのあの美しい旋律は、単に喜びには溢れていない。
恋を知ったときの、または知る直前の不安と心のざわめきが伝わってくる。
何が始まるのか。
いや既に、フォルトナはお前の定めを決した。


第1幕 
「前奏曲」(1「前奏曲」)
(以下番号は、プロコフィエフの原曲の番号を示す)
初日から、マーティン・イエーツ指揮東京フィルハーモニーの前奏曲は、特にヴァイオリンが深い音を奏でていた。指揮は、主旋律だけではなく背景の音も聴かせ、重層的なプロコフィエフの音を強調した。
ドラマは単線的ではない。ジュリエットやロメオの主題の背後にも音は鳴っていると、管弦楽は奏でていた。



「舞踏会」(「13「騎士たちの踊り」)
第1幕の舞踏会冒頭、初日は何かお葬式の行進?くらいに見えていたのだが、最終日になってようやく、遅めの音楽のテンポを身体で受けて、腕や上体を綺麗に使えるようになったので、だいぶ様になってきた。やっぱりここも簡単ではない。


米沢唯のジュリエットは、階段をしずしずと降りてきて、大人達のダンスを好奇の目で眺める、そしてその中に、何も分らずに迷い込む。
婚約者を紹介され、ジュリエットはその男、パリス(渡邊峻郁)
と踊る、舞踏会での最初のダンス。
なのに、どうしてあんなにも不安な感じの旋律を奏でるのか。
この作品を観るたびに、そう思った。
ピチカートの上を奏でるフルートの旋律はとても美しい。
しかし、「poco più tranquillo それまでよりも少し静かに」というスコアの指示の如く舞踏会の騒々しさはなく、ジュリエットだけが静かに深く内省していくようにさえ見える。
だから、このデビュタントは、ただ嬉しいだけでは決してない。
「あこがれの主題」が奏でられ、踊るが、米沢のジュリエットは決して憧れているのではない。
パリスはそこに居るのだが、本当にただのサポートでしかない。
ジュリエットの身体は僅かに宙に舞うのだが、決して気持ちは宙に舞っていない。
何かを予感している。しかし、それは何か分らぬ。
不安と期待が交錯する。
この音楽は、そう奏でているように、いつも思っていた。
しかし、その私の感覚をそのまま現してくれたダンサーは今まで居なかった。
米沢のジュリエットは、だから、決して高くは飛ばない。しかし、一方で深く身体を傾斜させ凭れかかる。パリスにだが、パリスにではない。
そうなのだ、こう踊らなくてはと、米沢の初日のこの場面を見て、初めて私は納得した。


形は違うが、ここでふわっと身体をリフトするのは、プロコフィエフの『ロメオとジュリエット』初演のラヴロフスキー版(1940)にはなく、クランコ版(1958)が作った。身体を後ろに倒す振りも。
https://youtu.be/PNhdWLrQ9KY?t=2m50s

この踊りの後で、ロメオと出会う設定は、アシュトン版(1952)が先だが、
https://youtu.be/IlrrXbIiHXw?t=25m42s
この場面の基本はクランコ版が作ったといって良いだろう。

ただ、マクミラン版の方がより劇的なのだ。
なぜなら、音楽が再び「騎士の主題」に戻った時、ジュリエットは本当に不意に、
突然ロメオ(ワディム・ムンタギロフ)の視線に捉えられている自分を意識する。
そしてその意識が高まるように音楽も昂揚していく、二人は穴があくほどにお互いの瞳を、ただ瞳だけを見つめ続ける。
そうして、ジュリエットは、仮面の向こうの誰か分らぬ視線に自らの身体が捉えられたことを、その誰か分らぬ瞳の中に映る自分の姿を見ることで、初めて知るだろう。
ラヴロフスキー版初演者のガリーナ・ウラーノワは、事あるごとに自室の鏡に映る自らの姿を見たという。それはまるで、ロメオの瞳に映っている自分を確認するかのように。

ケネス・マクミランは、そのウラーノワの「鏡」を、舞踏会の仮面の向こうの誰か見知らぬ男の瞳の中に作り上げた。だからたぶんこの出会いのシーンこそ、この版の白眉だと、私は思う。
どんな、誰の、舞台を見ても、このシーンに、私の身体はその震えを止めることが出来ない。
それを、米沢唯は、より深めた。
舞踏会への階段を静かに降りて、迷い込んだその空間で踊る。
全てはこの為にあったと、米沢の身体のシークエンスが見事に表現していた。
内省、沈潜、不安と期待、その果てにやってくる劇的な出会い。
周囲が踊っている中で、舞台の上手、下手から見つめ合う、バルの中でのたった二人の孤独。
まさに、恋とはこのようにして落ちるのだと、
マクミランの演出と米沢の踊りとが、遠い日の感覚を甦らせる。


ラブロフスキー版では、この後のジュリエットのソロで、ロメオと出会う。
https://youtu.be/RE9IS621NtE?t=3m41s
エフゲーニャ・オブラスツォーワのジュリエットは愛らしく美しいのだが、ここには、不安感はない。

これは二つの版の大きな違いなのだと思う。
マクミラン版のジュリエットは、ロメオとの最初の出会いから、死の予感を忍び込ませ、それをプロコフィエフの音楽の中に感じていると、米沢唯のジュリエットが私に秘かに告げたのだ。



