2015年12月31日

バレエ『ドン・キホーテ』(主にレオン・ミンクス作曲)

バレエ『ドン・キホーテ』(ミンクス作曲を主とする)の主要な上演記録

A 1869年12月 モスクワ・ボリショイ劇場 
  マリウス・プティパ版(全4幕8場)
スペインの民俗舞踊色の濃いコメディーバレエ。

B 1871年11月 ペテルブルク・マリインスキー劇場 
  マリウス・プティパ改訂版(全5幕11場)
夢のシーン、公爵邸シーン(グラン・パ・ド・ドゥ)など挿入されバレエクラッシックの要素が増す。
初演時は別のダンサーが演じていたキトリとドゥルシネアを同じダンサーが演じるようになった。原作にあるドン・キホーテと銀の月の騎士との決闘はカットされ、終幕場は公爵邸になった。
またその後、ゴルスキーのよる改訂前に、プティパによって「グラン・パ・トレアドール」が『ゾレイヤ』(ミンクス作曲、1881年)から挿入された。

C 1900年12月 モスクワ・ボリショイ劇場 
  アレクサンドル・ゴルスキーによる改訂版(3幕5場)
1幕の群衆の処理などに、それまでの古典的でシンメトリックなコール・ド・バレエの動きとは違うスタニスラフスキー・システムが採用された。

D 1902年 ペテルブルク・マリインスキー劇場(クシェシンスカヤによれば、この公演はバレエマスターKristian Johannsonに捧げられたお別れ公演だったようだ。)
1900年のゴルスキー版の再演が基本だが、クシェシンスカヤが自ら振り付けて3幕のキトリのヴァリアシオンをミンクスの「ロクサーヌ」(1877年)からの曲か又はドリゴによる作曲かで挿入。
また、夢のシーンにドゥルシネアのヴァリアシオンも入る(『Les Millions d'Arlequinade』リッカルド・ドリゴ作曲,1900年)。
しかしクシェシンスカヤ自身は自伝でどちらについても述べず、第1幕のヴァリアシオンでのカスタネットが難しかったとか、ピルエットに続くピルエットを高速で廻り観客が喜んだということしか述べていない。
ダニロワは自伝で、「トウで立ってあんなに速く踊る人を、私はほかにみたことがない。『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥ、いつも扇子を持って踊るヴァリアシオンでは、大抵のバレリーナは音楽のスピードに合わせるのが難儀だった。なのにクシェシンスカヤは、指揮者にテンポを2倍に上げるように要求した。」と述べている。
この同じ、ペテルブルクでの上演では、「Amour」をカルサーヴィナが踊っている。この時から『パキータ』(ミンクス作曲)のヴァリアシオンをここに入れたのかもしれない。

E 1906年 モスクワ・ボリショイ劇場 
  アレクサンドル・ゴルスキーの再改訂版(3幕5場)
・「町の踊り子」の曲(ミンクス作曲バレエ『ゾライヤ』1881年初演から転用)
・エカテリーナ・ゲルツァ−(モスクワボリショイ舞台監督で『白鳥の湖』初演時の台本にも関わったワシリーの娘)のための「メルセデスの踊り」(アントワーヌ・シモーヌ作曲)
・終幕冒頭の「登場のマーチ」(ユーリ・ゲルバー作曲)
・同「ボレロ」(チェザーレ・プーニ作曲バレエ『大理石の美人』からの転用)
・「キトリの友人の第2ヴァリアシオン」(リカルド・ドリゴ作曲『フローラの目覚め』からの転用)され、現行の終幕の骨格が出来る。
以上の幾つかは、1902年のペテルブルク公演から入った可能性もある。

F 1923年 レニングラードバレエ 
  フョードル・ロプコフ演出1906年版に基づく改訂。
「ファンダンゴ」(エドアルド・ナプラヴニク作曲)がロプホフによって振付られ挿入。 

G 1940年 モスクワ・ボリショイ劇場 
  カジャン・ゴレイゾフスキー、ロスティスラフ・ザハロフによる改訂版。音楽処理にはユーリ・ファイエルが協力。
・ソロヴィヨフ-セドイ作曲の「カルメンシータ」、「水兵ジーグ」
・レインホリド・グリエール作曲「エスパーダの踊り」
・ジェロビンスキー「ジプシー娘の踊り」が挿入され、現行の「居酒屋シーン」の骨格が出来る。

