2016年08月31日

ジャポン・ダンス・プロジェクト「ムーヴ/スティル」  2016/08/27~28  於 新国立中劇場



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「ジャポン・ダンス・プロジェクト Move/still」
遠藤康行、小池ミモザ、青木尚哉、柳本雅寛、児玉北斗、(JAPON dance project)
小野絢子、米沢唯、八幡顕光、島地保武、大宮大奨 (GUEST DANCERS)


冒頭、二人の男(児玉北斗と柳本雅寛)が上手から出てきて、真ん中に立ち客席のあちこちを見ている。
現代演劇ではよく使われる手法だが、舞台と客席との境界を取り払い、この舞台で起きることと客席との関係性を、既成の枠組みとして既にそこにあるものではなく、舞台での身体の動きによって作ろうとするのだろう。
舞台は既にそこにあるのではなく、今此処で生成される。客席はその生成の一部になる。

児玉北斗は、柳本雅寛を舞台中央に残し下手脇の書見台の前に行く。
舞台照明に指示を出した後、徐に三木清の「哲学入門」(1940年)から、
「行為は運動である」の件を語り出す。
→ http://ow.ly/BtT7303DxqK 
(この章で三木清は、前章で論じた「科学」と、「哲学」との違いを説明している。)

三木を引用する児玉の声に合わせて、舞台中央の柳本が、まるで文楽人形かマペットのように動き出す。この動きが中々秀逸でかつ面白い。そもそも哲学の文章に合わせて身体を動かすという発想が良い。
児玉は途中からとても早口になり、それに合わせた柳本も加速する。
ほとんど、この難しい哲学的語彙の羅列をちゃかしているように見える。
しかし、柳本が去った後、客席に寄ってきた児玉は、客に向かって
「私は主体であなたは客体で、あなたにとっての私は客体で、、、」と、静かな声でではあるが捲し立てる。
私(主体)は、あなた(客体)との相対関係においてしか現れないことを喚起し、それはまた舞台上の身体(ダンサー)とそれを見る身体(観客)との相対的な関係性の謂いでもある。
これは、今此処での身体の、自己と他者との関係性というモチーフだろう。

児玉はまた、『哲学入門』から
「このようにして客体はすべて或る根源的な過去性を担い、いわゆる過去現在未来に属する一切を既にそこにあるものとしてこれに対するのが主体である。主体はいかにしても既にそこにあるとはいい得ぬものであり、真の現在である。この現在は、過去現在未来と区別される時間の秩序における現在でなく、それを超えた全く異る秩序のものである。この現在においてあることによって、過去も未来も現在的になる。過去や未来が我々に働きかけるというのも、この現在においてである。それは過去現在未来が同時存在的にそこにおいてある現在である。行為は既にそこにあるといい得るものでなく、既にそこにあるのは為されたものであって為すものではない。行為はつねに現在から、普通にいう現在とは秩序を異にする現在から起るのである。行為が主体的なものであるというのはそのことである。かくして行為は過去をも未来をも現在に媒介する、そこに行為の歴史性があるのであって、我々のすべての行為は歴史的である。」とも、語っており、
そこからは、行為という現在と、想起という記憶との時間軸のモチーフが現れていて、これは後に舞台上に現れる。

だから、児玉の発する語りは、
『哲学入門』をちゃかしつつも、しかし一方で、これから舞台上で生起する事を指し示すパフォーマンスにもなっている。
この冒頭の在り方が、「ムーヴ/スティル」全編を貫いているモチーフだと、私は感じつつあった。もちろん、それがはっきりとしたのは、既に起こった事を想起し再構成し直した後にではあるが。

その後、舞台には、自由に曲げる事のできる大きな梯子のような装置が現れ、
後方の空間には長方形の長い鏡が3枚浮いている。
装置・衣装デザインは、針生康(はりう しずか)。
中劇場の奥行きを活かし、踊りまくれる遊び場のような空間を見事に作っている。