14「ジュリエットのヴァリアシオン」
冒頭のロンドジャンブは軽めに廻す。
しかしその直後の脚を投げ出して、音を身体にいっぱいに引き込んで大きく廻る、衣装の裾がひろがり、一瞬身体がふわっと宙に浮くようにさえ見える姿が、美しい。
所謂、オフバランスなのだろうが、
この種の崩し方を、米沢は以前はそれほどしていなかった。
だから余計に目立つ。コンテ系のダンスを踊り込む中でそれを普通の感覚で踊れるようになったのだろうか。クラシックしか踊っていないと、こういう感覚は案外難しい。
思えば、マクミラン版はバランスを敢えて崩したり、そこからさらに脱力までもっていく振りが多いのだから、ここで、このオフバランスを攻め切ったターンを見せておくのは、先に現れたパリスへの深い凭れかかりと共に、その後の踊りの基調を示しているようにも見えた。
これは米沢唯の踊り方の解釈ラインだったはずだ。
彼女の全幕はいつも冒頭付近で、その後の物語展開を見晴らす、このような解釈の軸線を明示する。


しかし、この同じヴァリアシオンが、3日目にはさらに進化した。
同じ旋律で下手へ移動してからの2度目のロンド・ジャンブが凄かった。
脚をぱっと投げ出し両腕を上げた時、身体のふわっと浮いたような、音楽を身体が吸い込んだような、「ため」というものだろうが、
しかしそこは米沢だから明確にテンポが落ちるほどにはしない。
全体のテンポは遅めだが、だからといってそこではっきりとする程「間」が入るわけではない。音楽と身体とが絶妙なバランスがそこには現れたのだ。

さらに、コーダのマネージュも出色だった。
生き生きと躍動感があり、ローズアダージョで花開くオーロラのように、それまでのジュリエットの内向がぱっと外に開いた。
それも、このコーダに入る直前に、上手にいるロメオと改めて視線を交わしたからなのだ。ジュリエットはその視線を感じて、大きくぱっと花開いた。
そういう喜びがここにはある。米沢の美しいグラン・パドシャはまさにそれを現すのに的確だった。実は、今まで米沢の跳躍にはそれほど感心したことはなかったのだが、これが物語の中での身体の躍動というものだろうか。

但し、このソロの終わりでロメオに軽くリフトされる場面は、やや不満だった。もう少し繊細な飛翔感が必要ではないか。主には持ち上げる側の問題なのだろうが、ここでのジュリエットは、先にパリスとの踊りとは違いまさに自然と身体が宙に浮くような気持ちのだ、それを繊細な音で表現しているのだから。


これらの一連の「出会い」は、ほんの一瞬、稲妻に打たれるがごと、舞台上に現れる。
ラヴロフスキー版の初演以来、その流れ自体は変わっていない。
恋の現れが如何なるものか、それは突然、僅かな時に、すべての人生が凝縮されるように現れる。




「ジュリエットとロメオが接する」(16「マドリガル」)
ここでの米沢とムンタギロフは、若い二人が戯れるように愛らしい。
しかし、それが徐々に近づいていく、お互いの手が触れあったときに、静かに時が流れて、ジュリエットの身体が重力を失ったかのように、ロメオに凭れかかる。
それはパリスへのそれとは全く違う幸福感に満ち溢れていた。

もちろん、このシーンは原作にあるロメオの手と唇の口説き文句に因んでいる。
原作を忠実に映画化したフランコ・ゼッフィレリの『ロメオとジュリエット』(1968)
https://youtu.be/i928dOYLfMQ?t=2m20s
(フランコ・ゼッフィレリ『ロメオとジュリエット』1968 )


マクミラン版では、このシーンで、何度も何度も周囲の人々の邪魔が入る。
ラブロフスキー版では、ロメオの主題とジュリエットの主題が交互に奏でられる音楽に合わせて、二人の思いが徐々に盛り上がってくるのだが、マクミラン版は、周囲の邪魔によって二人の思いを盛り上げていく。
(音楽的にはジュリエットの主題のたびに邪魔が入るのはどこか変ではあるが。)
クランコ版はこのシーンで、ロメオが最初からジュリエットの手を取りキスしようとするのに対して、ジュリエットはロメオの髪を撫でる。実はこの二人の仕草がその後の伏線にもなる。
邪魔が入って盛り上がっていく演出は、アシュトン版までにはないので、クランコ版で新しく作られた設定と見ていい。このシーンで、マクミラン版はクランコ版を踏襲した。


ラブロフスキー版で背景に幕が降りてきて、二人だけの世界になる同じ音楽(「ジュリエットの愛の目覚め」の主題)で、マクミラン版もパ・ド・ドゥになるのだが、
ラブロフスキー版では、ここでジュリエットがロメオの仮面を取り、初めてその顔を見る。
その直後のリフトでのウラーノワの映像がとても印象的で、それはただ膝を抱える、そのままジュリエットが立ち上がるというものだが、その時のウラーノワのおずおずとした動き、表情は、「世界」が変わったのだ、いや今初めて「世界」がここに現れたのだというように、とても愛らしいのだ。
ウラーノワ・ジダーノフ(1955年) 
https://youtu.be/WsYJzemkjYs?t=1m28s