H 1962年 ロンドン・バレエ・ランバート
  ポーランドの振付家ベルコフスキーによるゴルスキー1906年版に基づく全幕上演。
西欧での最初の全幕上演と思われるが、当時バレエ・ランバートは規模が小さくなっており、小編成のものだったようだ。

I 1966年 ウィーン・国立歌劇場
    ルドルフ・ヌレエフによるプティパ1871年版に基づく上演。

J 1970年 オーストラリア・バレエ
    ルドルフ・ヌレエフによる再振付・演出 ヴィデオで見ることができる。

K 1978年 アメリカン・バレエ・シアター
    ミハイル・バリシニコフによる振付・演出 これもヴィデオで見ることができる。

L 1981年 パリ・オペラ座
    ルドルフ・ヌレエフによる再々振付・演出
パリ・オペラ座に『ドン・キホーテ』が全幕でレパートリーになったのは、この時が初めて。1972年のボリショイバレエ公演(マクシーモワ・ワシーリエフ)までこの作品はパリではほとんど知られていなかったようだ。ロンドンのロイヤル・バレエがバリシニコフ版をレパートリーにするのは、さらにこの後で、この時までミンクスの音楽に基づく『ドン・キホーテ』の全幕上演はされていない。

(1950年2月にニネット・デ・ヴァロワが、ロベルト・ゲールハルドの音楽に振付た全く別の作品『ドン・キホーテ』が、サドラーズ・ウェルズ・バレエで上演されている。この作品はマイムや演劇的要素が排除された純ダンス的な作品で、スペインの女を踊ったフォンテーンのダンスがとても評価されたようだ。)

M 1994年 モスクワ・ボリショイバレエ
    ユーリ・グリゴローヴィッチによる振付演出
この版の音楽は、ユーリ・トカチェンコ指揮ロシアフィルハーモニー管弦楽団のCDで聴くことができる。やや遅めのテンポのゆったりした演奏。


・東京のバレエ団の主な公演記録

1965年 7月24〜25日 谷桃子バレエ団  スラミフ・メッセレル版
1982年11月 5日    松山バレエ団  清水哲太郎版
1985年10月 4日    松山バレエ団  ルドルフ・ヌレエフ版
1989年 3月4〜5日   牧阿佐美バレヱ団  アザーリ・プリセツキー、ワレンティーナ・サーヴィナ版
1999年3月18〜22日  新国立劇場バレエ団 アレクセイ・ファジェーチェフ版

スラミフ・メッセレルを招いて上演された谷桃子バレエ団による『ドン・キホーテ』全幕公演は、ロシア以外の国ではイングランドのバレエ・ランバートでのポーランド人振付家ベルコフスキーによる版(1962年)についで、早い時期の上演だと思われる。しかし、このベルコフスキー版はたいへん小規模な編成の上演だったようで、完全版としては、谷桃子バレエ団が「西側」最初の『ドン・キホーテ』と言ってもよく、世界のバレエ史の上でも画期的な上演であったといえる。


1965年5月にジョージ・バランシンがNicolas Nabokovによる音楽で『ドンキホーテ』を振付、自らタイトルロールを踊っている。初演時の映像の一部 → https://bit.ly/2QaxBH2
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・『ドン・キホーテ』の二つのプロット

現行の『ドン・キホーテ』は、プロットが主に二つの系統に分けられる。
一つは、1906年のボリショイでのアレクサンドル・ゴルスキー改訂決定版を基調として、それに1940年のカジャン・ゴレイゾフスキーとロスティスラフ・ザハロフによる居酒屋シーンの大幅な再改訂を経たボリショイ系のヴァージョン(1994年のグレゴローヴィッチによる改訂版以前のもの)。

この系統のプロットは、
プロローグ→1幕「バルセロナの町の広場」→2幕1場「町の居酒屋」→同2場「ジプシ
ーの野営」(「風車」の場)→同3場「森の中の夢」→3幕「公爵館の広場」

谷桃子バレエ団が1965年に日本初演したメッセレルによる版(日本バレエ協会での公演版でもある。)
牧阿佐美バレヱ団のプリセツキー版もこの系統に入るが、通常の1幕と2幕1場とを1幕として、1幕を2場構成にしている。1幕の場面間の間奏曲として「カルメンシータ」が使用されている。
もう一つは、1940年のボリショイでの改訂版に基づきながらも、キトリとバジルの恋愛譚をより中心化した、西欧で上演されるバリシニコフ版(ロイヤル、ABT)、ヌレエフ版(パリオペラ座)がある。
現行のキーロフやマールイの演出、1994年のグレゴローヴィッチ版もこちら系統に入る。
この系統のプロットは、
プロローグ→1幕「バルセロナの町の広場」→2幕1場「ジプシーの野営地」
→同2場「森の中の夢」→同3場「町の居酒屋」→3幕「バルセロナの町の広場」