ソリッドな音が刻まれはじめ、男性ダンサーが体を舞台空間に慣らすかの様に踊り出す。女性ダンサーも加わり、一連の動きの後、ダンサーが一人ひとり去っていく。最後に小池ミモザだけが残り踊っているが、そこに児玉が戻ってきて「この人何やっているのだ」という視線を浴びせると、小池は溜まらず去っていく。
その時だ、
空から何かが突然落ちてきてドスンとても大きな音を放つ。
(初日はこの大きな音に驚いたが、2日目は落ちる角度が悪かったのか、倒れてしまい、音もさほど大きく響かなかった)。
「空から何かが降ってくる」というフレーズは、つい最近、アメリカ合衆国大統領の言葉として聴いたのだが、
("Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed." )
それはよく見ると、土のついた根の部分がビニールで覆われたが樹木(植木)だった。


舞台に残っていた児玉は再び舞台下手の書見台に行き、
「皆様本日はジャポン・ダンス・プロジェクト・ムーヴ/スティルにようこそお越し下さいました、、、」とやらかす。
今までのことは何だったのかという、リ・スタート。
先に、舞台空間と客席の境界を崩そうとしたが、
ここでは、いつからこの演目は始まったのかのスタートとそれ以前との境界が崩される。
児玉は、さらに上演時間が「何百時間」にも及び「途中で不具合が生じたらまた初めからやり直す」とも告げる。これも表面的には単なるちゃかしなのだが、一方で、この舞台は通常の直線的な時間と無関係な場なのだということなのだろう。
それは、後に、「私たちはついに時間が歪んだ空間を見つけ出しました」(アインシュタイン的な意味ではなくベルクソン的な意味でのか)という、言葉として提示される。

児玉は、最後に「ですから、これから行われる事は、既に行われた事なのです。」という、言葉を提示して去る。

リ・スタートした世界では、梯子が移動し下手で冊となり、上手にはすべり台が現れ、方々には樹々があり全く違った世界(公園)が広がる。そしてその空間を支配するのは音だ。「珈琲ルンバ」の軽快な音が聴こえ、ダンサー全員による総踊りとなる。
珈琲ルンバにのったダンスをこれだけのレベルで見るのは本当に気持ちがいい。
バレエダンサーは、この手の踊りはリズム感が違うので意外と苦手なのだが、そんな感じは微塵もない。

一転静寂となる。
舞台には、
バレエポーズを決める小野絢子と米沢唯、バレリーナだ。
米沢がそれまで履いていたスニーカーを脱ぐために上手に行き、脱いだ靴を綺麗に揃える。(初日と2日目とでは揃え方が違っていた)
米沢が戻ってくると、今度は小野がその場で脱ぎ、脱いだスニーカーを思いっきり舞台奥へと投げ込む。(初日より2日目の方が思いっきり投げていたように見えた)
そしてまたポーズ。
すると、島地保武が舞台奥からそそくさと出てきて、二人の周りで様々な動きをするが、二人は眼中にない。小野と米沢には島地は見えてない様に見える。
島地が米沢に一瞬さわったかと見えたとき、バッハのゴールドベルク変奏曲のアリアが響き(鍵盤楽器ではなく弦楽器で演奏される)、二人は動き出す。なんと美しいシーン。通常のバレエとは違い、からだがもっと自由に流れる様に動く。島地が小野と米沢からその動きの美しさを引き出している様にさえ見えた。
初日を見た時、このシーンは、島地と米沢、小野との身体の関係性の対話に見えた。
しかし、2日目に見た時は、音楽の響きに体を自由に任せた三つの身体の溶け合うような流れとして見えた。
特に変わった振りや難しい振りがあるわけではない。ただ、美しい流れ(持続)だけが顕われる。
踊る側も見る側も、記憶とその時の空間により変わるのだろう。そして流れる時間も変わる。

ゴールトベルク変奏曲の続き(第一変奏)は、後にも現れ、米沢と大宮大奨、児玉北斗とが踊る。米沢と並んで踊った時の、児玉のラインの美しさには目を見張った。


八幡顕光と大宮大奨が、ひょうたん島のようなものに乗ってやってくる。
まず八幡が降りる。彼はひょうたん島の斜面を滑る様に降りる。
そしてバレエのポーズや回転技を披露する。『ドン・キホーテ』のバジルを思い出す。
すると、今度は大宮が、彼はひょうたん島の斜面に足の裏をしっかり付けて降りてくる。あれはどうやって出来るのだろうか。斜面に足の裏がくっ付いている様にさえ見える。
そうして、ストリートダンスのような難しい技を幾つか披露する。
それがもう一度繰り返されて、大宮が八幡に「これ出来るか」と挑発すると、
八幡が海老ぞりに逆立ちしたり、難しい脚と手の絡みをやろうとするが中々出来ない。