マクミランは、あのウラーノワのリフトを意識していたはずだが、ここでのリフトを片足を折り曲げているがアラベスクに近い型に変えている。

また、マクミラン版ではロメオ自身が仮面を脱ぎ捨てる。それにジュリエットが反応することなく踊り始めるのは少し変なのだが、それは兎も角も、
米沢とムンタギロフは、特に初日のそのリフトがウラーノワもかくやと思わせるような初々しいを感じた。
アラベスクの型のままでロメオが移動していくので、ジュリエットは飛翔しているようにさえ見えるのだが、それがまさに、こんな感覚は初めて味わう、という思いなのだ。幸福感に満ちあふれていた。
(勿論それは、初日故の慎重さからくるものだったかも知れぬが)


この後、ティボルトによって二人は引き裂かれるが、音楽が「ガヴォット」となり舞踏会は続く。ジュリエットは上手、ロメオは下手でそれぞれ別のパートナーと踊りだす。(「18 ガヴォット」)
この最初のロンド・ジャンブを米沢は、初日は律儀にしっかりと廻していた。観る側としては、ロメオから引き離されてきっと悲しいだろうと思って見ている。そこを、その前の事とは無関係に踊りの振りだからといって、しっかりと踊られても何となく違和感を抱く。
しかし、2日目、3日目となるとダンスよりもロメオの方がずっと気になっている。
踊りはそっちのけで、意識がずっとロメオの方へ向かっていた。
これは単にこのシーンだけではなく、初日〜3日目にかけての米沢唯のジュリエットが、如何にその役の中へと深化していったかを示していて興味深い。
もちろん、振付指導はしっかりと踊る事を、またダンサーとしての自然な身体としては、音がなりパが始まったら、自然にそのように身体が動いてしまうだろう。
しかし、そういうダンサーとしての米沢唯が次第に消え、ジュリエットとしての米沢唯へと変化していったのが、このシーンでよく現れていた。



「バルコニー・パ・ド・ドゥ」(19「バルコニーの情景」)
ジュリエットがバルコニーに立つ。
米沢は、ロメオと触れ合った自らの腕を愛おしみ、何となく気だるい身体を柱に寄りかかりながら空にかかっているだろう月を仰ぐ。実際に舞台には示されていない月がそこにはっきりと見える。
(初日、3日目、腕を撫でて柱に寄りかかる、2日目は、そのようにはせず、その場の空気感に身を任せていた)

音楽が一変しロメオが現れる。見つめ合う。
このシーンはアレクサンドラ・フェリの若い頃の映像(1984年ロンドン・ロイヤルバレエ)で見ると、アップになるからか彼女の呼吸が徐々に速くなっていくのさえ分るのだが、実際の舞台ではそこまでは見えない。
ロメオがバルコニー下で手を伸ばすも届かないので、降りてくる事を促すと、ジュリエットは一心に駆けてくる。
居ない、どこ? 
すると、すぅ〜と手が伸びてくる。
月の光の中で、その手はどんなに白く輝いた事かと、思わせるほど美しい腕が、ジュリエットに触れる。
すぐに横に並んだ彼を、米沢のジュリエットは見ない。
だから、もちろん、ジュリエットにはその美しさは見えないのだが、ジュリエットは、その美しい白い腕を感じている。
その若い二人の姿の、何と愛おしいことか。


すると、パ・ド・ドゥの音楽が始まる。 
20「ロメオのヴァリアシオン」〜21「愛の踊り」
冒頭のムンタギロフのアティチュードからの半回転が端正で美しい。
私の見たロメオのそれとしては最も美しかった。
激しく情熱的に踊りはしないが、この端正さが彼の持ち味であり、それがムンタギロフのロメオであり、だからこそ、米沢のジュリエットは彼に惹かれるのだ。
それがマネージュに至ると徐々に加速してくる、
そしてプロコフィエフの音楽が、月夜に一つの光の虹を架ける時、米沢のジュリエットはロメオを目ざして駆けてくる。音楽が緩く弛緩する。ロメオに抱かれて大きく身体が開かれる。身体が左右に深く倒れ込む。
しかしここで明確に脱力しきりはしない。マクミランなのだから、もっと脱力してもいいのかもしれぬ。
そう踊れないところが、米沢なのだと思う。
腕を絡める、あの美しい腕に。(ウラーノワへのオマージュ)
すると、音楽が揺れ始め、ロメオがジュリエットを背負い大きく左右に揺らす。
ジュリエットの身体が撓り反り、脚が立ち上がり、音の波の中をうねるように漂う、ロメオ(の身体)だ。
そう、ジュリエットは感じている。
美しい回転、それをロメオが受け止めての二人並んでのアラベスク(これもウラーノワへのオマージュだ)
ジュリエットが飛翔する、そして再び波が押し寄せてきて、ジュリエットの身体が逆さまに峻立する。
もう一度飛翔して、波が押し寄せてくると、身体が湾曲して宙に浮く。
そして、腕が絡み合わされ、
今一度、大きな波が押し寄せてくる。
ここでの東京フィルのパーカッションが奏でる「波」は素晴らしかった。
ロメオの波に、ジュリエットは大きく天に漂う。
(跪いたロメオがジュリエットを美しくリフトして上げ下げする。簡単ではないのだがムンタギロフはそれを美しくこなす)、この二人のパ・ド・ドゥは、ここで頂点を迎える。

