2016年05月15日

藤田燿憶(ようおく) 木彫展 

日本橋島屋6階美術サロンで開催されている
「藤田燿憶(ようおく) 木彫展」を拝見した。
藤田仏師は、雑司が谷にお住まいで雑司が谷のお寺にも仏像を奉納なさっている。


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展示正面にある、ひのきの一木から浮き出ていらした観音様は圧巻だ。
まさに虚空の蓮華に浮かんでいらっしゃるようだ。


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下から見上げると、またそのお顔立ちもより慈愛に満ちていらっしゃる。

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裏側に廻ると、檜の美しい木肌が見える。



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向こうで椅子に腰掛け熱心にお話をされているのが、藤田仏師だ。




大観音の周りには、また一回り小さな観音様が配されている。

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こちらは、仏像にしては珍しく、ややお顔を上げられている夢違い観音。

反対側から見上げると、微かに笑っていらっしゃる。
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これは檜ではなく、松を彫ったとのこと。松の木目が強く出ている。

同じく松の樹からお地蔵さんを彫り出したしたのが、こちら。
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松の樹の精を感じる。


藤田師が二十歳の頃に彫ったというのが、この制吒迦童子。
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高野山に伝わる運慶作のものがモデルだろうが、それとはまた違う
若かりし頃の師のやんちゃな感じが出ている。
聞けばこの頃は、「彫るのが楽しくて仕方がなかった」と仰っていた。
そういう勢い、楽観的な明るさを感じる。

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今回の展示作品では一番古いので、木肌により味わいも出ている。
木彫は、年代と共により深みを増していくところがいい。

この制吒迦童子は楠ということだが、同じく楠で彫られたのが、この日蓮像。
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師は、日蓮宗に関連する寺院の仕事をたくさん手がけたので、日蓮像は数え切れないくらい彫ったという。
日蓮宗寺院には必ず祖師堂があり、そこに日蓮の像を祀る。左手に経巻を握り、右手には笏か数珠を持つ。
その表情は厳しく、目をかっと見開いたものが多いが、
藤田師の作品は、体全体から厳格な力強さが漲って立ち現れているように感じられる。
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日蓮宗寺院に多く祀られる鬼子母神、雑司が谷にも鬼子母神堂がある。
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こちらはお不動さん。
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どちらも大変厳しい表情をなさっている。
しかし、藤田師の作品は、厳しさの中にどこかちょっと軽さというか柔らかさというか、もっと云えばユーモアなニュアンスさえ感じる。これが師の作品の魅力なのだと思う。

それは先程の、松の樹に埋まるお地蔵さんもそうだが、
もっと優しげなこんな作品もある。
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お地蔵さんが懐に子どもを宿していらっしゃる。
こうしたモティーフが、どこから出てきたのか、うっかりお伺いするのを忘れた。
もちろん、地蔵さんは子どもを守る存在で、子どもを抱えた地蔵像はよくあるが、
(慈母観音のモティーフを地蔵に現したのかもしれぬが)
まるで女性が体に子を宿す様に、地蔵さんが子どもを抱くこの像はユニークで美しい。

女性像は、他にもある。
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これは「春」と「秋」として、女性が成長していく姿を現した連作の
「秋」(成熟した女性)の方。
これを見て、私は思わずグスターフ・クリムトの「接吻」の女性を思い出してしまった。
身を微妙に反った体のラインに樹の地肌の文様、さらには濃厚な唇の艶が、それを感じさせたのかもしれない。

こうした作品の幅が、藤田師のユニークさでもある。

一方で、
古典的な端正さを感じさせる作品もある。

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私はこうした作品にも、とても惹かれる。
気持ちが落ち着き、心が鎮まる。



他にも観音像がある。
一つは今回の展覧の告知はがきに紹介されている
「気付き観音」
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藤田師は、蓮の花の僅かな変化に、仏性を悟った菩薩の姿を現したとおっしゃっていた。
蓮が僅かに開こうとしている。