バレエとそれ以外のダンスの技との競演は、ありそうでない。両者は言うまでもなく、相対的な関係なのだが、両者が並んで競うことはしない。それを可視化している興味深いシーンだった。
それにしても大宮大奨(おおみやだいすけ)の技術は凄い。初めて見るダンサーだが、私の知らない世界には様々なダンサーが居るのだと、改めて思う。
彼は元々はタップから始めたようだが、今はニューヨークを拠点にしているらしい→ http://danceworks.jp/new-lesson/11781/
彼の身体とダンスは、この舞台のところどころで、バレエ的な動きや見方の枠組みを崩すスパイスになっている。


バレエとコンテンポラリーダンスの対比という意味では、
柳本雅寛が他のメンバーに、「バレエじゃなくって、コンテはこうするのだ」というレッスンをするシーンも面白かった。きっと新国立バレエの3人にとっては本当に勉強になったのではないか。
途中、柳本が八幡に「君は何をやっているの?」と訊くと「バレエです」と八幡が答えるのもおかしかった。


児玉北斗の経歴を、下手の檻の中で小野絢子が語る。他のダンサーたちも小野の背景で何か歌っている。
小池ミモザの経歴を、遠藤康行(彼は今回殆ど前に出ず、あの空から落ちてきた植木を時おり移動させ舞台の奥で見つめている)が、フランス語で述べる。
その経歴の語りの中で、児玉も小池もそれぞれに踊る。
ここでキーになるのは「♪〜いつのことだがおもいだしてごらん〜♫」という『おもいでのアルバム』という曲。
実は私はこの曲を全く知らない。調べてみると1980年頃からTVで放送されるようになり有名になったようだ。
https://www.youtube.com/watch?v=DP68_ZaB5BE

児玉や小池と違う、青木尚哉の場合は、
「いつのことだか〜♪」と一人で鼻歌を唱い、何度も自分の経歴を、誰かが語ってくれないかと催促している様に踊るが、誰も語ってはくれない。
すると、男子が集まってきて、各自が勝手に青木との関係をしゃべりだし、青木を弄り出す、小学生が公園でじゃれるように。
これらはノスタルジーであろう。
しかし、ここで舞台に現れる身体の絡み合いは、決して小学生のそれではなく、このメンバーだからこそこんな事も出来るという、身体の動きと絡みの面白さを見せる。
ダンサーって、本当に凄い事が出来るのだと思ったのは、パリ・オペラ座ガルニエでのアンジェラン・プレルジュカージュの「Trait D'union」(2003年12月)で、ローラン・イレールとウィフリード・ロモリの動きにも強く感じたのだが、それはもっと形式性を持った動きだったのに比して、こちらはそういう形式性が希薄な即興性を強めているように見える。ただのじゃれ合いの中で、簡単には出来ない動きやポーズを次々に決めていた。ダンサーって、こんなすごいことも出来ると、驚くような舞台はもっと見てみたいものだ。

とはいえ、これらがノスタルジーの文脈で見られるのは致し方ない。
なので、見る側も個々人の記憶を想起して二重写しで舞台を見るのだろう。
「女子だあ〜」との声がすると、再び「珈琲ルンバ」が鳴り出して、
ひょうたん島の上で何やら話し込んでいた女子三人の元へ男子が駆け寄り、女子はすっくと立ち上がり踊り出す。
小池ミモザが良いのは言うまでもないが、後ろの二人(小野絢子、米沢唯)も負けていない。こういうダンスは肩の入れ方が如何にカッコいいかが勝負なのだが、常にスクエアに体を保つバレリーナにはこれは簡単な事ではない。それがこの二人も肩が綺麗に入る。だからカッコいいのだ。小野も米沢も、その身体にクラシックでは感じられない艶が出る。

この騒ぎの後でも、青木だけが遺される。
空間自体が、友達が全て行ってしまった後の夕暮れの公園、
たぶん男の子なら誰しもが経験した、誰も居なくなった後の一人遊び。
しかし、そのダンスは次第に強度を増していく。