そう、このパ・ド・ドゥはここが頂点なのだ。
しかしここを美しく見せるダンサーは中々居ない。
米沢とムンタギロフの功があるとしたら、ここにこのパ・ド・ドゥの頂点がある。音楽と振付が、何度も何度も、波のように寄せ手は返して深まり高まり、ここで極まることを、全体の構図の中で見せた事だ。
この二人のバルコニーパ・ド・ドゥではここがもっともの極みだ。
その後のジュリエットの軽やかなステップは、その極みの後の喜びであり、
音楽が静かに収まろうとすると、もう一度軽い高まりがあり、
手と手が触れ合い、放し、身体が重なり合い、深いベーゼへと音楽は終息する。
音楽と振付と二人のダンスとが、寄せては返す波のような恋人たちの感情の高まりと鎮まりを、見事に表現していた。



こんな後のアントラクトは、何を思ったらいい?
二幕冒頭で、ロメオがヴェローナの街を放心したように歩いてくる、
あの気持ちが、私は初めて分った気がした。
身体の芯からうっとりとして、ほかにはなにもないのだ。




第二幕
第1場「ヴェローナの広場」(22「フォークダンス」〜)

ヴェローナの街での喧噪、若いカップルの結婚式、ロメオの元に手紙を届ける乳母とのやり取り。
ラヴロフスキー版は、カーニバルだが、
マクミラン版の特徴は、若い見知らぬカップルの結婚式を挿入している事と、乳母との滑稽なやり取りを強調していることだ。
ただ、これがどの程度効果をあげているかは疑問。
そもそもロメオ役のどのダンサーもこれに注意をほとんど向けないから、一つの街の風景以上には見えない。彼がこれを見て、自分もジュリエットとこうなりたいと思っているようには余り見えない。
そんなこと(このように皆から祝福される「結婚」)などどうでもいいほどに、ジュリエットのことしか思っていない。
一方、
乳母への三人の絡みはよく出来ている。
ラヴロフスキー版でも乳母は滑稽に扱われるが、ここまで長いシーンになってないし、主に幕前で乳母がロメオを中々手紙を渡さずじらす。
アシュトン版では、子どもが乳母の尻に触ったりちょっかいを出すので、それをロメオとその友人たちにやらせたとも云える。
(乳母 楠元郁子、丸尾孝子、マキューシオ 福田圭吾、木下嘉人、ベンボーリオ 奥村康祐)

3日目になって、ヴェローナの広場はようやくそれらしくなってきた。
音楽との調和感もある。娼婦もちょっと「ヤンキー」が入ってきた。
元々娼婦のイメージの湧かない今の若い世代には、「ヤンキー座り」でも、したらとでも指導するとちょうど良かったのだろう。
新国立ダンスーズには ”Bitch” は無理だけど「ヤンキー」なら可能かもと、娼婦たちを見ていて思った。初日よりはずっと「綺麗に揃わないで」踊れるようになっていた。
(娼婦 寺田亜沙子、堀口純、中田実里)




第2場「教会」
「結婚式」(28「ロレンス僧庵でのロメオ」〜29「同 ジュリエット」)

このシーンは、ラヴロフスキー版がどの版よりも宗教性を強調しかつ美しい。
髑髏と百合を神父は両手に持つ。百合=愛の方を上げる、そこへジュリエットの手紙を持ったロメオがやってくる。
ロメオが並べた百合の間をやってくる黒いマントのジュリエットが何と美しい事か。
さらにアラベスクで愛を誓い、跪き、祈る。この一連の姿はラヴロフスキー版の白眉。
ウラーノワが作った清楚なジュリエット像をもっとも強調する場面だ。
ソビエト時代のロシアでこういうシーンがどのように受容されたのか、興味深い。
カーニヴァルの民衆の喧噪と、チャペルの静寂、この対比が見事で、プロコフィエフの音楽とも合い呼応している。
クランコ版も、チャペルが自然の森の中にあるという如何にもドイツ的な設定を除けば、それらを基本的に踏襲している。
お互いを求め合うかのように、腕をお互いに投げやる振りが印象的。
ただ、二人が去った後、神父は髑髏の方を今一度取り上げる。

それに比すると、マクミラン版は、結婚シーンが如何にも短い。
神父が聖書らしきものを読み現れ少し物思いに耽っいると、すぐにロメオがやってきて、神父が戸惑っていると、またすぐに乳母が現れ、ジュリエットもやってきて、祭壇らしきものさえない。神父の前で愛の誓いをしてキスをして、別れがたい中を別れる。
だから、あっという間に終わって、ただ、筋を述べているだけのようにしか見えない。
マクミランの中では、ここはどうでもよかったのかもしれない。
アシュトン版でも、祭壇の前で跪き愛を誓い、さらに二人に幾らら踊らせ、百合の花が現れる。マクミランはそうした宗教性を拒否しているようにさえ見える。
それ故に、これは20世紀半ばに作られたより人間的なドラマと云えるのかもしれぬが。(神父 輪島拓也)



第3場「街の広場」(30「民衆はお祭り騒ぎを継続中」〜35「ロメオはマキューシオの死の報復を誓う」)

舞台が再びヴェローナの広場に戻ると、先の結婚式はまだ続いている。
公に祝福される二人と、日陰者の二人という対比を、マクミランは意図していたのかもしれないが、そんなことは当の本人たちにはどうでもいいことだったろうと、他の版以上にジュリエットとロメオの二人の愛にフォーカスしているマクミラン版を見ていて思えるから、皮肉だ。
ティボルトは、その結婚式を破るが如く現れる。
ティボルト(中家正博)はもっと凶暴に、マキューシオ(福田圭吾、木下嘉人)はもっと遊んでほしい感もあったが、3日目は剣劇共々、全体に大分良くなった。特に「決闘」シーンは東京フィルのドライブ、加速感が凄かった。そしてそれにダンサーも応えて迫力があった。