おおざっぱに言えば、前者の系統は、プティパ版を源流にしているので、タイトルロールのドン・キホーテをめぐる喜劇の比重が残っているのに対して、後者は、明確にキトリとバジルの恋愛物語の様相を呈している。物語の一貫性を求めるという意味からも、最近では、後者の系統の版が一般化していた。

その意味では、前者の系統を現時点で採用した新国立バレエのアレクセイ・ファジェーチェフ改訂版は、ややアナクロニスムかもしれない。また、3幕でドン・キホーテとバジルの決闘シーンが省かれてしまているので、公爵邸にドン・キホーテが存在する意味も余り感じられない。決闘で負かされる方がドン・キホーテの滑稽な悲哀がより出るのではないか?
しかし、『ドン・キホーテ』の作品としての面白さは、決して筋の一貫性ではない。
それはちょうど琵琶語りが集積して成立した古典の『平家物語』のように、様々な時代に堆積したダンスの多様さ、一つの作品でダンスの変遷を通時的に見ることが出来るところにこそあるはずだ。
その意味で、多様なダンスを出来る限り残した新国立版は、それなりに意味がある。また、ドンキホーテという存在のユニークさは、キトリとバジル以上に現代的であり、その役の比重が大きいこの版は、演じ方によっては単なる恋愛ドラマよりも、そのヴァーチャルな世界を夢想する現代人を相対化しうる可能性を持っているかもしれない。
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本文中に使用されている「ジプシー」という言葉は、その歴史的な使用法から現在は「差別語」として認知されており、かつて「ジプシー」と呼ばれていた人々は、「ロマ人」と呼称されていますが、作品中の言葉としてそのまま使用しました。ご理解ください。


参考文献、他

・福田一雄『バレエの情景』(1984年12月)
・Mathilde Kschessinska "Dancing in Petersburug" (1960)
・アレクサンドラ・ダニロワ(木村英二訳)『ダニロワの回想』(1986年)
・”THE KIROV BALLET DON QUIXOTE ” KURTUR BALLETSERIES 1217 (1988)
・「『ドン・キホーテ』第三幕パ・ド・ドゥ マクシーモワ/ワシーリエフ 1973年録画 
  (『栄光のロシア・バレエ˘』 1993年)
・『バレリーナへの道』vol。6(1994年5月)
・『ダンスマガジン』(1994年5月)
・『ダンスマガジン』(1996年7月)
・赤尾雄人「ボリショイバレエ版(グレゴローヴィッチ版)『ドン・キホーテ』CD解説」 (1997年)
・小倉重夫編『バレエ音楽百科』(1997年9月)
・ニコライ・ボヤルチコフ「『ドン・キホーテ』解説」
 (『レニングラード国立バレエ ムソルグスキー記念 1997〜1998年日本公演』パンフレット)
・Jacques Moatti, Rene Sirvin ”LES GRANDS BALLET du repertoire”  Aug-1998
・新国立劇場バレエ公演『ドン・キホーテ』パンフレット(1999年3月)
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2015年12月30日

『ラ・バヤデール』(インドの舞姫) La Bayadère

ルートヴィッヒ(レオ)・ミンクス(Ludwig MINKUS) が1877年に作曲した
『ラ・バヤデール』、初演はモスクワ・ボリショイ劇場、振付、マウリス・プティパ

インドの舞姫の主題はこの作品以前から、
フランスでは1855年にテオドール・ゴーティエによって
「シャクンタラー」に基づいた台本が書かれ、
ルシアン・プティパ(マウリスの弟)によって1858年バレエ化されている。

映像はパリ・オペラ座でルドルフ・ヌレエフが死の間際まで拘り振り付けた
ヌレエフ版の1994年5月の映像。(初演は1992年10月8日ガルニエ)
(実際は初演時のメートル・ド・バレエ、パトリス・バールなどによって多くのサポートがされているようだ)

https://www.youtube.com/watch?v=O1f9Bvks-OE



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