舞台が暗くなり、逆光の中で、青木尚哉が踊り出す。
それがもの凄くカッコいい。オフバランス、ターン、体の浮遊感、
それまでのノスタルジックな雰囲気が一変する。
そこに植木を持った遠藤康行がやってきて、青木と植木が幕前に残される。

この辺りの場の前後は、私の記憶も曖昧なのだが、
(今思えば、「ムーヴ/スティル」は、一つ一つのシーンの印象が鮮明に残る一方で、そのシーンの前後関係=連続性は余り明確に思い出せないところがある)

児玉北斗も再びやってきて、「どうたら私たちは時間の歪んだ空間を見つけたようです」と云い、その言葉をスクリーンに映し出す。
その後、植木を植えて観察した記録の話をし始める。
それは何日経っても変わらないものだった。本来そんなものはあり得ないはずなのに。
なぜか、そうだろうなと納得する。
合理的ではない観察がそうなのだろうなと、思える時間の歪み。
何か不思議な感覚。
過去は今の中にあり続ける、持続として。何も変わらず。
植木も変わらずありつづける、記憶として。

タイトルの「ムーヴ/スティル」は、「変わるもの/変わらないもの」とも解せる。
それは夏目漱石の後期の主題とも重なる。
(それぞれの出発点がベルクソンであれば当然ではあるが)
斯様に、この作品は身体動作の中に言葉のイメージが散りばれめられて居る。
「ムーヴ/スティル」は「身体/ことば」でもある。
アプローズの後にも、二度も三度も美味しいイメージの膨らみがある。

しかし、その一方で。
舞台上手側に米沢唯が出てきて、脚を横に突き出す。
先に柳本のコンテレッスンで出てきたポーズだ。
(実は初日にこのシーンを見た時、小池ミモザかと思ってしまったくらい、米沢の突き出された脚はオフバランスの身体からすっと美しく伸びていた)
そこから、冒頭のソリッドな音が聴こえてきて、総踊りが始まる。
これが凄かった。今までの全てのイマージュを打ち砕くかのようにそれぞれのダンスが空間を切り裂く強度。
まさにこれだけのメンバーをそろえたからこその、無類のダンス。

冒頭シーンの後、再度三木清の「行為は運動である」が喚起され
「ですから、これから行われることは、全て既に行われたことなのです。」という呪文めいた言葉で、この舞台はリ・スタートしたのだが、ここまで私が見てきたこの舞台は、今此処でのダンサーの行為が喚起してきた、私の、過去の未来の他者の、イマージュによるものなのだろう。

ダンスの裏の紗幕の向こうでは、
遠藤康行が坂道(すべり台)を何度も上っては墜ちてくる、まるであの神話のように、と。

しかし不思議なことに、今此処でのこの無類のダンスの強度は、イマージュでも物語でもなく、まさに他者の物質性そのものを感じさせる。それは、私がこのダンスする他者の身体を、ただ客体として見ているからなのだろうか。
否、たぶんそうではなく、目前のダンスが、他者の身体が、私のイマージュの枠組を揺り動かし砕きつつあるからではないのか。淡いノスタルジーはそこで霧散していく。
様々な記憶を喚起しながらも、無機質な音の中での最後の「総踊り」のダンスの強度は、私のイマージュを吹き飛ばしたように思えた。

だが、
ソリッドな音は次第に、雨や、風や、虫や、蛙の聲、お遍路の鈴、のような音(これらは既にイマージュなのだが)へと変わっていき(実際にはもっと前からその空間には、ソリッドな音に重ねてそれらの音が響いていたのだが)、今までダンスとは繋がっていなかったそれらの音、西洋音楽の規範では決して「音楽」とは捉えられないそれらの「音」が、西洋人ではない私の身体の記憶を今一度喚起して、ダンスの静けさの方へと誘う。
その中を、米沢唯が静かに踊る。
そうして、音は、米沢の身体の中へと静かに消えていく。

全てが消えて、舞台のずっと奥の方に植木が聳える(柳本が持っている)と、
タン・タ・タン・タ・タン・タ・タン・タと、聴き覚えのある前奏が聴こえてくる。
"Non, je ne regrette rien"、エディット・ピアフ。
そうして、ダンサーたちが出てきて、頭を下げる。大きなアプローズ。