「キャピレット夫人の嘆き」(36「第2幕の終曲」)
キャピレット夫人は、全日、本島美和だったが、
ティボルトの死を悼む強烈な動きには、凄いものがあった。
仁として上品な感があるので、どんなに激しく動いても低俗にならないのがいい。
しかも、その身体の動きはしっかりと音を捉えている、むしろオケの嘆きの音が、本島の身体から放たれているようにさえ感じた。
新国立バレエの歴史の中でも語り継がれていい、名シーンだった。
ラヴロフスキー版は、夫人だけではなくキャピレット当主も出てきて、夫人はティボルトを載せた板の上に乗って激しく嘆き、「殺せ」(報復)のポーズを明確にする。
クランコ版も似ているのだが、夫人だけで板の上で嘆くが「殺せ」のポーズはしない。
アシュトン版は、当主も出て、さらに大公も現れ、捌きの場のようになる。ジュリエットも見ている。
それらに比べると、マクミラン版は、両家の闘いというよりも純粋な嘆きが強調されたといえるか。
ヌレエフ版だけが、夫人ではなくジュリエットが広場に出てきて、激しく嘆くのが興味深い。




第3幕
37「前奏曲」

まず、序曲は管楽器の不吉な不協和音の後で東フィルの弦の音が,オルガンのように美しく響く。この曲で、こんな印象を持ったのは初めてだ。不吉な死と聖なるものとしての愛。東フィルの弦の音が素晴らしい。


38「ロメオとジュリエット」
幕が開くとベッドで寄り添っている二人。
米沢とムンタギロフは互いに互いの方に身体を向けるように眠っている。


「寝所のパ・ド・ドゥ」(39「ロメオとジュリエットの別れ」)
初日は今一つな感があった。特に米沢の方がやや感情を激しく出し過ぎているように見えた。別れのシーンなのだから当然と云えば当然だが、まだ、この時点では悲劇になるとは分らないのだから、余り激しい嘆きはどうなのか?
また、ムンタギロフのロメオが、それを上手く受け切れていなかった。彼は、そういうタイプのダンサーではないからなのだろう。

米沢のクレヴァーな点は、2日目以降、感情の表出をよりコントロールしていったことだ。そうすることで、ムンタギロフとのバランスがよくなった。
しかし、それは米沢の身体がよりムンタギロフのロメオを感じていくことが出来たから、そういう動きになったのかもしれない。
だから、クレヴァーというよりも、米沢の身体的な直観に基づくものだったかもしれない。


この「寝所のパ・ド・ドゥ」は、マクミラン版では特に回転を多用した激しく速い動きが求められている。
ラヴロフスキー版は動きがもっと緩やかだし、クランコ版ではジュリエットの身体に脱力を求めつつもやはり緩やかに動く、それに比してマクミラン版は、感情が激しく出るような早い動きを感じる。
冒頭の体の寄せ合い、アティチュードさらに脚を開いてリフトしての捲き込むような回転、体を閉じて後ろへ倒しての引きずり(1幕の「バルコニー」にも出る)、逆に体を開いてのけぞる アティチュードを前、後ろへと繰り返し、上体を反らし中心からずらし、揺らし、リフトから脱力して、降ろす。

この振付をそのまま動けば、踊る側もそれなりに感情が昂揚していくだろうが、その振付に任せてただ感情が出れば良いという訳でもない。
古典の型を崩して捲き込んだりづらして揺らしたり、脱力したりが必要なのだが、それは簡単ではない。それが出来ないで感情だけが先走ってもこの踊りは踊れない。
だからクラシック・バレリーナには、バルコニー以上にこのシーンは難しい。

しかし、勿論、その感情も、この場でのジュリエットをどう捉えるかで変わるが、マクミランの振付はただただ激しさを求めているようにさえ見える。
元々、端正な踊りが際立つ米沢唯とワディム・ムンタギロフには、特に初日は、感情が昂揚していく米沢に対してムンタギロフがややついていってないように思え、アンバランスに見えた。

振付のマクミランが、「真の初演者」であるリン・シーモアに云った如く、
「舞台の上で見難くある事を怖れるな」とまでは、中々いかないのだ。 
リーン・シーモア、デヴィッド・ウォール Lynn Seymour & David Wall
「寝所のパ・ド・ドゥ」
https://www.youtube.com/watch?v=04QyU6lpWMI&list=PLobg54P1Yodx-T0lNu50G1Z4vPkHwC2IW&index=44

しかし、にもかかわらず、米沢とムンタギロフの3日目には、必ずしもマクミラン的な踊りとはいえないかもしれなかったのに、「後朝の別れ」が、ひしひしと観る者に伝わってきたのは、何故だったのだろうか。

3日目の二人は、この日がまた一段と深い音を奏でていたマーティン・イエーツ指揮東京フィルのプロコフィエフの音を、身体一杯に吸い込んでいた。身体に音が吸い込まれ、それが再び二人の身体から、空間全体へと拡がっていくように感じた。
米沢が初日ほどに感情をぶつけないでやや抑制しているかのように見えたのは、ムンタギロフと2度踊って彼との合わせとしてそうなったとも言えるが、
それ以上に、マクミラン的な振付を越えて、物語の『ロメオとジュリエット』の少女と青年、そしてプロコフィエフの音楽に、たち戻っていたからなのかもしれない。
マクミラン的に踊ることは、技術的かつこの版の目ざす意図としては重要だろう。
しかし、最終日の二人には、今踊りつつあるダンスが如何なる振付であるべきかは、それはもうどうでも良いようにさえ見えた。