一方、こちらは、その直後のお姿のようにも思える。
僅かに開いた蓮は翳され、ふくよかなお顔立ちは悟りをはっきりと実感なさっていらっしゃる。

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左手に悟りの象徴である蓮を持ち、右手は衆生を受け入れる与願印を示している。
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会場を横から見渡すとこんな感じ。
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さすがに島屋美術サロンというだけあって、
ふかふかの椅子でゆっくりとお話しできる雰囲気があり、
藤田仏師さんと創作の経緯等のお話しできるのも、とても有難い。
会期は5月17日(火)まで、17日は午後4時に終了。



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大黒様、もちろんこれも藤田師の作品。

おわり。

























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2016年04月08日

4月8日、灌仏会の雑司が谷

4月8日、灌仏会、
花曇りの雑司が谷を歩く。

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 旧高田小学校の小径

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曲がりくねった道は、江戸時代のままの道筋

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この辺には、江戸時代には名主の屋敷があった。

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鬼子母神参道のけやき並木
残念ながら、年々痛みが酷くなっている。
江戸期に地域住民が寄付をしてできたけやき並木、
これからも守っていけるだろうか。
石畳がけやきの根を痛めているのは間違いない。
石畳をやめて、自動車の通行を禁止すべきだろう。

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鬼子母神本堂には向かわずに反対側へ下っていく。
この辺りでは、法明寺についで古い本納寺に出る。

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門前の御衣黄、本堂前のしだれ桜が美しい。

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このしだれ桜は、昨年枝を剪定した。
以前はもう一回りくらい枝が大きかった。
そのせいか、何となく樹勢が弱くなり、花の付きが悪くなったような気がする。

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それでも繊細で可憐なことには変わりがない。
余り人も来ず、門前も車がほとんど通らないので、
とても静かななかで、さくらと対話できる。
ほんとうに、心安らぐ空間。

日の光が僅かに射してくると、それに応じて花が微笑みだす。

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そうして、こうした一枝に出会える。

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苔の緑も美しい。
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しだれの下には、、、

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卵からふ化したおたまじゃくしが、、、



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枝の向こうに見える石塔は、雑司が谷の地誌を掘り起こした天明期の文人、
金子直コの供養塔。

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長らく忘れられていたこの金子直コの業績を掘り起こしたのは、
この寺の先先代の住職兜木正亨(かぶとぎ・しょうこう)と、
その同志、海老澤了之助、秋田雨雀らだった。
彼等は昭和初期から戦中にかけてこの本納寺で研究の場を開き、
金子直コや江戸期の雑司が谷日蓮宗寺院の歴史を明らかにした。
金子直コの墓所は、雑司が谷の本浄寺にあったが、今は無い。
そこで、本納寺の兜木正亨が昭和38年(1963)にこの供養塔を建てた。


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雑司が谷の先達たちの思いが、
この静謐な本納寺で耳を澄ませていると、微かながら私には聴こえてくるような気がする。


金子直コについて、以前書いた記事
http://zoushigaya.seesaa.net/article/385571868.html





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お散歩、おわり。































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2015年12月30日

『ラ・バヤデール』(インドの舞姫) La Bayadère

ルートヴィッヒ(レオ)・ミンクス(Ludwig MINKUS) が1877年に作曲した
『ラ・バヤデール』、初演はモスクワ・ボリショイ劇場、振付、マウリス・プティパ

インドの舞姫の主題はこの作品以前から、
フランスでは1855年にテオドール・ゴーティエによって
「シャクンタラー」に基づいた台本が書かれ、
ルシアン・プティパ(マウリスの弟)によって1858年バレエ化されている。

映像はパリ・オペラ座でルドルフ・ヌレエフが死の間際まで拘り振り付けた
ヌレエフ版の1994年5月の映像。(初演は1992年10月8日ガルニエ)
(実際は初演時のメートル・ド・バレエ、パトリス・バールなどによって多くのサポートがされているようだ)

https://www.youtube.com/watch?v=O1f9Bvks-OE



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