様々なイマージュと身体の強度が波の様に繰り返され、常動曲のように繋がっていく。
しかし、今此処のシーンと身体は、既に行われた前のシーンとの連続性を断絶しているかのようにも見える。そこでは、物語的なシークエンスが拒まれている。時間の連続性は見えない。
にもかかわらず、身体の動きの断片は、どこかで持続している。それは目には見えぬ「間」というものかもしれない。見事な作品構成。
そして、今も、
既に起こったこの舞台は、見る者にそうした身体と時空の在り方を、改めて想起し続ける事を、
私に求めている。
私の耳に、
  Avec mes souvenirs
  J'ai allume le feu
  Mes chagrins, mes plaisirs
  Je n'ai plus besoin d'eux
  Balances mes amours
  Avec leurs tremolos
  Balances pour toujours
  Je repars a zero

  Non, rien de rien
  Non, je ne regrette rien
  Ni le bien qu'on m'a fait, ni le mal
  Tout ca m'est bien egal
  Non, rien de rien
  Non, je ne regrette rien
  Car ma vie
  Car mes joies
  Aujourd'hui
  Ca commence avec toi...
   と唱う、ピアフの聲が聴こえてくる。




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参考リンク
「珈琲ルンバ」ザ・ピーナッツ(1961年) http://dai.ly/x2dgd3s

Edith Piaf - Non, je ne regrette rien オランピア劇場ライヴ(1960年11月23日)
https://www.youtube.com/watch?v=rzy2wZSg5ZM


三木清『哲学入門』横書き版  http://www.aozora.gr.jp/cards/000218/files/43023_26592.html



























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2016年05月15日

藤田燿憶(ようおく) 木彫展 

日本橋島屋6階美術サロンで開催されている
「藤田燿憶(ようおく) 木彫展」を拝見した。
藤田仏師は、雑司が谷にお住まいで雑司が谷のお寺にも仏像を奉納なさっている。


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展示正面にある、ひのきの一木から浮き出ていらした観音様は圧巻だ。
まさに虚空の蓮華に浮かんでいらっしゃるようだ。


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下から見上げると、またそのお顔立ちもより慈愛に満ちていらっしゃる。

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裏側に廻ると、檜の美しい木肌が見える。



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向こうで椅子に腰掛け熱心にお話をされているのが、藤田仏師だ。




大観音の周りには、また一回り小さな観音様が配されている。

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こちらは、仏像にしては珍しく、ややお顔を上げられている夢違い観音。

反対側から見上げると、微かに笑っていらっしゃる。
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これは檜ではなく、松を彫ったとのこと。松の木目が強く出ている。

同じく松の樹からお地蔵さんを彫り出したしたのが、こちら。
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松の樹の精を感じる。


藤田師が二十歳の頃に彫ったというのが、この制吒迦童子。
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高野山に伝わる運慶作のものがモデルだろうが、それとはまた違う
若かりし頃の師のやんちゃな感じが出ている。
聞けばこの頃は、「彫るのが楽しくて仕方がなかった」と仰っていた。
そういう勢い、楽観的な明るさを感じる。

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今回の展示作品では一番古いので、木肌により味わいも出ている。
木彫は、年代と共により深みを増していくところがいい。

この制吒迦童子は楠ということだが、同じく楠で彫られたのが、この日蓮像。
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師は、日蓮宗に関連する寺院の仕事をたくさん手がけたので、日蓮像は数え切れないくらい彫ったという。
日蓮宗寺院には必ず祖師堂があり、そこに日蓮の像を祀る。左手に経巻を握り、右手には笏か数珠を持つ。
その表情は厳しく、目をかっと見開いたものが多いが、
藤田師の作品は、体全体から厳格な力強さが漲って立ち現れているように感じられる。
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日蓮宗寺院に多く祀られる鬼子母神、雑司が谷にも鬼子母神堂がある。
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こちらはお不動さん。
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どちらも大変厳しい表情をなさっている。
しかし、藤田師の作品は、厳しさの中にどこかちょっと軽さというか柔らかさというか、もっと云えばユーモアなニュアンスさえ感じる。これが師の作品の魅力なのだと思う。