「父母とパリスがやってくる」(14「乳母」〜15「ジュリエットはパリスとの結婚を拒絶する」)
ロメオと別れたジュリエットは未だ放心状態で、身体に触れようとするパリスを激しく拒絶する。
しかし、米沢のジュリエットは、それ以外ではただただ呆然としている。
父母が彼女に入れ替わりたち替わり激しい口調で言い寄っても(他の版では父のみが強く迫るが、マクミラン版では両親共に激しく捲し立てている)、彼女には全く聴こえず反応しないで、その意識は中有を彷徨い始めているようにさえ見える。
周囲の怒りと戸惑いに対して、米沢のジュリエットはこのシーンから既に「独り」なのだ。


「ベッドに腰掛けて」〜「ウラーノワ疾走」(42「ジュリエット独り」〜43「間奏曲」)
両親からパリスとの結婚を言い渡されたジュリエットは、ただひとりで嘆きながら、ロメオと一夜を過ごしたベッドに腰を下ろす。
ここで全く踊らないで嘆きつつ、音楽が「間奏曲」に変わる所で静かにベッドに腰を下ろす点が、マクミラン版の大きな特徴だ。

ラヴロフスキー版では、父のみが責め立て母と乳母はジュリエットをかばう。42「ジュリエット独り」で踊り、嘆きと共に正面に身体を開き、見物に訴えるかのようにして、その後ロメオの愛の誓いを思い出し、神父の元へと疾走すると、幕になり43「間奏曲」が続く。
アシュトン版は「間奏曲」を利用してジュリエットが道に迷いながらも僧庵に辿り着く姿を最も描いている。
クランコ版では「ジュリエット独り」がカットされ、「間奏曲」のみで、嘆き、身体の寒さを感じマントを羽織って、僧庵へと走る。

なので、43「間奏曲」を使って、その間に動くことなくただベッドに座り続け、徐々に気持ちを高めていくマクミラン版は、際立って特徴的といえる。

初演当時、この「間奏曲」を聴いたロンドンの見物の誰もが、神父の元へと疾走する映画版『ロメオとジュリエット』(1954年)のウラーノワを思い起こしたことだろう。
ウラーノワへのオマージュが、全くの振付なしのシーンを作ったのではないかとさえ思える。(実際のラヴロフスキー版の舞台は、映画とは違いそれほど疾走するわけでもなかったのだが)


米沢の、ベッドに座るシーンは、日によって微妙に違っていた。
初日は意思の現れが明らかに見えたように感じられたが、二日目、三日目と、明らかというよりは、「間奏曲」の音楽を深く聴き入り、その中にそのまま身を委ねているように見えた。だからここで「決意」したという感ではなく、より自然に自分の内側から思いが湧いてきて、マントを取り(それを大きく翻してゆく姿は、初日から美しかったが)、徐々に加速して、僧庵に向かう。米沢のジュリエットのマントが大きく張った姿は、特に3日目が本当に美しかった。舞台奥を横に駆けるシルエットさえもが。
これほど美しいこの場も余り観た記憶がない。その「美しさ」こそが、ジュリエットの「意志」の現れのようにさえ見えた。
多くのダンサーはマントの張り具合の美しさなどのは無頓着なのだろう。
しかし、米沢は、ここでマントを大きな帆のように張って駆け出す事の意味を、ウラーノワへのオマージュも含めて、本当によく理解しているのだ。

このシーン、私には、ヌレエフ版(1977年)が特に印象的だ。
父母、乳母によって強制的に結婚衣装を着せられ、短剣を取りだして何度も突こうとするが、突けない。自由か死かという如何にもフランス的主題がこの場面のジュリエットには現れる。ジュリエットはその短剣を手に持ったまま、というか手から短剣を離すことが出来ないままと云うべきか、ロレンスの元へ走るのだ。ヌレエフ版のジュリエットはまさに家族、家の軛と闘っている。僧庵でも胸を突こうとするのを危うく止められ、薬を貰い、ジュリエットは短剣ではなく薬壷を奉じて帰ってくる。その後も、この短剣か薬壷かは、死せるティボルトとマキューシオの亡霊によって(シェークスピアの原作に忠実に)、ジュリエットは、最後まで迷い続ける事になる。
実は、私はこのヌレエフ版のジュリエットの姿に一番、心惹かれる。勿論、それは単に私の好みの問題なのだが。「ジュリエット」とは、観る者のある種の理想の女性像の現れでもあるのだろう。



「ロレンスのもとへ」(44「ロレンスの僧庵にて」)
ラヴロフスキー版もアシュトン版も後のヌレエフ版も含めて嘆きと共に、神父の前で、原作の懐剣で死のうとする決意を見せるジュリエットを見せているが、マクミラン版のこのシーンは大変短く、ジュリエットの決意は示されず、薬を貰う事の躊躇も一度は突き返すが、すぐに神父と共に祈りになる。
フェリの映像(1984年、ロンドン・ロイヤルバレエ)は、ここで音楽が毒薬のモチーフで不安感を出すと祈りの途中で独りだけ顔を上げるが、他の版に比してマクミラン版はこのシーンでジュリエットの決意をそれほど描かない。
この版では、ジュリエットの決意はの全ては、仮死へと導く薬を呑みほすシーンに向けられている。



「パリスとのパ・ド・ドゥ」(46「ジュリエットの寝室」)
ジュリエットは、父に促されて今一度、第1幕の舞踏会の音楽でパリスと踊る。
このシーンでは、まるで夢遊病者のように踊るラヴロフスキー版がとても印象的で、1940年にこのようなダンスを作ったのは画期的だったと思える。
ラヴロフスキー版のジュリエットは、ここでパリスとのベーゼを明確に拒む。
その強いジュリエットの意思を、視線によってウラーノワが強調したとされているシーン。
ラヴロフスキー版は1幕のパリスとのパ・ド・ドゥの音楽をほぼそのまま使っており、ここでの原曲とは異なる。
アシュトン版以降のクランコ版、マクミラン版、ヌレエフ版では原曲にそっているが、ヌレエフ版では、父と母との四人で踊り、拒否を示す中間部で他の二人が動きを止め、ジュリエットだけの心中表現となっていて興味深い。


米沢のジュリエットは、先と同様に、意思も何もない抜け殻として踊りだす。
1幕の舞踏会でのあの不安感は、このシーンを暗示していたかのようだが、だからといって、あのシーンがこのシーンを予見していたというわけでもない。ドラマが自然にここに辿り着き、振り返ってみたらそうだったという感である。だから、伏線としてあったのではない。
しかし、このシーン迄物語が来てみると、まるで初めからそう運命付けられたかの如く感じるのだ。まさにデジャ・ヴのように。



「ジュリエットの仮死」(47「ジュリエット独り」)
独りになったジュリエットは、様々な思いの中で薬をあおぐのだが、ここでもラヴロフスキー版では、ジュリエットは鏡の中の自分を見たり、シェークスピアの原作のように亡霊と対話しながら、しかし、愛の主題が響いてきて、ロメオが去った窓へとジャンプして、薬の一基の飲み干す。飲み干してからももう一度鏡を見て、寝台の柱に巻き付きロメオの方へと手を差し伸べたアラベスクをした後に、横たわる。
この一連のシーンも、ラヴロフスキー版は素晴らしい。
昨年(2015年)12月のマリインスキーバレエ東京公演でのクリスティーナ・シャプランは、このシーンが出色の出来であり、彼女によってこのシーンの深みを、私は体感できた。
ラヴロフスキー版では、この第3幕のウラーノワ疾走→僧院→薬を呑むまでの一連の流れが有機的に繋がって、それらが全体でジュリエットの苦悩を伝える構成になっている。
ラヴロフスキー版を下敷きにしつつ、ジュリエットがよりフランス的な強い意志をもった女性になったヌレエフ版も同様だ。
一方、クランコ版には前段のパリスとのパ・ド・ドゥの再現シーンがなく、結婚を承諾したらすぐに薬を飲むシーンになる。一度、封を明け口まで持って行くが呑めず、そこへ来た乳母に抱きつき、また離れ、独りになりベッドに横たわり、愛の主題で大きく手を拡げて、薬を飲み干す。


米沢唯は、薬を呑むこの場面を3回踊ったが、日によって微妙に変えていた。
1日目は、神父から貰った薬壷を、一旦は取り出しては見たものの恐怖から投げ捨てた。
2日目は、投げるほどではなく落すに近い感じだった。
3日目は、一旦は呑もうと口まで持っていくが、恐ろしくなって手からこぼれ落ちたように見えた。
1日目は、単にロメオが好きという思いが先走っていたように見えやや単調だったが、2、3日目と回を重ねるごとに、次第に、それだけではなく、怖れや不安感、運命、ティボルトの亡霊、神への祈りなどの感情が、音楽の微妙な動きに合わせて表現されるようになって、ジュリエットの身体に去来する様々な思いが伝わってきた。
その場のジュリエットの在り方への身体感覚の同調、共感が、やや画一的だった感情表現を整え、それを生んだのだと思う。
そして、3日目の、ややゆっくりと祈りを捧げ、毅然として薬壷に向かい一気に呑み干した姿は、気高ささえ感じた。

服薬後も日によって異なっていた。
1日目は、薬のまわりに、身体をくねらせ、大きく目を見開く。
また特徴的だったのは、2日目の薬を飲んでからで、ベッドの前で倒れるのが本当に倒れたかの如くリアルで、しかも目を大きく見開いたまま倒れている。とても迫力があった。3日目にもやるかと思ったが、3日目はごく自然に倒れ目も閉じられていた。その後ベッドまで這っていった。
ベッドへの倒れた姿も日によって違っていた。
初日は、比較的正面向いて脚も開き気味で倒れた、二日目は腕が十字になったが脚は閉じ気味で、三日目は右腕は伸びて、左腕はやや曲げた。
彼女なりの、その日その日の仮死の身体があったのだと思う。



エピローグ「墓場」(51「ジュリエットの葬儀」〜52「ジュリエットの死」)

終幕も、1日目より2日目それよりも3日目の方がロメオへの愛情が豊かに表現されていた。
1日目はただ好きと悲しいという感情が強かったけども、2日目には横たわるロメオを見つけた時の不思議な感に打たれたような表情が良かった。当然そう思うはずだ。すぐにロメオとは分らないはずだから。お決まりの絶叫も少し抑えたように見えたのは気のせいか。
3日目には、さらに斃れているロメオを本当に愛おしげなまなざしで見つめていた。単に好き悲しいという感情だけではない、気持ちの深みと成熟を米沢唯は示した。
それは、このような感じだった。