それは先程の、松の樹に埋まるお地蔵さんもそうだが、
もっと優しげなこんな作品もある。
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お地蔵さんが懐に子どもを宿していらっしゃる。
こうしたモティーフが、どこから出てきたのか、うっかりお伺いするのを忘れた。
もちろん、地蔵さんは子どもを守る存在で、子どもを抱えた地蔵像はよくあるが、
(慈母観音のモティーフを地蔵に現したのかもしれぬが)
まるで女性が体に子を宿す様に、地蔵さんが子どもを抱くこの像はユニークで美しい。

女性像は、他にもある。
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これは「春」と「秋」として、女性が成長していく姿を現した連作の
「秋」(成熟した女性)の方。
これを見て、私は思わずグスターフ・クリムトの「接吻」の女性を思い出してしまった。
身を微妙に反った体のラインに樹の地肌の文様、さらには濃厚な唇の艶が、それを感じさせたのかもしれない。

こうした作品の幅が、藤田師のユニークさでもある。

一方で、
古典的な端正さを感じさせる作品もある。

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私はこうした作品にも、とても惹かれる。
気持ちが落ち着き、心が鎮まる。



他にも観音像がある。
一つは今回の展覧の告知はがきに紹介されている
「気付き観音」
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藤田師は、蓮の花の僅かな変化に、仏性を悟った菩薩の姿を現したとおっしゃっていた。
蓮が僅かに開こうとしている。


一方、こちらは、その直後のお姿のようにも思える。
僅かに開いた蓮は翳され、ふくよかなお顔立ちは悟りをはっきりと実感なさっていらっしゃる。

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左手に悟りの象徴である蓮を持ち、右手は衆生を受け入れる与願印を示している。
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会場を横から見渡すとこんな感じ。
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さすがに島屋美術サロンというだけあって、
ふかふかの椅子でゆっくりとお話しできる雰囲気があり、
藤田仏師さんと創作の経緯等のお話しできるのも、とても有難い。
会期は5月17日(火)まで、17日は午後4時に終了。



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大黒様、もちろんこれも藤田師の作品。

おわり。

























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2016年04月08日

4月8日、灌仏会の雑司が谷

4月8日、灌仏会、
花曇りの雑司が谷を歩く。

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 旧高田小学校の小径

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曲がりくねった道は、江戸時代のままの道筋

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この辺には、江戸時代には名主の屋敷があった。

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鬼子母神参道のけやき並木
残念ながら、年々痛みが酷くなっている。
江戸期に地域住民が寄付をしてできたけやき並木、
これからも守っていけるだろうか。
石畳がけやきの根を痛めているのは間違いない。
石畳をやめて、自動車の通行を禁止すべきだろう。

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鬼子母神本堂には向かわずに反対側へ下っていく。
この辺りでは、法明寺についで古い本納寺に出る。

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門前の御衣黄、本堂前のしだれ桜が美しい。

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このしだれ桜は、昨年枝を剪定した。
以前はもう一回りくらい枝が大きかった。
そのせいか、何となく樹勢が弱くなり、花の付きが悪くなったような気がする。

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それでも繊細で可憐なことには変わりがない。
余り人も来ず、門前も車がほとんど通らないので、
とても静かななかで、さくらと対話できる。
ほんとうに、心安らぐ空間。

日の光が僅かに射してくると、それに応じて花が微笑みだす。

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そうして、こうした一枝に出会える。

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苔の緑も美しい。
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しだれの下には、、、

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卵からふ化したおたまじゃくしが、、、



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枝の向こうに見える石塔は、雑司が谷の地誌を掘り起こした天明期の文人、
金子直コの供養塔。

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長らく忘れられていたこの金子直コの業績を掘り起こしたのは、
この寺の先先代の住職兜木正亨(かぶとぎ・しょうこう)と、
その同志、海老澤了之助、秋田雨雀らだった。
彼等は昭和初期から戦中にかけてこの本納寺で研究の場を開き、
金子直コや江戸期の雑司が谷日蓮宗寺院の歴史を明らかにした。
金子直コの墓所は、雑司が谷の本浄寺にあったが、今は無い。
そこで、本納寺の兜木正亨が昭和38年(1963)にこの供養塔を建てた。


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雑司が谷の先達たちの思いが、
この静謐な本納寺で耳を澄ませていると、微かながら私には聴こえてくるような気がする。


金子直コについて、以前書いた記事
http://zoushigaya.seesaa.net/article/385571868.html





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お散歩、おわり。































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