目覚め、恐怖、なぜ?
そこに居るのは誰?との一瞬の戸惑いの後、

あなたがここに居るの?
あなたなのね、
ああ、あなた私を待っていて下さったのねと、斃れているロメオを抱き上げる。

ああ、愛しいあなた、
本当に愛しい私の夫という優しいまなざしが
次の瞬間には
どうして、抱いて下さらないの。
キスをしても応えない。

あ、これは何? 毒薬? 
ああ、
どうして、ああ、ああ、命の息吹きがない。
あああ、、あああ、と、叫ぶ。

私の分はもう残ってないの、
パリスを刺した短剣を見つけ、

「さあ、私の身体がお前の鞘よ」と、突き立てる。

倒れ、ロメオの方へ、ロメオの方へ、
腕を取って、ああ、あなたと共にある。

ああ、何という恩寵、、、

ジュリエットは、身体をのけぞらせて棺の下に横たわるロメオの腕を一瞬取るも、腕は離れ、二人の身体は触れ合うことなく、棺の上と下で横たわり、幕。



日増しに抑制されたように見えたけれども、音楽が昂揚する所での「絶叫」には、私は違和感を持つ。あのシーンはフェリが余りにも印象的で彼女のような感情をストレートに出す欧米人には向いていても、日本人、それも特にその仁としても抑え気味な表現の持ち味の米沢唯や小野絢子がすることには、全体の表現のバランスから言っても疑問だ。
典雅を信条としているようなラヴロフスキー版は当然のこと、マクミラン版の残された映像を見ても初演者だったマーゴ・フォンテーンの映像(1965)、さらにABTでの映像が残っているナターリア・マカロワ(1981)を見ても「絶叫」などしていない。
ヌレエフ版のような、自由か死かを激しく問う意志の強いフランス的な女性像を描いたものならば、あそこでの絶叫には何の違和感はないのだが。マクミラン版の場合は、そのダンサーのジュリエット観や個性によって、このシーンも考慮されるべきではないだろうか。


とはいえ、米沢唯の第3幕は、日を追う毎にその身体が徐々に解放されていったように見えた。それは単に「悲しみ」と云う言葉では覆い尽くせないものなのだと感じた。またその過程は、原作が持つ、一義的ではない言葉の多様な豊穣さを結果的に表現する事でもあった。

最終日の幕が降りた後、米沢唯は珍しく満足そうな表情をしていた。彼女がそういう表情を見せるのは稀だ。それくらいに渾身の舞台だったのだろう。
外に出ると、晩秋の薄暮の空に三日月がかかった。ロメオが星になったのならば、あの月はジュリエットだったなのかと、それ以上の思いは何も浮かばないほどに、身も心も満たされているようで、一方で何の言葉も出てこない思いを、私はしていた。

だから、この文章を書き始めるまでに、私は多くの時を経ねばならなかった。
言葉がすぐには出てこなかったのだ。

(了)



ラストシーンに関しての補足
ラヴロフスキー版は正しく心臓を突いているように見えるが、マクミラン版では、新国立バレエの小野絢子、米沢唯だけではなく、他のバレエ団でも腹を突き刺しているように見える。これはこのような指導がされるのだろうか。やや疑問である。
原作は「この胸、これがお前の鞘なのよ。さあ、そのまま居て、私を死なせておくれ。」と異なる。

また、マクミラン版『ロメオとジュリエット』の特徴の一つは、最後にジュリエットとロメオの身体は、重なる事も触れ合う事もなく別々に斃れているということ。あんなにも絡め合った腕と腕も、ジュリエットはロメオの腕に触れようとするのだが、力尽き離れていくのだが、これも原作のト書き「ロメオの身体の上に折り重なって死ぬ」と異なる。
他の版では重なり方はことなるが、皆重なって死ぬ。
ラヴロフスキー版 寝台下の階段に斃れ他ロメオの身体の上に仰向けに十字形に重なる
アシュトン版 パリスを刺したロメオの短剣を取り、そこで腹を刺し、寝台下で斃れているロメオまで這っていき、ロメオの身体に覆い被さるが、傍ら仰向けに斃れる。
クランコ版 パリスが握っていた短剣をとり、寝台で死んでいるロメオの前で腹を刺し、ロメオを背後からゆらゆらと抱きながらロメオを胸の上に上体が斃れる。
ヌレエフ版 ロメオが寝台の上のジュリエットを抱き起こし背後から抱えたままで毒薬を呑む(クランコ版と似ているが男女が逆)。ジュリエットの横に斃れているロメオの短剣を取り胸に突き刺し、ロメオの上に仰向けに寄りかかるように死ぬ。


参考文献
『ロミオとジュリエット』 シェークスピア 中野好夫 訳   1951年
『バレリーナへの道』  ウラーノワ  袋一平 訳   1955年
『ウラーノワの芸術』  ボリース・リヴァーフ=アノーヒン  1977年
『Romeo and Juliet』CD booklet   Philips classics 1991年
『作曲家別名曲解説ライブラリー プロコフィエフ』 森田稔  1995年












posted by 星跡堂主人 at 13:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台 Theatre | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする